永遠の双子

茶々あやめ

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夜の窓

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 鷲家の夜は、昼間と同じく静寂に包まれている。外では秋の風が木々を揺らし、街灯の薄い明かりが窓の縁を淡く照らしていた。
 午後十時を過ぎ、麗華はいつものようにリビングのソファに腰を下ろし、膝に分厚い文学書を広げていた。傍らには純明が座っている。彼は、大好きな絵本を開いたまま、うとうとと眠気に抗っているようだった。

「純明ちゃん、そろそろ寝ましょうか」
「ううん、もう少しだけ……お姉ちゃんと一緒にいたいの」
 純明は小さな声で言い、麗華の肩に頭をもたせかける。柔らかい髪が頬をくすぐり、麗華は微笑んだ。

「ふふ……いい子ね。でも、明日も大学があるのよ」
「大丈夫。僕はずっとここにいるから」
「……そうね、純明ちゃんは、ずっとここにいるものね」

 その言葉は、二人だけの小さな世界を確かめるように、夜の静寂へと溶けていった。
 時計の針が十一時を指そうとした頃、麗華は立ち上がり、部屋の電気を少し落とした。間接照明だけが灯り、リビングは淡い橙色の光に包まれる。
 純明はもう目を閉じかけている。麗華は彼を優しく抱き上げ、自室に向かおうとした。

 ――その時だった。

 コン……コン……
 窓ガラスを叩く音がした。まるで、指の節で軽くノックするような、規則的な二回の音。

 麗華は足を止め、振り返る。
 音のした方向――リビングの大きな掃き出し窓には、レースのカーテンがかかっていて、外の様子はよく見えない。
 風だろうか? 枝かもしれない。だが、今夜は風も穏やかで、音は妙に生々しく、確かに「叩いた」感触を持っていた。

「……お姉ちゃん、今、音したよね」
 純明が小さな声で言った。彼の瞳が、わずかに不安げに揺れている。

「大丈夫よ、純明ちゃん」
 麗華は柔らかく微笑んでみせたが、その指先はわずかに震えていた。
 彼女は純明をソファに座らせ、窓の方へ歩み寄った。足音が絨毯に吸い込まれ、部屋の空気が少しずつ張り詰めていく。

 カーテンを指先でつまみ、そっと開く――
 そこには、何もなかった。
 暗い庭と街灯の光が延びるだけで、人影も、動物の姿も見えない。窓ガラスにも異常はなかった。

「……ね、大丈夫だったでしょ?」
 麗華は純明の方に振り返って言った。純明はまだ不安げだったが、少し頷いた。

 その夜は、そのまま何事もなく過ぎた。
 ――少なくとも、表面上は。



 翌日の夕方。大学から帰宅した麗華は、玄関で靴を脱ぐと、リビングに直行した。
 窓の鍵が、ほんのわずかに“かかっていない”ことに気づいたのは、その時だった。
 いつもなら帰る前にしっかり施錠しているはず。習慣のように確認している。だが、今日はツマミが半分だけずれており、指先で触れるとカチリと音を立てて閉まった。

「……お姉ちゃん、昨日の音のせいじゃない?」
 純明の声が背後でした。彼は昨日と同じソファに腰かけ、不思議そうに窓を見つめている。

「違うわ、純明ちゃん。あれは……きっと、風のいたずらよ」
 麗華は笑顔を作りながらも、心の奥に小さな棘のような違和感が残った。
 ――誰が、この鍵を開けた?
 家に出入りするのは、麗華だけ。外部の侵入は、あり得ないはずだった。



 その夜もまた、同じ音が鳴った。
 コン……コン……
 二度だけ、まったく同じ間隔で。

 麗華はすぐに立ち上がり、今度は迷いなく窓へ向かった。カーテンを開く。
 ――やはり、何もいない。
 暗い庭、揺れる木々。街灯の下、影が風に揺れているだけだった。

「お姉ちゃん、怖い……」
 純明は彼女の腕にしがみついてくる。麗華はその小さな背を抱きしめた。

「大丈夫よ、純明ちゃん。お姉ちゃんが守るわ」
 その言葉を口にしたとき、麗華の心にふと、ある考えがよぎった。

 ――この音は、本当に「外」から来ているのだろうか?

 麗華は視線を、純明のいるソファの方向へと移した。
 そこには、いつも通りの純明の笑顔。けれど、部屋全体に漂う空気は、わずかに軋むように歪んでいた。
 音の正体は誰も知らない。けれど、この家で起きることの大半は――麗華自身の手によるものだが……。

 今夜もまた、窓は固く施錠された。
 そして彼女は、心の奥底で小さく呟いた。
「ねぇ、純明ちゃん……私たちの世界に、変なものはいらないよね?」

 純明は無邪気に笑い、頷いた。

 リビングの灯りが静かに落ち、夜の闇が再び窓の向こうから、忍び寄ってきた――。
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