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24. シナプスの電気信号で感電する
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絵狂いの彼は、最高の絵画へとにじり寄ろうとする。何へにじり寄っているのかすらわからないまま。
15歳の庵はあらゆる絵画コンクールにて最優秀賞を総なめにしていき、完全に無双していた。メディアが餌に群がる鯉のように彼に押し寄せた。彼の儚げな美しさと灰色がかった異国情緒ある瞳は、ある一定の女性たちを虜にする妖力を有し、彼の意思とは関係なく惜しげもない話題性を世間に提供した。蝿の複眼のようなマスコミのカメラ群のフラッシュが焚かれる度に、彼の皮膚がじゅっと焼かれるようだった。危うい状況だった。彼の奇人ぶりが露呈するのは、時間の問題だった。とんでもなく繊細な均衡で、この状況は成り立っていた。
15歳にして彼は、二科展の内閣総理大臣賞を受賞する。大多数に神童と評される一方で、忖度による受賞だという意見も少なからずあった。世界的な画家である祖父の絶対的な影響力や、画塾の塾長、藝大の客員教授、美術評論家、美術館の館長など、美術界で様々な肩書きを有する父の得体の知れない権力のおかげでの受賞と主張する者もいた。その癖のある美しさから話題性のある庵に内閣総理大臣賞を与えることで、二科展を主催する日本美術家団体である二科会が芸術の宣伝活動をしているという意見もあった。芸術の啓蒙のために、彼を広告塔にしていると誰かが言った。次世代の芸術界を担うスターを仕立てあげようと躍起になっていると。そういう意見を持つ人間は、まるでそういうルールがあるかのように、決まって二科展の審査基準について疑問の声を上げた。
上述のような意見に対する感想を、記者に尋ねられたとき、庵は淡々と答えた。
「好き好んで血を引いたわけじゃないし、好き好んでこの顔に生まれたわけでもない。血や顔じゃなくて、絵を見て欲しい」
それから取ってつけたように、麻の糸で口元を縫いつけられたような笑顔を浮かべる。悪魔的な微笑だ。彼の端正な顔は、笑うことにより熱され溶けるように崩れる。以前の無表情のほうが私は好きだった。それは家族だからわかるのかもしれないけど、無表情といえども微細な表情はあって、それを読み取る余地はあった。でもそれが、不穏な笑顔に埋もれて、私にはもうわからなくなってしまった。
15歳の彼が絵画の他に没頭したのは、瞑想と英語と暴力だった。
彼は瞑想しまくる。起床後も、朝食時も、登校時も、昼休みも、放課後も、下校時も、夕食時も、就寝時も、所構わず隙あらば瞑想をしていた。呼吸は意識と無意識の狭間だ。その呼吸に集中する。「瞑想は抗鬱作用がある」と後に自殺した彼は言った。
「絵に言語は関係ない。それは海を越える」というのは彼の格言だが、その思想に反して彼は英語の学習を欠かさなかった。映画を英語字幕で見たり、その台詞を復唱したり、iPhone の言語を英語にしたり、彼の部屋で英語での独り言をぼそぼそ呟いていたりと、意味があるのかよくわからない方法も含めて彼はよく学んでいた。その努力の甲斐もあり、ネイティブには及ばぬもののノンネイティブとして十二分な流暢さで英語を喋ることができた。
ただ、英語を喋れるからといって、彼のコミュニケーション能力が向上するわけではなかった。
「Your pronunciation is awesome. Your grammar is also great. But sorry. I can’t understand what you're saying. (あなたの発音は素晴らしい。あなたの文法も素晴らしい。ただ、ごめんなさい。あなたが何を言っているのかわからない)」とネイティブの英語話者に庵が言われているのを聞いたことがある。
彼は全身を襲う慢性痛に苦しめられるようになる。外傷もなく、神経系の異常もないことから、医者からは心因性疼痛であると診断された。心因性疼痛に対して、消炎鎮痛剤の効果はあまりに乏しい。さらに精神科医は心因性疼痛に効果が見込める抗鬱薬を処方するのを渋った。
「抗鬱薬には依存性がある。それなしでは生きていけない人間になるには、君はまだ若すぎる」と精神科医は言った。今考えると、それは目先の経済的な利益に囚われず、患者のことを想った正義感に基づく判断だったのだと思う。ただ、庵の短すぎる人生の顛末を考えたとき、この精神科医の判断が正しいものだったかどうかについては、よくわからない。
慢性痛は悪化の一途を辿る。その痛みについて彼は、「シナプスの電気信号で感電する」と表現し、深刻なときには身動きすらままならないほどだった。痛みに踠くのすら痛い。悶える彼を見て、私の中で「才能への代償」という言葉が浮かんでは沈んだ。
彼が慢性痛への麻酔としたのが、暴力だった。戦闘に身を置いているときには、アドレナリンでぶち上がって、痛みを忘れることができる。幼い頃から父についてボクシングに触れていた彼は、喧嘩が強かった。いつか他人を殺してしまいそうなほど、暴力嗜好にどっぷりと肩まで浸かっていた。
絵画のための時間を削って、瞑想や英語や暴力に充てがったのではない。彼はそれらのために睡眠を削った。短眠者となった彼は、睡眠を犠牲にして、より多くの時間を獲得した。私はそれが羨ましかった。そんな時間があれば、私も遊びつつ勉強もできると思っていた。だが、それは違った。彼はただただ人生を凝縮した。全力で疾走する短距離走みたいな人生だった。
彼の英語を聞いた匿名の誰かが「外人はいいよな。最初から英語が喋れて」と言った。混血に対する偏見だった。嫉妬からくる小物を小物たらしめるような言い分だった。庵の努力も知らずに発された軽率な発言だった。そんな感想を16歳の私が考えるともなく考えていると、庵がその匿名の誰かの目の前に立ちはだかり見下ろしていた。彼は大抵の人間を物理的に見下ろせるほど、背丈が伸びていた。運動誘発喘息は時折起こったが、薬の服用により改善傾向にあり、何より経験の積み重ねによって、喘息と上手く付き合うことができるようになり、強度の高い運動もこなせるようになっていた。仮に運動誘発喘息が起こっても、西部劇のガンマン顔負けの早業で、短時間作用性β2刺激薬を吸引し、発作を鎮静させていた。また、父の影響でボクシングや筋トレにも励み、しなやかな筋肉を身に纏うようになった。無口なふたりがひょっとして憲法第38条1項の黙秘権でも行使しているのかと疑うほど黙々と筋肉をいじめぬく姿は、何だか可笑しかった。それから背丈と同じように前髪も伸びていて、灰色がかった瞳を隠していた。
「お前らみたいな変態が猟奇殺人とかするんだろ。変態ってキモいし、ガチで社会にとって有害だから、目障りだし消えてくんない?なんだよ。何見てんだよ。こっち見んな。変態がうつる」と匿名の誰かが威勢よく言ってから、ぎゃははははははははと下品に笑った。面白いということを強制するような大袈裟な笑いだった。変態って感染するんだろうか。飛沫感染だろうか、空気感染だろうか。それとも、その精神を媒介にして感染するのだろうか。変態パンデミック。私はそんなことを考えてから、まずいなと思ったときにはもう遅かった。
彼の右腕は弓のように後方に撓り、限界まで力が蓄えられる。右腕は弛緩しており、無駄な力みはなかった。放たれた右の拳は、匿名の誰かの鳩尾を射るように喰い込んだ。骨という鎧がない鳩尾に、強烈すぎる腹パン一撃をかました。拳がめりめりと内臓を押しのけて、裏側にある背骨を掴むほどの勢いだった。匿名の誰かは、天敵が襲来した団子虫のように地面で丸まる。全く呼吸ができていないようだった。団子虫の触手を掴むように、庵は左手で蹲る匿名の誰かの髪を鷲掴みして、腹が天を仰ぐようにひっくり返す。髪の毛が毛根から根こそぎ持っていかれるような、ぶちぶちという音を聞いた気がした。
匿名の誰かはぐじゅぐじゅに泣いていて、顔面がとても不細工に見えた。その顔面は団子虫のそれに似ていた。団子虫がどんな顔か知らないけど。
庵に情け容赦なんてものは皆無なのだろう。隙が生まれた鳩尾を的にして、再び右の拳を振り下ろす。拳は正確無比かつ無慈悲に的を射る。匿名の誰かの体は、鳩尾を支点に頭と脚が跳ね上がる。私にはそれが、アルファベットの V みたいに見えた。
匿名の誰かっていうのはわかりづらいので、これから彼女を少女Vと表記することにしよう。そう、何がまずかったって、この匿名の誰かが女の子だったっていうのがまずかった。
彼女は自らが女であるということを盾に高を括っていた。どうせ殴ることなんてできないと。肉体的な劣等以外、単細胞な男など恐るるに足らないと。唯一であり決定的な誤算が、この男に社会通念は全く通用しないということだった。彼は彼女のその慢心をへし折った。
「殴りたくなったから殴った」と後に彼は言った。彼を肉体的に凌駕し、抑止力となりうるのは、私の身の周りでは父である宇佐美周しかいなくなっていた。
15歳の庵はあらゆる絵画コンクールにて最優秀賞を総なめにしていき、完全に無双していた。メディアが餌に群がる鯉のように彼に押し寄せた。彼の儚げな美しさと灰色がかった異国情緒ある瞳は、ある一定の女性たちを虜にする妖力を有し、彼の意思とは関係なく惜しげもない話題性を世間に提供した。蝿の複眼のようなマスコミのカメラ群のフラッシュが焚かれる度に、彼の皮膚がじゅっと焼かれるようだった。危うい状況だった。彼の奇人ぶりが露呈するのは、時間の問題だった。とんでもなく繊細な均衡で、この状況は成り立っていた。
15歳にして彼は、二科展の内閣総理大臣賞を受賞する。大多数に神童と評される一方で、忖度による受賞だという意見も少なからずあった。世界的な画家である祖父の絶対的な影響力や、画塾の塾長、藝大の客員教授、美術評論家、美術館の館長など、美術界で様々な肩書きを有する父の得体の知れない権力のおかげでの受賞と主張する者もいた。その癖のある美しさから話題性のある庵に内閣総理大臣賞を与えることで、二科展を主催する日本美術家団体である二科会が芸術の宣伝活動をしているという意見もあった。芸術の啓蒙のために、彼を広告塔にしていると誰かが言った。次世代の芸術界を担うスターを仕立てあげようと躍起になっていると。そういう意見を持つ人間は、まるでそういうルールがあるかのように、決まって二科展の審査基準について疑問の声を上げた。
上述のような意見に対する感想を、記者に尋ねられたとき、庵は淡々と答えた。
「好き好んで血を引いたわけじゃないし、好き好んでこの顔に生まれたわけでもない。血や顔じゃなくて、絵を見て欲しい」
それから取ってつけたように、麻の糸で口元を縫いつけられたような笑顔を浮かべる。悪魔的な微笑だ。彼の端正な顔は、笑うことにより熱され溶けるように崩れる。以前の無表情のほうが私は好きだった。それは家族だからわかるのかもしれないけど、無表情といえども微細な表情はあって、それを読み取る余地はあった。でもそれが、不穏な笑顔に埋もれて、私にはもうわからなくなってしまった。
15歳の彼が絵画の他に没頭したのは、瞑想と英語と暴力だった。
彼は瞑想しまくる。起床後も、朝食時も、登校時も、昼休みも、放課後も、下校時も、夕食時も、就寝時も、所構わず隙あらば瞑想をしていた。呼吸は意識と無意識の狭間だ。その呼吸に集中する。「瞑想は抗鬱作用がある」と後に自殺した彼は言った。
「絵に言語は関係ない。それは海を越える」というのは彼の格言だが、その思想に反して彼は英語の学習を欠かさなかった。映画を英語字幕で見たり、その台詞を復唱したり、iPhone の言語を英語にしたり、彼の部屋で英語での独り言をぼそぼそ呟いていたりと、意味があるのかよくわからない方法も含めて彼はよく学んでいた。その努力の甲斐もあり、ネイティブには及ばぬもののノンネイティブとして十二分な流暢さで英語を喋ることができた。
ただ、英語を喋れるからといって、彼のコミュニケーション能力が向上するわけではなかった。
「Your pronunciation is awesome. Your grammar is also great. But sorry. I can’t understand what you're saying. (あなたの発音は素晴らしい。あなたの文法も素晴らしい。ただ、ごめんなさい。あなたが何を言っているのかわからない)」とネイティブの英語話者に庵が言われているのを聞いたことがある。
彼は全身を襲う慢性痛に苦しめられるようになる。外傷もなく、神経系の異常もないことから、医者からは心因性疼痛であると診断された。心因性疼痛に対して、消炎鎮痛剤の効果はあまりに乏しい。さらに精神科医は心因性疼痛に効果が見込める抗鬱薬を処方するのを渋った。
「抗鬱薬には依存性がある。それなしでは生きていけない人間になるには、君はまだ若すぎる」と精神科医は言った。今考えると、それは目先の経済的な利益に囚われず、患者のことを想った正義感に基づく判断だったのだと思う。ただ、庵の短すぎる人生の顛末を考えたとき、この精神科医の判断が正しいものだったかどうかについては、よくわからない。
慢性痛は悪化の一途を辿る。その痛みについて彼は、「シナプスの電気信号で感電する」と表現し、深刻なときには身動きすらままならないほどだった。痛みに踠くのすら痛い。悶える彼を見て、私の中で「才能への代償」という言葉が浮かんでは沈んだ。
彼が慢性痛への麻酔としたのが、暴力だった。戦闘に身を置いているときには、アドレナリンでぶち上がって、痛みを忘れることができる。幼い頃から父についてボクシングに触れていた彼は、喧嘩が強かった。いつか他人を殺してしまいそうなほど、暴力嗜好にどっぷりと肩まで浸かっていた。
絵画のための時間を削って、瞑想や英語や暴力に充てがったのではない。彼はそれらのために睡眠を削った。短眠者となった彼は、睡眠を犠牲にして、より多くの時間を獲得した。私はそれが羨ましかった。そんな時間があれば、私も遊びつつ勉強もできると思っていた。だが、それは違った。彼はただただ人生を凝縮した。全力で疾走する短距離走みたいな人生だった。
彼の英語を聞いた匿名の誰かが「外人はいいよな。最初から英語が喋れて」と言った。混血に対する偏見だった。嫉妬からくる小物を小物たらしめるような言い分だった。庵の努力も知らずに発された軽率な発言だった。そんな感想を16歳の私が考えるともなく考えていると、庵がその匿名の誰かの目の前に立ちはだかり見下ろしていた。彼は大抵の人間を物理的に見下ろせるほど、背丈が伸びていた。運動誘発喘息は時折起こったが、薬の服用により改善傾向にあり、何より経験の積み重ねによって、喘息と上手く付き合うことができるようになり、強度の高い運動もこなせるようになっていた。仮に運動誘発喘息が起こっても、西部劇のガンマン顔負けの早業で、短時間作用性β2刺激薬を吸引し、発作を鎮静させていた。また、父の影響でボクシングや筋トレにも励み、しなやかな筋肉を身に纏うようになった。無口なふたりがひょっとして憲法第38条1項の黙秘権でも行使しているのかと疑うほど黙々と筋肉をいじめぬく姿は、何だか可笑しかった。それから背丈と同じように前髪も伸びていて、灰色がかった瞳を隠していた。
「お前らみたいな変態が猟奇殺人とかするんだろ。変態ってキモいし、ガチで社会にとって有害だから、目障りだし消えてくんない?なんだよ。何見てんだよ。こっち見んな。変態がうつる」と匿名の誰かが威勢よく言ってから、ぎゃははははははははと下品に笑った。面白いということを強制するような大袈裟な笑いだった。変態って感染するんだろうか。飛沫感染だろうか、空気感染だろうか。それとも、その精神を媒介にして感染するのだろうか。変態パンデミック。私はそんなことを考えてから、まずいなと思ったときにはもう遅かった。
彼の右腕は弓のように後方に撓り、限界まで力が蓄えられる。右腕は弛緩しており、無駄な力みはなかった。放たれた右の拳は、匿名の誰かの鳩尾を射るように喰い込んだ。骨という鎧がない鳩尾に、強烈すぎる腹パン一撃をかました。拳がめりめりと内臓を押しのけて、裏側にある背骨を掴むほどの勢いだった。匿名の誰かは、天敵が襲来した団子虫のように地面で丸まる。全く呼吸ができていないようだった。団子虫の触手を掴むように、庵は左手で蹲る匿名の誰かの髪を鷲掴みして、腹が天を仰ぐようにひっくり返す。髪の毛が毛根から根こそぎ持っていかれるような、ぶちぶちという音を聞いた気がした。
匿名の誰かはぐじゅぐじゅに泣いていて、顔面がとても不細工に見えた。その顔面は団子虫のそれに似ていた。団子虫がどんな顔か知らないけど。
庵に情け容赦なんてものは皆無なのだろう。隙が生まれた鳩尾を的にして、再び右の拳を振り下ろす。拳は正確無比かつ無慈悲に的を射る。匿名の誰かの体は、鳩尾を支点に頭と脚が跳ね上がる。私にはそれが、アルファベットの V みたいに見えた。
匿名の誰かっていうのはわかりづらいので、これから彼女を少女Vと表記することにしよう。そう、何がまずかったって、この匿名の誰かが女の子だったっていうのがまずかった。
彼女は自らが女であるということを盾に高を括っていた。どうせ殴ることなんてできないと。肉体的な劣等以外、単細胞な男など恐るるに足らないと。唯一であり決定的な誤算が、この男に社会通念は全く通用しないということだった。彼は彼女のその慢心をへし折った。
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