【完結】佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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――画面の中は、思ったよりも静かで、淡々として。
七瀬さんと、互いに無言で視線を交わした。

「……」
「…………」

息が、うまくできない。
終わり…… ? これで、レース終了?

「え、ちょっと何泣いてんすか?! 仕事は?!」

半ば呆れ顔でやってきた後輩が、デスクに箱ティッシュを置いた。
……ホントだ。
七瀬さん、ぐちゃぐちゃに泣いてる。
黙って泣きながら、デスク上のスマホを手に取り……なぜかオレを撮った。

「ぢょっど?! な゛んで撮っで……?!」
「あー……ナオさん、べそべそですよ……とりあえず拭きましょうか。朝霧さん負けちゃったんですか? 残念ですけど、まあそういうこともありますよね。けどまだ試合あるんでしょ? 次がありますって」

軽い調子で言った後輩に、ギッと二人分の視線が突き刺さる。

「「……勝っだわ!!」」

……口にした途端、ぼたた、と頬を雫が伝っていったのを感じた。
勝った。勝った……。
勝ったんだよな? 朝霧が。
 
よかった……。
ゴールの後、いつも通りのスンとした顔でタイムを確認した朝霧を思い出して、悔しくなる。
お前……俺が、こんなに、こんなに!
びっくりするくらいべちょべちょになっていた顔を拭き、深呼吸を繰り返す。

何食わぬ顔をしているつもりで、席へ戻った。でも後輩の視線的にノーマルな顔ではなかったんだろうな。

……これで、大丈夫だよな? ひとまず、朝霧のメイン種目は……決定だよな?
あいつ、オリンピックに……行けるんだよな?
またべそべそしそうで、ぐっと唇を引き結ぶ。
朝霧、良かったな。お前、頑張ったもんな。

スマホを手に、おめでとうと言うべきか、いやまだ他のレースもあるのに言うべきでないのか。
散々悩んだ末、選手の心理が分からない以上何もすまいと決めて、仕事に打ち込むふりをする。
俺と七瀬さんは、こうして残りの勤務時間を泣きはらした目で過ごす羽目になったのだった。



見ないように、見ないようにしていたスマホを、玄関を開けた瞬間取り出した。
届いているメッセージは――

『勝った』

思わず力が抜けて、ズルズル座り込んだ。

「それだけかよ?! こんな時も?!」

しぱしぱする目をこすって、思わず笑った。
本当にお前は、いつでも朝霧だな。
まだ靴も脱いでいなかったことに気がついて、スマホを見つめながらこたつへ直行する。
時計を確認して、朝霧並みにシンプルな言葉を返した。
『おめでとう。すげえな、お前』
あと……『今、どこに居んの?』とだけ。
即座に返って来たメールは『部屋』。その返信の速さからして、暇でもしていたんだろうか。
多分今日は練習とかしないだろうし……。

ちょっとためらってから、スマホをタップした。
少しだけ、時間が空いて。

『はい。……ナオ?』

落ち着いた声が、少し高揚しているように思うのは、気のせいだろうか。
低い、耳慣れた音がじんわり俺の中に広がって堪らなくなる。

「……うん。見てたぞ、すげえな! おめでとう! これでお前、オリンピック出られるの?」
『ありがとう。仕事中だったのに? ああ、大体はそうなる』
「七瀬さんがさ、数分なんだからいいって。仕事サボって見てたわ」

笑った気配がして、少し首を傾げる。
お前、もっとしゃべれよ。今しか声聞けねえんだから。

「お前さあ、勝ってもあんな無表情なの? もっとこう、ガッツポーズとかねえの?」
『事前のタイム的に、勝てないとおかしい』
「フツーはさ、それでも喜ぶだろ! 俺がどんだけ緊張したと……お前が勝って気ぃ抜けたわ」
「そうか」
『あと……感動した。もっとさあ、お前も勝利の喜びを前に出せよ。視聴者さん的にもさ』

平静を装って伝えたのに、また笑う気配。
機嫌、いいな。なんか、ゆるくなった涙腺がまた水漏れしそう。

『俺はいい。ナオが俺の代わりに喜んだ』
「そりゃ、まあ……」
『お前は、本当に泣くんだな』
「――っ?!」

ぴたりと呼吸を止めた。
笑みを含んだ甘い声は、今……なんて?
……な、なんで?! 俺、今泣き声じゃねえよな?! 
なんで? これはハッタリ?

「なん、で……。あ?! もしかして七瀬さん?!」
『そうだな。宮城さんづてに頼んでいた。勝ったら、ナオの画像くれって。お前が、全然送ってくれないから』
「な、七瀬さんの裏切り者!! いくらなんでもあんな、まさかあんな写真……!!」

嘘だろ……穴があったら入りたいってこのことだ。
こたつに突っ伏して、羞恥に悶えた。
そっと、大事に響く低い声が、俺の耳に届く。

『嬉しかった。勝って良かった』

ありありと浮かぶ、朝霧の顔。
耳元に吐息が、背中にぬくもりが、軽い圧迫感が、蘇って来るようで。

『どうしても、見たかった。次も、泣くか?』
「……趣味わる。もう泣くかよ」
『俺が帰ってから、もう一回』
「ふざけんな! あれは、ちょっと緊張が強すぎたから! もう忘れろ! ……つうかお前、明日もレースだろ?」
『ああ』

温かい、と言うには高すぎる温度の頬を感じながら、次いで口を開きかけて、閉じた。

『……明日、勝ったらまた電話できるか?』
「え、そりゃ……別に、空いてりゃいつでも」
『お前の声が聞きたい』

息が止まるような、そんな言葉を……お前、いきなり。
言わねえだろ、こういうこと。友達には、さ。

「……いつも聞いてんだろ! 変な言い方すんな、俺はなんて返せばいいんだよ!」

妙な間が空いたのは、気付かないでくれると嬉しい。
ここにいないくせに、声だけでこんなにも、俺がぐらつく。

『俺の声を聞けて嬉しいって言え』
「馬鹿か。…………まあ、元気そうだし。声、聞けて良かった。ほら、言ったぞ」
『全然違う』
「うるせー! お前、明日があるんだから、早く寝ろ」

さっき言えなかったセリフを逃げ口上に使って、深呼吸した。
俺が切らないと、多分こいつずっと電話してる。

『まだ話したい』
「また明日電話する。俺も、お前の声聞きたいし。じゃあな、おやすみ」

ちょっとした沈黙の後、朝霧が何か言いかけたのを遮って、俺は急いで通話を切って突っ伏したのだった。

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