おにぎりレシピ

帽子屋

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そしてその日の午後(2)

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「急げ。時間がない」
「あと何秒っすか」
「379秒」
「マジか……ギリギリっすね」
「ああ。だが、勝機はある。今日は昼休みに30分のズレがある。昼時各駅エレベーター渋滞にまきこまれる可能性が低い」
「ですが梅先さん。朝の電車の遅れで今時分に出社してきてるやつがいるんじゃないっすか……」
「そうか。それがあったな。俺としたことが」
めずらしく険しい表情の梅先は、自分の甘さに舌打をした。
「梅先さん、諦めないでくださいよ」
「当たり前だ。俺は最後まで諦めない。必ず再起動がかかる前に到着する」
店を出てからと言うもの、二人の先輩の歩行速度はみるみる速さを増していった。
いっそ走ってしまえばいいのに。いや、競歩のごとく走ってはいけないルールがあるんだろうか。あるのかもしれない。古津は、速度とともに何故か増していく緊迫感に、口を閉ざしてただただその背中を追いかけた。
いったい何が、何が起きようとしているんですか、先輩!
まるで吹きすさぶ嵐、それも冷たい過酷な大地を行くような(実際、上着を忘れた紫野は寒さで背中をまるめまくっていた)二人の口からは、ただ事ではない台詞が次から次へと聴こえてくる。その重たい雰囲気に何の根拠もなく古津は緊張からかゴクリとツバを飲み込んだ。甘い。まだ、口の中には黒蜜の甘さが十分に残っていた。
「古津」
「は、はい!」
「お前、足腰に自信はあるか?」
「あ、足っすか? いえ、足でしょうか! ばーちゃん抱えて2階までなら上がれます!」
「そうか……7階迄の階段ダッシュ、覚悟しとけよ」
「はい!」
「よし」
「あざっす!」
後ろを振り返りニヤリと笑った紫野の意図は、古津には全くわからなかったが、反射的に返事だけは返しておいた。体育会系たるもの先輩の意図には疑問を持たず、指示には逆らわず、取り合えず返事は返すもの、そういうもの。古津は自分の理解そのままに、二人の背中を追って、新入社員として初出社するその手前で出てきてしまったビルのエントランスを本日3回目、くぐりぬけた。
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