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52. 油絵の具で色鮮やかに汚れたボート上で
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自傷は、唯一他人を傷つけずに誰かを傷つける方法。自殺は、唯一他人を殺さずに誰かを殺す方法。殺人という罪を犯し、それと同時に自らで自らを罰する。
19歳の庵は朝食にシリアルを食べようとしたが、牛乳が切れていた。お気に入りの椅子に腰掛け、器に盛られたシリアルを見つめながら暫く考えたが、結局牛乳なしで鳥の餌のようなシリアルをかりかり食べた。人生最後の食事となるシリアルを咀嚼しながら、そこらにあったノートをちぎって、雑な字で遺書を残す。
自殺のための油絵の具はこだわり抜いて選別した。ニューヨークのチェルシーアート街にあるギャラリーが主催する絵画コンペティションへ提出した絵を描いたのと同じ画材だった。亜麻仁油と鉱物の顔料粉末をペインティングナイフで粘度が出るまで練る。油絵の具を剃毛された全身に塗りたくる。絵筆がくすぐったくて、独りでけらけら笑いながら塗った。その絵の具が、彼の死装束だった。
麻の糸で口元を笑顔の形のまま縫いつける。肉を針が貫通するときにも、神経が根絶えて麻痺したみたいに、痛みは不思議となかった。それに慢性痛もなかった。痛みという錘がないと、身体が軽く感じた。
靄がかった早朝に、ボートで湖に漕ぎ出でる。赤。青。黄。緑。髪のない頭は、眉のない顔は、陰毛のない身体は、油絵の具の原色で色鮮やかに染められていた。その原色に縁取られ、白い眼球が微かに発光しているかのように際立つ。油絵の具の原色が、鮮やかにボートを汚していた。湖。朝靄。木々。鳥の群れ。油絵の具で汚れたボート。見えるのはそんなものだ。
油絵の具で色鮮やかに汚れたボート上で、19歳の庵は呼吸を止める。彼には二人の父と、二人の兄がいた。彼はとても不器用で、生きるのが下手だった。
1 2 3 4 5 6 7 8 10…………………60 61 62 63。秒ごとに死へとにじり寄る。
19歳の庵は朝食にシリアルを食べようとしたが、牛乳が切れていた。お気に入りの椅子に腰掛け、器に盛られたシリアルを見つめながら暫く考えたが、結局牛乳なしで鳥の餌のようなシリアルをかりかり食べた。人生最後の食事となるシリアルを咀嚼しながら、そこらにあったノートをちぎって、雑な字で遺書を残す。
自殺のための油絵の具はこだわり抜いて選別した。ニューヨークのチェルシーアート街にあるギャラリーが主催する絵画コンペティションへ提出した絵を描いたのと同じ画材だった。亜麻仁油と鉱物の顔料粉末をペインティングナイフで粘度が出るまで練る。油絵の具を剃毛された全身に塗りたくる。絵筆がくすぐったくて、独りでけらけら笑いながら塗った。その絵の具が、彼の死装束だった。
麻の糸で口元を笑顔の形のまま縫いつける。肉を針が貫通するときにも、神経が根絶えて麻痺したみたいに、痛みは不思議となかった。それに慢性痛もなかった。痛みという錘がないと、身体が軽く感じた。
靄がかった早朝に、ボートで湖に漕ぎ出でる。赤。青。黄。緑。髪のない頭は、眉のない顔は、陰毛のない身体は、油絵の具の原色で色鮮やかに染められていた。その原色に縁取られ、白い眼球が微かに発光しているかのように際立つ。油絵の具の原色が、鮮やかにボートを汚していた。湖。朝靄。木々。鳥の群れ。油絵の具で汚れたボート。見えるのはそんなものだ。
油絵の具で色鮮やかに汚れたボート上で、19歳の庵は呼吸を止める。彼には二人の父と、二人の兄がいた。彼はとても不器用で、生きるのが下手だった。
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