だがしかし

帽子屋

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俺は森の中に立っていた。
“痛い。痛い。痛い。苦しい”
“忌々しい人間の奴。こんな惨めな姿に”
“死にたくない。死ぬにしても狼や狐に食われる方がまだましだ”
足元には冷たくなりかけた兎が罠にかかって横たわっていた。よほど暴れたのか、後ろ足は引きちぎれそうになっている。もう命の火が消えるまで、いくばくもないだろう。それでもその魂はそれを受け入れることを拒み、流されまいともがいていた。
“もう少し、走ってからいくか?”
“なんの音だ? ああ……もしかしてあんたなのか? そうか。そうだな。もう少しだけ走らせてくれるか”
俺はそっとかがみこみ兎を抱き上げると、一息に頭から飲み込んだ。兎の弱弱しくも動いていた心臓は最期にゆっくりと打つとぴたりとその拍動を止めた。
“来てくれたのがあんたでよかった。間に合ってくれてよかった”
どこからか兎の声が遠くに聴こえ、そして消えていった。それとともに、乾いたところへ一滴の水が落ちたように俺の飢えもほんのわずかばかり消えたような気がした。
「それ。俺の獲物だぞ。お前、誰だ」
背後から人間の声がして振り向けば、村の子供が立って俺を見ていた。
『俺は……誰だろう』
俺は無言でかがんでいた身体を起こそうとしたが、足に力が入らず思わず揺れて後ろに倒れてしまった。もう何も映していない兎の目に俺が映る。その柔らかなガラス玉に憮然とした顔の少年が近寄ってくるのが見えた。倒れこんだ俺を、自分に驚いて腰を抜かした間抜けな大人だとでも思ったのか呆れ口調でたたみかけてくる。
「お前、村のもんじゃねえし。口も聞けねえのか? もしかして、お前、どっからか逃げてきて山に隠れてんのか?」
手際よく罠から兎を外すと少年は背負っていた篭を下ろしその中に兎を入れた。
「お前、怪我してんのか?」
少年は俺の足からしたたかに血が流れるのを見て言った。
「まさかその図体で兎の罠にかかるってことはないよな。熊の罠か? どっちにしても間抜けな奴だなあ」
やはり何も言わない俺に、少年はしびれを切らしたのか「しょうがねえなあ」と言って、腰につけていた布で俺の足をきつくしばった。
「血の臭いさせて、こんなとこに座り込んでると狼や熊に食われるぞ。あっちに川があるんだ。案内してやるよ」
少年は俺の手をぐいとひっぱって起こすと、山道をきっと少年にしてはかなりゆっくりと歩いて川へと向かった。
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