NTR興国紀

たかした

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第一章 開戦

第6話 ローム平原防衛戦

     王都に到着した傭兵団には、仮設の住居が用意されていた。

     事務連絡の為に応接室に通された首領を迎えたのは王子レオだった。
「急な依頼によく来てくれた。僕が雇い主のレオだ。」
王子直々の事務連絡にも驚いたが、更にその内容はツッコミどころに溢れていた。
「貴軍には帝国軍本隊を正面から迎え撃って貰う。王都に帰還した親衛騎団三千騎を貴軍の指揮下に加える。」『正規軍を傭兵の指揮下に?普通逆だろう。』
「済まないが今王都から出せる兵はそれで全てだ。」『全戦力じゃねえか。出せねえよ。王都の守りはどうするんだ。』
「前線に残る中央軍七千騎と合流し、」『壊滅状態だったはずの前線が、なんで増えてんだ?』
「帝国軍本体を足止めして時間を稼いでくれ。」
     ここでようやくツッコミが口に出た。
「稼いでどうするんで?」
「その間にローム平原を掌握する。そこで帝国の兵力を削り切る。」
「その軍隊はどこから?」
レオは肩を竦めた。
「また雇うさ。」

     首領の唇が震えた。『私は騎士ですから。』言い切った少女の顔が頭に浮かんだ。彼女は、これから空になった王都防衛の戦いに身を投じるのだ。
「なんなら、正規軍として雇ってくださっても構いませんぜ?」
思いも掛けない言葉が口から滑り出た。レオは笑って答えた。
「誇り高き職業戦士である貴殿がご冗談を。」
「だが、契約が満了し、貴軍が自由契約となった際には、喜んで迎えよう。」


     王都に向かったソウジュが見たものは、二万に及ぶ大軍だった。
     そのほぼ全てが傭兵で構成された軍勢は、急ピッチで出陣の準備を進めていた。指揮をとるのは、漆黒の稲妻傭兵団首領タケ。彼が知る限り、今の戦況で王国が雇える可能性がある唯一の信頼できる傭兵団。その全軍がここに居た。

     それだけではない。軍勢の半数を占める黒衣の兵団は。「跨鬼衆。エタ衆。」驚きが、口から零れた。
     王都を占拠するどころか、その大軍が王国の防衛部隊として集結している。『五年前から勢力を伸ばし始めた』その意味を反芻する。レオがティガを逃がしたその頃から。彼らと王国軍との小競り合いは影を潜め、彼らは勢力を伸ばし、武装化を進めた。王子の、後ろ盾を得て?

     ソウジュの背を、冷たいものが走った。『傭兵の手配を頼みたい』その言葉を聞いた時、思い描いた彼の任務。漆黒の稲妻傭兵団との契約を成功させ、跨鬼衆、エタ衆と和平を結ぶ。その全ては、既に成し遂げられていた。『他に頼める者がいない』レオの要求は、遥かに困難な所にあった。


     城壁の前には、塹壕網が完成し、若い少女たちが黒衣の兵士達と共に訓練に励んでいた。ソウジュの頬を一筋汗が流れた。レオは王都防衛をたった300人の近衛兵団に任せようとしている。


     正式にソウジュは宰相に、ティガは将軍に任命された。

     ソウジュに与えられた任務は、前線への補給と傭兵一万人の手配、そして損耗する兵の補充。ソウジュは高揚する思いを抑えて宰相の椅子についた。

     帝国軍集結の報を受け、タケの率いる防衛部隊は出陣した。

     帝国の西側には、広大な穀倉地帯が広がり、百万に及ぶ巨大な兵力の兵站を支えていた。その西の端に国境の丘陵地帯、さらに西側に中立地のローム平原が広がる。ローム平原には王国に続く街道が整備されていた。
     神聖カリタス帝国の遠征軍、十万に及ぶ大軍は、この街道を悠々と進む。


     防衛線に到着し、中央軍と合流した首領は呆れた。『本当に増えてやがる。』しかも、士気が高い。
     帝国軍の援軍をことごとく撃退し、静かになった防衛線で彼等は整然と訓練に励んでいた。

     傭兵団の為の食事が既に準備されていた。彼等は、友軍の到着を歓迎した。
     状況の伝達が行われ、指揮権が首領に引き渡された。そのスムースさに首領は驚嘆した。王子レオは、彼等の忠誠を完全に掌握しているのだ。そして、彼らは勝ち方を知っている。

     跨鬼衆の情報網は既にローム平原全域に張られていた。斥候から帝国軍の陣形について報告を受けた首領は再び呆れ返った。

     先頭をゆくのは神聖カリタス帝国の軍旗を掲げ、馬具までも煌びやかに飾り立てた儀仗兵。その後ろに槍を携えた騎兵隊が続く。さらに遠征軍の半数を占める歩兵隊が連なり、後方には荷車を引く輜重兵が歩を進める。食糧や物資を持ち運ぶその行軍は遅く、街道に沿って長大な列をなし、所々途切れながら延々と続いていると言う。

     素人かよ。襲い放題じゃねえか。首領は思わず舌舐りをした。
     だが、王国に残る兵力は数日前迄僅か三千しかいなかったのだ。大軍の威容を誇示し、王国側に無血開城を選ばせる。大軍を飾り立てて威容を誇る侵攻軍の陣容は、ある意味、合理的な編成と言えた。この短期間で二万を超える精鋭を揃え、十万の大軍を狩られる獲物へと変えたレオのほうが異常なのだ。

     序盤戦に布陣は不要。首領は、そう判断した。少数の騎兵で伸びきった横腹を突いて即撤退する遊撃戦。任務は足止め。それで充分。万一追撃してくる敵がいればしめたもの。孤立した追撃部隊は二万の兵で包囲・殲滅する。
     跨鬼衆の駆る狩猟馬は、奇襲に最適だった。

     通常ならローム平原の中程までおびき寄せてから叩くのが定石だろうが、相手は帝国。敗軍には重い罰が待っている。撤退はない。待つ必要なしと首領は判断した。
     依頼は足止めだ。街道を端から端まで使ってちくちくと削ってやればいい。それだけでも四ヶ月は稼げる筈だ。
     首領は騎馬を持たない約四千人の兵士を防衛線の守りに残し、騎馬隊を率いて出発した。  


     だが、現地に到着し、帝国軍の野営の様子を確認した首領は、初撃を全軍突撃に変更した。奴らは襲撃を想定していない。反撃の恐れなし。
     襲撃は早朝。武装を解き、朝食の配給を待つ帝国軍を、二百名ずつに分けた百組の騎兵隊が一斉に襲撃した。

     兵士は食事に気を取られ、馬はつながれ、武器は天幕の中。
     虚を突かれた帝国軍は大混乱に陥り、為す術なく逃げ惑い死んで行った。
     首領たちは更に馬を解放し、糧食を奪い、残りを焼き払って引き上げた。

     生き残った帝国兵は、武装を整えて再び前進するしかなかった。
     糧食の大半を失っての行軍は自殺行為だが、彼らには撤退の自由がない。焦って進軍を急ぐ侵攻軍の陣形はますます伸び切り、その日、帝国軍は伸びた隊列を執拗に突かれ、その度に足を止められ、兵を失った。
     緒戦は防衛軍の大勝利。帝国軍は司令官、兵の半数、馬と糧食の八割を喪失した。

     侵攻軍の足止めには成功した。中央軍の執拗な奇襲に、帝国軍は完全に足を止められた。しかし、帝国の兵力は圧倒的だった。

     十日後、飢え始める前に、騎馬と輜重を含む五万の兵が補充され、進軍が再開された。それでも、帝国軍の弱点である遅い進軍と遊撃への脆さは変わらない。防衛軍は、その隙を突いて兵力を削り続けた。


     開戦からひと月後、帝国軍は、中央軍の遊撃戦術に打撃を受けながらも、その圧倒的な兵力にものを言わせて新たな作戦に出た。
     二十万の帝国兵が帝都を出発し、侵攻部隊に五万の兵が再び補充された。さらに、残る十五万の兵が街道を外れ、平原に散開したとの報告が首領タケの元に届いた。首領の背に冷たいものが走った。捕捉包囲されてしまえば、中央軍は壊滅する。

     しかし、散開した帝国軍は中央軍を無視し、ローム平原の街や村、城塞都市を次々と占領していった。
     神出鬼没の中央軍は、その兵力以上に帝国軍に脅威を抱かせていたのだ。『中央軍を殲滅するより、まずローム平原を制圧する方が効率的だ。』
     帝国軍司令部の判断は、中央軍の不気味さを考慮したものだった。
     無尽蔵の帝国兵に対して奮闘するたった二万人の中央軍。しかし帝国軍司令部から見れば、王国軍は既に壊滅状態のはずなのに、どこからともなく現れ、侵攻軍に大打撃を与え続ける中央軍は、まるで未知の軍勢のようだった。
     だが、何者だろうと関係ない。ローム平原を獲ってしまえばいい。平原を支配すれば、兵站を断たれ、荒野に孤立した中央軍の命運は絶たれる。

     ローム平原は、帝国とシルヴヴァイン王国を結ぶ重要な流通路だった。街道沿いには街が栄え、平原には多くの集落や城塞都市が点在していた。
     王国は小国だが、西側への流通を抑えていたため、帝国の経済と軍事の両面で重要な標的となった。

     帝国軍は平原を瞬く間に制圧し、帝都には更に、別働隊の騎馬軍勢一万が、空の王都を奪う為集結しつつあった。
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