無題のドキュメント

夏目有也

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44. チェルシーアート街にあるギャラリーが主催する絵画コンペティション

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 スカイラー・トンプソンは開発者だった。彼女は Deep Learning を用いて、最高の絵画を創作するための人工知能を開発しようとしていた。彼女が Founder と CEO である会社のエンジニアたちは、シュルレアリスムの作品データを集めて人工知能に学習させた。そして、その学習した膨大なデータを元に、彼女が開発したアルゴリズムにより新たなシュルレアリスム作品をデジタルデータとして出力する。その出力されたコンピューター上のイメージを、画家や批評家などの専門家に鑑定してもらい、傑作となりうる絵画を選別しようとした。
 フォーヴィスム、キュビスム、オルフィスム、シュプレマティスム、構成主義、デ・スティル、幾何的抽象、抽象芸術、形而上絵画、抽象表現主義といったムーブメントごとに上記の工程を実施した。ただ、従来の作品の焼き増しのような佳作は生まれるが、新しい傑作は生まれなかった。人工知能が創作するアートというテーマ性は斬新だが、純粋な絵画表現が追いついていないというフィードバックを専門家から得た。アートに疎い彼女は、こいつらは本当にわかって言っているのかと懐疑心を抱きながら、アルゴリズムを修正していく。
 実験的に相違するふたつのムーブメントを掛け合わせて、人工知能へ学習させたりもしたが、やはり結果は芳しくなかった。プロジェクトは頓挫しかけており、もう佳作でもいいから世に発表しようと妥協点を模索しながら、RedBullを 飲んでアルゴリズムを修正していると、意図しない文法エラーで Bug が生まれた。その Bug は、虫の群れが田畑を食い散らすみたいに、大量の駄作を生んだ。その一方で、その駄作の中に傑作が紛れ込んでいることを、ある批評家が指摘する。その傑作は、形而上絵画のデータを元にアルゴリズムで生成された新しい絵画だった。
 その絵画は、詩的な世界観で描かれている。それは常識や論理では測れず、不気味な沈黙が支配する謎めいた世界だ。人間の創作物による創作物であるその絵画は、人間的限界の外側に立ち、現実を超えた超感覚的な世界を表現している。その超感覚は、掻き乱すように鑑賞者の不安を駆り立てる。そんなようなことを批評家は熱弁していた。
 その傑作と思しきイメージを絵画へ描き起こすため、民間企業と工科大学の協力で、実物の絵画から取得した3Dデータを解析し、油絵具の塗り重ねによる隆起を再現した3Dデータを作成した。そのデータを3Dプリントし、絵画を描いた。
 傑作はある種の Bug から創られると彼女は感じた。新しいものを創る者=天才なんてみんなどこか狂っている。才能なんて他と違うってことだろう。そんなのは Bug みたいなものだろう。
 スカイラー・トンプソンはその人工知能を、Musa と名付けた。この神の名を冠した AI は、芸術でのシンギュラリティを実現する可能性を秘めている。人工知能に意味という概念を理解させることは難しい。なので、厳密には Musa を人工知能と呼称するのは語弊がある。Musa より生まれた絵画は、蓄積されたデータを元に出力されたものであり、Musa はそこに意味を見出していないだろう。その偶然性により生成された何かについての意味を、鑑賞者が考察して初めて芸術作品となりうる。
 彼女は Musa を使った新たなサービスを提供しようと画策していた。マネタイズしてビジネスにしなければ、元も子もない。ユーザーの嗜好を反映して、人工知能に絵画データを生成させ、ユーザーが好みの作品を選び、そのデータを3Dプリントするサービスを提供するという構想だった。サービスを一般提供する頃には、恐らく傑作を生んだ Bug を修正し、佳作ばかり生成するように調整をするだろう。どうせわかりゃしない。
 広告の手段を考えていた彼女は、あるコンペティションに目をつける。そのコンペティションは、芸術界への登竜門とも呼ばれ、世界中のアーティストからの応募がある。ここで最高賞を受賞すれば、Musa のこれ以上ない宣伝となる。彼女は Musa にて創られた形而上的な傑作を、ニューヨークのチェルシーアート街にあるギャラリーが主催する絵画コンペティションへ提出した。

 瀬戸勇気せとゆうきは、夢追い人だった。彼は東京の藝大を首席で卒業し、絵画一本で食っていくと決めていた。絵を愛していたし、自分には特別な才能があるという揺るぎなくも根拠のない自信があった。そんな根なしの自信が揺らぎはじめたのは、三十路を超えたあたりだった。それは猟銃を背負った老練な狩人にじわじわ追い立てられるような焦燥感だった。
 芸術としての絵画ではなんの成果を残すことができず、飯を食うために妥協してやるイラストレーターの仕事で需要があるのは、眼と胸がやたらとでかい二次元の女を描く仕事ばかりだった。ヲタクの性欲を満たすために、絵画をやっているわけではない。ヲタクがいなければ絵の仕事がなくなるのに、そのヲタクを軽蔑していた。
 バイト先である居酒屋でも、年下の正社員が上司となることが増えた。無能で社会不適合なおっさんを見るような目で見られた。見下した凡人に見下され、救いようがなく息もできなかった。
「瀬戸さんって、副業で絵のお仕事もしてるんですか?」と年下の正社員に訊かれた。
「絵が本業です」と瀬戸は答えた。
「こう見えて実は僕アニメ好きなんですよね。ぐふふ。人気のアニメキャラに似せて、エロい感じのイラストとか描けたりするんですか?もしできたら、ちょっとお願いしたいキャラがいまして、ぐふふ」
「そんなの描けないですよ」
「え?萌えキャラみたいなの描く人じゃないの?」
「は?違う!」
「え、そうなの?萌えキャラ描く人かってずっと思ってました。他のみんなそう思ってると思うよ」
「違う!芸術だ!食うために仕方なく眼と胸がでかい女を描いてるだけだ!好き好んで眼と胸がアンバランスな奇形の女なんて描くか!それにちょくちょくタメ口挟むのやめろ!お前年下だろうが!」
 ふやけかけの自尊心を守るのに必死で、瀬戸は営業中に大声でそうキレてしまい、それからそこでのバイトは辞めた。食うに困り実家に寄生するようになり、芸術活動の一環としての絵画もろくに描くことなく、イラストレーターの仕事で小銭を稼いでいた。
 ある夜、自慰のためにネタを探していると、自らが描いた眼と胸がやたらとでかい二次元の女が目に入った。それを食い入るように見つめながら、絶頂に至り射精した。産み落とした子で手淫をかました背徳に押し潰されそうになる。軽蔑していたヲタクと、自分は何も変わらないと思った。「俺が凡人なんて、嘘だろ」と賢者となり悟った彼は呟いた。
 翌朝、彼はこれまで無駄に捨てた時間を拾い集めるように、芸術としての絵画を描きはじめた。彼はスーパーリアリズムに傾倒しており、写実的な絵を得意としていた。
 二ヶ月かけて描き上げた渾身の一作は、皺くちゃな老人の笑顔の絵だった。スーパーリアリズムの写実性の中で、意図的に顔の配置をずらし、幸せだけではない不穏な違和感を抱かせるようにした。老人の牧歌的な素朴さにそぐわず背景はカラフルだった。目を凝らすとようやくわかるほどの小ささで、眼と胸がやけにでかい二次元の女が虫でも沸くように無数に描くことによりその背景が構成されていた。さらにその眼と胸は過剰に誇張され、奇形を思わせるような容姿だった。皺くちゃな老人と二次元少女という異なる世界観を共存させることにより、その異様さが際立つように仕上げた。
 その会心の出来に、彼は満足していた。自らの最高傑作であると言う自負があった。これでも自己満足の自慰であるなら、自分には才能がないとはっきりわかる。これで最後だと心に決めていた。これでダメなら、芸術家の夢を諦めると決心していた。天才じゃなくても構わないから、才能があると証明したい。才能もないものにすがりついて39歳になったなんて、人生を棒に振ったなんて、考えただけで気が触れてしまいそうだ。どうしても勝ちたい。いや、絶対に負けられない。このまま野垂れ死んでたまるか。彼は自らの最高傑作を、ニューヨークのチェルシーアート街にあるギャラリーが主催する絵画コンペティションへ提出した。

 雨海柊あまみしゅうは無双していた。19歳となった彼は盲目であるにも関わらず、あらゆる絵画コンクールで最優秀賞を受賞していた。画廊とも契約をしていて、絵も高額で取引された。メディアにも頻繁に取り上げられており、そのときは必ず色眼鏡でガラス玉のように使われていない眼球を覆い隠していた。
 先天的に盲目だから、彼は現実の世界を視たことがない。脳のイメージをそのまま絵画へ落とし込む。目が見えるからイメージが濁る。彼は脳という脂質と蛋白質のぷるぷるした塊に埋もれる純粋なイメージを絵画へ描き写した。その表層不可能性を体現したような傑作を、ニューヨークのチェルシーアート街にあるギャラリーが主催する絵画コンペティションへ提出した。

 宇佐美庵うさみいおりは、沈黙していた。幽霊くんとの対決から、19歳になるまで作品を発表しなかった。それは創作しても発表しないという芸術でもしているかのようだった。「現代アートを嗜好しながら、近代芸術の才にのみ恵まれた」と彼の過去の作品を評する者もいた。「もしレンブラントやフェルメールの時代に宇佐美庵が生まれていたら、彼らと同等の評価を得ていただろう。彼は生まれる時代を間違えた」と主張する者もいた。だが、四年間の沈黙で、人々は庵を忘却の彼方かなたへ押しやった。
 私はその沈黙の間も、庵が絵を描き続けていたことを知っている。幽霊くんとの対決以来、喧嘩をしなくなったことを知っている。暴力嗜好に充てる体力など残されていなくて、彼の身体はただ絵を描くためだけに使われる絵筆のようだった。
 彼はずたぼろだった。へし折られた左腕は治癒したが、たまにうずくように痛むみたいだし、繊細な感覚が損なわれたという。まるで他人の左腕が外科手術で移植されたみたいだと彼は言っていた。慢性痛は相変わらず彼を喰い散らかし、痛めつけていた。喘息はぶり返すように悪化し、咳のせいで呼吸することすら苦しそうに見えた。頬はこけて、かつての健康的な美しさはなくなっていた。まるで生きることを望まれていないように見えた。
 左眼の穴ぼこに、彼は花を生ける。それは小さな向日葵で、眼球を真似るように穴ぼこに咲く。咀嚼音と食器音だけが聞こえる食卓に、向日葵の眼球を装着して満足げに笑顔を湛える男が、食事をするでもなくいる。それは真夏の向日葵みたいな笑顔だった。日常に狂気が一滴だけ混じる。その一滴は、日常の色を劇的に変えてしまう。
 19歳となった庵は、クリストファー・ヒルの手引きで渡米する。彼がいなくなって、20歳の私は背徳感を伴う安堵を覚える。きっと彼のことが怖かったんだと思う。暴力を振るわれたわけでも、暴言を吐かれたわけでもない。幼少より仲は良くて、互いに友人もいないから、一緒にいることが多かった。喋りこそしないが、彼との沈黙は苦になったことはない。でも、ただただ私は彼が怖くて仕方なかった。
 庵は命をやすりで削るように描き上げた最後の自画像を、ニューヨークのチェルシーアート街にあるギャラリーが主催する絵画コンペティションへ提出した。

 19歳の庵は、そのコンペティションが終了し、帰国した後にボート上で自殺する。左眼の穴ぼこには、一輪の向日葵が生けられていた。尿道には、パンパンに破裂しそうなほどにカラフルな花々が挿されていた。肛門には、根を張るようにガジュマルの木が挿入されていた。麻の糸で口が縫われて、笑顔が固定されていた。
 彼は遺書を残していた。その紙切れは、油絵具で色鮮やかに汚れていた。そこには「朝食にシリアルを食べようとしたら、牛乳が切れていたので死にます」と書かれており、ドライフラワーが添えられていた。
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