リゾートで拾った恋

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王都編

31 最低の所業

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外出先からティエールの本社に戻ったアネットは、店舗前の警備員を見てぎょっとした。
業務中にも拘わらず立ち話をしている。その相手は陸軍士官で、知った顔だ。
アネットに気付き、トマは笑みを閃かせた。

「やあ、アネット。近くに用があったから君の職場に寄ってみたよ」
「……なんで、ここを知ってるんですか」
「アネット、知らないのかい? 地元では君も俺も成功者として有名なんだよ。久々に実家に帰ったら近所の話し好きのおばあちゃん達が色々と教えてくれてね」
「……そうですか」

話し好きのご近所に罪はない。隠していないし、調べればすぐに分かる事だ。
警備員の一人は元陸軍兵士なので、士官であるトマに遠慮気味の態度を取っている。話しかけられて無視は出来なかっただろう。
もう一方は知らん顔だがそれが正解だ。一人でも機能していてくれなければ警備の意味がない。

アネットは彼らの敬礼に会釈で応え、店舗を突っ切らずに裏手に回る。
案の定、トマは警備員の一方に「じゃ、しっかりな」などと偉そうに言い置いてアネットを追って来た。

「ねえ聞いてくれよ、アネット。君の異母妹のセリーヌの事なんだけどさ」
「仕事中なので、お引き取りを」
「君の異母妹のセリーヌは酷過ぎる」
「貴方の奥様のセリーヌ、でしょう」
「どっちでもどうでもいいよ。ねえ彼女、どんな育てられ方した訳? 学校の成績が下がりまくってるのを新婚の所為にするとか馬鹿過ぎるだろ。卒業出来なかったらマジで大恥なんだけど、俺がさ」
「お引き取りを」
「しかも金の計算が出来ないんだ。俺の給料で買えない物ばっかり強請りやがる」

今のと同じような話を祖父母宅でも聞いた。
思わず顔を顰めたアネットに、同調と取ったのかトマは声を弾ませた。

「やっぱりあれかな。異母姉への対抗心」
「私には関係ないです」
「関係あるだろ。君の所為なんだから」
「関係ありません。貴方も、ここにはもう来ないでください」
「親戚付き合いしようよ。初恋の王子様とさ」
「最後通告です。お引き取りを」
「憲兵呼ぶ? ここにいるけど」
「なら、貴方より上の人を呼びます」
「そういうコネが君にあるのかな? ――あるか。王室御用達の店だもんな」

でもさ、とトマの不遜は変わらない。

「あの移民にはそういうコネとか無いだろ?」

アネットは弾かれたようにトマを振り向いた。

「何ですって?」
「移民って可哀そうだよな。通報一発でアウトだもん」
「……脅してるの?」
「仕事をしてるんだよ。街の治安維持ってやつをね」

取り締まる側が腐っていると、治安も正義もあったものではない。
絶句するしかないアネットに、トマは詰め寄った。

「今日、君の部屋に行っていい?」
「……は?」
「アパルトマンに一人暮らしなのはおばあちゃんから聞いてる」
「……だから?」
「ポストの郵送物を拝借してアドレスを確認するのは簡単だったよ」
「…………」

どこまでが犯罪なのだったか、とアネットは想念を過らせる。
トマは続けた。

「今夜、八時に行く。セリーヌには上司付き合いって言っとく」
「…………」
「ワインを持っていくよ。君に似合いそうなロゼが良いかな?」
「…………」

アネットは床の一点を凝視していた。
一方的に言い付けたトマは「じゃあね、俺のお姫様」と告げて踵を返した。

去る背を横目にしてアネットは、冷めた思考を燻らせた。
堂々と不倫の勧誘をした。異母妹と結婚している彼が、アネットの生い立ちを知らない筈がない。あの異母妹が吹き込まない筈がない。
どうせ父親の最低の所業を恥じもせず、いっそ面白おかしく語った。そうやってアネットを惨めにさせなければ気が済まないのだ。
いつもの異母妹への想念が過る。

――他に考える事ないの。

無神経に絡まれるこちらは堪ったものではない。
そして異母姉妹の因縁を知りながらも不倫を持ち掛けるトマは許し難い。
絶対に許さない。



アネットは早退を許された。
明らかに仮病のアネットを、アデライドは追求せず「あそー」と言った。

「好きにしていいけど。なんか面白い事があるなら後でゼッテー教えてよね」

彼女はアネットの波乱万丈を隙あらばインスピレーションソースにしようとする。
「海の男」との再会はインヴィテーションを送付する都合上、打ち明けない訳にはいかなかった。
「美味しい展開キター!」と彼女は喚いていた。以来、毎日「続報マダー?」と目で訴えかけて来る。
アデライドの好奇の目から顔を背け、アネットはオフィスを後にした。
通りで馬車を拾い、聊かの逡巡を経て目的地を告げる。

「海軍省へ」

アポなしだし、迷いはあった。
けれど他に頼れる人はいない。





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