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第38話:アースオーブンと鉄味のパン
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「……ぐえっ」
「……まずい」
秋晴れの空の下、そんな絶望的な声が響いた。
私の目の前には、うなだれる二人の姿がある。狼耳をぺしょんと垂れたモコと、涙目になっているトトだ。
その手には、まるで炭の塊のような「何か」が握られていた。
事の発端は、数十分前に遡る。
鍛冶場が完成して以来、トトは毎日楽しそうに火の番をしていた。そんなある日、食いしん坊のモコが閃いてしまったのだ。「こんなに熱い火なら、パンなんて一瞬で焼けるんじゃない?」と。
結果がこれだ。
「表面はカチカチの焦げ焦げで……中はデロデロの生焼けだよぉ……」
モコが悲しそうに、かじりかけのパンを見つめる。
「……それに、味が変。なんか、剣の味がする」
トトも口の中を不快そうにさせている。
それを見ていたピコが、呆れたようにため息をついた。
「当たり前でしょ。鉄粉が舞ってる中で焼いたら、そりゃ鉄風味になるわよ。……まったく、あんたたちは食い気が先行しすぎ」
ピコのツッコミは正論すぎて、ぐうの音も出ない。
(でも、気持ちはわかるなぁ。焼きたてのパンって憧れるもんね)
私は苦笑しながら、二人の間に割って入った。
「二人とも、元気出して。失敗の原因はね、温度が高すぎるからなんだよ」
「……温度?」
トトが小首を傾げる。
「そう。トトの炉は、鉄を溶かすためのものだから火力が強すぎるの。一点集中で燃やすから、パンの中まで火が通る前に、外側だけ焦げちゃうんだよ」
私は身振り手振りで説明する。
「パンをおいしく焼くには、そこまで高い温度はいらないの。全体をじっくり包み込む、優しい熱が必要なんだよ」
「……鉄は、高温。パンは、低温」
トトが納得したように頷く。彼女にとって火は鉄を支配する力だったけれど、料理には別の火が必要だと理解したようだ。
「だから作ろう。パンのための、優しいお家。名付けて『アースオーブン』!」
† † †
「うひゃー! ニュルニュルするー!」
庭の一角から、モコの大はしゃぎする声が上がった。
今日は鍛冶仕事はお休み。代わりに始まったのは、盛大な泥遊びだ。
裏山で採ってきた粘土質の赤土、川砂、そして短く切った藁(わら)を山盛りにする。そこに水を加えて、足で踏んで混ぜ合わせるのだ。
「わーい! 炉を作った時と同じだね! モコ、この泥踏み大好きなんだー!」
モコが裸足で泥の山にダイブする。
グニョ、グニョ。 ペチャ、ペチャ。
水を含んだ土の、重たくて湿った音が響く。
「ふふ、そうだよ。あの時と同じで、よーく混ぜないと割れちゃうからね」
私も裾をまくり上げて、泥の中に足を踏み入れた。
ひんやりとした土の感触が、足の指の間から這い上がってくる。ヌメリとした粘土と、ザラリとした砂、そしてチクチクする藁。不思議と不快感はない。むしろ、大地のエネルギーを直接肌で感じているようで心地いい。
「……ボクも、やる」
トトもおずおずと裸足になり、泥の山に入ってきた。
「……冷たい。……でも、気持ちいい」
トトが小さく足踏みをするたびに、泥が足首まで吸い付いてくる。
「アンタたち、よくやるわね……。アタシはパスよ。泥だらけなんて御免だわ」
ピコは少し離れた切り株の上で、絶対に降りてこないという強い意志を見せていた。猫は水も泥も大嫌いなのだ。
「えー、ピコもやろうよぉ! 楽しいよ!」
モコが泥だらけの手を振ると、ピコが「ヒッ!」と毛を逆立てて後ずさった。
「ちょっと!バカ犬! その汚い手で触ったら承知しないわよ!」
「ちぇーっ」
モコは残念そうに鼻を鳴らすと、再び泥踏みに戻った。
グッ、グッ。 コネ、コネ。
三人でリズムよく踏み続ける。最初はバラバラだった土と砂と藁が、次第に一体化して、粘り気のある強い素材に変わっていく。
(なんだか、私たちみたいだ)
種族も生まれも違う私たち。でも、こうして一緒に暮らして、笑い合うことで、少しずつ混ざり合っていく。
そんなことを考えていたら、胸の奥がじんわりと温かくなった。
† † †
材料ができたら、いよいよ組み立てだ。
まずは平らな石を並べて土台を作る。その上に、湿った砂を山盛りに積み上げた。これがオーブンの空洞部分になる「型」だ。
「よし、この砂山を、さっきの泥でコーティングしていくよ!」
私たちは泥団子を作り、砂山の周りにペタペタと貼り付けていく。
「優しくね。隙間がないように、分厚い壁を作るの」
「わかった! ペッタン! ペッタン!」
モコが楽しそうに泥を叩きつける。
トトの作業は繊細だった。
「……ここ、薄い。……ここ、凸凹してる」
職人の目が光る。彼女が手のひらで撫でると、荒かった泥の表面が、驚くほど滑らかに整えられていく。
「すごい……トトちゃん、左官屋さんになれるよ」
「……サカン?」
「壁を塗る職人さんのこと。トトちゃんの手つき、すごく綺麗」
「……ふふ。……土も、鉄も、素直」
トトが嬉しそうに泥を撫でる。
やがて、私たちの目の前に、ぽってりとした丸いドームが出来上がった。
入り口のアーチ部分だけを開けて、全体が分厚い土の壁で覆われている。まるで、巨大な蜂の巣か、あるいは生き物の巣のような形。
「できた……! 形は完成!」
「おーっ! これでもう焼けるの!?」
モコが目を輝かせ、さっきのパン生地の残りを持ってこようとする。私は慌てて止めた。
「ストップ! まだただの泥だから焼けないよ」
「ええっ!? お預け!?」
モコがガクッと膝をつく。
「うん。覚えてる? この前の、鍛冶炉を作った時のこと」
「……あ」
モコの耳がピクリと動く。
「あの時、乾いてないのに焦って火をつけて、バキッ! って割れちゃったでしょ?」
「……うぅ」
モコがバツが悪そうに舌を出した。
そう、あの時は土の中に残っていた水分が沸騰して「水蒸気爆発」を起こし、炉が割れてしまったのだ。
「……焦りは、禁物」
トトが静かに呟く。
「……あの時は、割れたところを埋め直して……なんとかなったけど。……今回は、きれいに作りたい」
トトが愛おしそうにドームを撫でる。
あの時、私たちは割れた炉を必死に修復した。継ぎ目だらけになった炉を、トトは「デザインみたいでかっこいい」と笑ってくれたけれど、やっぱり職人として、最初から完璧に作りたいという思いがあるのだろう。
「そう、同じ失敗はしないよ。今回は数日乾かして、そのあと中で小さな焚き火をして、ゆっくり水分を抜くの」
「……わかったぁ。パンのため、パンのため……」
モコが呪文のように唱えながら、自分のお腹をさすっている。
グゥゥゥ~~……。
タイミングよく、盛大な腹の虫が鳴り響いた。
「……仕方ないわね」
それまで高みの見物をしていたピコが、ひょいと降りてきた。その手には、いつの間にか採ってきた野イチゴの籠がぶら下がっている。
「パンはお預けだけど、これでも食べて待ちましょ。……別に、アンタたちのために採ってきたわけじゃないけどね」
「ピコぉ~! 大好き~!」
「ちょ、離れなさいよ! 泥がつくっ……ああっ!!」
モコが抱きつき、ピコの服に茶色い手形がべったりとついた。
夕暮れの庭に、ピコの悲鳴とみんなの笑い声が響く。
完成したばかりの泥のドームは、そんな私たちを静かに見守っているようだった。
明日はきっと、最高に美味しいパンが焼ける。
私は土の匂いのする手を見つめながら、確かな幸せを噛み締めるのだった……。
「……まずい」
秋晴れの空の下、そんな絶望的な声が響いた。
私の目の前には、うなだれる二人の姿がある。狼耳をぺしょんと垂れたモコと、涙目になっているトトだ。
その手には、まるで炭の塊のような「何か」が握られていた。
事の発端は、数十分前に遡る。
鍛冶場が完成して以来、トトは毎日楽しそうに火の番をしていた。そんなある日、食いしん坊のモコが閃いてしまったのだ。「こんなに熱い火なら、パンなんて一瞬で焼けるんじゃない?」と。
結果がこれだ。
「表面はカチカチの焦げ焦げで……中はデロデロの生焼けだよぉ……」
モコが悲しそうに、かじりかけのパンを見つめる。
「……それに、味が変。なんか、剣の味がする」
トトも口の中を不快そうにさせている。
それを見ていたピコが、呆れたようにため息をついた。
「当たり前でしょ。鉄粉が舞ってる中で焼いたら、そりゃ鉄風味になるわよ。……まったく、あんたたちは食い気が先行しすぎ」
ピコのツッコミは正論すぎて、ぐうの音も出ない。
(でも、気持ちはわかるなぁ。焼きたてのパンって憧れるもんね)
私は苦笑しながら、二人の間に割って入った。
「二人とも、元気出して。失敗の原因はね、温度が高すぎるからなんだよ」
「……温度?」
トトが小首を傾げる。
「そう。トトの炉は、鉄を溶かすためのものだから火力が強すぎるの。一点集中で燃やすから、パンの中まで火が通る前に、外側だけ焦げちゃうんだよ」
私は身振り手振りで説明する。
「パンをおいしく焼くには、そこまで高い温度はいらないの。全体をじっくり包み込む、優しい熱が必要なんだよ」
「……鉄は、高温。パンは、低温」
トトが納得したように頷く。彼女にとって火は鉄を支配する力だったけれど、料理には別の火が必要だと理解したようだ。
「だから作ろう。パンのための、優しいお家。名付けて『アースオーブン』!」
† † †
「うひゃー! ニュルニュルするー!」
庭の一角から、モコの大はしゃぎする声が上がった。
今日は鍛冶仕事はお休み。代わりに始まったのは、盛大な泥遊びだ。
裏山で採ってきた粘土質の赤土、川砂、そして短く切った藁(わら)を山盛りにする。そこに水を加えて、足で踏んで混ぜ合わせるのだ。
「わーい! 炉を作った時と同じだね! モコ、この泥踏み大好きなんだー!」
モコが裸足で泥の山にダイブする。
グニョ、グニョ。 ペチャ、ペチャ。
水を含んだ土の、重たくて湿った音が響く。
「ふふ、そうだよ。あの時と同じで、よーく混ぜないと割れちゃうからね」
私も裾をまくり上げて、泥の中に足を踏み入れた。
ひんやりとした土の感触が、足の指の間から這い上がってくる。ヌメリとした粘土と、ザラリとした砂、そしてチクチクする藁。不思議と不快感はない。むしろ、大地のエネルギーを直接肌で感じているようで心地いい。
「……ボクも、やる」
トトもおずおずと裸足になり、泥の山に入ってきた。
「……冷たい。……でも、気持ちいい」
トトが小さく足踏みをするたびに、泥が足首まで吸い付いてくる。
「アンタたち、よくやるわね……。アタシはパスよ。泥だらけなんて御免だわ」
ピコは少し離れた切り株の上で、絶対に降りてこないという強い意志を見せていた。猫は水も泥も大嫌いなのだ。
「えー、ピコもやろうよぉ! 楽しいよ!」
モコが泥だらけの手を振ると、ピコが「ヒッ!」と毛を逆立てて後ずさった。
「ちょっと!バカ犬! その汚い手で触ったら承知しないわよ!」
「ちぇーっ」
モコは残念そうに鼻を鳴らすと、再び泥踏みに戻った。
グッ、グッ。 コネ、コネ。
三人でリズムよく踏み続ける。最初はバラバラだった土と砂と藁が、次第に一体化して、粘り気のある強い素材に変わっていく。
(なんだか、私たちみたいだ)
種族も生まれも違う私たち。でも、こうして一緒に暮らして、笑い合うことで、少しずつ混ざり合っていく。
そんなことを考えていたら、胸の奥がじんわりと温かくなった。
† † †
材料ができたら、いよいよ組み立てだ。
まずは平らな石を並べて土台を作る。その上に、湿った砂を山盛りに積み上げた。これがオーブンの空洞部分になる「型」だ。
「よし、この砂山を、さっきの泥でコーティングしていくよ!」
私たちは泥団子を作り、砂山の周りにペタペタと貼り付けていく。
「優しくね。隙間がないように、分厚い壁を作るの」
「わかった! ペッタン! ペッタン!」
モコが楽しそうに泥を叩きつける。
トトの作業は繊細だった。
「……ここ、薄い。……ここ、凸凹してる」
職人の目が光る。彼女が手のひらで撫でると、荒かった泥の表面が、驚くほど滑らかに整えられていく。
「すごい……トトちゃん、左官屋さんになれるよ」
「……サカン?」
「壁を塗る職人さんのこと。トトちゃんの手つき、すごく綺麗」
「……ふふ。……土も、鉄も、素直」
トトが嬉しそうに泥を撫でる。
やがて、私たちの目の前に、ぽってりとした丸いドームが出来上がった。
入り口のアーチ部分だけを開けて、全体が分厚い土の壁で覆われている。まるで、巨大な蜂の巣か、あるいは生き物の巣のような形。
「できた……! 形は完成!」
「おーっ! これでもう焼けるの!?」
モコが目を輝かせ、さっきのパン生地の残りを持ってこようとする。私は慌てて止めた。
「ストップ! まだただの泥だから焼けないよ」
「ええっ!? お預け!?」
モコがガクッと膝をつく。
「うん。覚えてる? この前の、鍛冶炉を作った時のこと」
「……あ」
モコの耳がピクリと動く。
「あの時、乾いてないのに焦って火をつけて、バキッ! って割れちゃったでしょ?」
「……うぅ」
モコがバツが悪そうに舌を出した。
そう、あの時は土の中に残っていた水分が沸騰して「水蒸気爆発」を起こし、炉が割れてしまったのだ。
「……焦りは、禁物」
トトが静かに呟く。
「……あの時は、割れたところを埋め直して……なんとかなったけど。……今回は、きれいに作りたい」
トトが愛おしそうにドームを撫でる。
あの時、私たちは割れた炉を必死に修復した。継ぎ目だらけになった炉を、トトは「デザインみたいでかっこいい」と笑ってくれたけれど、やっぱり職人として、最初から完璧に作りたいという思いがあるのだろう。
「そう、同じ失敗はしないよ。今回は数日乾かして、そのあと中で小さな焚き火をして、ゆっくり水分を抜くの」
「……わかったぁ。パンのため、パンのため……」
モコが呪文のように唱えながら、自分のお腹をさすっている。
グゥゥゥ~~……。
タイミングよく、盛大な腹の虫が鳴り響いた。
「……仕方ないわね」
それまで高みの見物をしていたピコが、ひょいと降りてきた。その手には、いつの間にか採ってきた野イチゴの籠がぶら下がっている。
「パンはお預けだけど、これでも食べて待ちましょ。……別に、アンタたちのために採ってきたわけじゃないけどね」
「ピコぉ~! 大好き~!」
「ちょ、離れなさいよ! 泥がつくっ……ああっ!!」
モコが抱きつき、ピコの服に茶色い手形がべったりとついた。
夕暮れの庭に、ピコの悲鳴とみんなの笑い声が響く。
完成したばかりの泥のドームは、そんな私たちを静かに見守っているようだった。
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