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18 思い出の味
しおりを挟む帰省した翌日の夕方。
二階の自室バルコニーから、テオフィルは庭の祭りを見物していた。
じきに特設ステージで恒例の「夕べのコンサート」が開かれる。領民達は屋台で飲み食いしながら開始時刻を待っている。
賑やかな光景を眺め、テオフィルは外国産の安ワインを瓶ごと呷った。
「美味いか?」と背に声が発した。
振り返ると、兄リオネルの苦笑が歩み寄るところだった。
「お前、いつの間にかそんなのを飲むようになったんだな」
「……まあ」
「外国産は熟成がイマイチなのに、と家政婦長がぼやいていたぞ。我が家は揃いも揃って国産至上主義だからな」
「そう悪くないですよ」
素っ気ない弟の横に並び、兄は言い当てた。
「あれか、リゾートの思い出の味」
ん、とテオフィルは兄を横目にした。
「誰かから何か聞いたんですか」
テオフィルが危惧したのはリゾートでの「お戯れ」ではなく、幼馴染の妹が兄に余計な事を吹き込んでいないかどうかだ。
もしも兄と兄嫁を困らせる、いや貶める発言をしているならば今度は容赦しない。
しかしリオネルは首を左右に振った。
「何も。だがお前は海から川を上って帰って来た。想像は容易い」
「なるほど」
「イイ女、いたか?」
すんなりと、テオフィルは答えた。
「素晴らしい女性に出会えました」
「なら何故クルーザーに乗せて来なかった?」
「フラれたので」
「それは、辛いな……」
「未練に浸っているところです。そっとしておいてください」
「あ、う、うむ……すまんかった。あ、でな、嫁が第二子を妊娠していてな」
「それはおめでとうございます」
「あ、う、うむ……つまりな、お前も幸せになるんだぞ」
「未練に浸っているところです」
「あ、う、うむ……そうだったな」
兄は少々お人好しで、優し過ぎる。兄嫁は自他に厳しく、その上で大らかなのでバランスが取れている。
「お幸せに、兄上」
リオネルは「お前がな、弟よ」と決まりが悪そうに言った。
テオフィルは、海軍を辞した兄に代わって「指輪」を継承している。
歴戦の海を生き抜いた曾祖父のもので、名前も貰った。
お守りのようなものだ。でも多分、私生活には効き目がない。
兄が部屋を出て三十分後。
庭のコンサートが始まった。
バルコニーのベンチにゆったりと腰掛け、テオフィルは瞑目して弦楽器の三重奏に耳を傾けた。少し涼しくなってきた夜風に、旋律が緩やかに絡む。
人の気配、というか香りを嗅いで瞼を開く。
ベンチの傍らに、メラニーが立っていた。
薄い布地のワンピースを纏い、その下に何も身に着けていないと分かる。庭の照明が彼女の輪郭を浮かせ、裸を透かして見せている。
スカートの裾をたくし上げながら、メラニーは微笑んだ。
「ねえ、私が欲しいでしょう?」
テオフィルは、安ワインで少しばかり酔っていた。
にも拘わらず、この女に食指が動く事はなかった。
「消えろ」
「我慢しないで。リゾートでは散々遊んでたってファニーが言ってましたわ。昼も夜も船に籠ったままだったって。そういう情熱的なのがお望みなんですよね?」
「つまらん事を言うな。今なら忘れてやる。さっさと消えろ」
「同郷の私ならテオフィル様とお似合いです。ちょっとだけ年上だけど、まだまだ華があるから構いませんよね?」
メラニーはテオフィルの肩に手を載せ、ベンチに跨るような体勢になった。
テオフィルは、圧し掛かる女の胸部を片手で押し戻した。
「いい加減にしろ。――牢屋にぶち込まれたいのか」
メラニーの動きが止まった。
「は? なんですって?」
「君達姉妹はこの俺を侮り過ぎている。俺は領主の息子であり海軍の高官だ。君のような一般人が無礼を働いていい身分ではない」
「――な、そんな、だってリゾートでは娼婦と楽しんで」
「君は、そこまで愚かだったのか? まず彼女は娼婦ではないし、彼女を誘ったのは俺の方だ。彼女は何の無礼も働いていない。ただ俺が、彼女に相手をしてもらっていたに過ぎんのだ」
メラニーはテオフィルの膝の上で惚けた。
テオフィルは舌打ちし、「邪魔だ、どけ」と言いながらも結局自分の方が横に動いてベンチから立ち上がった。
「そもそも兄の幼馴染だからとて、勝手に邸内に入って良い事にはならんぞ」
「な、なんでですの。ここには昔から出入りしてたのに」
「一体いつの話をしている? 子供と大人の対応が同じな筈がないだろう」
そこに、運悪く兄と兄嫁がやって来た。
「おーいテオ、今から下でビンゴ大会が――、メラニー?」
薄着の彼女に気付いたリオネルの顔が、凍り付く。
兄嫁はというと、冷静だった。
「なに勝手に義弟の部屋に入ってるんですか、貴女。誰ですか」
「わ、私は彼に誘われて――」
「義弟は見知らぬ人間を誘いませんよ。とっとと出て。不法侵入です」
「な、なによ女主人ぶって! このゴリラブス! 本当ならそこは私の居場所だったんですからね!」
「分かる言葉を使ってください。とりあえず憲兵呼びますか。身重でなければ私が力尽くで追い出すんですけど……」
「いや俺が」とテオフィルは自ら不法侵入者の手を掴み、後ろで捻り上げた。
「お前を逮捕する」
「放してよ! リオネル助けて!」
「留置所で頭を冷やせ」
「ねえリオネル! 幼馴染でしょ!」
リオネルは顔を顰め、額に手を当てた。
「君みたいな人、知らないよ……」
リオネルはともかく、兄嫁が排除を望んだ以上メラニーは許されない。
折角穏便に済ませてやれたものを、とテオフィルは呆れた。
メラニーは禁固刑を食らう事になる。軽くとも犯歴が付く。
心を入れ替えてやり直さねば、この先メラニーに幸福は来ない。
翌日。
テオフィルは、迎えの馬車に乗り込んだ。
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