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王都編
40 悪事
しおりを挟む王国の最高権力たる国王はジロリと、アポなしの一同を見渡す。
やけに不遜に見える海軍将官に目線を留め、双眸を細めた。
「余の承認した契約書を破棄したい、と?」
「は。これは詐欺書類です」
「余の紋章は、世界の宝であるぞ。それを、破り捨てたいと申すか」
「は。これは詐欺書類です」
繰り返したテオフィルに、国王はジロリをギロリに変えた。
「そなた、海軍軍人の分際で余の紋章を何と心得る」
はい、と言う風に、王太子が片手を挙げた。
「よろしいでしょうか、陛下」
「……よい」
「まず、詐欺は詐欺とご承知ください。実際、文書偽造です。そして陛下の紋章はまんまと悪事に利用されたのです。陛下、怒りの矛先が違うのですよ。糾弾すべきは海軍のそやつではなく陛下に印を押させた男爵とやらです」
「……しかし海軍のそやつは、余の紋章をゴミのように破り捨てると平然とぬかしおった。不届きではないか」
「何を大切にするかは各々で優先順位が違うものです。陛下が大事にしている石のコレクションとて、母上からすれば変な形をした石ころです」
「……ぬう」
痛いところを突かれ、国王は唸った。
「石ころ」という呑気なワードの所為でサロンに生温い雰囲気が漂っている。
国王は、またジロリとテオフィルを見た。
「悪事は好かん。そなたの要望は叶えて進ぜよう」
「心より感謝致します」
「……礼を言っとる顔に見えん。だが、破棄には条件がある。主犯と思しき男爵とやらと署名の男、双方を捕らえて詐欺であったと認めさせねばならん」
「……何故、被害者の訴えが優先されないのです」
「そう急くのでない、若造。物事には順序があるのだ。法治国家ゆえな。何事も一方の意見だけではまかりならん」
テオフィルの眉間に皺が寄る。
国王はちょっぴり頬を強張らせ、「……こやつ、恐いわ。苦手だわ」と思った。
意味なく咳払いをして続ける。
「詐欺の連中を見事ひっ捕らえて来るがよい。さすれば余が、いの一番にそなたらの書類に印を押してくれようぞ」
テオフィルは、二人分の署名が入った婚約証書をサッと国王に差し出した。
あまりの素早さに国王はまたちょっぴりビクッとなる。
王太子が「準備がいいな」と感心していた。
少々面倒にはなった。
「だが問題ない」
言い切ったテオフィルの隣で、アネットが唸った。
「割と大きな問題では? 男爵はともかく、ジャン=フランソワ・ルードなる正体不明の人物が絡んでます」
「もう一度訊くが、君は全く面識が無い男なんだな?」
「心当たりゼロです。同級生にも顧客にもいません」
「それは良かった。気兼ねなくやれる」
「テオ様? 誤爆しようとされてます? ダメですよ、ひっ捕らえて来るようにと言われたじゃないですか」
「……そうだったか?」
「わ。テオ様もトボけたりするんですね」
「……実にまどろっこしいが、仕方がないな」
何はともあれ、正体不明の詐欺師とやらの居所を掴む必要があった。
紙切れに住所など記載されていないから、テオフィルは直ちに住民課に部下をやって調べさせた。
すると、
「登録住所は郊外で、廃墟でした」
家の持ち主は高額な処分費用を中々捻出出来ず、空き家を放置していると言う。
要するに空き家が勝手に詐欺師の自宅として登録されていた。
ジャン=フランソワ・ルードという名前で調べられたのはそこまで。結局その素性は知れなかった。まるで幽霊だ。
「面倒をかけやがる」とテオフィルは内心苛立った。
「まあいい。男爵を締め上げれば済む話だ」
アネットはテオフィルの腕を引いた。
「あの、ちょっと思ったんですけど、正体不明の相手と私を勝手に婚約させている男爵が、すんなりと情報を渡すでしょうか。二人揃って捕まれば詐欺罪に問われると分かっているのに」
「詐欺の片棒を隠す事で、切り札にしていると?」
「かもしれません。なんなら、こうなる事を男爵は読んでいた。だとしたら絶対に口を割らないですよね」
「初めから謎だ。男爵は、何の為に君と正体不明の男を婚約させたんだ?」
「私は最初、嫌がらせか何かだと思ってました。色々上手くいっていないところに娘婿に続いて娘まで逮捕されて、相当私を恨んでいるんだと」
「逆恨みも甚だしいな」
「でも書類の提出日は、セリーヌの凶行よりもトマの逮捕よりも少し前なんです。これでは順番が可笑しいですよね」
「確かに……」
何を企んでいる。
切り札にするにはアネットが、詐欺に気付かなければ話にならない。
アネットとテオフィルが婚約を決めたタイミングを読めた筈もない――。
テオフィルがふと口を開いた。
「――もしかすると男爵は、君と親しくしている俺の存在にいち早く気付いたのかもな。高官と見て使えると思った」
「え? 使う? 何に?」
「今であればこの俺から情報料を取れる」
アネットが惚けた。
「え、え? 正体不明の婚約者情報と引き換えにお金を要求するって事ですか?」
「有り得なくはないだろう。男爵家の財政は傾いている。このままでは破滅だ。ならば軽犯罪のリスクと天秤にかけ大金を得るという策略は悪くない。実際、詐欺罪を成立させるのに、あの書面だけでは証拠能力に乏しかろう。こちらはあくまでも詐欺だったと認めさせねばならん。対して男爵側は、たとえ拘束されても黙秘を貫き、白を切る事が出来る。上手く立ち回れば起訴すら回避出来る」
「え――え?」
「正直なところ、無駄に捜査や取り調べに時間を費やすくらいなら俺は金を払って終いでいいと考えている」
テオフィルが言い切ると、アネットは顔色を無くした。
「冗談でしょう、テオ様――あんな卑怯者に、貴方の財産をワンコインだってあげてなるものですか!」
今度はテオフィルが惚けた。
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