【完結】佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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176 釣り餌

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朝霧の顔が見えないから、俺も息を殺してそっと顔を拭う。
きっと、今、こいつはそんなことに気付かないだろ。

朝霧は、まだ動かない。
お前、馬鹿だろ。どうして俺ごときでさ、そんな……。
望めば芸能人でも、モデルでも、きっと誰もがうらやむ大輪の花を手に入れられたのに。
花ですらない道端の草に、何をそんな。
不自然な体勢で抱え込まれたまま、苦笑してぽんぽん背中を叩いた。

「朝霧? まだ、だめか? さっきの勢いどこ行ったんだよ」
「……うるさい」
「お前、金メダル獲った時だってそんな――あっ!」

そうだ、すっかり意識の外になっていた。
慌てて右手の感触を確かめ、しっかり握っているコンビニ袋に安堵する。

「おい、朝霧、朝霧! お前これ!! なあ、マジで馬鹿なの?!」

べちべち叩くと、大きな体がようやく身じろぎした。
ごそごそして、俺を抱えなおして、一息置いて、やっと顔を上げた。

「……なんだ」
「なんだじゃねえよ! ……ふふっ、お前、ガキみたいな顔してる」

どう見ても、渾身の意地を張った顔。
つい吹き出してしまって、唸った朝霧がまた顔を隠してしまった。
顔は見えねえけど、耳は見えてるぞ。

「いや、悪い意味じゃねえから! えーと、いい意味! ほら、顔上げろ」
「……いい意味ってなんだ」
「まあまあ……。つうか何でそんな顔?」
「……持て余してる」
「何を」

答える代わりに、朝霧がぐぐっと腕に力を込めた。
一気に肺が潰れて、空気が押し出される。全っ然息を吸い込めない。
生命の危機を感じた頃、やっと腕が緩んだ。
お、お前……これはハグじゃねえ。
抗議より早く、俺の肩口に顔を埋めたまま、ぼそぼそ低い声がする。

「好きだ。……どうしたらいいか分からん」

なんでだよ。俺よりずっと経験あるはずのヤツが。
いちいち、心臓を突き刺すようなことを言わないでくれ。俺は一般人だぞ。
子どもみたいな顔が持ち上がって、ちらりと俺を見た。
そして、少し瞠目して。ふっと笑う。

「……ナオも、割とすごい顔だぞ」
「うるせー! お、俺は、一般人だから! これで――あっ」

柔らかい笑みを浮かべた朝霧が、スッと顔を傾けて。
伏せたまつ毛が、影を落とすほどに長くて。

「……おい」

ものすごく不服そうに、口元を抑えた俺の手をむしり取る。
つ、つい……ぱしっと両手で抑えてしまった。
だ、だって! 待ってくれ。俺、ちょっと今は、その。

「ま、待て、待て待て! 無理、今無理!!」
「無理じゃない」
「無理なんだって!!」

寄せられる顔から逃げて、思い切り顔を伏せた。
なのに、むっとした朝霧に顎をすくわれ、結局まじまじ視線を合わせられる。
そして、小さく吹き出されたのが分かった。

「……無理そうだ」
「う、うるせー!! 見んな!」
「さっき、お前がしたくせに」

あれは! 咄嗟だったというか!
わけわかんなくて。そうしなきゃと思って……。
とにかく、涙さえ落ちそうなほど熱い顔を隠して、朝霧の腕から抜け出した。
そして、コンビニ袋を突き出す。

「お前っ……こんな扱いするヤツがあるか! 金メダルだぞ?!」
「箱は邪魔だった」
「邪魔なわけ……お前、この価値分かってる?! なんで郵便受けに放り込んだ?!」
「お前を、釣ろうと」
「馬鹿か?! 馬鹿だろ!!」

鯛でエビを釣るどころの騒ぎじゃねえよ?!

「確実に釣れるだろ」
「釣れねえ人間はいねえよ?!」

満足そうな顔をすんじゃねえ!!
とにかく、持ってんのも怖ぇえと朝霧に押し返したら、無造作に尻ポケットに突っ込もうとしやがるから、慌てて取り返した。
何か、何かせめて柔らかい布で包んで箱に……。
そこで、まだ玄関にいることに気が付いた。

「……何やってんだ俺ら……。まあ、上がれよ」

微かに笑った朝霧が、するりと俺の頬を撫でた。

「あの時の、やり直しができた」

それが、どの時か。よくよく分かる。
笑みの中に見え隠れするものを見つめて、それから、少し目を伏せた。

「……悪かったよ。お前を傷つけるの、知ってた」
「お前もな」

それは、だって。仕方ないことだ。
ぎゅっと奥歯を噛みしめて、頬を撫でる温かい手を感じていた。
ああ……すげえな。
全部、言えた。全部、伝わったんだな。

「ナオ」
「なに――ン」

ふわり、と朝霧の匂いがする。
高い鼻が触れる。
顎が触れる。
そして、柔らかく、意思を感じるそれが、しっかりと。
確実に、俺がそれを感じたと、確認するように。
数秒。
ちゅ、と音を立ててゆっくりと離れた。

「今日は、これで許す」

俺の顔をじっくり観察した朝霧が、無理そうだからな、と笑った。

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