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「あ、あの――――俺と付き合ってください‼」
カレーを口に運ぶ手が止まる。
がやがやとつい先程まで普段通り姦しかった食堂は静まり返り、好機の視線が此方に集中する。
そんじょそこらのマンモス大学とは違って此方は地方の服飾専門学校である。大学の食堂の一角であればこんな羞恥の目に晒されることも無いだろう、と仁科はそう考えながら一瞬にしてこの場を噂の根にしてしまった学科違いの後輩である毬井に顔を向けた。一見にこやかに見える薄っぺらな笑みをその整った顔に浮かべて。
「ごめん。俺、毬井の気持ちには答えられないわ」
「そ、ぉ……ですよね」
優しくも突き放すような言葉で返せば毬井はその大柄な体躯をしゅん、と萎ませた。
変なこと言ってすみません。そう言って席を離れる毬井の肩は落ち意志の強そうな太めの眉も、幼さの残るどんぐり眼の目尻も下がりきり、その体全てで悲しさを表す様子がこの小さな校内で八割を占める女性陣の庇護欲を掻き立てた様で、直ぐ様に近くの席から同級生と先輩達のものだろうヤジが飛んでくる。向かいに座っていた多屋も「かわいそーに」と小声で呟いてくるがその全てを無視し仁科は止まっていた食事を再開しようと手を動かす。
温くなった食堂のカレーの中途半端な甘さが嫌に口の中に残るのを押し流すように手元に在った水に手を伸ばした。
自分が何処か可笑しいと気付いたのは丁度十五歳を迎えた冬の頃だった。隣のクラスの女子に告白された時だった。
「今日の放課後空いてる?」
そう問いかけてきた彼女は同学年の中でもダントツに可愛らしく魅力的な少女であった。そんな彼女に放課後に時間はないかと呼び出されてしまえば元々恋愛自体に興味関心が薄い仁科も思春期の男子らしい期待を胸に抱いた。だが夕暮れの空き教室で彼女から想いを告げられたその時、その瞬間、仁科には目の前の彼女の姿が余りにも酷く、醜い存在の様に見えたのだ。
受け入れられなかった。
彼女の顔を窺う余裕はなく、彼女になんて返して教室を去ったのかももう覚えてはいなかったが薄紫に染まった足場の悪い雪道を一目散に走って帰った事だけは覚えていた。ざわりと揺れた感情を仁科は今も覚えている。
周りと違う、可笑しいかもしれない。その事実に薄々と気付きながらも目を逸らし、蓋をしていたかった。
出会う環境が変われば変わるかもしれない、と思い立ち高校に入ってからはバイトを始めてみたりマッチングアプリや出会い系サイトに手を出してみたりもした。女が駄目なら男が好きなのかもしれないと疑ったこともあったがそれも思い過ごしの様で無駄足に終わった。他にも思いつく限りの行動を起こしてみたがどれも結果は空しいもので「人に恋愛感情を抱けない」と言う答えが仁科の冷めていく心内に更に冷たい風を吹かせていった。
もう、受け入れるしかなかった。
それから先、仁科は恋人と言った関係を持つことは一人としていなかった。告白された機会が無かった訳ではない。寧ろその美貌に引き寄せられるのか男女問わず幾人もの人々から仁科は愛を告げられてきた。だが、そのどれもが仁科には背筋を震えさせるものだった。
別に欲が無いわけではない。色恋の絡まない関係であれば変わりなく付き合えたし体の関係を持つことだってできた。唯、恋人と言う関係が、恋と言う感情が、仁科には気持ちが悪く生理的に受け付けることが出来なかった。
出来る限り人との関わりは最小最低限に、上澄みだけを掬うように。そんな生活を続けていれば周囲の殻の評価も自然と高校を卒業する頃には仁科の姿は程々に付き合い易く人当たりの良い好青年となっていった。また、あえて広く浅い交友関係を広げ「友人として付き合うのはいいけどそれ以上の関係になるのはナシ」と思わせるような素振りをして見せれば告白の回数もそういった視線も受けること自体少なくなっていった。
特に専門学校に入ってからは入学当初、怪訝に思われることはあったが基本自分の個性や自己表現を一番とし技術を、表現方法を身に付けていくのを求められる場所である。その為セクシュアリティに関しては鷹揚な人柄を持った者が多くひと月もする頃には仁科にとって居心地の良い環境だと思えるようになっていた。
進級しふた月半、癖の強い同期達に混ざり未だ初々しさを感じる後輩達との関係も上々に築けていると感じ始めた頃だった。
毬井の告白はそんなタイミングで起こった。
仁科が告白のイエスと答える気が無い事は周りの同級生たちも一年と少しの付き合いで分かっているだろう。然し、幾ら仁科の事を知っていたとしても色恋沙汰に敏い女性陣が多いこの学校の中だ。明らか様な公開告白を目にすれば否が応にも色めき立つのは分かり切ったことだった。当然、興味半分で囃し立ててくる同級生達に囲まれた居心地の悪さに逃げるように食事を終わらせ食堂を出る。
「ちょっと、来い」
「――――え、」
戦犯である毬井の手を引いて。
食堂前のエレベーターを使う気にはなれず腕どころではなく全身にまで浮いているであろう鳥肌を考えないようにしながら狭い校内の中でも特別人の寄り付かない図書室と名のついた資料室に一段飛ばしで階段を駆け上がり早足で向かう。「あっ、わ、待って、」と焦ったように声を掛ける毬井も仁科達の様子に教室から顔を出した生徒達の様子も気にするだけの余裕は無く仁科は只管目的地へと急いだ。
ガタッ、と音を立てる建付けの悪い扉を引き、毬井を押し込めるように部屋の中に入れ仁科自身も中に入り内鍵を閉める。埃っぽい部屋の床に座り込み未だ何が起きたのか整理がつかず、目を白黒させる毬井の戸惑った表情に仁科は未だ引く気配を見せない鳥肌も相まってむしゃくしゃとした気持ちになり頭を掻きむしった。
「っ……あ゙あッ、クソ!」
「…………ぅ、あ……すみません」
気持ちを落ち着かせるように腕を擦りながらうろうろと図書室の中を歩き回っているとぽつり、と毬井が小さな声で零した言葉に仁科は体の動きを止めた。
「何が? 」
「何が、って……その、すきになって……?」
睨み付けるような視線と共に仁科の口から出た質問に顔を上げた毬井の表情は困惑と罪悪感を混ぜ合わせた時のような顔をしていた。
「い、いや! えっと……その、先輩が彼女も……彼、氏も……要らないってのは他の先輩たちから聞いてたし、告白……とかそういうのされんのも苦手って知ってたんですけど、学校ですれ違う先輩の姿、とか、見てたら……その、好きって気持ちが……こう、胸に、ぎゅーん、ってなって……どうしようもなくなっちゃって……」
適切な言葉でも探しているのだろうか、考え込むように頭を俯かせて時間を掛けながらゆっくりと弁明の言葉が紡がれていく。話しながら立ち上がった毬井が一歩、また一歩と仁科の元に近づきそっと壊れ物でも扱うような手つきで仁科の手を取った。先程まで仁科の肌を覆いつくしていた粟立ちはいつの間にか治まっていた。
「こんなこと、言うつもりじゃなかったし……これから先の付き合いとか考えて告白、しないってきめてたのに……すみません」
毬井が俯いていた顔を上げた。へにゃり、と浮かべていた笑みは何かを堪えるように歪んでいて弱々しいもので仁科のそれまでの苛立ちがほんの少し削がれる。苛立ちも落ち着けば二人揃って立ち尽くしているのも何処か気まずく思え、仁科は毬井の手を振り解き適当な椅子を引いて腰を下ろす。
「……もう、いいよ。今の聞く限り分かってるんだろ。それに、もう言っちまったのはどうしようもなんないけど思ってる、ってだけなら……別に。……まあ、あんな人の多い所で告白されるのは、そりゃ困るけど……嫌でも人目が集まる上に〝そういう話〟が大好物の奴らが集まってるからな」
あー……教室戻んのダルいな。教室に戻った後の恐らく騒がしくなるであろう同級生達の様子に仁科の口から唸るようなぼやきが零れた。
それに、思い返せば男同士の公開告白の後に振った相手が降られた方を連れ出すとかなんだ。スキャンダルが大好物な面々に餌を与えたようなものではないか。
はっ、と仁科は今更ながら自分のしでかした行動に気が付いたのか自身の行動の所為で余計に頭が痛くなりそうな現状になってしまったことに直ぐ目の前に毬井が居る事も忘れ頭を抱えブツブツと一人これからの事を呟きだす。その声は次第に低くなり、語気も荒くなっていき仁科が被っていた猫を剥がしていった。
「――――想ってるのはいいんですか?」
「…………は、」
不意に毬井の明るい声が図書室に落ちた。その言葉の意図が分からず仁科は思わずぽかんと口を開けて毬井の方を向いた。
「俺、先輩の事好きだとまだ想い続けてもいいんですか?」
毬井は先程までの困惑した表情から一変してその瞳をキラキラと輝かせていて、喜色満面と言った様子は余りにも眩しく煌めいていた。そして再度繰り返された言葉に漸く仁科は毬井の伝えたいことが理解できた。縋ろうとしているには強すぎる意志を持った声に仁科ははくり、と一度口を閉じ大きな溜息を吐いた。
「……別に、面と向かって言われない限り他人の持ってる感情にどうこうケチ付けれような立場でもねぇしな。まあ、次また同じ事されても〝それ〟にイエスと答える気はねぇよ。」
毬井の眩しさとタフネスから目を逸らすように仁科は視線を毬井から反対方向にある本棚に向けた。ぶっきらぼうに、然し頑として譲れない返答を添えて。
「――――俺が先輩を好きなのはこれからもずっとやめられないだろうから、好きでいさせてもらえるなら、」
それで構わないです。決して大きい言葉ではないのに芯のあるテノールの声が仁科の耳に届く。
「あっそ。あ、後ここで何されたかとか聞かれても絶対言うんじゃねぇぞ。此処出たらいつも通りの距離感で居ろよ」
「ぁ、わ、はい! 勿論言わないです!」
「どーだか」
牽制すれば慌てた様子で肯定する毬井を鼻で笑い仁科は図書室を出た。この短時間で感じた疲労に一服しようと喫煙室へと足を向ける。幸いにも喫煙室は誰も居らず換気扇のごう、という音だけが静かな部屋に響いていた。
パンツのポケットに入れていた愛用の煙草の箱から一本取り出し火をつける。フィルターに口を付ければふわりと香るカフェオレの香りを纏った煙が口内に広がる。仁科は肺一杯に煙を入れゆっくりと吐き出す。
「――――早いとこ諦めてくんねえかなぁ…………」
喫煙室の壁に凭れ掛かり仁科は顔を手で覆った。溜息の様に吐き出された紫煙と共に零れた思いががらんとした喫煙室に響く。静かな室内ではそれは思いの外大きな音になり仁科は佐谷大きな溜息を零した。
カレーを口に運ぶ手が止まる。
がやがやとつい先程まで普段通り姦しかった食堂は静まり返り、好機の視線が此方に集中する。
そんじょそこらのマンモス大学とは違って此方は地方の服飾専門学校である。大学の食堂の一角であればこんな羞恥の目に晒されることも無いだろう、と仁科はそう考えながら一瞬にしてこの場を噂の根にしてしまった学科違いの後輩である毬井に顔を向けた。一見にこやかに見える薄っぺらな笑みをその整った顔に浮かべて。
「ごめん。俺、毬井の気持ちには答えられないわ」
「そ、ぉ……ですよね」
優しくも突き放すような言葉で返せば毬井はその大柄な体躯をしゅん、と萎ませた。
変なこと言ってすみません。そう言って席を離れる毬井の肩は落ち意志の強そうな太めの眉も、幼さの残るどんぐり眼の目尻も下がりきり、その体全てで悲しさを表す様子がこの小さな校内で八割を占める女性陣の庇護欲を掻き立てた様で、直ぐ様に近くの席から同級生と先輩達のものだろうヤジが飛んでくる。向かいに座っていた多屋も「かわいそーに」と小声で呟いてくるがその全てを無視し仁科は止まっていた食事を再開しようと手を動かす。
温くなった食堂のカレーの中途半端な甘さが嫌に口の中に残るのを押し流すように手元に在った水に手を伸ばした。
自分が何処か可笑しいと気付いたのは丁度十五歳を迎えた冬の頃だった。隣のクラスの女子に告白された時だった。
「今日の放課後空いてる?」
そう問いかけてきた彼女は同学年の中でもダントツに可愛らしく魅力的な少女であった。そんな彼女に放課後に時間はないかと呼び出されてしまえば元々恋愛自体に興味関心が薄い仁科も思春期の男子らしい期待を胸に抱いた。だが夕暮れの空き教室で彼女から想いを告げられたその時、その瞬間、仁科には目の前の彼女の姿が余りにも酷く、醜い存在の様に見えたのだ。
受け入れられなかった。
彼女の顔を窺う余裕はなく、彼女になんて返して教室を去ったのかももう覚えてはいなかったが薄紫に染まった足場の悪い雪道を一目散に走って帰った事だけは覚えていた。ざわりと揺れた感情を仁科は今も覚えている。
周りと違う、可笑しいかもしれない。その事実に薄々と気付きながらも目を逸らし、蓋をしていたかった。
出会う環境が変われば変わるかもしれない、と思い立ち高校に入ってからはバイトを始めてみたりマッチングアプリや出会い系サイトに手を出してみたりもした。女が駄目なら男が好きなのかもしれないと疑ったこともあったがそれも思い過ごしの様で無駄足に終わった。他にも思いつく限りの行動を起こしてみたがどれも結果は空しいもので「人に恋愛感情を抱けない」と言う答えが仁科の冷めていく心内に更に冷たい風を吹かせていった。
もう、受け入れるしかなかった。
それから先、仁科は恋人と言った関係を持つことは一人としていなかった。告白された機会が無かった訳ではない。寧ろその美貌に引き寄せられるのか男女問わず幾人もの人々から仁科は愛を告げられてきた。だが、そのどれもが仁科には背筋を震えさせるものだった。
別に欲が無いわけではない。色恋の絡まない関係であれば変わりなく付き合えたし体の関係を持つことだってできた。唯、恋人と言う関係が、恋と言う感情が、仁科には気持ちが悪く生理的に受け付けることが出来なかった。
出来る限り人との関わりは最小最低限に、上澄みだけを掬うように。そんな生活を続けていれば周囲の殻の評価も自然と高校を卒業する頃には仁科の姿は程々に付き合い易く人当たりの良い好青年となっていった。また、あえて広く浅い交友関係を広げ「友人として付き合うのはいいけどそれ以上の関係になるのはナシ」と思わせるような素振りをして見せれば告白の回数もそういった視線も受けること自体少なくなっていった。
特に専門学校に入ってからは入学当初、怪訝に思われることはあったが基本自分の個性や自己表現を一番とし技術を、表現方法を身に付けていくのを求められる場所である。その為セクシュアリティに関しては鷹揚な人柄を持った者が多くひと月もする頃には仁科にとって居心地の良い環境だと思えるようになっていた。
進級しふた月半、癖の強い同期達に混ざり未だ初々しさを感じる後輩達との関係も上々に築けていると感じ始めた頃だった。
毬井の告白はそんなタイミングで起こった。
仁科が告白のイエスと答える気が無い事は周りの同級生たちも一年と少しの付き合いで分かっているだろう。然し、幾ら仁科の事を知っていたとしても色恋沙汰に敏い女性陣が多いこの学校の中だ。明らか様な公開告白を目にすれば否が応にも色めき立つのは分かり切ったことだった。当然、興味半分で囃し立ててくる同級生達に囲まれた居心地の悪さに逃げるように食事を終わらせ食堂を出る。
「ちょっと、来い」
「――――え、」
戦犯である毬井の手を引いて。
食堂前のエレベーターを使う気にはなれず腕どころではなく全身にまで浮いているであろう鳥肌を考えないようにしながら狭い校内の中でも特別人の寄り付かない図書室と名のついた資料室に一段飛ばしで階段を駆け上がり早足で向かう。「あっ、わ、待って、」と焦ったように声を掛ける毬井も仁科達の様子に教室から顔を出した生徒達の様子も気にするだけの余裕は無く仁科は只管目的地へと急いだ。
ガタッ、と音を立てる建付けの悪い扉を引き、毬井を押し込めるように部屋の中に入れ仁科自身も中に入り内鍵を閉める。埃っぽい部屋の床に座り込み未だ何が起きたのか整理がつかず、目を白黒させる毬井の戸惑った表情に仁科は未だ引く気配を見せない鳥肌も相まってむしゃくしゃとした気持ちになり頭を掻きむしった。
「っ……あ゙あッ、クソ!」
「…………ぅ、あ……すみません」
気持ちを落ち着かせるように腕を擦りながらうろうろと図書室の中を歩き回っているとぽつり、と毬井が小さな声で零した言葉に仁科は体の動きを止めた。
「何が? 」
「何が、って……その、すきになって……?」
睨み付けるような視線と共に仁科の口から出た質問に顔を上げた毬井の表情は困惑と罪悪感を混ぜ合わせた時のような顔をしていた。
「い、いや! えっと……その、先輩が彼女も……彼、氏も……要らないってのは他の先輩たちから聞いてたし、告白……とかそういうのされんのも苦手って知ってたんですけど、学校ですれ違う先輩の姿、とか、見てたら……その、好きって気持ちが……こう、胸に、ぎゅーん、ってなって……どうしようもなくなっちゃって……」
適切な言葉でも探しているのだろうか、考え込むように頭を俯かせて時間を掛けながらゆっくりと弁明の言葉が紡がれていく。話しながら立ち上がった毬井が一歩、また一歩と仁科の元に近づきそっと壊れ物でも扱うような手つきで仁科の手を取った。先程まで仁科の肌を覆いつくしていた粟立ちはいつの間にか治まっていた。
「こんなこと、言うつもりじゃなかったし……これから先の付き合いとか考えて告白、しないってきめてたのに……すみません」
毬井が俯いていた顔を上げた。へにゃり、と浮かべていた笑みは何かを堪えるように歪んでいて弱々しいもので仁科のそれまでの苛立ちがほんの少し削がれる。苛立ちも落ち着けば二人揃って立ち尽くしているのも何処か気まずく思え、仁科は毬井の手を振り解き適当な椅子を引いて腰を下ろす。
「……もう、いいよ。今の聞く限り分かってるんだろ。それに、もう言っちまったのはどうしようもなんないけど思ってる、ってだけなら……別に。……まあ、あんな人の多い所で告白されるのは、そりゃ困るけど……嫌でも人目が集まる上に〝そういう話〟が大好物の奴らが集まってるからな」
あー……教室戻んのダルいな。教室に戻った後の恐らく騒がしくなるであろう同級生達の様子に仁科の口から唸るようなぼやきが零れた。
それに、思い返せば男同士の公開告白の後に振った相手が降られた方を連れ出すとかなんだ。スキャンダルが大好物な面々に餌を与えたようなものではないか。
はっ、と仁科は今更ながら自分のしでかした行動に気が付いたのか自身の行動の所為で余計に頭が痛くなりそうな現状になってしまったことに直ぐ目の前に毬井が居る事も忘れ頭を抱えブツブツと一人これからの事を呟きだす。その声は次第に低くなり、語気も荒くなっていき仁科が被っていた猫を剥がしていった。
「――――想ってるのはいいんですか?」
「…………は、」
不意に毬井の明るい声が図書室に落ちた。その言葉の意図が分からず仁科は思わずぽかんと口を開けて毬井の方を向いた。
「俺、先輩の事好きだとまだ想い続けてもいいんですか?」
毬井は先程までの困惑した表情から一変してその瞳をキラキラと輝かせていて、喜色満面と言った様子は余りにも眩しく煌めいていた。そして再度繰り返された言葉に漸く仁科は毬井の伝えたいことが理解できた。縋ろうとしているには強すぎる意志を持った声に仁科ははくり、と一度口を閉じ大きな溜息を吐いた。
「……別に、面と向かって言われない限り他人の持ってる感情にどうこうケチ付けれような立場でもねぇしな。まあ、次また同じ事されても〝それ〟にイエスと答える気はねぇよ。」
毬井の眩しさとタフネスから目を逸らすように仁科は視線を毬井から反対方向にある本棚に向けた。ぶっきらぼうに、然し頑として譲れない返答を添えて。
「――――俺が先輩を好きなのはこれからもずっとやめられないだろうから、好きでいさせてもらえるなら、」
それで構わないです。決して大きい言葉ではないのに芯のあるテノールの声が仁科の耳に届く。
「あっそ。あ、後ここで何されたかとか聞かれても絶対言うんじゃねぇぞ。此処出たらいつも通りの距離感で居ろよ」
「ぁ、わ、はい! 勿論言わないです!」
「どーだか」
牽制すれば慌てた様子で肯定する毬井を鼻で笑い仁科は図書室を出た。この短時間で感じた疲労に一服しようと喫煙室へと足を向ける。幸いにも喫煙室は誰も居らず換気扇のごう、という音だけが静かな部屋に響いていた。
パンツのポケットに入れていた愛用の煙草の箱から一本取り出し火をつける。フィルターに口を付ければふわりと香るカフェオレの香りを纏った煙が口内に広がる。仁科は肺一杯に煙を入れゆっくりと吐き出す。
「――――早いとこ諦めてくんねえかなぁ…………」
喫煙室の壁に凭れ掛かり仁科は顔を手で覆った。溜息の様に吐き出された紫煙と共に零れた思いががらんとした喫煙室に響く。静かな室内ではそれは思いの外大きな音になり仁科は佐谷大きな溜息を零した。
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