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 気づけばお洒落なホテルのラウンジに通されていた。
 二人が御用達にしているのだろうか。
 場違いすぎてキョドる。
 こんなお洒落な所で同人即売会のアフターするって何なんだろう。
 俺の知ってるアフターと違うよ。
 もっとフランクなファーストフード店か、カラオケの個室で鑑賞会とかが憧れである。
 それで推しキャラのぬいぐるみとか並べながら写真を取って楽しむんだ。
 と、言うか、こここんな服で入って良い所なのだろうか。 
 ドレスコードとか、有るのでは?

「お疲れ様!」
「お疲れ!」
「お、お、お疲れ様です……」

 二人からちゃんとアフターっぽい言葉が出てきて何かびっくりだ。
 でも、まぁ、ライブの後とかもこんな感じか。
 ライブの後は直ぐに解散って感じだけど。 

 取り敢えずアルコールで乾杯する。
 もう、何呑んでいるのか解らない。
 多分、カシスオレンジとか、何かそんなんだろう。
 俺が酒に弱いのは二人とも知っている。

「で? ちゃんと柴犬先生の本、手に入れられたんだろうな?」
「うん、ほら」

 前に座った雪那さんの魅惑的な唇から俺のペンネームが飛び出して息を呑む。
 飲み物が変な所に流れそうになって咳き込んだ。

「タマ? 大丈夫!?」

 隣に座っている月さんが背中をさすってくれた。
 こくこく頷いて大丈夫だとアピールする。
 見れば、月さんが雪那さんに差し出してるのは俺の新刊である。
 すでに黒歴史確定のやつだ。
 これもまた羞恥プレイみたいな、二人の変なプレイの一貫なんですか?
 それとも俺への圧ですか?
 こ、怖い。

「おぉ! やったぁ~!」
「雪那、タマのファンなんだって。サインしてあげてよ」

 何故かめちゃくちゃ喜んでいる雪那さんと、変な事を言う月さん。
 心臓がもたん。

「えっと…… 柴犬としてのサインなんて無いです」

 勘弁してくれ。
 そもそもサインなんて、連花としての物しか無い。
 同じグループのメンバーのサインなんて貰っても仕方ないだろう。
 俺は月さん雪那さんのサイン欲しいけど。

「え、ちょっと待ってくれ、柴犬先生ってタマなの?」
「察し悪くない?」
「いやいやいや!」

 驚いた様子の雪那さんに、今更なに言ってんの?って感じの月さん。
 そんな全力否定しなくても……
 
「ごめんなさい……」

 消え入る声で謝るしかなかった。

「いや、本当に? ファンです! サイン下さい!」
「ヒエッ!? あの、サインとか無いです!」

 俺の黒歴史確定同人誌を突きつけて、雪那さんは何を言っているんだ。

「スケブは? スケブは?」
「スケブぐらいなら…… 何を描けばいいですか?」
「タマ描いて!」
「俺、自画像はちょっと……」

 今度はスケッチブックを押し付けてくる。

「じゃあ、得意なやつで」
「そうなると、今は月さんと雪那さんになるんですけど……」

 本人を目の前に描くというのも気が引ける。

「俺は描いてほしい!」
「僕も描いて!」
「いや、恥ずかし過ぎるんですよ!」
「描いてー!」「描いてー!」

 めちゃくちゃ恥ずかしいのに、二人して描いてー描いてーと手を合わせて頼んで来る。
 推しの二人にそんな風に頼まれては断れない。
 えーい、もう仕方ない!!
 
「頑張ってみます」

 雪那さんからスケッチブックを受け取ると、荷物から筆箱を出す。
 ちょっと手が震えたが、描きている内に何だか気持ちも落ち着いてきた。
 やっぱり俺、二人の絵を描くの好きだ。


「描けました!」
「はやっ、もう描けたの?」
「すごい、本物だ」
「いや、絵ですけど……」

 ものの5分ぐらいで描き上げ、雪那さんにスケッチブックを返す。
 とても喜んでくれたみたいで良かったが、本物は貴方です。

「俺、本当『竜と女神』の時から好きで……」
「『竜と女神』の時からですか!?」

 10年ぐらい前に流行ったゲームである。
 あの頃はオールキャラとか、NLとかの二次創作をしていた。
 はじめて同人誌を描いたのもその頃で、一次創作とかもしてた頃だ。
 ブランクが3年程あって、雪月にハマってまたペンを取った訳だけど。
 BLだって二人がキッカケでハマったわけで、今まで描いて無かった。
 と、言うか、よく同じ人だって解ったな!

「あ、なんか、ストーカーみたいだなって思ったよな?」 
「いえ、そんな事は無いです。嬉しいです」
「実際、柴犬先生のハマってるジャンル追っかけていたからストーカーと言えばストーカーなんだけどな。本当に好きなんだよ!」
「は、はい、どうも、僕も雪那さんが好きですよ」
「こんな事ってあるのか!?」

 ガシッと手を掴まれ、目を見つめられる。
 確かに、こんな事ってあるのか!?って現場だ。

「待ってよ二人で盛り上がって、僕も居るんだよ? 僕だってタマが好きだよ!」
「俺だってタマも好きだよ!」
「あ、ありがとうございます??」

 隣に座る月さんはギュと俺の腰を抱き寄せる。
 なんか良く解らないが、月さんを近くに感じてドキドキしてしまう。
 なんか、良い匂いする。
 香水は何を使っているんだろう。

「俺は柴犬先生の綺麗な絵も、繊細なストーリーも大好きだし、タマの歌声もダンスもベースも好きだ」
「僕だってタマの綺麗な瞳も長いまつげも、艶やかな黒髪も、柔らかそうな唇も艶やかな歌声も、エッチな腰付やセクシーな指先だって……」
「ストップストップストップ!!」
  
 急に何の話なんだ!!
 二人て睨み合っているが、何で俺を取り合っているんだ。
 雪那さんや月さんに褒められるのは嬉しいけど、月さんに至っては褒めてるのか何なのか、何を言っているのか全く解らない。
 強く抱きしめながら変な事を言わないで欲しい。
 何か顔が熱い。

「ごめん、変な事言っちゃったね。怒った?」
「怒らないです。困っただけです」
「困らせちゃってごめんね」

 ヨシヨシと俺を抱きしめたまま頭を撫でてくる月さんだ。

「月、いい加減にタマを離してやれよ。あと、飯を食べようぜ。腹減った。先生も腹減ったよな?」

 アルコールから呑んでしまい、もしかしたら二人はもう酔ってしまっているのかもしれない。
 つまみは摘んでいたけど、やっぱりちゃんと飯を食べたい。
 雪那さんが言ってくれたので、月さんもは離れてくれた。
 ちょっとホッとなる。
 でも、雪那さん、僕の呼び方がチグハグになってるな。
 『タマ』と『先生』が混同している。
 思わずフフッと笑ってしまう俺だ。
 
「何にする?」

 月さんが、メニューを見せて聞いてくれる。

「じゃあ、カツ丼で」
「本当にお腹空いてたんだね。気が付かなくてごめんね」
  
 沢山のメニューからカツ丼の文字に惹かれた。
 やっぱりお腹が空いてたらしい。
 でも、二人の態度が変わらなくて安心したのも有る。
 とにかく、肉が食べたい。
 月さんが電話で注文してくれた。

「タマ大手なのに一人で回して大変だったみたい。雪那、何かタマが好きそうなの無い? お買い物出来なかったみたい」

 注文を終えた月さんが振り向きざまに雪那さんに声をかける。

「いや、タマが好きなのって雪月だろ? 俺が柴犬先生以外に欲しがるかよ。柴犬先生目当てに今日は来たみたいなところあるし、俺は企業ブース回ってたからな」
「そっかぁ…… よく解らないけど残念」

 何故か月さんが「ごめんね」と、謝ってくる。

「あぁ、お気になさらずに、本当に欲しい所は取り置きしてもらって受け取ってあるので大丈夫です。あとは通販してくださったり仲良くしてている方で交換しあったりして間に合います」

 雪月はこの界隈では覇権である。
 本当は全然間に合わない。
 欲しい所を全て回るとか無理である。
 涙を飲んで諦めた。

「いや、でも本当に意外と言うか…… 柴犬先生が急にBLのしかも俺たちにハマってしかもこんなエッチな18禁を描くようになった事にも驚きを隠せなかったわけだが、それがタマだったなんてな。タマっていつもクールで知的な壁の花って感じだからさ」
「本当にごめんなさい、ごめんなさい!」

 ハハッと苦笑して見せた雪那さんに慌てて頭を下げまくる。
 これはもう土下座しないといけないやつだよな。 
 二人と優しいから敢えて口には出さないけど、絶対不快に思っているし、俺の事気持ち悪いと思っただろうし、蔑んでる。
 空気を読んで俺から脱退を申し出る場面だった。
 何を呑気にカシスオレンジとか呑みながらカツ丼とか食べようとしてるんだ俺は。

「タマ、謝らなくて良いんだよ。雪那、言い方!」

 隣に戻ってきた月さんが、また俺を抱きしめて雪那さんにキツイ声を出す。
 俺が悪いので雪那さんを睨まないで下さい。

「いや、全然ちがくて、タマは無口だしクールだから呑みや食事に誘ってもノッて来ないし、もしかしたらビジネスライクで俺達とバンド組んだのかなって思ってたからさ、本当は俺達の事、嫌ってるのかなって思ってたから」

 オドオドした様子で口にする雪那さん。
 そんな!
 勘違いをさせてしまっていたのか!
 俺はサァーと青ざめた。
 
「誤解です! 俺は雪那さんも月さんも大好きだし、拾ってくれた事、本当に感謝していて…… だから、こんな風に二人を見て勝手に興奮してエッチな18禁本を作った挙げ句、沢山頒布しちゃって本当に申し訳なくて。あの…… 大好きな二人をもっと色んな人に見てほしくて、色んな人の雪月がもっと見たくて! 欲望をおされられなかったんです!」

 俺も思わず心のたけを叫んでいた。

 コンコン
 ガチャ

「失礼します。カツ丼です」

 このタイミングで空気を読まないカツ丼が三人前でてきた。
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