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四十八話
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しばらく、言葉も無かった。
ややあって伊織が問うた。「……殿、何故お分かりに?」
忠広は弟へ向かって顎をしゃくった。「右京はの。千代菊丸が生まれた事で、これ幸いと藩との関わりを自ら絶った。嫌々やっている余の身代わりの間、ずっと藩を出ていく機会を窺っておったのよ。フラフラと自由気ままが良いのだ。そうであろうが?」
右京は赤面するしかない。
「さ、さようで」何とも言えない伊織。
「……その右京が、戻ったと言う事は、その主義を変えねばならない事態が起きたと言う事であろう?」
「…はい、流行病だったそうでござる。まだ幼いのに……」
右京はうなだれた。
忠広は瞑目し「……仕方あるまい。これも天命……。余の命が間もなく尽きるのも天命よな……」余命を達観した者独特の静謐さで呟いた。
「……兄上。詳細がこれに」懐から右京が手紙を取り出し、手渡した。
平介が佐々木右近の部屋にあった物を持って来たのである。
伊織はチラッと手紙を覗き頷いた。「……右近は、手前の言う通りにしたようですな」
「そうだ。屋敷に持って来たのは真っ赤な偽物らしいの。……お主、一体何を考えているのだ?」
しかし伊織は謎めいた薄笑いを浮かべるだけである。「……これも藩の為でござるよ、右京様」
途端に右京は眉をしかめた。「……又それか」
そのやり取りの間に手紙を読んでいた忠広は「……この事、内藤は知っていたのだな?」と伊織に確認した。
「はい。殿には知らせず時を稼ぎ、その間右京様を始末し、分家を立てるつもりのようです」
兄のやつれた顔に怒りが浮かぶ。「……おのれ…余を蔑ろにしおって……外記め、藩主気取りで世継ぎまで決めるか……!」途端にゼイゼイと息が切れ、激しく咳き込んだ。
慌てた伊織は腰を浮かせた。「……殿!」
彼は手を上げ、家臣を押さえると、枕元にある薬湯を飲み言葉を続けた。「……大丈夫だ。まだ死にはせぬ。右京、藩主として命じる。外記をここに連れて参れ」
一礼した右京。「承りました。しかし、今外記は出掛けております。さっき出て行くのを見ました」
「出かけた?こんな刻限に家老ともあろう者が……!どこへ行ったのだ?」
伊織が口を挟んだ。「御家老の行き先は、吉原でござる。確実に留守になるので右京様にお知らせしました。ご家老は白雪太夫に、ことのほかご執心で」
「!」
「最近出入りの商人の山城屋が、太夫を身請けしようと勧めているのを耳にしております」
「!バカな!白雪太夫ともなれば、身請けの金は千両箱の1つや2つでは到底追いつかぬぞ!そんな金が一体藩のどこにある!?」
右京の詰問に、伊織は涼しい顔で告げた。「そう、藩にはそんな余裕はありませぬ。当然御家老もお持ちでは無い筈。つまりは賄賂でございましょうな。よほど山城屋は我が藩から甘い汁が吸えると見えまする。どうやら奴の入れ知恵で難癖をつけ、強引にモノにするおつもりのようで」
右京はそれを聞き立ち上がった。
太夫が危ない。
「待て」と兄はそんな右京を押し留めると、サラサラと書状を書き記す。「……これを持って行くが良い」
厩から兄の馬を引き出した右京の姿は、流れるような一瞬の動作で馬上にあった。
股を締め、ピシッと手綱で馬に合図を送った。
門番が慌てて開けた正門から、彼は一気に飛び出して行く。
煌々とした満月の月明かりが夜道を照らしている。
人馬一体となった右京は、風のように駆けて行った……!
白雪太夫……!
唯一人、心から愛した女……
夜空にかかる、あの月のごとく、決して自分の手に入らない……
まして、家に戻り跡を継ぐ自分には……
兄に無事会えるか分からない我が身だったから、明日の宴も断った……
逢いたい気持ちを抑え、遠くから彼女に別れを告げて、相手の息災のみを祈る……
胸に秘め大切に抱える彼女への想いを、こうまで踏みにじる外記……
おのれ……!
湧き上がる怒りが彼の身体を支配していた。
ややあって伊織が問うた。「……殿、何故お分かりに?」
忠広は弟へ向かって顎をしゃくった。「右京はの。千代菊丸が生まれた事で、これ幸いと藩との関わりを自ら絶った。嫌々やっている余の身代わりの間、ずっと藩を出ていく機会を窺っておったのよ。フラフラと自由気ままが良いのだ。そうであろうが?」
右京は赤面するしかない。
「さ、さようで」何とも言えない伊織。
「……その右京が、戻ったと言う事は、その主義を変えねばならない事態が起きたと言う事であろう?」
「…はい、流行病だったそうでござる。まだ幼いのに……」
右京はうなだれた。
忠広は瞑目し「……仕方あるまい。これも天命……。余の命が間もなく尽きるのも天命よな……」余命を達観した者独特の静謐さで呟いた。
「……兄上。詳細がこれに」懐から右京が手紙を取り出し、手渡した。
平介が佐々木右近の部屋にあった物を持って来たのである。
伊織はチラッと手紙を覗き頷いた。「……右近は、手前の言う通りにしたようですな」
「そうだ。屋敷に持って来たのは真っ赤な偽物らしいの。……お主、一体何を考えているのだ?」
しかし伊織は謎めいた薄笑いを浮かべるだけである。「……これも藩の為でござるよ、右京様」
途端に右京は眉をしかめた。「……又それか」
そのやり取りの間に手紙を読んでいた忠広は「……この事、内藤は知っていたのだな?」と伊織に確認した。
「はい。殿には知らせず時を稼ぎ、その間右京様を始末し、分家を立てるつもりのようです」
兄のやつれた顔に怒りが浮かぶ。「……おのれ…余を蔑ろにしおって……外記め、藩主気取りで世継ぎまで決めるか……!」途端にゼイゼイと息が切れ、激しく咳き込んだ。
慌てた伊織は腰を浮かせた。「……殿!」
彼は手を上げ、家臣を押さえると、枕元にある薬湯を飲み言葉を続けた。「……大丈夫だ。まだ死にはせぬ。右京、藩主として命じる。外記をここに連れて参れ」
一礼した右京。「承りました。しかし、今外記は出掛けております。さっき出て行くのを見ました」
「出かけた?こんな刻限に家老ともあろう者が……!どこへ行ったのだ?」
伊織が口を挟んだ。「御家老の行き先は、吉原でござる。確実に留守になるので右京様にお知らせしました。ご家老は白雪太夫に、ことのほかご執心で」
「!」
「最近出入りの商人の山城屋が、太夫を身請けしようと勧めているのを耳にしております」
「!バカな!白雪太夫ともなれば、身請けの金は千両箱の1つや2つでは到底追いつかぬぞ!そんな金が一体藩のどこにある!?」
右京の詰問に、伊織は涼しい顔で告げた。「そう、藩にはそんな余裕はありませぬ。当然御家老もお持ちでは無い筈。つまりは賄賂でございましょうな。よほど山城屋は我が藩から甘い汁が吸えると見えまする。どうやら奴の入れ知恵で難癖をつけ、強引にモノにするおつもりのようで」
右京はそれを聞き立ち上がった。
太夫が危ない。
「待て」と兄はそんな右京を押し留めると、サラサラと書状を書き記す。「……これを持って行くが良い」
厩から兄の馬を引き出した右京の姿は、流れるような一瞬の動作で馬上にあった。
股を締め、ピシッと手綱で馬に合図を送った。
門番が慌てて開けた正門から、彼は一気に飛び出して行く。
煌々とした満月の月明かりが夜道を照らしている。
人馬一体となった右京は、風のように駆けて行った……!
白雪太夫……!
唯一人、心から愛した女……
夜空にかかる、あの月のごとく、決して自分の手に入らない……
まして、家に戻り跡を継ぐ自分には……
兄に無事会えるか分からない我が身だったから、明日の宴も断った……
逢いたい気持ちを抑え、遠くから彼女に別れを告げて、相手の息災のみを祈る……
胸に秘め大切に抱える彼女への想いを、こうまで踏みにじる外記……
おのれ……!
湧き上がる怒りが彼の身体を支配していた。
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