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このチョコを先輩に
しおりを挟む「行ってきます!」
早々と私は家を出て駆け出す。
外は快晴で、天気予報の通り。
今日は二月十四日。言わずと知れた、バレンタインの日。
正直、胸がドキドキして昨日はよく眠れなかった。
頭に浮かぶのは部活で知り合った一つ上の先輩。
いつもはただ親しい後輩として接してるけど……今日は違う。
既に先輩の家に押しかけることは伝えてあるし、チョコレートも昨日の時点で作ってある。準備万端……のはず。
──絶対、先輩に振り向かせてみせる。
決意を胸に私は先輩の家へと足を速めた。
×××
意気揚々と私はインターホンを押す。
先輩は今一人暮らし。必ず先輩が出てくれる。
「美月か……おはよう。速いな」
「おはようございます。先輩っ!」
どうやら寝起きのようでインターホン越しに聞く先輩の声には覇気がない。
それがまた愛おしくて、ついつい頬が緩んでしまう。
「悪いけど、少し待ってくれるか? すぐ準備する」
「えー、この寒い中先輩は女の子を一人で外に待たせるんですかー!」
「……あまり見せられる格好じゃないんだよ。本当に悪いとは思ってる。なるべく待たせないから」
そう言って先輩は通話を切った。
部屋には入れてくれないかぁ……。少し寂しいけど、こんな事でしょげてられない。しっかりして私。今日先輩に告白するんでしょ!
そうやって自分を鼓舞しているとガチャりと音を立ててドアを空き、制服姿の先輩が中から出てきた。
「待たせた」
「ほんっと遅いですよ! 私、寒かったんですから」
「悪い……まだ時間に余裕はあるし、少し上がって温まっていくか? コーヒー位は出す」
「冗談ですよ。……じゃあ、お言葉に甘えて」
先輩は苦笑しながらも私を優しく家の中に通してくれる。
「お、お邪魔します」
「どうした? らしくないぞ」
私が緊張しているのが伝わってしまったようで、先輩が不思議そうに私の顔を見る。
「気のせいですよ」
「そうか?」
「そうです」
何とか平静を装う。
危ない。もう何度もこの家に来てるはずなのに。
バレンタインってだけでこんなに緊張するとは思わなかった。先輩は釈然としない様子で、首を傾げながらも追求はせずにリビングの方へ通してくれる。
「好きな場所に座っててくれ」
リビングに入るとそう言ってキッチンの方へ先輩は歩いていった。と言っても隣接してるから少し声を張れば会話はできる。
リビングの中央にある、机の前に座り、先輩の方に目を移すと、それに気づいた先輩がおもむろに口を開いた。
「しかし、来るとは言ってたが少し早くないか? まだ一時間近く余裕あるぞ」
「たまたまですよ。いつもより少し早く行きたくなっただけです」
先輩は察しが悪いなぁ……今日がバレンタインってこと自体ピンと来てないみたい。
でも、正直ホッとしてる。先輩からチョコの話をされたら、私多分テンパって渡せなくなるから。
ふとリビングを見渡してみる。
目に着くのは木製の机と、漫画の沢山入った本棚。後はテレビが置いてあるくらいでめぼしいものは何も無い。相変わらずの殺風景ぶりに安心。彼女が出来た、なんて心配はなさそうだ。
「砂糖は自分で入れてくれるか?」
「はい。ありがとうございます」
机にコーヒーの入ったマグカップとスティックシュガーが置かれ、先輩は私にスプーンを握らせると自分のコーヒー取りに戻る。
湯気の経つマグカップに砂糖を入れて、中を混ぜていると先輩が自分の分を手に私の向かい側へ座った。
「熱っ」
「まだ冷めてないだろ……熱いのが苦手ならもっと注意して飲め」
先輩は呆れた様子で、マグカップを口に運ぶ。
猫舌だから、仕方ないんです!
少し涙目になりながら、私はふーふーと息をカップの中に吹きかけて、慎重にコーヒーを啜る。暖かい。
お互いコーヒーを飲んで一息ついたところで、沈黙が流れる。このチャンス、見過ごす訳には行かない!
「先輩。ちょっといいですか?」
「どうした?」
「実はこれを受け取って貰いたくて」
鞄からチョコレートを出すと、先輩は困惑した表情を見せ、コーヒーを机に置く。
「薄々そうなんじゃないか、とは思ってた」
「気づいてたんなら言ってくださいよー!」
「仕方ないだろ。慣れてないんだから。……開けて、良いか?」
先輩は恥ずかしそうに顔を逸らしている。
初心で可愛い……と言いたいけど、私も人の事を言えない。
胸の高鳴りがどんどん強くなってる。顔も熱くて……きっと今、人に見せれるような姿じゃないんだろうな、私。
「はい」
「美味いな」
包を開けて、デコレーションされた小さなチョコを一つ取り出し、口に入れると先輩は顔を綻ばて言う。
手作りのチョコを褒められたのは素直に嬉しい……と言っても殆ど溶かして固め直しただけなんだけどね。
「先輩。私、先輩が好きです……付き合ってください」
「こちらこそ、よろしく頼む」
時間が止まったような気がした。
えっ? えっ? つまりこれは──両想いってこと?
夢じゃない、よね?
「私たち、恋人同士……って、ことで良いんですか?」
「そうなるな」
涙が頬を伝って落ちていく。
どうしよう。先輩の顔が見えない。良かった。本当に。振られんじゃないかってずっと不安で……こんなはずじゃ、なかったのにな。
そんな私を先輩は無言で抱きしめてくれた。
×××
「お見苦しいところをお見せしました」
「気にしなくていい」
あれから泣き止む頃にはすっかり登校時間ギリギリになってしまい、二人で走って家を出ることになってしまった。
恥ずかしさと申し訳なさにしょんぼりしてる私の手をそっと先輩は握ってくれて、凄く安心する。
すっかりさっきまでの感情はどこかへ消え去っていた。 そうだ、これは聞いておかなければ。
「それより……行こう、遅刻するぞ」
「待ってください先輩」
足を止め、不思議そうな顔をして、先輩は何かを言おうとするけど、それを遮るように私は言葉を畳み掛ける。
「──名前で呼んで、良いですか?」
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