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07 美味しい仕事
しおりを挟むその日。
「お利口さん達」とのお散歩を終えたアネットに、クライアント夫妻から衝撃の予告が齎された。
「今月イッパイで出国シマース」
ああー、と脳内に喚き声が湧いた。
富豪のトラベラーは、バカンス先が一か所とは限らない。夫妻も「次は内陸の高原リゾートに行くデースヨ」と笑顔で告げた。
つまりアネットは、間もなく美味しい仕事を一つ失う。
足元のお利口さん達がアネットの悲痛を察知し「泣かないで。また来年来るよ」と鼻先を寄せて慰めてくれている。多分。
なんで楽しい時間ほど、こうも賞味期限が短いのか。
ああー、を続けるしかないアネットに、夫妻が意外な提案をした。
「アネット、一緒に来ナイ?」
「え? あー……」
さすがに無理だと思った。犬の散歩しか出来ない小娘にツアーガイド役など務まらない。せめて彼らの行き先が地元なら案内も出来た。
泣く泣く夫妻の提案を遠慮したアネットは「王都にお越しの際はお声がけを」と言って夫妻とアドレス交換をした。
もうすぐお利口さん達ともお別れだと思うと、胸が張り裂けそうだ。
来月と再来月のスケジュールを埋めねばならない。
停職期間を目一杯使って稼げるだけ稼ぐのだ。
にしても、バカンスのハイシーズンと停職期間が丸被りとはベルベルの言う通りアネットはある意味持っている。運は無いから、不幸中の幸いか。
とはいえ、犬の散歩に匹敵するボロくて美味しいお仕事など中々ない。
女子にはやはり、夜のお店からのオファーが多い。ルームメイトはバーテンをしている。カクテルを作れるとかシビれる。
彼女曰く「カウンター越しにいきなり手を握ってくるクソな酔っ払いがいる」らしい。どうしても夜は安全指数が下がる。その手の遭遇はもう結構だ。
ワーク・ビルボード所内で唸るアネットに「もしもし」と声がかかった。
振り返ったアネットは、キモノ姿の老婦人と目を合わせた。
彼女は左右を見回して言った。
「お仕事のご依頼はどこですればよろしいのでしょうか」
ああ、と頷いてアネットは彼女の細い手を引いて受付窓口に案内した。
「有難う」と笑んだ老婦人は、一礼と共に合掌した。
「おおー」とアネットは内心感嘆して、自分も合掌で応えた。
可笑しそうに彼女は微笑んだ。
「もしかして、東洋人のお友達がいらっしゃるの?」
「はい。保護領から来た留学生の子です」
ベルベルは、外国暮らしでも食前食後のお祈りと朝の掃除を欠かさない。魂に沁み付いているのだと言っていた。
すると老婦人が、半ば独り言た。
「どうせならわたくし共の文化に理解のある方にお願いしたいわ……」
「え?」
「あ、ごめんなさい。お嬢さんはこちらのスタッフさんですわよね?」
「違います違います。職探し中の一般人です」
老婦人の顔が輝いた。
「ではぜひ、わたくしのお使いをなすってくださいな」
急な提案にアネットは面食らったものの、上品な老夫婦に乞われて悪い気はしなかった。どう考えても安全な相手だ。
「私で良ければ喜んで――」
アネットは、嘗て無いほどボロくて美味しい仕事をゲットした。
なんと老婦人ことカガリがしたためた手紙を、特定の相手に運ぶだけでいい。それで大金が貰える。
宛先はリゾートで別荘暮らしをしている外国人女性だ。対面はしていないからどんな人物なのかは分からない。いつも使用人に手紙を手渡している。
不思議と、相手からカガリ宛の返信を受け取る事がない。使用人から送られているのかもしれないけれど。
――ケンカ中、だったり?
カガリは謝罪の手紙を出している。それを別荘の主は無視している。
――な、訳ないか。
上品なカガリは到底、やらかすタイプに見えない。
「――それは分からんぞ」とテオフィルが言った。
金曜日の夕べ。
アネットは、高級ホテルのレストランでテオフィルと晩餐をしていた。
アネットから美味しい「老婦人のお使い」業務を聞いた彼は、軽く首を傾げた。
「上品な老婦人と見せかけて、若い頃はクノイチだったかもしれん」
「仮に元クノイチだとして何なんです?」
「多方面から恨まれているだろう。ハニートラップを使うアサシンだ」
アネットは、カガリを想起した。
「そんな凄い経歴の人が、私なんかに手紙を託したりします?」
「無関係の娘に接触させ、自分の痕跡を残さないようにしているのかもな」
アネットの口は力ない笑みを浮かべた。
「テオ様、漫画の読み過ぎでは?」
「俺は新聞漫画しか読まん」
「あ、良い事教えてあげます。イマドキは漫画に疎いってマイナスイメージでしかないんですよ。遅れてる、ダサい感じです。あいつはネタが通じない、つまらないって人から思われます」
「そうなのか。ならば色々と教えてくれ」
「ニンジャ漫画をお勧めします」
話しながらアネットは、少なくともカガリは現役ニンジャではないと思った。
手を引いた際、筋力の弱さを知った。
旅の同行者はいると聞いている。それでも彼女は弱った体をおして、遥々海を渡ってきた。
カガリよりも、手紙の宛先「アリス」なる人物の正体が気になる。
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