45 / 65
四十五話
しおりを挟む
「伊織、ここは俺の実家だ。戻るのに、こそこそする必要はなかろう?……まあ、これだけ堂々とすれば、誰かに闇に葬られる事も無いからの」右京は皮肉を込める。
しかし、伊織はしれっとして顔色ひとつ変えずに答えた。「全く。こうして目撃者が大勢居る以上、全員の口を塞ぐのは、まず不可能ですからな」
「……そういう事だ。では、兄上に目通りを。訳は知っているだろう?」
「……こちらへ」
先に立った伊織に奥の間に導かれる右京。
藩主の身代わりとして滞在し、当然勝手知ったる屋敷である。
そこかしこに、沢山の彼を見つめる目があった。
伊織が閉じられた襖の前に跪き、中へ声をかける「……殿、右京様がお戻りになりました」
ゲホゲホと咳き込み、かすれた声が応えた。『…右京が?ここへ通せ』
伊織が静かに襖を開けた……
御簾の向こうに人影があった。
今まで布団に横になっていたらしい。
部屋の中が薬臭い。いや、病人の匂いなのか……
付き添いの小姓が御簾をあげる。
右京が部屋に入り、平伏した。
「兄上、お久しぶりでござる」
「右京か……。そなたは変わらないようだの」
彼こそは、右京の双子の兄。
伊勢守、鳥山左ェ門之丞忠広……
カサカサした力がない声、げっそりと病みやつれて、肌には艶が無い。
双子だというのが、悪い冗談のように兄は面変わりして、その命の尽きるまで時が無いのは明らかだった。
「……兄上」
右京は胸が痛かった。
先が無い兄に、幼い我が子の死を告げねばならない。
出来れば知らせたくは無かった。
せめてやすらかに逝って欲しかった。
「……」
胸が詰まる……
忠広がひっそりと笑った。「……そなた、何という顔をしているのだ?」
「兄上……」
「……今、そなたが戻ったという事は……千代菊丸が死んだのだな?」
「!」ヒュッと息を飲んだ右京は目を見開く。
忠広はどこか遠い目をした。「……やはり、な。そうか……死んだのか」
しかし、伊織はしれっとして顔色ひとつ変えずに答えた。「全く。こうして目撃者が大勢居る以上、全員の口を塞ぐのは、まず不可能ですからな」
「……そういう事だ。では、兄上に目通りを。訳は知っているだろう?」
「……こちらへ」
先に立った伊織に奥の間に導かれる右京。
藩主の身代わりとして滞在し、当然勝手知ったる屋敷である。
そこかしこに、沢山の彼を見つめる目があった。
伊織が閉じられた襖の前に跪き、中へ声をかける「……殿、右京様がお戻りになりました」
ゲホゲホと咳き込み、かすれた声が応えた。『…右京が?ここへ通せ』
伊織が静かに襖を開けた……
御簾の向こうに人影があった。
今まで布団に横になっていたらしい。
部屋の中が薬臭い。いや、病人の匂いなのか……
付き添いの小姓が御簾をあげる。
右京が部屋に入り、平伏した。
「兄上、お久しぶりでござる」
「右京か……。そなたは変わらないようだの」
彼こそは、右京の双子の兄。
伊勢守、鳥山左ェ門之丞忠広……
カサカサした力がない声、げっそりと病みやつれて、肌には艶が無い。
双子だというのが、悪い冗談のように兄は面変わりして、その命の尽きるまで時が無いのは明らかだった。
「……兄上」
右京は胸が痛かった。
先が無い兄に、幼い我が子の死を告げねばならない。
出来れば知らせたくは無かった。
せめてやすらかに逝って欲しかった。
「……」
胸が詰まる……
忠広がひっそりと笑った。「……そなた、何という顔をしているのだ?」
「兄上……」
「……今、そなたが戻ったという事は……千代菊丸が死んだのだな?」
「!」ヒュッと息を飲んだ右京は目を見開く。
忠広はどこか遠い目をした。「……やはり、な。そうか……死んだのか」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる