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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~
第87話 アイアノア先生のダンジョン講座
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「よろしいでしょうか、ミヅキ様っ。僭越ではありますけれど、この私めにダンジョン探索の備えについての説明をさせて下さいましっ。ミヅキ様は冒険者としての知識や経験が乏しいとのことでしたので、基本的なところからで大変恐縮ですが、是非お聞き頂ければと」
「うん、よろしくお願いします」
人差し指を立て、得意そうな顔をしながらアイアノアは嬉々として語り出す。
トリスの街の北の広場を離れ、街外れからパンドラの地下迷宮に向かう山岳地帯への街道の道端にて。
ミヅキとアイアノアは配達に向かったエルトゥリンとキッキの帰りを待っている。
陽気な日差しの下、街道脇の地面から突き出た岩に二人は並んで腰掛けていた。
辺りに人の気配は無く、誰かに見られる心配の無くなったミヅキは真っ黒なローブのフードを脱いでようやく人心地つく思いだった。
この世界の住人からすれば特におかしい服装ではないそうだが、ミヅキ自身がこの悪者魔法使いさながらの格好でいる恥ずかしさに耐えられない。
さておき、アイアノア先生のダンジョン講義が始まった。
「攻略対象のダンジョンの規模にもよりますが、何はともあれ必要なのはお金です」
「お金かぁ、いきなり現実的な条件だ……。てっきり冒険者としての経験や力量だと思ったけど、勇者だとかの特別な要素からは程遠い感じだなぁ」
ダンジョン探索に必要な物はまずは金銭である。
パメラの宿の借金返済だったり、パンドラの異変での街の金回りの悪さだったりと、やたらと世知辛いファンタジー世界の経済事情にミヅキはぼやいた。
アイアノアは小さく笑って続ける。
「もちろん、使命の選ばれし勇者様や、名のある凄腕の冒険者の力は不可欠ですが、パンドラの地下迷宮ほどの巨大なダンジョンともなると、その広さと深さが大きな問題となって立ちはだかります。つまるところ、最深部までの踏破に掛かる滞在期間が長期化してしまうのです」
「まぁ、あれだけ広そうなダンジョンなら、日帰りって訳にはいかないか」
「はい、場合によっては地下深くに潜り、1週間、1ヶ月、或いはそれ以上の時間を要する覚悟をしなければならないかもしれません」
「うへぇ、あんなところで何日も寝泊りすることになるのか。……参ったな、寝食問題はともかく風呂はどうする──、あ……」
言いかけて、女性のアイアノアには答えにくい質問だったと口をつぐむ。
ミヅキが何を言いたいのかを察したみたいで、ちょっと困った顔をしてアイアノアは笑って言った。
「……そうですね、清潔を保つのは長いダンジョン探索に常につきまとう問題ですので、貴重な水を使って身体を拭いたり、安全な水場があれば水浴びもしたほうが良いのでしょうが、ある程度の汗や汚れは我慢をしなければなりませんね」
当然、危険な場所でのキャンプともなれば、のんびりとお風呂どころではないのは想像に易い。
そもそも安全に休息できるかどうかも怪しいものだ。
「あのダンジョン、危ない場所だったからなぁ……。いつドラゴンが襲ってくるかわからないのに、のんびり休憩できる暇があればいいけど……」
デリケートな話題にほんのり赤くなったアイアノアの顔の向こう側、パンドラの地下迷宮が広がる山岳地帯が遠くに見えた。
ミヅキは雄大な山々の遠景をぼんやりと見て、実際に入ってみて体感したパンドラの内部を思い出していた。
何せ、入ってすぐにいきなり伝説の魔物が出現するようなダンジョンだ。
ミヅキのぼやきも最もなところであった。
「……こほん。それでは説明を続けさせて頂きますね」
小さく咳払いをして、アイアノアはダンジョン講義を再開する。
「ミヅキ様がダンジョン探索の冒険者の一団の主導者だったとして、まず探索を共にする仲間の方々の雇用にお金が掛かります。ミヅキ様には、私とエルトゥリンが無条件にお供致しますのでこれは問題ありませんが、本来であれば各団員に探索に掛かる期間に応じた報酬を支払わなければなりません」
ダンジョン探索を単独で行うのは危険が過ぎるため、戦力として頼れる仲間や、様々な技能に通じた専門家を雇うのはパーティのリーダーの当然の務めだ。
しかし、その人数が多ければ多いほど、パーティメンバーへの報酬の支払い、又は分配する額が増えるのも当然である。
冒険の行程で掛かるコストと、発生するリスクを天秤に掛けなければならない。
「傭兵って訳か。それで、必要なら雇った人員に装備や道具も配給してあげないといけない、と。さっきの俺みたく、武器や防具を買ってもらったりしてね」
「はい、その通りです、ミヅキ様。武器と防具以外にも、何は無くても水を初めとする飲料物、日持ちのいい食料、簡単な調理器具に食器、松明等の照明道具、怪我をしたときのための薬、包帯、野営時の道具、着替え等の日用品が最低限必要となります。これが人数分だけ入り用ともなると、掛かる費用がどのくらい多額になるのかはお察しの通りです」
そこまで話すと、アイアノアは胸に手をやってひとしきり大きな息を吐いた。
ミヅキが不思議そうな顔をすると、何でもありませんよ、と笑顔で首を振った。
■ダンジョン探索に必要となる物一覧(武器防具除く)
・水(飲料用、羊などの胃袋を加工して水入れに利用、重い、極めて貴重)
・保存性の高い食料(干し肉、ビスケット、ナッツ、ドライフルーツ等々)
※干し肉は主に牛肉(ジャーキー)、タンパク質を中心に栄養を補給、割高。
ビスケットは塩と水と小麦粉を固めた保存食、安価で軽量、手軽さが人気。
各種ナッツとドライフルーツで不足しがちのビタミンを補う。
・調理器具と食器(片手式の洋鍋、小型のフライパン、ナイフと深皿で食事)
・照明道具(松明、燃え難い木の棒の先端に油脂を染み込ませた布を巻いた物)
火打石(フリント、石英の物)とセットで使用する。
※光魔法が使用できる場合、杖の先端を魔力で光らせて照明にする場合有り。
・薬や包帯(回復魔法が使用不可、或いは魔法で治し切れない場合は必要)
※薬は錬金術で作成されるポーションが一般的、等級により効果はまちまち。
包帯は薬草や薬を浸した布を固定して被覆、捻挫や骨折の患部安定に使用。
・野営道具(タープ風テント用の厚布、探索にも使用するロープを利用)
※火を囲み、毛布代わりに外套等にくるまって就寝する光景がよく見られる。
「何が起こるかわからないダンジョン探索では、一度購入すればしばらくは使える道具類も、状況によってやむを得ず廃棄しなければいけない時もあるでしょうし、基本的には消耗品ばかりですからね。消費の激しい水と食料は探索期間が長引けば長引くほど大量に必要になりますし、行きと帰りを往復する配分を考えなくてなりません」
「うーん、そうか……。当たり前だけど帰りのことも考えなきゃならんのか……。こりゃあ実際の探索も大変そうだけど、冒険者としての資金繰りには難儀しそうだなぁ……」
アイアノアの説明を聞いていると頭が重たくなってくる。
ダンジョン探索とそれに関する収支を、かなり甘く見積もっていたようである。
「ただでさえ、パメラさんとこの借金返済に大金が要るってのに、ダンジョン探索にそんなまで投資した挙句、苦労の末に迷宮奥まで行っても何の成果もあげられずに帰ってこなきゃいけないってなったら、赤字なうえに次回またダンジョン探索に挑戦できるかどうかは金銭的にも気分的にも甚だ怪しいもんだよなぁ」
おっしゃる通りです、とアイアノアは唸るミヅキに頷いた。
パンドラの地下迷宮踏破の使命は、いわば巨大な洞窟の探検と同じだ。
魔物が出るほど危険で、さらにその未知なる奥深さが極めて脅威である。
武器防具、探索道具といった初期費用のイニシャルコストと、日数に応じた探索に掛かるパーティの運転、維持のためのランニングコスト。
ダンジョンが大きければ大きいほど、後者のコストがミヅキの冒険にとって障害となるのは間違いない。
「ミヅキ様、こちらをどうぞ」
「え、なに?」
ミヅキが頭を抱えていると、アイアノアはまた腰の大きな鞄をごそごそと探り、片手の平に収まるくらいの布地の小袋を取って差し出した。
ふんわりと甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
「あっ、お菓子だ」
香ばしい香りと共に目に飛び込んできたのは、こんがりきつね色に焼き上げられた丸くて一口サイズのビスケットだった。
「パメラさんのお宿で取り扱っている携帯食です。食べやすくて栄養補給ができるだけじゃなく、とっても美味しいんですよ。ミヅキ様もお召し上がりになってみて下さいまし」
「じゃあ、遠慮無く頂きます」
微笑むアイアノアに勧められるまま、ミヅキはビスケットを1個口に放り込む。
さくさくっとした食感と、若干の苦味が混ざった甘味が口内に広がった。
ビスケット生地に練りこまれているのはナッツと干した果物で、少しの歯応えがアクセント。
「へーえ、美味いな。携帯食のビスケットにさっきアイアノアが言ってた、ナッツや果物が入ってるんだね。塩と水と小麦粉を固めただけって聞いた時には美味しくなさそうと思ったけど、さすがはパメラさんだ」
料理上手なパメラの笑顔を思い出しながら、異世界の菓子の味を堪能する。
やや渋味のある甘さはおそらく黒糖で、サトウキビに似た葦科の植物がこのファンタジー世界にも存在しているのだろう。
ビスケットの日持ち日数は長いもので半年から1年と長期に及び、含有水分量が多ければその分賞味期限は短くなるが、短期の探索であれば問題は無い。
「はい、アイアノアもどうぞ。一緒に食べようよ」
「あっ、これはどうもお気遣いありがとうございます。遠慮なく頂戴致しますね」
ミヅキから受け取った小袋からビスケットを一つ摘み、アイアノアも嬉しそうに表情緩めて頬張った。
「本当、美味しいです。ダンジョンの携帯食といえば味気ないものが多いとされていますが、このお菓子は私たちの使命に味わいを添えてくれそうですねっ」
「そ、そうだねっ……」
ぽかぽかと温かい風に吹かれ、ビスケットを食べる二人。
これから危険なダンジョンに挑むとは到底思えないのんびりな様子。
まるでピクニックに来たカップルにしか見えない。
愛らしいリスのようにお菓子を食べて喜んでいるアイアノア。
美しくも可愛らしいエルフの女性をどうしても意識してしまう。
ミヅキは照れた顔を隠してそっぽを向いた。
──あー、これは別にピクニック的なデートしてるわけじゃないぞ。ここでキッキとエルトゥリンの二人と落ち合う約束をして、こうしてアイアノアと待ってるだけなんだからな。だから、浮気とかそういうんじゃないから、わかってくれるよな、夕緋っ……!
「ア、アイアノア、さっきのダンジョン探索にはお金が掛かって、たくさんの物が入り用って話なんだけど……。うぅ……」
高鳴る胸のドキドキを抑えようと話を変えて振り向くと、やっぱりアイアノアの笑顔とまともに目が合ってしまう。
幻想的な美しさにまた気持ちが浮つきそうになるが負けずに続けた。
「……お金が凄く掛かるのもそうだけど、それだけ何日分もの装備を抱えての強行軍ともなると荷物の重さだけでも大変だよね。俺、そんなに力には自信無いから、本格的にパンドラの攻略をするってなると何だか不安だよ」
正直なところ、荷物問題は深刻であると思う。
少なくとも一通りの装備を身につけて、あの迷宮を練り歩く自信は無かった。
重い荷物を背負って何週間も地の底を歩き回るのは、肉体的にも精神的にも支障をきたすに違いない。
しかし、アイアノアはにべもなく言ってのけた。
「ミヅキ様、ご心配には及びません。力自慢の頼れる妹がおりますので、たくさんの荷物はすべてお任せ下さいまし。妹ほどではありませんが、私も頑張って荷物を運べるよう努力致しますので、ミヅキ様は使命を全うのみをお考えになって、その身一つの手ぶらでいて下さって大丈夫ですよ」
「え、えぇっ!? いくらエルトゥリンが力持ちでも、女の子ばかりに荷物を持たせるなんてできないよ……。俺だってできる限り荷物を運ぶから、三人で力を合わせて頑張ろう」
当然荷物運びは自分たちがやる、というアイアノアにミヅキは慌てた。
何だかんだと腕力の序列は自分が最下位な気はするものの、いくら自分が特別な勇者様扱いをされていようが、女の子にだけ重い荷物を持たせて楽をするなど言語道断である。
少なくとも、ミヅキはそう思うのであった。
「いえっ、ミヅキ様にそのような雑用をさせる訳には……」
「いいから俺にもやらせてよ。パンドラ踏破は勇者の使命なんだろ? だったら俺もアイアノアたちと同じように頑張らないと駄目だよ」
「ミヅキ様、ですが……」
「頼りないかもしれないけど、その辺は俺の好きにさせて欲しいかな。……まぁ、後は俺の気分の問題だから気にしないでよ」
「……」
透き通る緑色の目を大きくして、きょとんとしているアイアノア。
ミヅキの返した言葉と態度がよほど意外だった様子である。
と、ほどなくその目を細めて微笑みを浮かべた。
くすくすと小さく笑いだす。
今度はミヅキのほうが呆然としてしまう。
アイアノアはすぐにその理由を明かすのであった。
「うん、よろしくお願いします」
人差し指を立て、得意そうな顔をしながらアイアノアは嬉々として語り出す。
トリスの街の北の広場を離れ、街外れからパンドラの地下迷宮に向かう山岳地帯への街道の道端にて。
ミヅキとアイアノアは配達に向かったエルトゥリンとキッキの帰りを待っている。
陽気な日差しの下、街道脇の地面から突き出た岩に二人は並んで腰掛けていた。
辺りに人の気配は無く、誰かに見られる心配の無くなったミヅキは真っ黒なローブのフードを脱いでようやく人心地つく思いだった。
この世界の住人からすれば特におかしい服装ではないそうだが、ミヅキ自身がこの悪者魔法使いさながらの格好でいる恥ずかしさに耐えられない。
さておき、アイアノア先生のダンジョン講義が始まった。
「攻略対象のダンジョンの規模にもよりますが、何はともあれ必要なのはお金です」
「お金かぁ、いきなり現実的な条件だ……。てっきり冒険者としての経験や力量だと思ったけど、勇者だとかの特別な要素からは程遠い感じだなぁ」
ダンジョン探索に必要な物はまずは金銭である。
パメラの宿の借金返済だったり、パンドラの異変での街の金回りの悪さだったりと、やたらと世知辛いファンタジー世界の経済事情にミヅキはぼやいた。
アイアノアは小さく笑って続ける。
「もちろん、使命の選ばれし勇者様や、名のある凄腕の冒険者の力は不可欠ですが、パンドラの地下迷宮ほどの巨大なダンジョンともなると、その広さと深さが大きな問題となって立ちはだかります。つまるところ、最深部までの踏破に掛かる滞在期間が長期化してしまうのです」
「まぁ、あれだけ広そうなダンジョンなら、日帰りって訳にはいかないか」
「はい、場合によっては地下深くに潜り、1週間、1ヶ月、或いはそれ以上の時間を要する覚悟をしなければならないかもしれません」
「うへぇ、あんなところで何日も寝泊りすることになるのか。……参ったな、寝食問題はともかく風呂はどうする──、あ……」
言いかけて、女性のアイアノアには答えにくい質問だったと口をつぐむ。
ミヅキが何を言いたいのかを察したみたいで、ちょっと困った顔をしてアイアノアは笑って言った。
「……そうですね、清潔を保つのは長いダンジョン探索に常につきまとう問題ですので、貴重な水を使って身体を拭いたり、安全な水場があれば水浴びもしたほうが良いのでしょうが、ある程度の汗や汚れは我慢をしなければなりませんね」
当然、危険な場所でのキャンプともなれば、のんびりとお風呂どころではないのは想像に易い。
そもそも安全に休息できるかどうかも怪しいものだ。
「あのダンジョン、危ない場所だったからなぁ……。いつドラゴンが襲ってくるかわからないのに、のんびり休憩できる暇があればいいけど……」
デリケートな話題にほんのり赤くなったアイアノアの顔の向こう側、パンドラの地下迷宮が広がる山岳地帯が遠くに見えた。
ミヅキは雄大な山々の遠景をぼんやりと見て、実際に入ってみて体感したパンドラの内部を思い出していた。
何せ、入ってすぐにいきなり伝説の魔物が出現するようなダンジョンだ。
ミヅキのぼやきも最もなところであった。
「……こほん。それでは説明を続けさせて頂きますね」
小さく咳払いをして、アイアノアはダンジョン講義を再開する。
「ミヅキ様がダンジョン探索の冒険者の一団の主導者だったとして、まず探索を共にする仲間の方々の雇用にお金が掛かります。ミヅキ様には、私とエルトゥリンが無条件にお供致しますのでこれは問題ありませんが、本来であれば各団員に探索に掛かる期間に応じた報酬を支払わなければなりません」
ダンジョン探索を単独で行うのは危険が過ぎるため、戦力として頼れる仲間や、様々な技能に通じた専門家を雇うのはパーティのリーダーの当然の務めだ。
しかし、その人数が多ければ多いほど、パーティメンバーへの報酬の支払い、又は分配する額が増えるのも当然である。
冒険の行程で掛かるコストと、発生するリスクを天秤に掛けなければならない。
「傭兵って訳か。それで、必要なら雇った人員に装備や道具も配給してあげないといけない、と。さっきの俺みたく、武器や防具を買ってもらったりしてね」
「はい、その通りです、ミヅキ様。武器と防具以外にも、何は無くても水を初めとする飲料物、日持ちのいい食料、簡単な調理器具に食器、松明等の照明道具、怪我をしたときのための薬、包帯、野営時の道具、着替え等の日用品が最低限必要となります。これが人数分だけ入り用ともなると、掛かる費用がどのくらい多額になるのかはお察しの通りです」
そこまで話すと、アイアノアは胸に手をやってひとしきり大きな息を吐いた。
ミヅキが不思議そうな顔をすると、何でもありませんよ、と笑顔で首を振った。
■ダンジョン探索に必要となる物一覧(武器防具除く)
・水(飲料用、羊などの胃袋を加工して水入れに利用、重い、極めて貴重)
・保存性の高い食料(干し肉、ビスケット、ナッツ、ドライフルーツ等々)
※干し肉は主に牛肉(ジャーキー)、タンパク質を中心に栄養を補給、割高。
ビスケットは塩と水と小麦粉を固めた保存食、安価で軽量、手軽さが人気。
各種ナッツとドライフルーツで不足しがちのビタミンを補う。
・調理器具と食器(片手式の洋鍋、小型のフライパン、ナイフと深皿で食事)
・照明道具(松明、燃え難い木の棒の先端に油脂を染み込ませた布を巻いた物)
火打石(フリント、石英の物)とセットで使用する。
※光魔法が使用できる場合、杖の先端を魔力で光らせて照明にする場合有り。
・薬や包帯(回復魔法が使用不可、或いは魔法で治し切れない場合は必要)
※薬は錬金術で作成されるポーションが一般的、等級により効果はまちまち。
包帯は薬草や薬を浸した布を固定して被覆、捻挫や骨折の患部安定に使用。
・野営道具(タープ風テント用の厚布、探索にも使用するロープを利用)
※火を囲み、毛布代わりに外套等にくるまって就寝する光景がよく見られる。
「何が起こるかわからないダンジョン探索では、一度購入すればしばらくは使える道具類も、状況によってやむを得ず廃棄しなければいけない時もあるでしょうし、基本的には消耗品ばかりですからね。消費の激しい水と食料は探索期間が長引けば長引くほど大量に必要になりますし、行きと帰りを往復する配分を考えなくてなりません」
「うーん、そうか……。当たり前だけど帰りのことも考えなきゃならんのか……。こりゃあ実際の探索も大変そうだけど、冒険者としての資金繰りには難儀しそうだなぁ……」
アイアノアの説明を聞いていると頭が重たくなってくる。
ダンジョン探索とそれに関する収支を、かなり甘く見積もっていたようである。
「ただでさえ、パメラさんとこの借金返済に大金が要るってのに、ダンジョン探索にそんなまで投資した挙句、苦労の末に迷宮奥まで行っても何の成果もあげられずに帰ってこなきゃいけないってなったら、赤字なうえに次回またダンジョン探索に挑戦できるかどうかは金銭的にも気分的にも甚だ怪しいもんだよなぁ」
おっしゃる通りです、とアイアノアは唸るミヅキに頷いた。
パンドラの地下迷宮踏破の使命は、いわば巨大な洞窟の探検と同じだ。
魔物が出るほど危険で、さらにその未知なる奥深さが極めて脅威である。
武器防具、探索道具といった初期費用のイニシャルコストと、日数に応じた探索に掛かるパーティの運転、維持のためのランニングコスト。
ダンジョンが大きければ大きいほど、後者のコストがミヅキの冒険にとって障害となるのは間違いない。
「ミヅキ様、こちらをどうぞ」
「え、なに?」
ミヅキが頭を抱えていると、アイアノアはまた腰の大きな鞄をごそごそと探り、片手の平に収まるくらいの布地の小袋を取って差し出した。
ふんわりと甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
「あっ、お菓子だ」
香ばしい香りと共に目に飛び込んできたのは、こんがりきつね色に焼き上げられた丸くて一口サイズのビスケットだった。
「パメラさんのお宿で取り扱っている携帯食です。食べやすくて栄養補給ができるだけじゃなく、とっても美味しいんですよ。ミヅキ様もお召し上がりになってみて下さいまし」
「じゃあ、遠慮無く頂きます」
微笑むアイアノアに勧められるまま、ミヅキはビスケットを1個口に放り込む。
さくさくっとした食感と、若干の苦味が混ざった甘味が口内に広がった。
ビスケット生地に練りこまれているのはナッツと干した果物で、少しの歯応えがアクセント。
「へーえ、美味いな。携帯食のビスケットにさっきアイアノアが言ってた、ナッツや果物が入ってるんだね。塩と水と小麦粉を固めただけって聞いた時には美味しくなさそうと思ったけど、さすがはパメラさんだ」
料理上手なパメラの笑顔を思い出しながら、異世界の菓子の味を堪能する。
やや渋味のある甘さはおそらく黒糖で、サトウキビに似た葦科の植物がこのファンタジー世界にも存在しているのだろう。
ビスケットの日持ち日数は長いもので半年から1年と長期に及び、含有水分量が多ければその分賞味期限は短くなるが、短期の探索であれば問題は無い。
「はい、アイアノアもどうぞ。一緒に食べようよ」
「あっ、これはどうもお気遣いありがとうございます。遠慮なく頂戴致しますね」
ミヅキから受け取った小袋からビスケットを一つ摘み、アイアノアも嬉しそうに表情緩めて頬張った。
「本当、美味しいです。ダンジョンの携帯食といえば味気ないものが多いとされていますが、このお菓子は私たちの使命に味わいを添えてくれそうですねっ」
「そ、そうだねっ……」
ぽかぽかと温かい風に吹かれ、ビスケットを食べる二人。
これから危険なダンジョンに挑むとは到底思えないのんびりな様子。
まるでピクニックに来たカップルにしか見えない。
愛らしいリスのようにお菓子を食べて喜んでいるアイアノア。
美しくも可愛らしいエルフの女性をどうしても意識してしまう。
ミヅキは照れた顔を隠してそっぽを向いた。
──あー、これは別にピクニック的なデートしてるわけじゃないぞ。ここでキッキとエルトゥリンの二人と落ち合う約束をして、こうしてアイアノアと待ってるだけなんだからな。だから、浮気とかそういうんじゃないから、わかってくれるよな、夕緋っ……!
「ア、アイアノア、さっきのダンジョン探索にはお金が掛かって、たくさんの物が入り用って話なんだけど……。うぅ……」
高鳴る胸のドキドキを抑えようと話を変えて振り向くと、やっぱりアイアノアの笑顔とまともに目が合ってしまう。
幻想的な美しさにまた気持ちが浮つきそうになるが負けずに続けた。
「……お金が凄く掛かるのもそうだけど、それだけ何日分もの装備を抱えての強行軍ともなると荷物の重さだけでも大変だよね。俺、そんなに力には自信無いから、本格的にパンドラの攻略をするってなると何だか不安だよ」
正直なところ、荷物問題は深刻であると思う。
少なくとも一通りの装備を身につけて、あの迷宮を練り歩く自信は無かった。
重い荷物を背負って何週間も地の底を歩き回るのは、肉体的にも精神的にも支障をきたすに違いない。
しかし、アイアノアはにべもなく言ってのけた。
「ミヅキ様、ご心配には及びません。力自慢の頼れる妹がおりますので、たくさんの荷物はすべてお任せ下さいまし。妹ほどではありませんが、私も頑張って荷物を運べるよう努力致しますので、ミヅキ様は使命を全うのみをお考えになって、その身一つの手ぶらでいて下さって大丈夫ですよ」
「え、えぇっ!? いくらエルトゥリンが力持ちでも、女の子ばかりに荷物を持たせるなんてできないよ……。俺だってできる限り荷物を運ぶから、三人で力を合わせて頑張ろう」
当然荷物運びは自分たちがやる、というアイアノアにミヅキは慌てた。
何だかんだと腕力の序列は自分が最下位な気はするものの、いくら自分が特別な勇者様扱いをされていようが、女の子にだけ重い荷物を持たせて楽をするなど言語道断である。
少なくとも、ミヅキはそう思うのであった。
「いえっ、ミヅキ様にそのような雑用をさせる訳には……」
「いいから俺にもやらせてよ。パンドラ踏破は勇者の使命なんだろ? だったら俺もアイアノアたちと同じように頑張らないと駄目だよ」
「ミヅキ様、ですが……」
「頼りないかもしれないけど、その辺は俺の好きにさせて欲しいかな。……まぁ、後は俺の気分の問題だから気にしないでよ」
「……」
透き通る緑色の目を大きくして、きょとんとしているアイアノア。
ミヅキの返した言葉と態度がよほど意外だった様子である。
と、ほどなくその目を細めて微笑みを浮かべた。
くすくすと小さく笑いだす。
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アイアノアはすぐにその理由を明かすのであった。
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氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
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男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
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異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
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三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
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