37 / 52
第34話:回るハンドルと空へのブランコ
しおりを挟む早朝の裏庭に、耳障りな音が響き渡っていた。
ギギギ……ギギギィ……!
まるで怪鳥の断末魔のような音だ。
「うぅ~……うるさいよぉ……」
モコが井戸のポンプのハンドルを回しながら、ぺたんと耳を塞いでいる。
彼女の怪力ならハンドル自体は指先一つで回せる軽さなのだが、この不快な音だけはどうにもならないらしい。
「うるさいわねぇ。まだ寝てる鳥が起きちゃうわよ」
ピコも不機嫌そうに起きてきて、自分の猫耳をパタパタと手で塞いでいる。
私はポンプの軸を見つめて溜息をついた。原因は単純。水を吸って膨張した木の軸が、強く擦れ合って悲鳴を上げているのだ。木製部品の限界だった。
「トトちゃん! このポンプの軸、鉄で作れたりしない?」
私が尋ねると、トトは古くなった木の軸を指先でなぞり、コクリと頷いた。
「……ん。作れる。……もっと、良いやつ」
その言葉には、職人の静かな自信が滲んでいた。
† † †
早速、改修工事のスタートだ。 トトは鉄の棒を炉に入れ、真っ赤に熱して叩き始めた。
カン! カン! カン!
高く澄んだ音が、秋の空に吸い込まれていく。トトが小槌を振るうたびに、鉄の棒が形を変えていく。でも、ただの丸い棒じゃない。
「……真ん中は、四角。端っこは、丸」
トトの言葉通り、真ん中は角材のように四角く、両端だけが綺麗な円柱に整えられていく。
「あ、そっか! 全部丸いと、木の螺旋がツルッと滑って空回りしちゃうもんね」
「……ん。四角なら、噛み合う。逃げない」
トトが満足げに頷く。さらに、軸を支える「軸受け」部分も鉄で作り出し、仕上げにたっぷりと脂を塗り込む。
ヌラリと黒光りする鉄の軸。それは、今までの木工細工とは明らかに違う、「機械」の部品としての存在感を放っていた。
† † †
換装作業はあっという間に終わった。螺旋部分は木のままだが、芯となる軸は強靭な鉄だ。
「よし……モコ、回してみて」
「うん! 任せて!」
モコがハンドルを握り、クルッと回す。
スルルルル……。
聞こえてくるのは、水が流れる音と、微かな風切り音だけ。あの不快な摩擦音は完全に消え失せていた。
ジョボボボボボッ!!
筒の先から、今まで以上の勢いで地下水が噴き出した。
「わぁっ! 音がしない! 全然うるさくないよ!」
モコが目を輝かせて、ブンブンとハンドルを回す。四角い軸が螺旋をしっかりと食い込ませているおかげで、力のロスも全くないみたいだ。
「……完璧」
トトが小さくガッツポーズをした。
「へぇ……大したもんね。これなら、朝寝坊しても起こされなくて済みそうだわ」
ピコが腕組みをして、噴き出す水を満足げに眺める。その尻尾は、ご機嫌にゆらゆらと揺れていた。
† † †
ポンプの修理が終わった午後。トトがまだ炉の前に座っていたので、私は思いついた「ある計画」を持ちかけてみた。
「ねえトトちゃん。余った鉄で、鎖……チェーンって作れる?」
「……鎖? ……何に使うの?」
トトが首を傾げる。武器でも農具でもないリクエストに戸惑っているようだ。
「ふふ、ちょっとした遊びだよ」
トトが作ってくれた頑丈な鉄の鎖。それを、裏庭にある一番大きな木の、太い枝にしっかりと巻き付ける。 そして鎖の先に、私が削り出した座り心地の良い木の板を取り付けた。
「じゃーん! 『特製ブランコ』の完成!」
それだけじゃない。隣には、余った板を組み合わせた滑り台も設置した。
「仕上げに、これを塗り込んで……と」
私が板の表面にゴシゴシと擦り込んでいるのは、森で集めた蜜蝋(みつろう)だ。
「……いい匂い」
「でしょ? これを塗らないと、摩擦でお尻が熱くなっちゃうからね」
ささくれ防止と、滑りを良くするためのひと手間。これでスベスベの特等席ができあがった。殺風景だった裏庭が、一気に公園らしくなる。
「……これ、役に立つの?」
トトがブランコを指差し、不思議そうに眉をひそめた。
生きるために必要な道具ばかり作ってきた彼女には、生産性のない道具の意味がわからないのかもしれない。
「役に立つかどうかは……ほら、見てて」
私はモコを手招きした。
「モコ、座ってみて!」
「えっ、なにこれなにこれ! 座っていいの?」
モコがおっかなびっくり木の板に座る。私はその背中を、優しくトンと押した。
「わっ……!」
身体がふわりと浮く。戻ってきた背中を、もう一度押す。
「わあぁぁぁーーっ!!」
モコの声が弾けた。風を切って高く舞い上がる感覚。琥珀色の瞳がキラキラと輝き、大きな尻尾が空中でブンブンと振られる。
「すごーい! 空を飛んでるみたいー! エリス姉、もっともっとー!」
「ふふっ、いくよー!」
キャッキャッとはしゃぐモコの声が、裏庭いっぱいに響き渡る。
そんな様子を見ていたピコも、最初は子供っぽいと澄ましていたけれど、蜜蝋でピカピカになった滑り台へ近づいていった。
「……ま、耐久テストくらいはしてあげてもいいわよ?」
そう言いながら、シューッと滑り降りてくる。
「っ! ……なによこれ、すっごい滑らかじゃない!」
想像以上のスピードに、ピコの尻尾がピンと立っている。どうやら気に入ったみたいだ。
私はトトの隣に並び、楽しそうに遊ぶ二人を眺めた。
「どう? 役に立ってるでしょ?」
トトは、空高く舞い上がるモコの笑顔と、それを支える鉄の鎖をじっと見つめていた。
自分が打った鉄が、誰かを傷つけるためじゃなく、誰かを笑顔にするために使われている。
トトの口元が、微かに緩んだ。
「……悪くない」
彼女は小さな声で、でも嬉しそうに呟いた。
「……鉄が、笑い声を聞いてる」
その言葉は、どんな詩よりも優しく私の胸に響いた。
夕焼けに染まる庭で、キィコ、キィコという鎖の音と、みんなの笑い声だけがいつまでも響いていた。
この穏やかなこんな時間がずっと続けばいい。揺れるブランコを眺めながら、私は心からそう願うのだった……。
47
あなたにおすすめの小説
引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい
鈴木竜一
ファンタジー
旧題:引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい ~不正がはびこる大国の賢者を辞めて離島へと移住したら、なぜか優秀な元教え子たちが集まってきました~
【書籍化決定!】
本作の書籍化がアルファポリスにて正式決定いたしました!
第1巻は10月下旬発売!
よろしくお願いします!
賢者オーリンは大陸でもっと栄えているギアディス王国の魔剣学園で教鞭をとり、これまで多くの優秀な学生を育てあげて王国の繁栄を陰から支えてきた。しかし、先代に代わって新たに就任したローズ学園長は、「次期騎士団長に相応しい優秀な私の息子を贔屓しろ」と不正を強要してきた挙句、オーリン以外の教師は息子を高く評価しており、同じようにできないなら学園を去れと告げられる。どうやら、他の教員は王家とのつながりが深いローズ学園長に逆らえず、我がままで自分勝手なうえ、あらゆる能力が最低クラスである彼女の息子に最高評価を与えていたらしい。抗議するオーリンだが、一切聞き入れてもらえず、ついに「そこまでおっしゃられるのなら、私は一線から身を引きましょう」と引退宣言をし、大国ギアディスをあとにした。
その後、オーリンは以前世話になったエストラーダという小国へ向かうが、そこへ彼を慕う教え子の少女パトリシアが追いかけてくる。かつてオーリンに命を助けられ、彼を生涯の師と仰ぐ彼女を人生最後の教え子にしようと決め、かねてより依頼をされていた離島開拓の仕事を引き受けると、パトリシアとともにそこへ移り住み、現地の人々と交流をしたり、畑を耕したり、家畜の世話をしたり、修行をしたり、時に離島の調査をしたりとのんびりした生活を始めた。
一方、立派に成長し、あらゆるジャンルで国内の重要な役職に就いていた《黄金世代》と呼ばれるオーリンの元教え子たちは、恩師であるオーリンが学園から不当解雇された可能性があると知り、激怒。さらに、他にも複数の不正が発覚し、さらに国王は近隣諸国へ侵略戦争を仕掛けると宣言。そんな危ういギアディス王国に見切りをつけた元教え子たちは、オーリンの後を追って続々と国外へ脱出していく。
こうして、小国の離島でのんびりとした開拓生活を希望するオーリンのもとに、王国きっての優秀な人材が集まりつつあった……
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました
空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。
平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。
どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!
饕餮
ファンタジー
書籍化決定!
2024/08/中旬ごろの出荷となります!
Web版と書籍版では一部の設定を追加しました!
今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。
救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。
一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。
そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。
だが。
「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」
森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。
ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。
★主人公は口が悪いです。
★不定期更新です。
★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。
彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について
いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。
実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。
ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。
誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。
「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」
彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。
現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。
それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。
家族に捨てられたけど、もふもふ最強従魔に愛されました
朔夜
ファンタジー
この世界は「アステルシア」。
魔法と魔物、そして“従魔契約”という特殊な力が存在する世界。代々、強大な魔力と優れた従魔を持つ“英雄の血筋”。
でも、生まれたばかりの私は、そんな期待を知らず、ただ両親と兄姉の愛に包まれて育っていった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる