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二人で仲良くスマブラをするやつ
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扉を開けると、恋人が死んでいた。
「アワワワワ……」
言いながら空の彼方へ遠ざかって死んでいく原色緑色のヨッシーの影。恋人(の操作するファイター)がキランと星になったあと、『GAME SET』というあのお馴染みのカットインが流れた。
「あああもぉぉ」
と言いながらプロコンを投げ捨て仰向けにひっくり返った恋人が、風呂上がりの俺とさかさまで目を合わせる。スマッシュブラザーズ。最新作のSP。自粛真っ最中の四連休初日。俺がシャワーに向かうまでは、マリオではなく、リモート授業の課題相手に熱戦を繰り広げていたはずだが。
「スマブラ懐かしいな」
「オンラインぜんっぜん勝てない、すごい鈍ってる」
「レポートは?」
「いいだろあと三日あるし……」仰向けのまま眉根を寄せる。どうやら難航しているらしい。
「らしくないな、先に終わらせて休み満喫する派だろ?」
「君とは違ってな」
もうひとつのコントローラーを渡される。このところSwitch liteでばかり遊んでいたから若干埃が被っていた。
恋人はヨッシー。俺はクッパかキャプテン・ファルコン。これがお決まりのパターンだ。スマブラが発売されてからかなりの長期間二人で吹っ飛ばしあい続けていたので、操作は指先が覚えている
恋人と二人で暮らしているこの部屋の歴史の年輪には、ゲームの存在が色濃く刻まれている。ジャンルも浅く手広くカバーしていて、新作もやるしレトロゲームや話題の糞ゲーまで様々だ。ゲーム好きは俺たち二人の数少ない共通項で、恋人は特に凝り性で、ルームシェアを始めたとき彼が持ってきた少なすぎる荷物の中のひとつが年季の入ったNintendo DSだった。お互い負けず嫌いで、ムキにもなりやすく、対戦を伴うゲームはあまり喧嘩をしない俺たちの火種の原因にもたまになる。スマブラみたいなアクションものは尚更だ。それでも好きで楽しいから毎日喧嘩しながらスマブラしていた。本当にかなりの長期間……スマブラSPが発売されてからポケモン剣盾が発売されるまでだから……ポケモンが去年の秋で……スマブラがその前の……冬?
(え、二年前? そんなに? ん、一年半か?)
気を散らした一瞬のうちにクッパがメテオで叩き落とされた。
「あっ」
「っし!」
隣の恋人が体を揺らす。普段はどちらかというと冷静沈着で割に大人しい喋り方をする彼の凶暴性を垣間見ることができるのは、ゲームのおいしいところである。
きっと舐めたドヤ顔をしていることだろう。クッパがライフを削って復帰する一瞬のいとまに俺は隣を垣間見た。
恋人は目をキラキラさせて、子供のような顔で液晶に熱視線を注いでいる。
思わず視線を奪われた。
(あ)
復帰して間もない俺に恋人は虹色に光るたまごをドカドカ投げる。慌ててシールドを張った俺を恋人は呑み込んで卵にし、間髪入れぬコンボで攻める。
(やべ)
立て直そうとしたが無駄だった。
『GAME SET』
「今、本気だったか? よそ見してたろ」
振り向いた恋人の顔にはあの一瞬のキラキラはなく、むしろいかにも不服そうだ。気の迷いが見透かされていて俺は苦笑いした。
「すまん、余計なこと考えてた」
「余計なことって?」
「え? そりゃ、まあ」
——本気の俺と戦っているときのお前はどんなに良い顔をしていることだろう、と。
だがそれを見ることは一生叶わないのだろうな、とも思った。本気の殴りあいを楽しんでいるとき、画面から一秒たりとも目を離すことは許されないからだ。俺だって勝負するからには本気でやりたいし、負けると悔しいしイライラするし……あれ。
なんだろう、全然イライラしてないな。
去年一緒にやってたときは、負けこむと本当にむしゃくしゃしていたのに。
「次は3–0で勝ってやるよ」
煽れば、そうこなくちゃなと恋人が笑う。かわいいな、と思った。二年か一年半前もかわいいと思っていたはずなのだが、更にかわいくなったみたいだ。どんなに悪どい手でボコボコにされたところで、この顔を見せつけられさえすれば、今の俺はおそらく満足してしまう。
いや、恋人がかわいくなったのもあるけど、俺がすっかり骨抜きにされてるんだろうな。——また余計なことを考えてメテオで叩き落とされながら、なんだか俺は頬を緩めた。まるでやられて喜ぶドMみたいだが、これが恋じゃないならば、この世にきっと恋はない。
「アワワワワ……」
言いながら空の彼方へ遠ざかって死んでいく原色緑色のヨッシーの影。恋人(の操作するファイター)がキランと星になったあと、『GAME SET』というあのお馴染みのカットインが流れた。
「あああもぉぉ」
と言いながらプロコンを投げ捨て仰向けにひっくり返った恋人が、風呂上がりの俺とさかさまで目を合わせる。スマッシュブラザーズ。最新作のSP。自粛真っ最中の四連休初日。俺がシャワーに向かうまでは、マリオではなく、リモート授業の課題相手に熱戦を繰り広げていたはずだが。
「スマブラ懐かしいな」
「オンラインぜんっぜん勝てない、すごい鈍ってる」
「レポートは?」
「いいだろあと三日あるし……」仰向けのまま眉根を寄せる。どうやら難航しているらしい。
「らしくないな、先に終わらせて休み満喫する派だろ?」
「君とは違ってな」
もうひとつのコントローラーを渡される。このところSwitch liteでばかり遊んでいたから若干埃が被っていた。
恋人はヨッシー。俺はクッパかキャプテン・ファルコン。これがお決まりのパターンだ。スマブラが発売されてからかなりの長期間二人で吹っ飛ばしあい続けていたので、操作は指先が覚えている
恋人と二人で暮らしているこの部屋の歴史の年輪には、ゲームの存在が色濃く刻まれている。ジャンルも浅く手広くカバーしていて、新作もやるしレトロゲームや話題の糞ゲーまで様々だ。ゲーム好きは俺たち二人の数少ない共通項で、恋人は特に凝り性で、ルームシェアを始めたとき彼が持ってきた少なすぎる荷物の中のひとつが年季の入ったNintendo DSだった。お互い負けず嫌いで、ムキにもなりやすく、対戦を伴うゲームはあまり喧嘩をしない俺たちの火種の原因にもたまになる。スマブラみたいなアクションものは尚更だ。それでも好きで楽しいから毎日喧嘩しながらスマブラしていた。本当にかなりの長期間……スマブラSPが発売されてからポケモン剣盾が発売されるまでだから……ポケモンが去年の秋で……スマブラがその前の……冬?
(え、二年前? そんなに? ん、一年半か?)
気を散らした一瞬のうちにクッパがメテオで叩き落とされた。
「あっ」
「っし!」
隣の恋人が体を揺らす。普段はどちらかというと冷静沈着で割に大人しい喋り方をする彼の凶暴性を垣間見ることができるのは、ゲームのおいしいところである。
きっと舐めたドヤ顔をしていることだろう。クッパがライフを削って復帰する一瞬のいとまに俺は隣を垣間見た。
恋人は目をキラキラさせて、子供のような顔で液晶に熱視線を注いでいる。
思わず視線を奪われた。
(あ)
復帰して間もない俺に恋人は虹色に光るたまごをドカドカ投げる。慌ててシールドを張った俺を恋人は呑み込んで卵にし、間髪入れぬコンボで攻める。
(やべ)
立て直そうとしたが無駄だった。
『GAME SET』
「今、本気だったか? よそ見してたろ」
振り向いた恋人の顔にはあの一瞬のキラキラはなく、むしろいかにも不服そうだ。気の迷いが見透かされていて俺は苦笑いした。
「すまん、余計なこと考えてた」
「余計なことって?」
「え? そりゃ、まあ」
——本気の俺と戦っているときのお前はどんなに良い顔をしていることだろう、と。
だがそれを見ることは一生叶わないのだろうな、とも思った。本気の殴りあいを楽しんでいるとき、画面から一秒たりとも目を離すことは許されないからだ。俺だって勝負するからには本気でやりたいし、負けると悔しいしイライラするし……あれ。
なんだろう、全然イライラしてないな。
去年一緒にやってたときは、負けこむと本当にむしゃくしゃしていたのに。
「次は3–0で勝ってやるよ」
煽れば、そうこなくちゃなと恋人が笑う。かわいいな、と思った。二年か一年半前もかわいいと思っていたはずなのだが、更にかわいくなったみたいだ。どんなに悪どい手でボコボコにされたところで、この顔を見せつけられさえすれば、今の俺はおそらく満足してしまう。
いや、恋人がかわいくなったのもあるけど、俺がすっかり骨抜きにされてるんだろうな。——また余計なことを考えてメテオで叩き落とされながら、なんだか俺は頬を緩めた。まるでやられて喜ぶドMみたいだが、これが恋じゃないならば、この世にきっと恋はない。
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