だがしかし

帽子屋

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「はい~ こんなもんでだいじょうぶでしょ~」
あらかた薬を塗り終わった神田は、タオルで手を拭きながら立ち上がった。
「ああ。ありがとう。助かった」
俺の正直な礼に、神田は満足そうに頷いた。
「どういたしまして~ あと痛むところは自分で冷やしてね~」
「おお」
「じゃあ僕は明日も朝早くからでかけるから~ ねま~す」
「げっ 明日も行くのかよ。俺は、その、あれだ」
無理だ。
動ける気がしない。この痛みさることながら、今日一日の山遊びで疲労困憊だ。だが、それを礼と同じレベルの正直さで訴えるのもなんだか折れた心に塩を塗りこむ気がして言葉を濁した。ちくしょう。別に神田に負けてるとかそんな小さいこと考えてるわけじゃないぞ。だが、なんでお前はそんなぴんぴんしてるんだよ。お前の体力はやはり化け物なみか。同世代の男として自分の体力のなさに忸怩たる想いがあるなど絶対に言えない。
「いいよ~ その痛々しい身体じゃ動けないでしょ~」
「! そ、そうだな。すまんな。想像以上に痛くてな」
「そうだね~ 明日は筋肉痛がひどいかもしれないしね~ 何より体力つけないとね~」
「!」
う、うるさい。
痛みを理由にささやかなプライドを守ろうとした俺をいともたやすく看破した神田は、笑いながら手をひらひらとさせて部屋を出て行こうとして足を止めた。
「あ~ そうだ~ 明日、起きたらでいいから網を源五郎さんに返してくれないかな~」
「網?」
「そぉ~ 今日きみが持っていた網、源五郎さんのなんだ~」
「それはかまわないが、源五郎さんとはどなただ?」
「ここに来たとき会ったでしょ~」
「ああ! あのおじさんか。源五郎さん、って言うのか。で、その源五郎さんの家はどこだ?」
「ここを出てね~左~ それからまっすぐ~ まあ~行けばきみならすぐわかると思うよ~」
「わかったよ。明日、起きたら返しに行ってくる」
「うん お願いね~ じゃ、おやすみ~」
改めて神田は部屋を出ようとしたが、今度は俺がその足を止めた。
窓から入ってきた冷たくひんやりとした風が流れていったせいだろうか。なんで今このタイミングでそれを聞こうと思ったのかはわからなかったが、どうしても俺は尋ねておきたかった。
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