NTR興国紀

たかした

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第一章 開戦

第7話 ローム平原攻防戦

    「冗談じゃない。俺たちは帰らせてもらう。」
     ソウジュは頭を抱えた。傭兵の手配が進まない。
     ローム平原が帝国軍に制圧されつつある今、一万の傭兵を募集するのは不可能に近い。全ての傭兵団が契約を拒否し、去っていった。
     彼らの反応は当然だった。十五万の帝国軍が平原に散開し、帝都には無尽蔵の予備役が控えている。そんな戦場に赴く傭兵など、いるはずがない。
     残る選択肢は、戦地で略奪を働く無法者か、戦況不利と見るや即座に撤退する傭兵団だけだ。
     どちらも、雇うのはリスクが高すぎる。

     そんな時、報告が届いた。全軍を率いて王都入りした傭兵団があるという。
     草苅り鎌傭兵団。彼らは激戦地での勇猛さで知られるが、同時に戦場放棄の常習犯としても悪名高い。
     五千人の傭兵が王都に現れたと聞き、ソウジュは緊張した。王都の護りに残るのは近衛兵団三百名のみ。彼らの真意が読めない。
     
     ソウジュの危惧に肩透かしを食らわすように、傭兵団の代表リツは行儀よく国防庁の窓口を訪れた。
     ソウジュが自ら出迎える。「傭兵を募集していると聞いてきた。雇い主と直接話がしたい。」代表の言葉に、ソウジュは一瞬で思考を巡らせた。
『戦力としては合格点。だが、戦場放棄を繰り返す者を雇う訳にはいかない。』
『全兵力を王都に連れてきた真意は?空の王都を人質に取るつもりか?』
『一介の傭兵が王子への謁見を希望するなど無礼極まる。』
     様々な思考が脳裏をよぎる。だが、結論は出ていた。彼らが戦場放棄の常習なのは、それほど過酷な戦場にも雇われてきたからだ。その分実力は充分。他に居ない以上、彼らを雇うしかない。さて、どうやって戦場放棄を防ごうかと思案しながら、ソウジュは、即座にレオとの会談を手配した。


     代表が通されたのは謁見の間ではなく応接室だった。

     座り心地の良いソファに座って王子を待つ。
     王子はすぐに現れた。
「よく来てくれた。貴殿らの武勇は聞き及んでいる。我々はローム平原を獲りに行く。助力を願いたい。」
王子は迷いなく、単刀直入に切り出した。だが。武勇、ね。代表は苦笑した。
「先の戦をご存知で?」
古都メクネス。帝国が武力による拡大戦略に舵を切り、占領した古代都市。帝国の侵略を受け、都市は廃墟と化した。草苅り鎌傭兵団は戦場を放棄して退却し、得たものは悪評だ。
「もちろんだとも。絶望的な戦況で孤軍奮闘して、市民が避難する時間を稼いだ。そして伝説の撤退戦だ。敵中を突破して逃げおおせた。あの手際は見事だった。」
王子は悪評高い負け戦を褒め讃えた。

     リツは、意外そうに王子を見た。
「今度も、戦況が不利になれば逃げますよ。」
もともと放つはずだった問に、照れ隠しが混じった。

     王子は真っ直ぐに頷き即答した。
「問題ない。傭兵が負け戦で撤退するのは当然の権利だ。だが、そうだな。貴殿らの評判もあるだろう。ソウジュ、撤退の自由を契約書に明記してくれ。」
「は?」
予想外の返答に、代表もソウジュも呆気に取られた。
「心配はいらない。軍は大将ティガが率いる。そんな状況にはならない。」
レオは力強く断言する。そして契約は結ばれた。

     レオは最後に付け加えた。
「全軍を率いて来てくれたそうだな。今王都は空だ。時間もない。助かる。貴殿らの心遣いに感謝する。」
そう言い残し、レオは席を立った。

     ソウジュは驚嘆した。撤退の自由を保証することで、逆に傭兵団の士気を高めるレオの器に。
     ソウジュは草苅り鎌傭兵団との契約実績と、この撤退条項をもって再度募集に臨んだ。これらの条件は諸刃の剣。ほとんどの傭兵団は王国がそれ程までに追い詰められている証と見て、ますます契約を忌避した。だが、その意味を理解する者もいる。優秀な兵団だけが募集に応じた。
     ソウジュは、計一万の質の高い傭兵を確保することに成功した。


     王国側の地方領主はほぼ全てが帝国に寝返った。
     唯一王国側に残ったのは地方領主ロウガ率いる西の砦都市『ボルジモア』のみ。だが王国の西側に位置するこの地は、ローム平原に接していなかった為、まだ帝国の干渉を受けていなかったに過ぎない。
     王国と帝国の間に位置するローム平原の全ての自治区は、帝国の手に落ちた。
     中央軍は侵攻軍と睨み合い、邪魔する者のいなくなった平原に、別働隊の、王都攻略の騎馬隊が帝都から放たれた。最早一刻の猶予もない。王都では、ようやく傭兵部隊一万の支度が整ったところだった。


     王都の中央広場に、ローム平原治安維持軍が集結した。
     新たに将軍に就任した第二王子ティガが率いるこの部隊は、一万の兵員その全てが傭兵で構成されていた。
     その任務は、ローム平原を不法占拠する武装集団の討伐と治安回復。その意味するところは。ローム平原全域に展開し、瞬く間に平原を掌握した十五万の帝国軍。彼らと戦い、占拠された自治都市群を解放して、ローム平原の支配権を奪い取るという事だ。僅か一万の兵力で、それは誰が見ても不可能に思えた。

     だが、レオとティガは、違うものを見ていた。
     獲った都市を守ろうとするから兵力が足りなくなる。。攻めるだけならば、帝国軍が展開したローム平原全域は、帝国兵を削り尽くす狩場となる。

     ローム平原平定の任務をもって、治安維持軍は出陣した。


     ティガの率いる治安維持軍は、行きがけの駄賃に、王国にほど近い商業都市、メルカナを急襲した。
     都市を占拠する帝国兵三千を一万の騎兵をもって押し包み、瞬く間に殲滅すると、ティガは宣言した。
「シルヴヴァイン王国国王ヤグアラの名において、都市メルカナの自治権を保証する。自治都市にシルヴヴァインへの納税義務がない事も明言しておく。戦後復興に励まれよ。」
     そして、駐屯兵を置くことなく軍を撤収して去った。


     平原を騎馬で横断し、帝国を挑発するように侵攻軍の背後に現れた治安維持軍は、更に四つの街を解放し、自治権をシルヴヴァイン王国の名において保証した。

     加えて彼等は、帝国の商隊を襲った。
     無抵抗で捕らえられた商人に対し、ティガは宣言した。
「ここは紛争地だ。不法占拠を行う帝国兵に物資を運ぶ諸君らの行動は、明確に国際法に違反する軍事行為に当たる。」
     この場で簡易裁判に掛けられると聞いて商人は震え上がった。戦地で簡易裁判に掛けられるというのは、死刑を意味する。
     地面に頭を擦り付けて命乞いをする帝国商人に対し、ティガは現場判断での慈悲を与えた。
「二度はない。今後このような不法行為に加担した場合、命はないぞ。」
そして大義名分の元、荷馬車と積荷を接収して、彼等を解放した。

     初日の戦果は五つの自地区の解放と二つの帝国商隊の検挙。一人の兵も損なう事なく一日の作業を終えたティガは、悠々と野営の支度に移った。


    『ティガが率いる以上、戦場を放棄する様な状況にはならない』リツは、レオの言葉を思い出していた。
     次々に自治都市を解放し、連戦連勝を続ける治安維持軍は、ほぼ無傷のまま行軍を続けていた。
     帝国軍に補足されない為、常に平原を移動し続けながらも、定期的に馬を休ませて水をやり、傭兵達にも野営地で充分な休憩が与えられた。
     その任務の困難さとは対照的な、快適な行軍が続いた。
     そして移動し続ける治安維持軍の行く先々に供給され続ける食糧は、拠点を制圧されて尚、ローム平原の情報と物流が、レオの手の中にある事を示していた。


     メルカナ陥落の報が帝国軍司令部に届いた時には、既に十を超える自治区が解放された後だった。直ちに補充派兵の手配を進める司令部に、次々と自治区陥落の報が届き始めた。

     だが帝国の兵力は膨大で、その威光は健在だった。司令部は奪われた自治区を奪還すべく、その全てに追加の軍を派遣したのだった。

     各自治区を奪還すべく派兵された帝国兵は、その殆どが戦闘をする事なく入城を果たした。無抵抗の自治区群に入った帝国兵は、そのまま駐屯して都市防衛の任についた。

     帝国軍にその居留費の負担を強制され、更に帝国に対する納税の義務まで課せられた市民は、不満を抱えて治安維持軍の再来を心待ちにしたのだった。

     帝国軍司令部の元には、自治区陥落の報が届き続けた。
     司令部は混乱に陥った。たった一万の傭兵部隊は、兵力としては僅かなものだ。だが、広大なローム平原を移動し続ける騎馬隊を捕捉するのは不可能だった。

     そして、ローム平原全体に展開した帝国軍が、一都市に割ける兵員はせいぜい三千。レオは無尽蔵の帝国軍を相手に、無数の数的優位を作り出すことに成功した。

      帝国が占拠した自治区は陥落し続け、その度に帝国は兵を失った。
      だが帝国には威信があり意地があった。帝国は陥落した自治区に兵を送り続けた。そして彼等は無抵抗の自治区に入城して駐屯し、殲滅される順番を待ったのである。

     やがて都市奪還に向かう兵団は、それ自体が個別撃破の対象になった。
     商隊の捕縛も司令部の頭を悩ませた。帝国軍に物資を供給する商隊は、積極的に治安維持軍の標的となった。今や、前線に送った物資の半分は王国軍に奪われていた。

     遂に帝国軍司令部は、商隊に護衛部隊を付ける護送商隊方式を採用した。当然の事ながらこの護衛部隊は、治安維持軍の恰好の標的となった。
     帝国軍はますます小規模な部隊を送り続け、ローム平原は帝国兵を刈り取る狩場と化した。

     連戦連勝を続ける王国中央軍とローム平原治安維持軍。だがその限られた兵力が、王国の戦力の全てだった。
     空になった王都に、帝国の王都攻略騎団一万騎が迫っていた。迎え撃つのは王子直属の近衛兵団三百騎。
     王国の存亡を賭けた、王都決戦が始まろうとしていた。
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