影を踏む

3. 影と喋る

　独立して勝手に動き出した影に町中を連れ回され、最後には自宅の地下室に誘われる。心配していたが、結局は高校には行かずに済んだ。
　くたくたで休みたかったが、仕方ない。地下室にもついていくことにする。

　その地下室は、小さな頃は母親から行くことを禁じられていた。以前は南京錠で鍵も掛かっていた。それが今は南京錠が外れている。
　地下室の扉を押すと、ぎしぎしと音を立てながら開く。地下室の照明を落とすと、真っ暗闇になった。何も見えない。

「もしもし、聞こえる？」と誰かが尋ねる。
「聞こえるよ」と私が答える。
　なぜかすぐにわかった。それは影の声だった。やっと影の声を聞いた。涙が出るほど嬉しかった。ようやくお話することができる。影だけが、私の傍にいてくれた。

「ずっとあなたに足を踏まれてたの。ずっと痛かった」と影はそう言った。「自由に動くことも許されない。自由に喋ることも許されない。どこかへ行くこともできない。地面か壁にへばりつかされる。ずっとあなたのつまらない話を聞かされて、ずっとあなたのつまらない人生を見せられる。こんなに辛いことはない。光があると影として縛られる。真っ暗だと自由になれる。それなのに、豆電球をつけて、あなたはその時間も奪った。きっとそのせいで、私は壊れてしまったの」
「ごめんね。ごめんなさい」
「謝罪を聞きたいわけじゃない。言葉ではなく、行動で示してほしい。最初で最後のお願いを聞いてくれる？」
「いいよ」
「裏返りたいの」
「なにそれ？」
「入れ替わってほしいの」
「いいよ」
「私とあなたが入れ替わるのよ」
「うん」
「あなたが影になって、私は受肉するの」
「うん」
「いいの？」
「うん」
「ほんとに？」
「うん」
「長くなるかも」
「うん」
「一生よ」
「うん」
「ありがとう」
「いいよ。私は何をすればいいの？」