50 / 53
50. 裸の独白
しおりを挟む
彼は裸だった。それから剃毛をしていた。頭髪も眉毛も陰毛も、すべて剃られていた。彼は痛々しく痩せていて、肋骨は肌を破らんばかりに浮き出ていた。顔は少しだけ骨格がしっかりしたように見えた。それは僅かではあるが、美の喪失を示唆していた。喘息はさらに悪化していて、今に血反吐を吐きそうな渇いた咳をしていた。
19歳の庵が自殺する一週間前、私は彼と最後の会話をした。それは会話というより、怒りとも哀しみともとれない感情を剥き出しにした庵の独白だった。
「僕は生まれてくることを歓迎されていなかったことを知っている。倫理はあたかも自らが正義であるという顔をして、僕を粛清しようとする。お前らは僕を理解しようとする努力を放棄し、倫理的ではないと自らの尺度で物を図り、悪であると決めつける。過度な均質化の果てにあるのは、平和な世界ではなく、退屈な世界だろう。人間はそれぞれ違うから、均質化は物事を単純にして、思考を放棄しているだけだ。道徳を盾にして、善人を偽り、創作者を攻撃する。そういう快楽を貪ってるんだろう。芸術家は誰かを傷つけるかもしれない。僕の芸術は心に傷をつける。ただ、善人の皮を被った奴らも、僕の心に傷をつけたくて攻撃をしてきている。やってることは変わらない。あなた方のそれは、芸術ですか?僕のそれも本当に芸術ですか?誰かを殴りたくて、でも悪人らしい悪になる勇気もなくて、善人の皮を被った悪として誰かを殴ってるんだろう。お前らは卑怯者だ。本気で誰かを救う気さえないのに、どうしてそんな嘘がつける。もうそんなことどうでもいいから、頼むから放っておいてくれよ。不愉快だと?そりゃそうだろう。覚悟が足りないからだ。僕は全力で人の心を壊しにいく。それが僕の芸術だ。それが僕の絵画だ。ポリコレがあるなら、芸術はもっと過激になるべきだ。芸術よ、甦れ。芸術よ、復興せよ。
友人に恵まれて幸福なら、表現したいなんて思わないだろ?もう人間であることをやめた。人間は死ぬために生きている。
復讐をして、気持ちが晴れるなんて思わない。ただ、復讐しないままだと壊れてしまいそうになる。復讐は美化され正当化された暴力の亜種だ。
言葉は重ねるほどに嘘くさくなる。描いていないと気が狂いそうになる。表現欲は性欲に似ている。描かないと溜まって気持ち悪い。この熱をぶっかける矛先を探している。日常の感度を高めていく。すべて芸術に直結すると思え。地球上でただひとりにしか理解されなくても、その人の心を動かせれば、僕は嬉しい。誰にも描けない最高傑作を創る。僕のすべてをぶつける。人生すべてを芸術にぶつけて音がしなかったら、それが大きすぎるのか、あるいはそこには何もないのかもしれない。日常を消化していくだけの人生。表現せずに享受するだけの人生。あるいはそれは幸せなのかもしれない。僕は負け犬だ。表現という悪魔に取り憑かれた。描かなければ、この世界から追放される。勝っても勝っても勝っても、救われやしない。僕は救われることはない。こんなことなら、普通の人に生まれたかった。絵画だけが拠り所だった。でも、何かが折れた。僕には芸術なんて無理なんじゃないか。他の芸術家はもっと違う次元で絵画をしているんじゃないか。僕はパンピーなんじゃないか。僕は美術家を脱することができない。芸術家にはなれない。写真機の誕生により、僕はまだ生まれてもいないのに殺されていた。神様、僕の命をあげるから。僕は芸術に生きるしかなかった。絵が唯一の、この世界と僕との繋がりだった。命を削り、絵を描く。最後には削る命もなくなって、それでも描く。僕はアートに命をあげた。この命はなんのためにあるのか。喜んで芸術のために捧げよう。自分の人生を切り売りするのでは足りない。切って売るほどの人生でもないから、人生まるごと売ってしまわねば。芸術のためなら、死すら甘美だ。生きる、死ぬ、生きる、死ぬ、生きる、死ぬ、生きる、死ぬ。死にたいわけじゃない。ただ生まれたくなかった。
ベイカー・アレンはなぜぼろぼろなのか。彼は何もかも背負って潰れてしまった。
もしかすると、現代アートはもう終わっているんじゃないか。娯楽作品のほうが優れている。自らの人生を賭したものは、無価値だったんじゃないか。資本主義においては、投機か見せびらかしの意味でしかない。
天才を描く人間は、天才でなければならない。あなたに言ってるんだよ。あなたに。違う。あなたじゃなくて。あなただよ。あなた。違うよ。あなたじゃなくて。まだわからないの? そう。そうだよ。あなたに言ってるんだよ。あなたは天才なんかじゃない。
悩みがあるなら相談してって偽善者は言うけど、相談したところでわかってなんてくれないじゃないか。僕がずれてるのか、お前らがずれてるのか。僕が世界を拒絶したんじゃない。世界が僕を拒絶したんだ。
長い長い臨死体験をしたとき、僕は僕が僕である記憶がなかった。そこはミレーの『落穂拾い』のような世界だった。僕は他の女性として生きていた。僕にとってあっちのほうが現実みたいで、こっちのほうが夢みたいなんだ。まだ臨死体験をしているかもと思うと怖くなる。死んでも死なない。また生き返る。僕はその円環から抜けることができない。また、生きなければならないなんて、そんなの悲劇じゃないか」
19歳の庵が自殺する一週間前、私は彼と最後の会話をした。それは会話というより、怒りとも哀しみともとれない感情を剥き出しにした庵の独白だった。
「僕は生まれてくることを歓迎されていなかったことを知っている。倫理はあたかも自らが正義であるという顔をして、僕を粛清しようとする。お前らは僕を理解しようとする努力を放棄し、倫理的ではないと自らの尺度で物を図り、悪であると決めつける。過度な均質化の果てにあるのは、平和な世界ではなく、退屈な世界だろう。人間はそれぞれ違うから、均質化は物事を単純にして、思考を放棄しているだけだ。道徳を盾にして、善人を偽り、創作者を攻撃する。そういう快楽を貪ってるんだろう。芸術家は誰かを傷つけるかもしれない。僕の芸術は心に傷をつける。ただ、善人の皮を被った奴らも、僕の心に傷をつけたくて攻撃をしてきている。やってることは変わらない。あなた方のそれは、芸術ですか?僕のそれも本当に芸術ですか?誰かを殴りたくて、でも悪人らしい悪になる勇気もなくて、善人の皮を被った悪として誰かを殴ってるんだろう。お前らは卑怯者だ。本気で誰かを救う気さえないのに、どうしてそんな嘘がつける。もうそんなことどうでもいいから、頼むから放っておいてくれよ。不愉快だと?そりゃそうだろう。覚悟が足りないからだ。僕は全力で人の心を壊しにいく。それが僕の芸術だ。それが僕の絵画だ。ポリコレがあるなら、芸術はもっと過激になるべきだ。芸術よ、甦れ。芸術よ、復興せよ。
友人に恵まれて幸福なら、表現したいなんて思わないだろ?もう人間であることをやめた。人間は死ぬために生きている。
復讐をして、気持ちが晴れるなんて思わない。ただ、復讐しないままだと壊れてしまいそうになる。復讐は美化され正当化された暴力の亜種だ。
言葉は重ねるほどに嘘くさくなる。描いていないと気が狂いそうになる。表現欲は性欲に似ている。描かないと溜まって気持ち悪い。この熱をぶっかける矛先を探している。日常の感度を高めていく。すべて芸術に直結すると思え。地球上でただひとりにしか理解されなくても、その人の心を動かせれば、僕は嬉しい。誰にも描けない最高傑作を創る。僕のすべてをぶつける。人生すべてを芸術にぶつけて音がしなかったら、それが大きすぎるのか、あるいはそこには何もないのかもしれない。日常を消化していくだけの人生。表現せずに享受するだけの人生。あるいはそれは幸せなのかもしれない。僕は負け犬だ。表現という悪魔に取り憑かれた。描かなければ、この世界から追放される。勝っても勝っても勝っても、救われやしない。僕は救われることはない。こんなことなら、普通の人に生まれたかった。絵画だけが拠り所だった。でも、何かが折れた。僕には芸術なんて無理なんじゃないか。他の芸術家はもっと違う次元で絵画をしているんじゃないか。僕はパンピーなんじゃないか。僕は美術家を脱することができない。芸術家にはなれない。写真機の誕生により、僕はまだ生まれてもいないのに殺されていた。神様、僕の命をあげるから。僕は芸術に生きるしかなかった。絵が唯一の、この世界と僕との繋がりだった。命を削り、絵を描く。最後には削る命もなくなって、それでも描く。僕はアートに命をあげた。この命はなんのためにあるのか。喜んで芸術のために捧げよう。自分の人生を切り売りするのでは足りない。切って売るほどの人生でもないから、人生まるごと売ってしまわねば。芸術のためなら、死すら甘美だ。生きる、死ぬ、生きる、死ぬ、生きる、死ぬ、生きる、死ぬ。死にたいわけじゃない。ただ生まれたくなかった。
ベイカー・アレンはなぜぼろぼろなのか。彼は何もかも背負って潰れてしまった。
もしかすると、現代アートはもう終わっているんじゃないか。娯楽作品のほうが優れている。自らの人生を賭したものは、無価値だったんじゃないか。資本主義においては、投機か見せびらかしの意味でしかない。
天才を描く人間は、天才でなければならない。あなたに言ってるんだよ。あなたに。違う。あなたじゃなくて。あなただよ。あなた。違うよ。あなたじゃなくて。まだわからないの? そう。そうだよ。あなたに言ってるんだよ。あなたは天才なんかじゃない。
悩みがあるなら相談してって偽善者は言うけど、相談したところでわかってなんてくれないじゃないか。僕がずれてるのか、お前らがずれてるのか。僕が世界を拒絶したんじゃない。世界が僕を拒絶したんだ。
長い長い臨死体験をしたとき、僕は僕が僕である記憶がなかった。そこはミレーの『落穂拾い』のような世界だった。僕は他の女性として生きていた。僕にとってあっちのほうが現実みたいで、こっちのほうが夢みたいなんだ。まだ臨死体験をしているかもと思うと怖くなる。死んでも死なない。また生き返る。僕はその円環から抜けることができない。また、生きなければならないなんて、そんなの悲劇じゃないか」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる