黒薔薇姫

春花とおく

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黒薔薇姫

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昔、昔、そのまた、昔の話だ。
ある国に絶世の美女がいた。その黒髪の女は「黒薔薇姫」と呼ばれていた。

黒薔薇姫は美に関して非常にストイックであった。それを保つために多大なる時間と、労力を費やした。

そのおかげか、黒薔薇姫は世界一の富豪とされる男と結婚した。彼女の美は金によりさらに磨きがかかることとなる。

また、突然、事故で富豪の男は死んでしまう。
残った莫大な遺産を黒薔薇姫は継ぐこととなった。

世界一の美と、世界一の財産。それを併せ持つ黒薔薇姫に幾多の男が我がものにせんとアプローチをかけたが、彼女は歯牙にもかけなかった。ひたすら自分の美を磨いた。

ある日、黒薔薇姫は夫のかつての友人である博士に高性能コンピュータを搭載した鏡を貰った。

その鏡は、コンピュータにより、この世の全ての人間の美貌を数値化できた。

その博士は、「鏡に何かを、例えばこの世で誰が一番美しいか。と尋ねれば答えてくれる」と言った。

ある日、黒薔薇姫は、鏡に語りかけた。
確かめてみたくなったのだ。自分よりも美しい者がこの世にいるのかしら、と。

「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?」

それに鏡は答えた。「黒薔薇姫、あなたです」と。

それに満足した黒薔薇姫はまた美容に精を出す。

一ヶ月程後の事だ。
黒薔薇姫はいつものように、鏡に語りかけた。「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?」

「それは、森の小屋に住む、白雪姫と呼ばれる少女です」鏡は、いつもとは違った答えを出した。

黒薔薇姫は動揺した。まさか、この自分よりも美しい者がいるとは。それが、許せなかった。そして、この白雪姫を殺してしまおうと画策する。そうすれば、私はこの世で一番美しい。

金の力で殺し屋を雇い、森へと向かわせた。
しかし、待てども待てども、仕事を終えたという連絡はこない。そこで、鏡に「殺し屋はどこだ」と聞く。

「白雪姫と遠くの、小さな国で暮らしています」

殺し屋は白雪姫に惚れてしまい、そして、彼女をかばって、他国へ逃げ出していた。黒薔薇姫の人脈も使えないような、小さな国へ。

しかし、殺し屋は見落としていた。黒薔薇姫には莫大な遺産が残っている。それを持ってすれば、小さな国など一夜で我がものと出来ることを。

黒薔薇姫は白雪姫達の逃亡した国を買収し、以て、白雪姫を捕らえた。そこで邪魔が入った。美しい白雪姫に惚れたとある国の王子が、彼女を奪い取り、国へ帰ったという。

日が経つにつれ黒薔薇姫の憎悪は燃え上がっていた。
彼女は、かつて自分に好意を寄せてきた王たちに連絡を取り、巧みに誘惑し、白雪姫のいる国との戦争を起こした。

黒薔薇姫は複数の王にそれをしており、ではあるがそれを隠そうとしなかった。故に嫉妬した王たちが我先にと白雪姫のいる国を潰そうとした。黒薔薇姫に見とれて、王たちも盲目であったのだ。

そうして白雪姫を庇った王子は殺され、白雪姫も国諸共滅びることとなる。

そうして、世界一美しい者は死んだ。

白雪姫の訃報を聞いた黒薔薇姫は心の昂りを覚え、であるが冷静を装って、鏡に聞く。

「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?」

黒薔薇姫は「それは、あなたです」と鏡がいうのを待った。それをほとんど確信していた。いや、そうでなくてはならない。

なのに、鏡は「西の国の王女です」と答えた。

黒薔薇姫は絶望に似た感情とともに、ふつふつと怒りが湧くのを感じた。憎悪で顔が歪むほどだった。

そして、再びその莫大な財力をもってして、西の王女を殺害した。また、この世で最も美しい者が死んだ。

そして、鏡に問う。

「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?」

鏡は答える。「東の国の娼婦です」

黒薔薇姫は東の国へ赴き、金と代わりに命を差し出すことを求める。家族を生かすために、娼婦は死を選んだ。

そうして、三度世界一美しい者は死んだ。

黒薔薇姫は今度こそと、聞く。「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?」

何度聞いても、鏡は「それは、あなたです」とは答えなかった。そしてその度、黒薔薇姫はこの世で一番美しい者を殺した。何度かそれをした後は、赴いた国に美しいものがいれば、それだけで殺した。
それでも彼女が裁かれなかったのは、彼女には金があったからだ。

この世に美人が黒薔薇姫以外いなくなった頃、彼女は鏡に問うた。「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?」

どう考えても、黒薔薇姫以外に美しい者はいなかった。この世の美人という美人は既に抹殺されていたからだ。
だから、黒薔薇姫は歓喜に震えるのを我慢して、鏡の返事を待った。

なのに、鏡は「それは、わかりません」と答えた。

鏡が曖昧な返事をするのは初めてだった。人を探す時も、国を転覆させる時も、人を殺すときですら、鏡は明確な答えを提示した。黒薔薇姫はそれと同じことを望んでいたのに、鏡はそうしなかった。

「しかし」

と鏡は初めて自分から話した。

「しかし、この世で最も醜い者はわかります」

明確な、答えを。

「黒薔薇姫、それは、あなたです」と。

「どうしてだ」と黒薔薇姫は言った。自分より美しい者は全て殺したはずだ。この世に、私以外美しい者は存在し得ない。

「昔のあなたは美しかった。それは、他者など気にしない、純粋な美の追求故のものでした。しかし、あなたが私に語りかけたあの日から、あなたは他者の目を気にし始めました。その時、あなたに他者を見下す感情が生まれたのです」

黒薔薇姫は何も言わなかった。言えなかった。

「感情というものは顔に出るものです。あなたの美しさは衰えていきました。そして、遂に白雪姫に美しさを越された時、あなたに明確な憎悪が生まれました。憎悪ほど顔を醜く歪ませるものはあるでしょうか?何度もそれを繰り返す内、あなたの顔には憎悪がこびりついてしまったのです。」

黒薔薇姫は鏡に映る自分を数ヶ月ぶりに、まじまじと見た。確かに、数年前よりも細かいシワは増えたし、目付きも悪くなったように思える。なによりも、「美しい」と思えない雰囲気を感じた。薔薇の棘のような…いや、薔薇などというものでは無い。冷たい鉄の棘だ。

「自分を越える美しい者が現れた時、あなたは自分の美を向上させるのではなく、その者を殺しました。その時からあなたの美しさは消え失せ、残ったのは醜い憎悪と表面だけが少しばかり整った皮だけになったのです。人は表面だけで美しさを決めるほどバカではありません。内面の醸し出す雰囲気、これもまた美しさの要素のひとつなのですから」

黒薔薇姫は鏡の前で崩れ落ちた。目から涙が溢れては、落ち、溢れて、また落ちた。彼女は己の醜さを恥じ、そして後悔した。幾年前の、己の横暴を。どうしてこうなったのだと考える。そして至る。私は美しさを持つ資格がなかったのだ、と。

黒薔薇姫の穢れを落とすかのように、いく筋もの涙が流れた。

涙が止まって、黒薔薇姫は後悔し尽くして、鏡をもう一度見た時、そこにはかつての美しい自分の姿があった。が、目を擦るとそれは消え去り、憎悪の抜け殻となった女が映った。

黒薔薇姫は窓から身を投げた。醜い自分に生きる価値はない。かつて、自分が殺した者は皆美しかった。なのに、醜くなった自分は生きても良いものだろうか?

黒薔薇姫は住まいの三階部分から落ちた。かつて最も美しかった者は死んだ。その血はたまたま近くに植えてあった、白いバラにかかった。そして、それは赤黒く染まった。これが、その女が「黒薔薇姫」と呼ばれる所以だ。

白く、美しかったバラは自分にある棘ばかりを肥大化させたが故に、花までも傷つけてしまった。憎悪により燃え上がった炎は我が身さえも焦がしてしまう。そんな例え話として今でも語られる。「黒薔薇姫」という寓話だ。






ほとんど黒く染まってしまった、かつての白く、美しい花。今は亡き、友人である富豪が「白薔薇姫」と呼ばれた妻の為に植えたバラを、博士は哀れみをもって見た。

博士はかつて、白薔薇姫に恋をしていた。自分よりも一回り下ではあったが、それでも夢中になった。
しかし、好意を寄せた博士を白薔薇姫は冷たくあしらった。「あなたのような貧乏人は嫌よ」その言葉を今でも覚えていた。

白薔薇姫は富豪の男と結婚した。友人である博士が言うのもおかしかったが、しかし、富豪よりもハンサムである自信が彼にはあった。富豪の男は心も決して綺麗とは言いきれなかったし、背も低かった。なのに、白薔薇姫は富豪を選んだ。

それは、一重に金の力だ。と博士は確信していた。

金などに自分が負けたのが、悔しかった。

だから、かつての白薔薇姫に鏡を贈った。性格に難のある白薔薇姫なら…その時には大きな苦しみを。と。

それが上手くいったのは黒い薔薇を見れば明らかだった。

博士は黒薔薇姫の部屋へと上がる。

鏡は怪しく光を放ち、そこにあった。
自分の作った鏡を前にして、博士はほくそ笑む。鏡には不思議な力があるものだ。ソレは人を映すが故に多分に欲望を引き起こすのだ。人とは欲望なのだ。それに気が付いた私はさしずめ天才ということかな。なあ。

鏡よ。鏡。この世で一番賢いのは誰だ?


鏡の答えはわからない。それは伝わっていないからだ。庭の薔薇は知っているかもしれない。それを聞く術はない。薔薇は語りも、嘆きもしないからだ。しかし今もその薔薇は咲き誇っているという。枯れ、咲き、また枯れ、また咲く。しかし、何故だか、赤黒い薔薇だけは絶えないらしい。








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