リゾートで拾った恋

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14 潮時

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カレンダーが九月に変わった。

第一金曜日の午後。
テオフィルが出先からリゾートに帰って来た。
「帰る」は可笑しい。彼のホームはここではない。
ホテル一階のラウンジで彼と落ち合って、アネットは笑みを浮かべた。

「お帰りなさい、テオ様」
「アネット、今帰った。予定では午前に戻る筈だったんだが、今の時期は陸も海も交通が混み合っているからな。儘ならん」
「大変でしたね」

労うアネットに歩み寄ったテオフィルは、片手に下げていたトランクを絨毯に置いてその上に軍帽を放った。空いた両手でアネットを抱き寄せる。
深い嘆息ごと、彼は囁いた。

「君が恋しかった」

分厚い胸元に軽く頬を押し付けられながら、アネットは「珍しいな」と思った。
彼はジェントルマンなので、着飾ったアネットを見る度に必ず褒める。それはアネットへの感想を述べているのであって、自分の気持ちを晒すのとは違う。甘えたりもしない。
今のは甘えだった。

――よっぽど疲れたのね。

かく言うアネットは、凡そ二週間ぶりにテオフィルと再会して普通に嬉しい。
普通に、彼の無事が喜ばしい。

――まあ一応、心配はしてたのよ。

小規模活動であろうとも海賊は海賊だ。ナイフと銃を持っている。
でも海軍は機銃と砲を持っている。船のパワーも性能も、戦闘員の練度も桁違い。
イマドキの海の戦いは、帆船時代の海賊討伐みたく甲板上で切り合う接近戦が生じない。敵の船を撃沈して終わりだ。

――ロマンがない、と個人的には思うけどね。

尤も、犯罪の取り締まりにロマンなんて悠長な代物は要らない。
肩を抱く長い腕に力が籠り、アネットは顔を上げた。
テオフィルの紺碧の双眸がアネットを見詰めている。瞳の奥で陽炎が揺らめく。
ちょっと密着が過ぎている。ラウンジ内には他に少ない利用客と、ボウイが控えている。
テオフィルは体を屈めて、アネットの耳元に唇を寄せた。

「部屋で乾杯しよう」

あ、もう部屋に行くんですね、などとアネットは言わなかった。



シャワーの音でアネットは目覚めた。
ベッドに寝ころんだままバルコニー窓を振り返ると、開きっ放しのカーテンの向こうに赤から群青に変わるところの水平線が見えた。
多分、夜の六時くらい。大陸西側は未だサマータイムだ。

ベッドに座り込んだアネットは、乱れたシーツを見回した。
いつも通りテオフィルの手は優しく、雑でも乱暴でもなかったのだけれど、少々腰の使い方が激しかったように思う。あと、過去最高回数をマークした。
「――疲れたよな。これで、仕舞いにする」と言った彼は、その後にもう一度だけアネットを求めた。
「俺は、しつこい、嘘吐き男だ」と言いながらも彼は止まらなかった。
タフな相手に付き合ってアネットは疲れ果てた。不快感なんてない。心地の良い疲労感に浸っている。

――スポーツの後と同じ。

いや、嘘だ。この倦怠感はスポーツでは有り得ない。
想念を終えて、アネットは脱ぎ散らかした服の回収を始めた。
その途中、椅子の背凭れに放り出されたテオフィルのジャケットが目に入った。

――確か「婚約指輪が入ってるから」だっけ。

「…………」

アネットは、ジャケットを掴み取った。
胸ポケットを探る。身分証に小切手帳に――男物の指輪があった。
薄暗い間接照明の下に晒して内側の刻印を読み取る。
辛うじて、テオフィル、と読めた。本人の物に間違いない。

「……そう」

別に、だからどうという事はない。
何も失望などしていない。何も失っていない。
真相は分からない。これが婚約指輪か否かも持ち主にしか分からない。――簡素なデザインからして限りなく婚約指輪のように見えるけれども。仮にそうだとしても彼はただ、自分と同じ名前の主の落とし物を律儀にも後生大事に持ち歩いているだけかもしれない。

――何、考えてるの。

真相が何であれアネットには関係ないのだから、あれこれ考える必要はない。
アネットは彼の恋人でも何でもない。
テオフィルは、美味しい食事と高価なプレゼントと心地の良いスポーツみたいな行為を施してくれるとても良い人だ。
それ以上でも以下でもない。

――まあ潮時なんじゃない。

身分不相応の相手。期間限定のリゾートバイト。
いつか終わりは来ると承知していた。
先日の自称妹君に言われるまでもないのだ。しかも、テオフィルにはあの手合いの身内がいると判明した。一人いるならきっと他にもいると思う。害虫みたいな例え方をして大変失礼だけれど。

――そういうの沢山なんだよね。

やたら対抗意識を燃やして来る異母妹みたいで疲れる。
そんなのと関わりたくないし身内にもなりたくない。あちらもそう思っている事だしお互い様だろう。
これ以上、自分の責任ではない事に煩わされたくない。面倒を増やしたくない。

――だから潮時なのよ。

少々予定が早まるだけの事だ。
幸いにして目標金額を上回る引っ越し資金が貯まった。
月末までここに留まり続ける理由はない。

理由はない。





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