"marry me"には主語がない

北へ。

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定時上がり

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 よく冷える月夜だった。僕と晶は同じ日に珍しく定時に退社することができ、オフィスのエレベーターで偶然に出会った。エレベーターに乗っていたのは晶だけだった。
「おお、珍しいね、もしかして帰り?」
「ええ、今までつもりにつもってたものが粗方片付いたの。実はまだやることはあるんだけどたまには、ね」
「そうさ。仕事ってのはやろうと思うと無限に湧いて出てくるからね。どこかで区切りをつけないと」
「それがコツってわけね」
「そう思うよ。ところで、この後予定ある?」
「うん。修也くんをうちに招待しようかなって思っていた。そして一緒にご飯を食べようって」
「それは素晴らしいね。僕もその予定を入れよう」
 外に出ると、思わず身震いをするような外気だった。氷点下を割り込んでいるだろう。
「そうだ、言い忘れてたけど、今日は私、車で来なかったの。悪いけど送ってくれない?」
「よろこんで」
 暖機運転をさせていた車に駆け込むように乗り込む。
「あれ?そういえば、たまたま僕と出くわさなかったらどうやって帰るつもりだったの?」
 地方では中核都市といえど、車移動が基本になる。電車でも帰れないことはないが、晶の家は駅からはけっこうあったはずだ。
「偶然だったのはエレベーターってところだけってわけ」くすりと晶が笑う。
「ああ、なるほど」
 最近定時で帰っている僕の様子を知っていたから、僕が帰るまでは1階のロビーででも待っているつもりだったのだろう。
「勝手に帰りがそんなに遅くはならないだろうって思っちゃうのもどうかと思ったけど…」晶は少し申し訳なさそうにする。
 車は駐車場を出てすぐの信号機で止まった。
「でも、正解だったわけだ。それどころかちょっとでも遅かったら僕は先に帰ってしまっていた、と」
「そうだね。でも、世の中何が正解かなんて分からないよね。良かれと思ってしたことが裏目に出ることもあるし、勝手にやったことがありがたがられたりもあるし」
 正解は分からない、この間市村さんも言っていた『答えはない』という言葉とかぶった。
 その瞬間に分かった。僕なりの晶への答えが。
「そうか、そうだったのか」思わず独り言を言ってしまっていた。
「どうしたの?急に」
 こちらの様子を覗き込んできた晶の様子に少し恥ずかしくなったが、僕はもう一言だけ続けた。
「見つけた」
 僕の発言の意味が分からなかった晶は小さく「えっ」と言った。
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