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第31話:泥だらけの笑顔と夕焼けの継ぎ目
しおりを挟む「……とは言ったものの」
私は腕組みをして、裏庭の地面を睨みつけていた。
私の宣言通り、今日はトトのための炉を作る日だ。でも、重大な問題に気づいてしまった。
「炉を作るには『耐火レンガ』がいるよね。でも、レンガを焼くには『炉』がいるわけで……あれ? これって詰んでない?」
レンガがないから炉が作れない。炉がないからレンガが作れない。
完全に「ニワトリが先か、タマゴが先か」状態だ。私が頭を抱えていると、トトが袖をクイクイと引っ張った。
「…………レンガ、いらない」
「えっ、いらないの?」
「うん。……直接、積む」
トトが地面に木の枝で絵を描き始めた。それはレンガを積むのではなく、粘土をひも状にして、とぐろを巻くように積み上げていく工法だった。
「なるほど! 陶芸で壺を作るみたいに、炉そのものを粘土で作っちゃうんだ!」
「……ん。この方が早い。繋ぎ目も少ないから、丈夫」
さすが本職。頼もしい解決策だ。
私たちは早速、川から運んできた粘土質の土に、つなぎとなる藁(わら)と熱に耐えるための大量の川砂を混ぜて、材料作りを始めた。
† † †
「わぁ~っ! ヌルヌルする~!」
水を混ぜた赤土の感触に、モコが大はしゃぎで飛び込んだ。 トトも最初は汚れるのを嫌がっていたけれど、私の「ほら、お団子!」という攻撃を受けてからは、吹っ切れたようだった。
「……ふふっ。冷たい」
泥だらけの手で、粘土をこねる。太い蛇のような粘土のひもを作り、それを円を描くように積み上げていく。
「よいしょ、よいしょ……」
一段積むごとに指で均(なら)して、一体化させる。 泥遊びの延長のような作業に、みんなの笑い声が響く。太陽の下、泥んこになって働くのは思った以上に楽しい。
お昼過ぎには、私の腰の高さほどの、立派な円筒形の塔ができあがった。正面には、鉄や炭を出し入れするためのカマクラのようなアーチ型の穴も空いている。
「できたー! 立派な炉だ!」
「……ん。形は、完璧」
「壁が熱を反射するから、少ない炭でも……高温になる。」
トトも満足げに泥だらけの顔を拭った。 日差しは夏のように強い。濡れていた粘土の表面は、あっという間に白っぽく乾いてカチカチになっていた。
「すごい乾燥力! これなら、もう火を入れても大丈夫じゃない?」
表面をコンコンと叩いてみる。硬い音がする。
「……うん。軽く焚き火をして、中まで乾かす」
私たちは逸(はや)る気持ちを抑えきれず、炉の中に薪をくべて火をつけた。 炎はすぐに勢いよく燃え上がった。
「おおーっ! 燃えてる燃えてる!」
このまま完成かと思われた、その時だった。
バキッ!!
乾いた破裂音が響いた。
「えっ?」
メリメリメリッ……!
続いて、何かが引き裂かれるような嫌な音。見ると、完璧だったはずの炉の胴体に、縦に大きな亀裂が走っていた。隙間から赤い炎と煙が漏れ出している。
「ああっ! 割れちゃった!!」
モコが悲鳴を上げた。 トトが慌てて火をかき出す。
「……失敗。早すぎた」
トトが割れた部分を触り、悔しそうに唇を噛んだ。
「乾いてたのに、どうして……」
「あ、そっか……!」
――水蒸気爆発。
表面はカチカチでも、分厚い壁の中身はまだ水分がたっぷりのままだったんだ。 出口を塞がれた水蒸気が、内側から壁を突き破っちゃったんだ……。
「ごめんトトちゃん、私が急かしたせいで……」
「……ううん。ボクも、焦った」
トトの耳がぺしょんと垂れ下がっている。せっかく作ったのに、やっぱりやり直しか。 重い空気が流れる。 でも、ここで諦めるわけにはいかない。
「ううん、原因はわかったから、まだ直せるよ!」
「…………ほんと?」
「トトちゃんは、新しい粘土で亀裂を埋めて! 私は魔法でサポートする!」
私の勢いに押され、トトが「ん!」と頷く。
彼女が亀裂に柔らかい粘土を丁寧に塗り込んでいく。まるで傷口を塞ぐ絆創膏のように。
「『送風(プチ・ウィンド)』!」
強い風じゃない。炉の内側の湿った空気だけを優しく運び出し、代わりに乾いた空気を送り込むような循環の風だ。
「ごめんね、焦らせて。今度はゆっくり乾かすからね」
炉の内側から、じわりじわりと水分が抜けていくのを感じる。トトのパテ埋めと、私の強制換気。科学と魔法、そして二人の連携プレーだ。
† † †
夕暮れ時。空が茜色に染まる頃、ようやく炉の修復と乾燥が終わった。
継ぎ目は残ってしまったけれど、叩くと「カンッ」という、芯まで乾いた硬質な音が返ってきた。
「……ふぅ。今度こそ、完成」
トトが額の汗を拭って、深く息を吐いた。そこにあるのは、無骨だけど、私たちの苦労が詰まった土の塔だ。
「やったー! 今度は割れてない! すごいよトト!」
モコがバンザイをして飛び跳ねる。
トトは、私たちが必死に埋めた継ぎ目の跡を、愛おしそうに指でなぞった。
「…………うん。大丈夫そう」
トトが振り返り、夕日に負けないくらい温かい笑顔を見せてくれた。
「どういたしまして。ふふ、継ぎ目もなんだか、デザインみたいでかっこいいよ」
「……ん。ボクたちの、炉」
夕日に照らされた土の塔は、私たちの奮闘を称えるように、どっしりとそこに立っていた。
私たちは顔を見合わせ、泥んこのままでニカっと笑い合った。
心地よい達成感が、秋の風と一緒に吹き抜けていったのだった……。
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