リゾートで拾った恋

C t R

文字の大きさ
18 / 44

18 思い出の味

しおりを挟む



帰省した翌日の夕方。
二階の自室バルコニーから、テオフィルは庭の祭りを見物していた。
じきに特設ステージで恒例の「夕べのコンサート」が開かれる。領民達は屋台で飲み食いしながら開始時刻を待っている。
賑やかな光景を眺め、テオフィルは外国産の安ワインを瓶ごと呷った。
「美味いか?」と背に声が発した。
振り返ると、兄リオネルの苦笑が歩み寄るところだった。

「お前、いつの間にかそんなのを飲むようになったんだな」
「……まあ」
「外国産は熟成がイマイチなのに、と家政婦長がぼやいていたぞ。我が家は揃いも揃って国産至上主義だからな」
「そう悪くないですよ」

素っ気ない弟の横に並び、兄は言い当てた。

「あれか、リゾートの思い出の味」

ん、とテオフィルは兄を横目にした。

「誰かから何か聞いたんですか」

テオフィルが危惧したのはリゾートでの「お戯れ」ではなく、幼馴染の妹が兄に余計な事を吹き込んでいないかどうかだ。
もしも兄と兄嫁を困らせる、いや貶める発言をしているならば今度は容赦しない。
しかしリオネルは首を左右に振った。

「何も。だがお前は海から川を上って帰って来た。想像は容易い」
「なるほど」
「イイ女、いたか?」

すんなりと、テオフィルは答えた。

「素晴らしい女性に出会えました」
「なら何故クルーザーに乗せて来なかった?」
「フラれたので」
「それは、辛いな……」
「未練に浸っているところです。そっとしておいてください」
「あ、う、うむ……すまんかった。あ、でな、嫁が第二子を妊娠していてな」
「それはおめでとうございます」
「あ、う、うむ……つまりな、お前も幸せになるんだぞ」
「未練に浸っているところです」
「あ、う、うむ……そうだったな」

兄は少々お人好しで、優し過ぎる。兄嫁は自他に厳しく、その上で大らかなのでバランスが取れている。

「お幸せに、兄上」

リオネルは「お前がな、弟よ」と決まりが悪そうに言った。

テオフィルは、海軍を辞した兄に代わって「指輪」を継承している。
歴戦の海を生き抜いた曾祖父のもので、名前も貰った。
お守りのようなものだ。でも多分、私生活には効き目がない。

兄が部屋を出て三十分後。
庭のコンサートが始まった。
バルコニーのベンチにゆったりと腰掛け、テオフィルは瞑目して弦楽器の三重奏に耳を傾けた。少し涼しくなってきた夜風に、旋律が緩やかに絡む。
人の気配、というか香りを嗅いで瞼を開く。
ベンチの傍らに、メラニーが立っていた。
薄い布地のワンピースを纏い、その下に何も身に着けていないと分かる。庭の照明が彼女の輪郭を浮かせ、裸を透かして見せている。
スカートの裾をたくし上げながら、メラニーは微笑んだ。

「ねえ、私が欲しいでしょう?」

テオフィルは、安ワインで少しばかり酔っていた。
にも拘わらず、この女に食指が動く事はなかった。

「消えろ」
「我慢しないで。リゾートでは散々遊んでたってファニーが言ってましたわ。昼も夜も船に籠ったままだったって。そういう情熱的なのがお望みなんですよね?」
「つまらん事を言うな。今なら忘れてやる。さっさと消えろ」
「同郷の私ならテオフィル様とお似合いです。ちょっとだけ年上だけど、まだまだ華があるから構いませんよね?」

メラニーはテオフィルの肩に手を載せ、ベンチに跨るような体勢になった。
テオフィルは、圧し掛かる女の胸部を片手で押し戻した。

「いい加減にしろ。――牢屋にぶち込まれたいのか」

メラニーの動きが止まった。

「は? なんですって?」
「君達姉妹はこの俺を侮り過ぎている。俺は領主の息子であり海軍の高官だ。君のような一般人が無礼を働いていい身分ではない」
「――な、そんな、だってリゾートでは娼婦と楽しんで」
「君は、そこまで愚かだったのか? まず彼女は娼婦ではないし、彼女を誘ったのは俺の方だ。彼女は何の無礼も働いていない。ただ俺が、彼女に相手をしてもらっていたに過ぎんのだ」

メラニーはテオフィルの膝の上で惚けた。
テオフィルは舌打ちし、「邪魔だ、どけ」と言いながらも結局自分の方が横に動いてベンチから立ち上がった。

「そもそも兄の幼馴染だからとて、勝手に邸内に入って良い事にはならんぞ」
「な、なんでですの。ここには昔から出入りしてたのに」
「一体いつの話をしている? 子供と大人の対応が同じな筈がないだろう」

そこに、運悪く兄と兄嫁がやって来た。

「おーいテオ、今から下でビンゴ大会が――、メラニー?」

薄着の彼女に気付いたリオネルの顔が、凍り付く。
兄嫁はというと、冷静だった。

「なに勝手に義弟の部屋に入ってるんですか、貴女。誰ですか」
「わ、私は彼に誘われて――」
「義弟は見知らぬ人間を誘いませんよ。とっとと出て。不法侵入です」
「な、なによ女主人ぶって! このゴリラブス! 本当ならそこは私の居場所だったんですからね!」
「分かる言葉を使ってください。とりあえず憲兵呼びますか。身重でなければ私が力尽くで追い出すんですけど……」

「いや俺が」とテオフィルは自ら不法侵入者の手を掴み、後ろで捻り上げた。

「お前を逮捕する」
「放してよ! リオネル助けて!」
「留置所で頭を冷やせ」
「ねえリオネル! 幼馴染でしょ!」

リオネルは顔を顰め、額に手を当てた。

「君みたいな人、知らないよ……」

リオネルはともかく、兄嫁が排除を望んだ以上メラニーは許されない。
折角穏便に済ませてやれたものを、とテオフィルは呆れた。
メラニーは禁固刑を食らう事になる。軽くとも犯歴が付く。
心を入れ替えてやり直さねば、この先メラニーに幸福は来ない。



翌日。
テオフィルは、迎えの馬車に乗り込んだ。
三日間の祭りを最後まで見届ける事無く、故郷を発つ。
ブラック&ホワイトのクルーザーは置いていく。都会では足として使えない。

――王都に行っても。

アネットには会えないだろう。王都は広く、二人の生活圏は異なる筈だ。
テオフィルは海軍省と首都圏の基地を行き来するだけの日々が始まる。

――君はどんな暮らしを送っている、アネット。

相変わらず、アネットが恋しい。
何かの偶然が再び彼女と巡り合わせてくれたなら、その時は――。





しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完】隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...