津波の魔女

パプリカ

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ぼくは両親には何も告げずに、自宅の方向へと向かった。

何も見なかったことにしようと思った。きっとお母さんは大丈夫だ。明日になれば、元気なお母さんが戻っているような気がする。
自宅の前まで来たとき、ふいに人の気配を感じた。
ぼくはそちらを見た。

暗がりから誰かが近づいてくる。
棺桶少女?
あの日の映像が頭によみがえる。
ぐらっと世界が揺れた。

ぼくはしっかりとそれを確認しようと、目を見開いた。
しかし、そこにいたのは棺桶少女ではなかった。
ひとりの女の子だった。
ぼくの目の前に現れたのは、久瀬さんだった。

「よく、夢をみるの」

久瀬さんは傷ついていた。顔には殴られたあとがあったし、髪の毛は誰かに捕まれたみたいにボサボサだったし、切り傷もいくつも見つかった。

それでも、久瀬さんは痛みを訴えるような表情はしていなかった。

どこか遠くを見るような、そんな目をしていて、表情はあくまでも穏やかだった。

「海の中にいる夢。わたしはそこにいる何かで、じっと泡を見ているの。その泡の中には一つ一つ世界があって、わたしはいろんな角度から世界を眺めようとするの」

久瀬さんがぼくに向かって歩いてくる。

「泡はすぐに上の方に消えてしまう。わたしはそれを追いかけようとするの。海面に向かって上昇していると、下から見た泡の世界が突然海面を覆いつくして、それを見ているうちに、わたしの体はまた下の方に落ちていくの」

倒れこむようにしてきた久瀬さんを、ぼくが抱き止める。近くで傷を確認しようとすると、そういったものはすでに消えかかっていた。
切り傷が塞ぎ、殴られたようなあとは元の皮膚の色に戻っていた。

ぼくは久瀬さんを抱き締めた。お父さんがお母さんにそうしたように、ぎゅっと抱き締め続けた。
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