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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~
第93話 エルフとキャンプ
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「これで良し、と」
アイアノアの白い指がパンドラの地下迷宮の床に、青い石をそっと置いた。
跪いて両手を組み、瞳を閉じて何事かを唱えて念じる。
すると、石は彼女の意思に応え、淡い光を放ち始めた。
それと同じことを繰り返し、青い石を四隅に配置した四角いスペースを作る。
「エルトゥリン、ご苦労様。もういいよ」
四角形の場所の外側で、付近を警戒して歩哨に立っていたエルトゥリンにアイアノアは声を掛けた。
何も言わず頷き、領域内にエルトゥリンが足を踏み入れる。
と、彼女が内側に入った途端、空間が波打って揺らいで見えた。
急に四角の領域の外が霧が掛かったみたいに白み、不明瞭にぼやける。
「ミヅキ様、お待たせしました。知覚遮蔽の結界、完成致しましたよ」
アイアノアは大きなウエストバッグの荷物を下ろし、すでに結界内に座り込んでいるミヅキににこやかに微笑んだ。
三人を囲む淡い光、青い石の四角い場所は隠遁の結界。
森のマナを宿した魔石が織り成す秘した空間、隠者の領域。
結界の内側を感知不能にする、エルフが編み出した潜伏の魔法である。
外敵からの脅威を物理的に防ぐのも重要だが、そもそも見つからず気づかれないに越したことはない。
「へぇ、アイアノアって本当凄いよなぁ。何でもできるんだもんなぁ」
ミヅキはアイアノアの多才さに、ため息と一緒に感心の声を漏らした。
その後もてきぱきと、地面からせり出した石のかまどの上に、片手式の底深い洋鍋を掛けたり、羊の胃袋を加工した水入れを取り出したりしている。
エルフの彼女は戦いや魔法だけでなく、炊事の覚えも確からしい。
「あっ、うふふっ、お褒めに与り大変光栄です。ミヅキ様も素敵なかまどを作って下さり、ありがとうございます。すぐに昼食の支度を致しますので、もう少しだけお待ち下さいまし」
「あ、ああ、うん、お願いします……」
アイアノアは満面の微笑みを浮かべ、いそいそと作業を進めていく。
エルフの女の子に世話になるのが照れくさく、ミヅキはそわそわしている。
切り出したみたいな綺麗に整った石で組まれた石窯は、ゴーレムの岩石生成の技能を用いてミヅキが地面から生やしたものだ。
アーチ状の燃料投入口が正面に空いており、放射熱を逃がさないように四方を石の壁で囲い、上面の穴に鍋等の調理器具を乗せ、その底面を熱せられるようにしたシンプルな構造の石のかまどである。
「ふぅん、ミヅキの能力は便利ね。かまどまで作れちゃうんだ」
エルトゥリンはナッツ入りのビスケットをぽりぽり食べながら、即席のかまどを無感動そうに見ていた。
「二人にはこうしてご飯を用意してもらったり、荷物持ってもらったりしてるからね。俺の能力が役に立つんなら、これくらいのことはするよ」
申し訳なさそうに言うミヅキに、エルトゥリンは不思議そうに眉をひそめる。
「ミヅキには使命を果たしてもらわなくちゃいけないんだから気にしなくていい。色々とお世話だってするし、こき使ってもらっても構わない」
食事の用意や荷物運びなど。
それら雑用は当然自分たちがするものだと思っているようだ。
エルトゥリンはミヅキが何故働こうとしているのかわからない様子だった。
「ミヅキはパンドラ踏破の使命のことだけ考えていて。余分な仕事を抱えて、肝心の使命がおろそかになると困るから楽にしてていいよ」
「えっ、そ、そっか……」
ありがた迷惑とばかりに素っ気なく言われ、ミヅキはしゅんとなってしまう。
「エルトゥリン、ミヅキ様は私たちにお気遣いをして下さっているのよ。そのうえで、雑事の苦労も分かち合いたいとのお気持ちなのだから、そんな風に無下にしては駄目よ。そうですよね、ミヅキ様」
「う、うん、まぁそんなところだよ……」
見かねたアイアノアがそう言って、にっこりと目配せしてくる。
そんな様子を見て、エルトゥリンは怪訝そうに短くため息をついた。
「わかった、姉様がそう言うなら。……雑用なんて私と姉様に任せておけばいいのに、変なミヅキ」
役割分担と適材適所の考えが徹底しているのか、ミヅキのささやかな漢気はエルトゥリンには理解されなかったようだ。
それとも使用人のする雑用を主人がやるのは卑しいと思われ、軽んじられる風潮でもあるのかもしれない。
「あっ、アイアノア、今からそれを使って火を起こすの?」
「はい、ご察しの通り、こちらの魔石を使います」
ミヅキはアイアノアが鞄から取り出した物を見て身を乗り出した。
それは赤い宝石のような石、──魔石と呼ばれる物である。
ミヅキたち一行は魔物たちと戦闘した場所から少し先に進み、回廊のやや壁際の一角に昼食を摂るためのキャンプ地を構えていた。
あのムカデの魔物の死骸が散乱しているところでの昼食は勘弁願いたかったし、壁際過ぎると隙間や天井から壁伝いに何か別の魔物が現れる気がして、落ち着いて休息できる場所が欲しかったのだ。
「魔石って便利だよなぁ。これって火の魔石?」
「はい、少し念じれば魔石に宿った炎が解き放たれます。魔石には術者の技量次第であらゆる魔力を込めることができるんですよ」
「いいな、それ。何でもエネルギーを入れられる電池みたいなもんか」
「え、でんち……?」
「あぁ、いや、何でもないよ」
聞いたことのない言葉にきょとんとするアイアノアはさて置いて、かまどの燃料投入口に置かれた赤い小さな魔石にミヅキは興味津々だった。
かまどの中の火の魔石は、その小ささから想像できないほど大きな炎をめらめらとあげている。
その火力が幻ではない証拠に、掛けられた鍋に張られた水がくらくらと沸騰を始めていて、料理をするには十分な火の勢いとなっていた。
高価で希少、一般に流通している品物ではない魔石。
燃料替わりに留まらず、他の用途にも幅広く使えるファンタジーテイストな便利アイテムのようだ。
そうしてミヅキの感覚を通し、地平の加護は静かに魔石を洞察し続けていた。
「ミヅキ様のお口に合えばいいのですけど……」
「そんなの美味しいに決まってる。エルフの女の子が料理をつくってくれてるなんて夢みたいだよ」
「くすくす、ミヅキ様は大げさですねえ。私の料理で良ければ、これからも幾度となくつくって差し上げますとも」
「嬉しすぎる!」
少々緊張して見えるものの、アイアノアの調理は手際が良くこなれていて、長年の年季を感じさせる様子はまるで熟練の奥様のようだ。
綺麗なエルフのお姉さんが料理をつくる様子を、ミヅキはわくわく期待をしながら眺めていた。
ぐつぐつと沸騰する鍋に、大きな肉のジャーキーを一口サイズにナイフで切り分けて投入し、じゃがいもっぽい芋の皮をくるくるっと剥いて、こちらも適度な大きさに切ると次々と入れていく。
ジャーキーは塩と香辛料で味付けされた柔らかめのもので、それを茹でて出汁を取り、塩胡椒で味を調え、好みの野菜や穀類を加えたスープをつくる様子だ。
芋は柔らかくなってきたところを木製のスプーンで適度に潰し、スープにとろみをつけていき、さらに取り出した固めのパンを千切って加えれば、パンがゆ風の肉と芋の野菜スープの出来上がりである。
「うわぁ、優しい味。思ってたよりもジャーキーから味が染み出てるっ」
「ミヅキ様、今朝パメラさんに焼いてもらった柔らかいパンもありますよ。蜂蜜と野苺のジャムを塗って一緒にどうぞ」
アイアノアがよそってくれたスープを飲んで、ミヅキは歓声をあげた。
程よい塩味と辛味が口に広がり、潰した芋がいい感じにとろみを生み出していて、湯がかれて柔らかくなったジャーキーとパンは歯ごたえ緩く食べやすい。
おまけにふっくらしたロールパンまで出てきて、蜂蜜とイチゴジャムというスプレッドも充実している。
ダンジョンという危険地帯で摂るには味も量も十分な食事が用意され、ミヅキは大満足であった。
「アイアノアは料理が上手なんだなぁ。凄く美味しいよ!」
「……そ、そうですかっ? 美味しいですか? 変じゃありませんか?」
ミヅキに褒められたのがよほど嬉しかったのか、アイアノアは前のめりになる。
豊かな胸の双丘をゆさゆさ揺らし、ちょっと食い気味に感じるほどである。
「へ、変じゃないよ、本当に美味しいって。エルトゥリンもそう思うよな?」
「うん、おいしい」
こちらに視線も向けず、ずずーっと音を立ててスープを堪能しているエルトゥリンを尻目に、アイアノアはやたらとそわそわしている。
「お食事の味、大丈夫でしたか? ちゃんと出来ていましたか? 本当に本当に、美味しいって思って頂けましたでしょうか?」
魔石の炎の明かりに照らされたアイアノアの顔は憂わし気で、それでいてミヅキの答えに期待を寄せているように見える。
怖々とした上目遣いをして、いったい何を不安がっているのだろうか。
「大丈夫だって。ダンジョンで食べるご飯だから、やっぱり簡単なものなのかなって思ってたけど、こんなにしっかりした食事を用意してくれるなんて本当に驚いたよ。これくらいよく出来たご飯が毎回食べられるんなら、ダンジョンで食事するのも全然悪くないな。うん、美味しいよ、アイアノア、ありがとう」
初めて食事を振る舞うのだから感想が気になるのだろう。
ミヅキはそう思い、アイアノアの目を真っ直ぐに見て誠意を込めて言った。
それを聞いたアイアノアは、ぱっとお日様みたいに表情を明るくさせると、嬉しそうに微笑んだ。
「良かったぁ、嬉しいですっ! 美味しいって、言質取りましたからねっ!」
「えっ? う、うん……」
過剰に喜んでいるのと妙なことを言われたのが気になった。
と、アイアノアは三角座りをしたままスカートのすそを裏腿で押さえ、ミヅキの座っている隣にずりずりと身を寄せて肩を並べてきた。
お互いの肩の距離がやけに近く、急に親近感が増したように感じる。
「うふっ、うふふふっ」
「な、なに……?」
アイアノアの意味ありげなにこやか笑顔に迫られ、ミヅキは思わずたじろぐ。
そして、何が何だかよくわからないままそれは再開された。
「そういえば、ミヅキ様。ダンジョン探索のことなど色々と説明させて頂いていた途中でしたよね。今度はずばり、このパンドラの地下迷宮とダンジョンそのものについての解説を披露させて頂きたく思います。どうかまたお聞き下さいましっ」
「えっ? 何か唐突だなぁ。ま、まぁ、別にいいけどさ」
どうやらアイアノアはまだ話し足りなかったらしい。
何か釈然としない気持ちだったが、機嫌良さそうにしている可愛らしい笑顔に負けて、ミヅキは考えるのをやめた。
但し、姉とは正反対の機嫌の悪そうな顔で、冷ややかにこちらをじぃっと見つめるエルトゥリンの視線だけは気掛かりであった。
アイアノアの白い指がパンドラの地下迷宮の床に、青い石をそっと置いた。
跪いて両手を組み、瞳を閉じて何事かを唱えて念じる。
すると、石は彼女の意思に応え、淡い光を放ち始めた。
それと同じことを繰り返し、青い石を四隅に配置した四角いスペースを作る。
「エルトゥリン、ご苦労様。もういいよ」
四角形の場所の外側で、付近を警戒して歩哨に立っていたエルトゥリンにアイアノアは声を掛けた。
何も言わず頷き、領域内にエルトゥリンが足を踏み入れる。
と、彼女が内側に入った途端、空間が波打って揺らいで見えた。
急に四角の領域の外が霧が掛かったみたいに白み、不明瞭にぼやける。
「ミヅキ様、お待たせしました。知覚遮蔽の結界、完成致しましたよ」
アイアノアは大きなウエストバッグの荷物を下ろし、すでに結界内に座り込んでいるミヅキににこやかに微笑んだ。
三人を囲む淡い光、青い石の四角い場所は隠遁の結界。
森のマナを宿した魔石が織り成す秘した空間、隠者の領域。
結界の内側を感知不能にする、エルフが編み出した潜伏の魔法である。
外敵からの脅威を物理的に防ぐのも重要だが、そもそも見つからず気づかれないに越したことはない。
「へぇ、アイアノアって本当凄いよなぁ。何でもできるんだもんなぁ」
ミヅキはアイアノアの多才さに、ため息と一緒に感心の声を漏らした。
その後もてきぱきと、地面からせり出した石のかまどの上に、片手式の底深い洋鍋を掛けたり、羊の胃袋を加工した水入れを取り出したりしている。
エルフの彼女は戦いや魔法だけでなく、炊事の覚えも確からしい。
「あっ、うふふっ、お褒めに与り大変光栄です。ミヅキ様も素敵なかまどを作って下さり、ありがとうございます。すぐに昼食の支度を致しますので、もう少しだけお待ち下さいまし」
「あ、ああ、うん、お願いします……」
アイアノアは満面の微笑みを浮かべ、いそいそと作業を進めていく。
エルフの女の子に世話になるのが照れくさく、ミヅキはそわそわしている。
切り出したみたいな綺麗に整った石で組まれた石窯は、ゴーレムの岩石生成の技能を用いてミヅキが地面から生やしたものだ。
アーチ状の燃料投入口が正面に空いており、放射熱を逃がさないように四方を石の壁で囲い、上面の穴に鍋等の調理器具を乗せ、その底面を熱せられるようにしたシンプルな構造の石のかまどである。
「ふぅん、ミヅキの能力は便利ね。かまどまで作れちゃうんだ」
エルトゥリンはナッツ入りのビスケットをぽりぽり食べながら、即席のかまどを無感動そうに見ていた。
「二人にはこうしてご飯を用意してもらったり、荷物持ってもらったりしてるからね。俺の能力が役に立つんなら、これくらいのことはするよ」
申し訳なさそうに言うミヅキに、エルトゥリンは不思議そうに眉をひそめる。
「ミヅキには使命を果たしてもらわなくちゃいけないんだから気にしなくていい。色々とお世話だってするし、こき使ってもらっても構わない」
食事の用意や荷物運びなど。
それら雑用は当然自分たちがするものだと思っているようだ。
エルトゥリンはミヅキが何故働こうとしているのかわからない様子だった。
「ミヅキはパンドラ踏破の使命のことだけ考えていて。余分な仕事を抱えて、肝心の使命がおろそかになると困るから楽にしてていいよ」
「えっ、そ、そっか……」
ありがた迷惑とばかりに素っ気なく言われ、ミヅキはしゅんとなってしまう。
「エルトゥリン、ミヅキ様は私たちにお気遣いをして下さっているのよ。そのうえで、雑事の苦労も分かち合いたいとのお気持ちなのだから、そんな風に無下にしては駄目よ。そうですよね、ミヅキ様」
「う、うん、まぁそんなところだよ……」
見かねたアイアノアがそう言って、にっこりと目配せしてくる。
そんな様子を見て、エルトゥリンは怪訝そうに短くため息をついた。
「わかった、姉様がそう言うなら。……雑用なんて私と姉様に任せておけばいいのに、変なミヅキ」
役割分担と適材適所の考えが徹底しているのか、ミヅキのささやかな漢気はエルトゥリンには理解されなかったようだ。
それとも使用人のする雑用を主人がやるのは卑しいと思われ、軽んじられる風潮でもあるのかもしれない。
「あっ、アイアノア、今からそれを使って火を起こすの?」
「はい、ご察しの通り、こちらの魔石を使います」
ミヅキはアイアノアが鞄から取り出した物を見て身を乗り出した。
それは赤い宝石のような石、──魔石と呼ばれる物である。
ミヅキたち一行は魔物たちと戦闘した場所から少し先に進み、回廊のやや壁際の一角に昼食を摂るためのキャンプ地を構えていた。
あのムカデの魔物の死骸が散乱しているところでの昼食は勘弁願いたかったし、壁際過ぎると隙間や天井から壁伝いに何か別の魔物が現れる気がして、落ち着いて休息できる場所が欲しかったのだ。
「魔石って便利だよなぁ。これって火の魔石?」
「はい、少し念じれば魔石に宿った炎が解き放たれます。魔石には術者の技量次第であらゆる魔力を込めることができるんですよ」
「いいな、それ。何でもエネルギーを入れられる電池みたいなもんか」
「え、でんち……?」
「あぁ、いや、何でもないよ」
聞いたことのない言葉にきょとんとするアイアノアはさて置いて、かまどの燃料投入口に置かれた赤い小さな魔石にミヅキは興味津々だった。
かまどの中の火の魔石は、その小ささから想像できないほど大きな炎をめらめらとあげている。
その火力が幻ではない証拠に、掛けられた鍋に張られた水がくらくらと沸騰を始めていて、料理をするには十分な火の勢いとなっていた。
高価で希少、一般に流通している品物ではない魔石。
燃料替わりに留まらず、他の用途にも幅広く使えるファンタジーテイストな便利アイテムのようだ。
そうしてミヅキの感覚を通し、地平の加護は静かに魔石を洞察し続けていた。
「ミヅキ様のお口に合えばいいのですけど……」
「そんなの美味しいに決まってる。エルフの女の子が料理をつくってくれてるなんて夢みたいだよ」
「くすくす、ミヅキ様は大げさですねえ。私の料理で良ければ、これからも幾度となくつくって差し上げますとも」
「嬉しすぎる!」
少々緊張して見えるものの、アイアノアの調理は手際が良くこなれていて、長年の年季を感じさせる様子はまるで熟練の奥様のようだ。
綺麗なエルフのお姉さんが料理をつくる様子を、ミヅキはわくわく期待をしながら眺めていた。
ぐつぐつと沸騰する鍋に、大きな肉のジャーキーを一口サイズにナイフで切り分けて投入し、じゃがいもっぽい芋の皮をくるくるっと剥いて、こちらも適度な大きさに切ると次々と入れていく。
ジャーキーは塩と香辛料で味付けされた柔らかめのもので、それを茹でて出汁を取り、塩胡椒で味を調え、好みの野菜や穀類を加えたスープをつくる様子だ。
芋は柔らかくなってきたところを木製のスプーンで適度に潰し、スープにとろみをつけていき、さらに取り出した固めのパンを千切って加えれば、パンがゆ風の肉と芋の野菜スープの出来上がりである。
「うわぁ、優しい味。思ってたよりもジャーキーから味が染み出てるっ」
「ミヅキ様、今朝パメラさんに焼いてもらった柔らかいパンもありますよ。蜂蜜と野苺のジャムを塗って一緒にどうぞ」
アイアノアがよそってくれたスープを飲んで、ミヅキは歓声をあげた。
程よい塩味と辛味が口に広がり、潰した芋がいい感じにとろみを生み出していて、湯がかれて柔らかくなったジャーキーとパンは歯ごたえ緩く食べやすい。
おまけにふっくらしたロールパンまで出てきて、蜂蜜とイチゴジャムというスプレッドも充実している。
ダンジョンという危険地帯で摂るには味も量も十分な食事が用意され、ミヅキは大満足であった。
「アイアノアは料理が上手なんだなぁ。凄く美味しいよ!」
「……そ、そうですかっ? 美味しいですか? 変じゃありませんか?」
ミヅキに褒められたのがよほど嬉しかったのか、アイアノアは前のめりになる。
豊かな胸の双丘をゆさゆさ揺らし、ちょっと食い気味に感じるほどである。
「へ、変じゃないよ、本当に美味しいって。エルトゥリンもそう思うよな?」
「うん、おいしい」
こちらに視線も向けず、ずずーっと音を立ててスープを堪能しているエルトゥリンを尻目に、アイアノアはやたらとそわそわしている。
「お食事の味、大丈夫でしたか? ちゃんと出来ていましたか? 本当に本当に、美味しいって思って頂けましたでしょうか?」
魔石の炎の明かりに照らされたアイアノアの顔は憂わし気で、それでいてミヅキの答えに期待を寄せているように見える。
怖々とした上目遣いをして、いったい何を不安がっているのだろうか。
「大丈夫だって。ダンジョンで食べるご飯だから、やっぱり簡単なものなのかなって思ってたけど、こんなにしっかりした食事を用意してくれるなんて本当に驚いたよ。これくらいよく出来たご飯が毎回食べられるんなら、ダンジョンで食事するのも全然悪くないな。うん、美味しいよ、アイアノア、ありがとう」
初めて食事を振る舞うのだから感想が気になるのだろう。
ミヅキはそう思い、アイアノアの目を真っ直ぐに見て誠意を込めて言った。
それを聞いたアイアノアは、ぱっとお日様みたいに表情を明るくさせると、嬉しそうに微笑んだ。
「良かったぁ、嬉しいですっ! 美味しいって、言質取りましたからねっ!」
「えっ? う、うん……」
過剰に喜んでいるのと妙なことを言われたのが気になった。
と、アイアノアは三角座りをしたままスカートのすそを裏腿で押さえ、ミヅキの座っている隣にずりずりと身を寄せて肩を並べてきた。
お互いの肩の距離がやけに近く、急に親近感が増したように感じる。
「うふっ、うふふふっ」
「な、なに……?」
アイアノアの意味ありげなにこやか笑顔に迫られ、ミヅキは思わずたじろぐ。
そして、何が何だかよくわからないままそれは再開された。
「そういえば、ミヅキ様。ダンジョン探索のことなど色々と説明させて頂いていた途中でしたよね。今度はずばり、このパンドラの地下迷宮とダンジョンそのものについての解説を披露させて頂きたく思います。どうかまたお聞き下さいましっ」
「えっ? 何か唐突だなぁ。ま、まぁ、別にいいけどさ」
どうやらアイアノアはまだ話し足りなかったらしい。
何か釈然としない気持ちだったが、機嫌良さそうにしている可愛らしい笑顔に負けて、ミヅキは考えるのをやめた。
但し、姉とは正反対の機嫌の悪そうな顔で、冷ややかにこちらをじぃっと見つめるエルトゥリンの視線だけは気掛かりであった。
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