暗殺者と優しい月

コアラ太

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新月

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あれから2年。

私がゼルを介抱すると共に、一つになった。
やっとなることが出来たと言える。

半年、ゼルは病床から出れず、その後のリハビリも苦労した。
落ちた筋肉を戻すために1年。
最近では、街へ出かけられるようにもなった。
少し前から、収納の魔法を練習している。
片手ではなかなかうまく行かないようで、失敗ばかりだが、少しずつ進歩している。

私も仕事を休んでいたが、訓練だけは欠かさなかった。
だが、再起するにはブランクが心配だ。
ゼルの心配性が移ったのかもしれない。


「お見舞いに来たわよ。」

この女がくる時は嫌な予感しかしない。

「よく来たわね。」
「顔と返事が合ってないわね。まぁ、仕方ないわね。」

バケットをテーブルに置くと、唐突に話し出した。

「いきなりだけど、エリザが指名手配されてるわ。」
「なんで!?」
「ゼル落ち着いて。詳しく教えて。」

2年前の届け物の一件で出会った貴族。
あいつは思った以上に厄介者だった。
念者という能力を使って私の似顔絵を量産していたらしい。

徐々に手配範囲を増やして、とうとうこの近隣まで届いてきたようだ。

「あなたは使い勝手が良かったから、今までは黙認出来た。でも」
「仕事しないから。」
「そういうこと。マザーとドラゴンソルジャーが手を差し出しても良いって言ってるわ。」

なんでドラゴンソルジャー?
あそこと仕事したことは無かったはず。

「そうなるわよね。マザーのところの私が言うと偏るんだけど、ドラゴンソルジャーは最近評判良く無いわ。」

どこかの貴族と繋がっているという噂もあるし、街中での治安問題は半分がドラゴンソルジャーらしい。

「とは言え、会わないわけにもいかないでしょう?」

そうだ。
トップ組織からの要請を聞きもしないというのは、メンツ潰しになる。
最低でも顔だけは出さなければいけない。

「だから、マザーと合同で面会機会を作ったわ。マザーも嫌いなのに頑張るわよね。」

でも、ゼルが。

「行ってきなよ。今はそれしか無いんだろう?」

そちらを見ると厳しかった顔がほころぶ。
なぜかベリーの眉が寄っている。

「今日の夜。大通りのいつものレストランよ。」





夜は嫌いでは無いけど、空にいつもみえる光がない。
ちょっとしたことなんだ。
それなのに、ぽっかりと空いたあの空に丸い黄色を塗りたくなる。

「着いたわ。」

扉を開けるといつもの豪快な人と、見た事ない軍服を来た男がいる。

「良く来た!こいつと座ってるなんてヘドが出る。」

「あなたから誘ったんだ。それお互い様だ。文句言うな。」

「フリーのエリザです。」

まずは座れと座席に案内された。

「話は聞いてるだろ?どっちにするんだ?」

「相変わらず、せっかちな奴め。まずは挨拶する。ドラゴンソルジャーの大将をしているフェデリコだ。」

挨拶はしたが、気にかけてくれたことの礼を言う。
フェデリコは街での働きを気に入ってくれたと話している。
だけど、その表情には裏があるように見える。

「警戒は強いな。事実を言った方が良いか。俺と繋がってる貴族から、お前を連れてこいと言われている。他の組織もそんな感じだ。」

「なんで!マザー。」

困った表情をしている。
マザーのところにも話が行ってるのか。

「私は断った。だが、街全体になるとさすがに手が回らない。」

「俺のところに来れば譲歩できる。多少お前の扱いを良くし、あの男の命は救える。」

「私のところなら2人を匿ってやる。だが、相応の仕事をしてもらう。」

一件マザーの所が良さそうに見えるけど、相応の仕事となれば危険度は最高になる。

「少し考えさせてください。」

あまり時間は無いようで「明日の夜までに決めてくれ。」と2人に言われてしまった。
すでにここ2年の生活が崩れ去った。
フェデリコなら、ゼルは安泰だけど離れることになる。
マザーなら一緒に居られるけど、仕事は地獄。

時間は無いが早く帰りたかった。
上を見ても、いつもそこにいた微笑みがない。






自宅へ近づくにつれて、嫌な臭いが漂ってくる。
最近離れていたが、嗅ぎ慣れた臭い。
遠くから見ても家がおかしい。
窓が割られ、地面には黒い水溜りがいくつもある。

ふと後ろから気配を感じて避けると、見た事ない覆面。

「感の良い奴だ。」

敵だ。その感覚だけで足が動く、手がしなる。
一瞬で背後へ周り、頭と胴体を逆へひねる。
それだけで、周りにいくつもいた気配が消え去った。


「それよりも中を…。」


扉を開けると争った形跡がいくつもある。
ゼルはどこ。
うまく逃げていて。
ベリーが置いてった護衛が玄関の奥に1人。
その扉の先に1人。
2人はあまり持たなかったようで、体の傷が少ない。

居間は散乱してるが少量の水溜りのみ。
あとは寝室。







扉を開けると、いつもの寝室だ。

「逃げてくれたのね。」

ふと足元を見るとベッドの下がマグマのように染まっている。
恐る恐る布団をめくると現れたのは頭と塞がった片腕の無い男。


「いやぁぁぁぁぁぁ。」


「なんで!明日って言ったのに!」


エリザは動かない体を抱きしめ、残っている手を見る。
どこも傷だらけで、戦った痕じゃない。

あの人は戦闘は得意じゃなかった。
何度か教えたけれど、結局エリザが守ってくれると言う。
そして口癖は、先には「死なせない。」だった。

「あなたの願いは叶ったわ。あとは私の自由よ。見ててね。私の優しい月。」
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