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12 目から鱗
しおりを挟む「そっかあ」とアデライドが深い嘆息ごと頷いて見せた。
「つまりアネットも、スランプ中なのね」
アネットは、危うくフレーバーティーを噴き出すところだった。
「違います違います。私の場合はスランプ以前の問題です。才能ありません。貴女とは違うんです」
「何言ってるの。こんなに可愛いヒット商品を世に出してるじゃないの」
「まぐれです。ビギナーズラック――ですらありません。才能ありません」
「……随分と固持するわね」
呆れたように言ったアデライドは、再び嘆息した。
「思うに、貴女にないのは才能じゃないわね」
「色々無いので分かりません」
「貴女が玩具メーカー勤務だって聞いて私、凄く驚いたのよ」
「分かっています。才能ありません」
「結論を急ぎなさんな。――貴女にないのはね、関心よ」
「かん、――え?」
「そもそも子供向けの玩具に関心がないのよ。人間ってのはね、関心外のものにアンテナを張り巡らせたりしないの。だからアイディアが出る筈もないの」
「そう、いうものですか……」
「そういうものよ。私から見ると、貴女が玩具メーカー勤務なんて意外過ぎる。貴女のイメージに合わない所為で、凄くちぐはぐな感じがする」
「ちぐはぐですか……」
「これは想像なんだけど、アネットって子供の頃にあんまり玩具で遊んでなかったんじゃないの?」
「仰る通りです」
「やっぱりね。自分に親しみのないものなんて余計に関心が湧かないわよ。だって分からないでしょ。どうしたってユーザー目線になれない、でしょ?」
アネットは見事に惚けて「仰る通りです」と繰り返した。
目から鱗とはこの事だ。
「でもね」とアデライドは続けた。
「ヒットを飛ばした実績は間違いないの。誇っていいわ」
「……まぐれでも?」
「構うもんですか。運も実力の内よ。でもちょっと気になったんだけど、このうさちゃんの商品を閃いた経緯は何だったの?」
「ああ。インターンの時期に、近所で小さい女の子を付け回す変な男が出没してたんですよ。それで何か撃退出来るアイテムはないかなって考えたんです」
「ほーらね。関連付けてちゃんと考えてる。貴女のヒットはまぐれじゃないわ」
「……その割にアイディアが続いてませんが」
「それは貴女が、ちびっこ女子達が喜びそうな可愛い楽しいアイテムを無理やり捻り出そうとしてるからよ。貴女自身の価値観と合致してないのに上手くいく訳ないじゃない。例えば貴女がちびっこ時代にお人形遊びをしていなかったなら、お人形の商品は生み出せない筈よ」
鋭い指摘に、アネットは息を呑んだ。やはり一流は目の付けどころが違う。
「お人形のシリーズを手掛けている先輩は、お人形そのものです」
「でしょうね。普通は手掛けた商品とかけ離れた創作者なんて有り得ないのよ。どの業界のどんな商品であってもね」
「マドモアゼルの素敵なジュエリーも、マドモアゼル全開ですもんね」
「有難う。スランプ中でごめんなさいね」
「世間は貴女を待てますよ」
「でもね、私が私を待てないの。早いとこ何とかしないとマジでヤクに手を出しそうで恐いわー」
「いけませんよ。ブザー押しますよ」
「それ鳴らないわよ」
「すみません、回収し損ねた不良品ですね」
「ううん、池に落としたの」
「すみません、デポジット(保証)の対象外です」
「あちゃー。うちのジュエリーとは違うのね」
「高級品ではありませんので、ええ」
アデライドのような大物が、壊れたうさぎの防犯ブザーを持ち歩いている。
アネットはむしろその事に妙な満足感を得てしまった。
スランプでも無能でもなかったとはいえ、アネットの窮地は変わらない。
「停職期間明けを待たず、辞めるべきなんでしょうね」
アデライドが切れ長の流し目を寄越した。
「結論が出ちゃったわね。そんな貴女に提案があるわ」
「何か良いアドヴァイスですか?」
「アドヴァイスじゃないけど――うちに来る?」
アネットは開いた口が塞がらなかった。
どうにか言った。
「ジュエラーさんで出来る仕事があるとは、到底……」
「そんなの入社後に見付けなさいよ。うちで一番大事なものは何だと思う?」
「……才能では?」
「信用よ」
「信用?」
「ハイジュエリーを扱うのよ。誘惑だらけよ。王宮勤めと同じかそれ以上にね」
「そっか……マドモアゼルのお店は王室御用達で、代々家族経営ですよね」
「そ。だから現時点で貴女はもう採用条件をクリアしてるの」
「そんな、私達、まだ付き合い始めたばかりじゃないですか」
「初々しい恋人みたいな言い方をしなさんな」
「知らないでしょう、私を」
「貴女は停職中にリゾートバイトをしてる新卒ちゃん」
「そうです。停職食らってるんです。信用出来ませんよ」
「でも貴女に停職食らわせたのは不良品で回収騒ぎ出したメーカーよ」
「それが何です。よく聞く話でしょう」
「一回でも火事を出せば信用は失墜するのよ。現に、看板商品のお人形シリーズはかなり売り上げが落ちたらしいじゃない」
アネットは今更、メーカーに対する世間の風当たりの強さを知った。
アデライドは冷めた目でティーカップの中を覗いた。
「前職なんて知らないわ。私はここで出会った貴女を気に入って、貴女の雰囲気はうちに合うと思った。だからスカウトしてるのよ」
「……マドモアゼル」
「今日も素敵なバッグとサンダルよね、貴女。アンクレットはうちの商品だわ」
「……貰い物です」
「貴女に似合うと判断された贈り物よ。つまりそういう事よ」
「…………」
急な事に、アネットは惚けるしかなかった。
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