隷属人魚の憂鬱

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本心①

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 「君があんなに淫らではしたない女だとは思わなかったよ」

 部屋を訪ねてきた許嫁に突然そう吐き捨てられ、マリルは凍りついた。カイゼルは、隣国の第二王子だ――幼い頃、カイゼルの父王のたっての希望でマリルとの縁談がまとめられ、マリルが女王として即位すると同時に彼が王婿として迎えられる、という話になっていた。
 マリルはあまり本気にしてはいなかった。両家の両親がなんとなく取り決めた話ではあったが、公式に発表されたことは一度もない。王宮でいまいち肩身の狭い第二王子をこちらへ厄介払いしようという相手側の意図が透けて見える――だから、両親は話を適当に合わせていたに違いないとマリルは思っていた。もしカイゼルが王子にふさわしい人柄や態度を備えるように成長していれば彼女ももう少し真剣に考えたかもしれないが、残念ながらそうはならなかった。両親亡き今、別に義理立てする必要もない。
 とはいえ、正式に訪ねてきた以上は客には違いない。マリルは無礼な来訪の挨拶に眉をひそめる侍女にほほえみかけて宥めながらも、内心は早く帰ればいいのにと思わずにはいられなかった。

 「久しぶりに来てくださったと思ったら、突然なんなの。いくら幼い頃から知った仲であっても、なんでも許されるということではないわ」
 「ふん、ずいぶん上等な口を利くじゃないか……海の魔女の城で、娼婦の真似事をしてるくせに」
 「カイゼル殿下! 」

 侍女が堪りかねて口を挟もうとした。彼女をはじめ、マリルは周囲の信頼できる重臣たちに〈体液提供〉の事情を説明し、自分が城を空けている間の執務が滞らないようにしていた――事情を知っているものにしてみれば、マリルのしていることを〈はしたない〉などと罵られることを看過できなかったのだろう。マリルは自身の代わりを差し出すことができる立場にあったにもかかわらず、みずから魔女と契約して奉仕しているのだから。
 どこから漏れたのだろう、とマリルは考えを巡らせた。国内に伝播するならまだしも、隣国に住む彼がなぜそんなことを知っているのだ?

 カイゼルは鼻を鳴らした。
 「今日もこれから行くのか? 」
 「ええ。そういう契約だから」
 「契約ねえ。さも仕方なさそうに言うが、本当はもう期待で股を濡らしているんじゃないのか? 」

 侍女が絶句した――マリルは彼女に合図し、部屋を下がらせた。うら若い彼女に、これ以上品位のかけらもない罵り言葉を聴かせるわけにはいかない。侍女は主の危機を察してわずかに逡巡したが、マリルが頷くとようやく部屋を出て行った。

 「しばらく見ないうちにずいぶんお上品なもの言いを覚えられたものね」

 軽蔑を込めて言い捨て、少しずつベルデュランの城へつながる魔法陣の方へにじり寄る。カイゼルの訪問は突然だったので、いつも通りの時間に呼ばれるはずだ。さほど遠い未来ではないはず――。
 カイゼルは唇を歪めた。酷薄な笑みのようにも、傲慢な怒りのようにも見えるその表情は、マリルにはただ恐ろしかった。カイゼルは尾のひとかきでマリルとの間を詰め、彼女の髪を掴んだ。

 「汚らしい売女め! そんなに男が欲しければくれてやる……誰が自分の主人なのか、よく味わうがいい」

 カイゼルはマリルを壁に押しつけ、すでに張りつめている自分の腰布をかなぐり捨てた。そこに屹立している凶悪な獲物をまともに目にして、マリルは心底ぞっとした。カイゼルの歪んだ欲望を象徴するかのように赤黒く立ち上がった男根は、異様にまがまがしく見えた。
 カイゼルはマリルの腰布を引きちぎり、鱗に隠れた蜜壺にいきなり指を挿し入れてかき回した。彼を振りほどこうともがきながらも、メリルは痛みに顔を引きつらせた――信じられない。昔から自分本位な男だったが、まさかここまでとは。
 繊細な粘膜を保護するために生じた潤いに、カイゼルは嬉々として声を上げた。

 「見ろ! こんなに早く濡れてきた……乱暴にされるのがイイのか? とんだ変態だな」
 「……無知な人って幸せね。自分に都合のいいことしか見えないんだもの」

 もっと濡れろと言わんばかりにざくざくと指を突きこまれ、マリルは痛みを紛らわせるために言った。魔法陣が光りはじめる――マリルはカイゼルを突き飛ばして魔法陣に触れようとしたが、カイゼルはマリルに男根をねじ入れて彼女を犯した。痛い。痛い。
 痛い! 
 身をよじると、頬を張り飛ばされた。しかし、その衝撃で指先が輝く魔法陣に届いた。マリルは一瞬でベルデュランの城へ運ばれ、彼女を迎えたラスティアンの腕の中へ倒れ込んだ。

「……マリルさま! 」

 ラスティアンが聞いたこともないほど悲痛な声で叫ぶのが聞こえる。マリルは目を開けられなかった。殴られた頬が腫れ上がり、熱をもって疼く。無理に押さえつけられた体が軋む。もう脅威はないはずなのに、怖くて震えが止まらない。そのまま海底の白い砂地に崩れ落ちそうになったマリルを、ラスティアンの腕が支えた。

「――痛ッ! 」

 彼に抱き上げられた途端、無理に暴かれた蜜口から引き裂かれるような鋭い痛みが走った。ラスティアンはぎくりと動きを止めた。マリルは必死に首を振った。

 「あ、ち、違うの……あなたじゃなくて――」
 「……いいえ、わたしが乱暴だったのでしょう。お許しください」

 ラスティアンの腕にぎゅっと力がこもった。マリルはこみあげてくる涙を抑えることができず、ゆっくりと城の中へ運ばれていきながら、ラスティアンから見えないように静かに泣き続けた。


                    ※     ※


 いつの間にか気を失っていたようだ。マリルは背筋が凍りつくほど怒りに満ちた声で目を覚ました。ベルデュランの声だ……普段のおちゃらけた態度からは想像できないような、冷たい声だった。

 「……信じらんないわね。本当にこの子、無理やり突っ込まれたってわけ」
 「はい。膣口が裂けていました――頬に殴ったような跡もありましたし、ろくにほぐされもせず乱暴に……暴行されたとしか………」
 「治療はできるわね? 」
 「ええ、外傷は問題ありません。しかし――」

ラスティアンが言いよどんだのは、マリルと目が合ったからだ。

 「マリルさま」

 ふたりの顔に安堵の色が浮かぶ。マリルは起き上がろうとしたが、ベルデュランの触手が彼女を押し戻した。

 「ノー、ノー、無理はダメよ。ラスが薬を塗ったばっかりだから、もう少しじっとしてましょうね。ほら、見て――あなたの母乳から作った傷薬。一発でよくなるわよ。なにしろ、極上の素材を使っているからね」
 「そうなの……ありがとう」

 ベルデュランが二枚貝の中に入れた白い膏薬を見せてくれた。ほのかに甘い匂いを漂わせるこってりとした薬は、お菓子の上のクリームにも見えた。
 ベルデュランは触手でマリルの全身を優しく撫でながら尋ねた。

 「どう? よかったら、何があったのかあたしたちに話してみない? 」
 「え? 」
 「女の子が全身ボロボロになって倒れ込んできたら、誰だって気になるでしょ! まして、あなたにはお世話になっているし……それにまあ、一応体液採取の母体として、あなたの体や心の状況はちゃんと知っておきたいのよね。快楽を感じながら分泌した母乳は甘くなるけど、恐怖や痛みを感じていると酸味がまわって質が落ちてしまうの」

 柔らかな触手で子どものように抱き上げられてゆったりと心地よく揺らされると、指先まで強張っていたのが嘘のように心が和らいでいった。この場所に、彼女を傷つけるものは何ひとつない。

 「カイゼル王子が訪ねてきたの……昔、親同士の口約束で許嫁になった人よ」

 マリルが口を開いたので、ベルデュランは優しく相槌を打った。

 「口約束ってことは、公式じゃないのね」
 「ええ――わたしは、彼と結婚するつもりなんかないわ。あんなことされたらなおさら。なぜかは分からないけど、カイゼルはわたしがあなたたちに協力していることを知っていたみたい。部屋に入ってくるなり、娼婦だと罵られて……そのあと……。でも、時間になって魔法陣が光ったから、何とか逃げてこられたの」
 「そう……辛かったわね」

 ベルデュランはマリルをそっと寝台に戻し、ラスティアンに言った。

 「ちょっとお城に行ってくるわ。王女さまのこと頼んだわよ。もしできるようなら、乳腺を刺激して最初の方の母乳を別に分けておいて。多分酸っぱいから」
 「分かりました。お気をつけて」

 ラスティアンは固い声で返事をし、師匠が姿を消すとマリルの方へ向き直った。

 「お加減はいかがですか? 」

 頬をゆっくりと辿る彼の指先は震えている。眉を寄せた苦しげな表情――マリルはラスティアンの頬に手を伸ばした。彼女自身の体の痛みは、すでにかなり和らいでいた。

 「どうしたの、ラスティアン。どうしてあなたがそんなに辛そうなの? 」
 「あなたが、傷を――」

 ラスティアンは何か言おうとしたが、声が曇って続けられない様子だった。ややあって、彼は深い息をついた。

 「わたしは、かつてカイゼル殿下の王宮に住んでいました――異形の奴隷として。そのときのことが思い出されて……あの傲慢で冷酷な方が仮とはいえあなたの許嫁で、あなたを暴行したなどと聞いては、とても………」

 ラスティアンの手がマリルの手に重なろうとし、直前で固く握り込まれた。マリルは彼のこぶしの上にそっと手を重ねた。
 ラスティアンは肩から力を抜いてほほえんだ。

 「あの方は――いえ、王宮の方々はみなわたしの姿を嘲り、心ゆくまで嗤い、罵りました。……ですから、あなたにお目にかかって驚いたのです。王女であるあなたがわたしを厭わず、醜い姿を侮るどころか、才があると褒めてくださったのですから」

 ラスティアンは母乳から作られた乳白色の薬を取り、マリルの体の傷に追加で塗り足した。小さな傷は、薬が触れただけで痕も残らず消えていった。
 膣口の傷には、特に丁寧に薬が塗り込まれた。痛みはなかった――それどころか、彼の指が入り口をなぞると、性的な意図が込められていないと分かっているにも関わらずマリルの体は勝手に反応しはじめた。

 「痛みはありませんか? 」

 マリルが尾を揺らしたのを見咎めて、ラスティアンは言った。

 「無理は禁物です。わたしとしては、今日は治療に専念していただきたいところですが……」
 「ん……大丈夫よ。ベルデュランは母乳の質が変わっていないか気にしているんでしょう? 」
 「しかし……」
 「あなたになら、任せられるわ――」

 抱きしめて。マリルが両腕を差し出して乞うと、ラスティアンは胸をつかれたように立ちすくみ、やがてゆっくりと両腕で彼女を抱きしめた。繊細な触手が全身を包み込み、宥めるように撫でてくる。さざ波のような穏やかな刺激にマリルは瞳を閉じ、ラスティアンの胸に体を預けた。
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