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第一章 開戦
第9話 王都防衛戦
帝国の一万騎は、砂塵を巻き上げて王都に押し寄せた。
しかし彼らの前に広がるのは、幾重にも掘られた深い壕だった。地表に口を開けた空堀に、一万騎の軍勢が塹壕網の手前で馬を止めた。
先頭に立つ将が、顔を上げる。塹壕網を抜ければ、そこにはもう王都の城門があった。
城門から、騎馬が現れる。レオだ。背後に護衛のソラを従え、馬に乗って塹壕を跨ぎ超え、その塹壕網の半ばで馬を止めた。
罠だ。敵将は慎重にレオの様子を伺う。挑発に乗って塹壕網に踏み込むのは危険だと判断した将は、暫しレオと睨み合った。
レオは軽く笑って右手を上げた。瞬間、ドン!と、騎馬隊の中程から爆音が響いた。殺傷力のある攻撃ではない。だが、馬はパニックに陥った。
将の馬は竿立ちとなり、後ろの馬に押されて壕に落ちた。混乱が混乱を呼び、塹壕網に向かって逃げ惑う馬は、次々と壕に足を取られて倒れ、兵は落馬し、次々に塹壕に落ちていった。
多くの兵は馬を失い、地面に落ちて足を止められた。しかし、この騎兵部隊には、帝国に忠誠厚く誇り高い武人も多く含まれていた。彼等は即座に馬を諦めると、二手に別れ、一方はレオに迫り、他方は塹壕に飛び降りて近衛兵を迎え撃とうとした。
レオは、馬を返してゆっくりと下がった。ソラも続いて下がる。
レオを追う帝国兵に、塹壕から湧き出した近衛兵が襲いかかった。レオを追った数十名の兵士は、見る間に斬り殺されて息絶えていった。
塹壕に降りた兵士達を、魔導師団の炎が襲った。
狭い塹壕で炎を使えば、味方までも窒息する。彼女たちは、風の魔術を併用し、炎に勢いと共に指向性を与えた。
壕に沿って敵兵を焼き尽くした炎は、壕内の酸素を吸い尽くし、死の爆炎となって地上に伏せる兵士達を襲った。
兵士達は一吸いで痙攣、昏倒し、静かに息絶えていった。
この緒戦で、帝国軍は二千の兵を失った。かろうじて塹壕網の手前に踏み留まった帝国兵は震え上がった。圧倒的多数を誇る帝国軍は、塹壕の手前に布陣し、両者は睨み合うこととなった。
帝国軍は塹壕の手前に布陣し、多勢を誇示する。
しかし、指揮官を失った帝国兵は統率を失い、攻めることも引くことも決断できず、ただ散発的な攻撃を繰り返した。
王都防衛に一歩前進した近衛兵団ではあったが、塹壕内の持久戦は、想像以上に過酷なものだった。
狭い塹壕内は熱気に満ちて異常な程に蒸し暑く、汗まみれで駆け回る近衛兵達を苦しめた。
塹壕と王都との通路は確保されていた。水や食事も届く。だが、近衛兵団の兵力は僅か三百。仮眠のための交代を取ることは出来ても、常に塹壕の中で攻撃に備えていなければならない。王都に移動して休息がとれるのは、負傷兵と、あとは帝国軍を殲滅できた時だけだ。
夜になると、塹壕の中は闇に閉ざされ、気温は一気に下がった。
誰かがすすり泣く声がし、壕内に水音が木霊した。塹壕の中にトイレはない。戦いながら、床に垂れ流すしかない。だがそれは、レオの宝石として貞操を守る乙女にとって、耐え難い恥辱のようだった。とはいえ、一日を戦い抜いた塹壕の床は、既に汗と排泄物で覆われていた。
誰かの水音が響くと、あちこちで水音が続いた。
床への排泄を恥じて泣く者はいても、この環境で戦うことを厭う者はいない。
だが、糞尿に滑る床は、仮眠の順番が来ても、座ることも寝ることもできない。そして、夜の冷気は汗に濡れた肌着を冷やし、冷えきった鉄と革の鎧は容赦なく乙女達の体温を奪った。
毛布の配給は、その殆どは床で排泄物に塗れていた。
彼女たちは冷たい鎧を脱ぎ捨て、僅かに残る乾いた床に集まって毛布を分け合い、抱き合って寒さを凌いだ。
それでも見張り番は警戒を怠らず、塹壕地帯に侵入者がいれば彼女たちは即座に塹壕から這い出して、下着姿のまま勇敢に戦った。
そして日が登れば塹壕の中は再び熱気に包まれて、肌を焼き、床から糞尿の臭いを立ち上らせて少女達を苦しめた。汗で濡れた肌着は肌に張り付き、短い裾には糞尿がこびり付いた。
もう糞便の床に置かれた鎧を身につける者はいない。それでも戦う乙女達は士気を失わず、帝国兵の散発的な攻撃に対し、下着姿のまま塹壕から這い出して応戦した。
その姿は地面から魔女が湧き出してきたかのように、敵の目には妖しく、恐ろしく映った。
「きっつ」塹壕戦のあまりの過酷さに、リゼはため息をついた。吐く息が熱い。
なるほど。リゼは思う。これを傭兵に任せられるはずがない。正規軍の騎士でも無理だな。そして団員を見た。レオを慕い、あまりの過酷さに泣きながら、励ましあって下着姿で駆け回る若い騎士たち。その戦意は、些かも衰えていない。ここまでわかってやらせてるなら、王子は変態か?
王国の重臣たちが、王家の血筋を絶やさない為に制度を整えた近衛兵制度。護衛を兼ねた、側室候補のお飾りの兵団。それを、レオは純粋に戦力として、或いは戦友として捉えていた。あの王子に頼られるのは、悪くない。リゼもまた、闘志を新たにした。
地上に出て交戦する部隊を率いるのが団長のアカリなら、塹壕内の移動を指示するのは副団長のリゼだった。
特に魔導師団との連携は、重要な仕事だった。塹壕内では圧倒的な威力を発揮する魔導師団の炎は、連携を誤れば、塹壕内の味方を全滅させかねない危険な武器でもあった。その指揮は全てリゼに委ねられていた。リゼは、神経を張り詰めて戦況を見た。
その時は近づいていた。退却が許されない帝国軍の、食糧が尽きようとしていた。
飢えに負け、馬を降りて塹壕内での戦闘を挑んだ帝国兵を焼き尽くし、最後に残った騎兵での特攻を返り討ちにした近衛兵団は、帝国の第一次攻城軍の殲滅を終えた。
しかし彼らの前に広がるのは、幾重にも掘られた深い壕だった。地表に口を開けた空堀に、一万騎の軍勢が塹壕網の手前で馬を止めた。
先頭に立つ将が、顔を上げる。塹壕網を抜ければ、そこにはもう王都の城門があった。
城門から、騎馬が現れる。レオだ。背後に護衛のソラを従え、馬に乗って塹壕を跨ぎ超え、その塹壕網の半ばで馬を止めた。
罠だ。敵将は慎重にレオの様子を伺う。挑発に乗って塹壕網に踏み込むのは危険だと判断した将は、暫しレオと睨み合った。
レオは軽く笑って右手を上げた。瞬間、ドン!と、騎馬隊の中程から爆音が響いた。殺傷力のある攻撃ではない。だが、馬はパニックに陥った。
将の馬は竿立ちとなり、後ろの馬に押されて壕に落ちた。混乱が混乱を呼び、塹壕網に向かって逃げ惑う馬は、次々と壕に足を取られて倒れ、兵は落馬し、次々に塹壕に落ちていった。
多くの兵は馬を失い、地面に落ちて足を止められた。しかし、この騎兵部隊には、帝国に忠誠厚く誇り高い武人も多く含まれていた。彼等は即座に馬を諦めると、二手に別れ、一方はレオに迫り、他方は塹壕に飛び降りて近衛兵を迎え撃とうとした。
レオは、馬を返してゆっくりと下がった。ソラも続いて下がる。
レオを追う帝国兵に、塹壕から湧き出した近衛兵が襲いかかった。レオを追った数十名の兵士は、見る間に斬り殺されて息絶えていった。
塹壕に降りた兵士達を、魔導師団の炎が襲った。
狭い塹壕で炎を使えば、味方までも窒息する。彼女たちは、風の魔術を併用し、炎に勢いと共に指向性を与えた。
壕に沿って敵兵を焼き尽くした炎は、壕内の酸素を吸い尽くし、死の爆炎となって地上に伏せる兵士達を襲った。
兵士達は一吸いで痙攣、昏倒し、静かに息絶えていった。
この緒戦で、帝国軍は二千の兵を失った。かろうじて塹壕網の手前に踏み留まった帝国兵は震え上がった。圧倒的多数を誇る帝国軍は、塹壕の手前に布陣し、両者は睨み合うこととなった。
帝国軍は塹壕の手前に布陣し、多勢を誇示する。
しかし、指揮官を失った帝国兵は統率を失い、攻めることも引くことも決断できず、ただ散発的な攻撃を繰り返した。
王都防衛に一歩前進した近衛兵団ではあったが、塹壕内の持久戦は、想像以上に過酷なものだった。
狭い塹壕内は熱気に満ちて異常な程に蒸し暑く、汗まみれで駆け回る近衛兵達を苦しめた。
塹壕と王都との通路は確保されていた。水や食事も届く。だが、近衛兵団の兵力は僅か三百。仮眠のための交代を取ることは出来ても、常に塹壕の中で攻撃に備えていなければならない。王都に移動して休息がとれるのは、負傷兵と、あとは帝国軍を殲滅できた時だけだ。
夜になると、塹壕の中は闇に閉ざされ、気温は一気に下がった。
誰かがすすり泣く声がし、壕内に水音が木霊した。塹壕の中にトイレはない。戦いながら、床に垂れ流すしかない。だがそれは、レオの宝石として貞操を守る乙女にとって、耐え難い恥辱のようだった。とはいえ、一日を戦い抜いた塹壕の床は、既に汗と排泄物で覆われていた。
誰かの水音が響くと、あちこちで水音が続いた。
床への排泄を恥じて泣く者はいても、この環境で戦うことを厭う者はいない。
だが、糞尿に滑る床は、仮眠の順番が来ても、座ることも寝ることもできない。そして、夜の冷気は汗に濡れた肌着を冷やし、冷えきった鉄と革の鎧は容赦なく乙女達の体温を奪った。
毛布の配給は、その殆どは床で排泄物に塗れていた。
彼女たちは冷たい鎧を脱ぎ捨て、僅かに残る乾いた床に集まって毛布を分け合い、抱き合って寒さを凌いだ。
それでも見張り番は警戒を怠らず、塹壕地帯に侵入者がいれば彼女たちは即座に塹壕から這い出して、下着姿のまま勇敢に戦った。
そして日が登れば塹壕の中は再び熱気に包まれて、肌を焼き、床から糞尿の臭いを立ち上らせて少女達を苦しめた。汗で濡れた肌着は肌に張り付き、短い裾には糞尿がこびり付いた。
もう糞便の床に置かれた鎧を身につける者はいない。それでも戦う乙女達は士気を失わず、帝国兵の散発的な攻撃に対し、下着姿のまま塹壕から這い出して応戦した。
その姿は地面から魔女が湧き出してきたかのように、敵の目には妖しく、恐ろしく映った。
「きっつ」塹壕戦のあまりの過酷さに、リゼはため息をついた。吐く息が熱い。
なるほど。リゼは思う。これを傭兵に任せられるはずがない。正規軍の騎士でも無理だな。そして団員を見た。レオを慕い、あまりの過酷さに泣きながら、励ましあって下着姿で駆け回る若い騎士たち。その戦意は、些かも衰えていない。ここまでわかってやらせてるなら、王子は変態か?
王国の重臣たちが、王家の血筋を絶やさない為に制度を整えた近衛兵制度。護衛を兼ねた、側室候補のお飾りの兵団。それを、レオは純粋に戦力として、或いは戦友として捉えていた。あの王子に頼られるのは、悪くない。リゼもまた、闘志を新たにした。
地上に出て交戦する部隊を率いるのが団長のアカリなら、塹壕内の移動を指示するのは副団長のリゼだった。
特に魔導師団との連携は、重要な仕事だった。塹壕内では圧倒的な威力を発揮する魔導師団の炎は、連携を誤れば、塹壕内の味方を全滅させかねない危険な武器でもあった。その指揮は全てリゼに委ねられていた。リゼは、神経を張り詰めて戦況を見た。
その時は近づいていた。退却が許されない帝国軍の、食糧が尽きようとしていた。
飢えに負け、馬を降りて塹壕内での戦闘を挑んだ帝国兵を焼き尽くし、最後に残った騎兵での特攻を返り討ちにした近衛兵団は、帝国の第一次攻城軍の殲滅を終えた。
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