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 いつも通り完璧に装備を整えて二人よりも早く控室に入った。
 自分が一番下っ端なので早めに来るのは当たり前だ。

 雪月花は初めは雪月の二人ユニットだった。
 その後、二人が俺を拾ってくれて雪月花になった。
 雪月花になって今月で2週年だ。
 しばらく二周年記念企画とかで盛り上がりそうだ。
 自分たちのミニキャラとか、ぬいぐるみとか、有名なお菓子会社とのコラボが決まっている。
 企画の構図を預かったが、なかなか可愛い。

 SNSを確認すると、既に新刊の感想がたくさん届いていた。
 ちょうど今、刹那さんからも届いたみたいである。
 ちょっと待ってくれ。
 雪那さん、月さんと一緒に居るのに読んだの!?
 すごいエッチな事してない!?

『ほら、月、タマがせっかく描いてくれたんだからこのエロ同人誌みたいな事てしてみろよ』

 なんて事はしてないでしょうね!?

 あーー、また二人で変な妄想を!!
 息をする様に変な妄想しちゃう。
 良くない。
 俺は悪い子!
 
『柴犬先生の雪月の新刊今回も素敵でした!月がエッチで可愛かったです。雪那もカッコよくてハァハァちゃいました。感情の描写が神です!ボロボロ泣ちゃいましたよ。逃げちゃう月を追いかける雪那、Good Jobでした!』

 本当に雪那さん本人がくれた感想なの?
 これ、本当に本人から!?
 
 昨夜の事は全部夢だったのかも知れない。
 
 とにかく、二人が良いと言っても、やっぱりこんなのはセクハラだ。
 雪月は俺が楽しむだけにしよう。
 しばらく同人活動も休もう。
 雪月を考えないようにして、描かないようにした方が良いのだろうが、もう息をするように考えてペンを取ってしまうので、駄目だ。
 一人で楽しむ分は許して欲しい。

『今回のイベントを最後に雪月での活動はお休みにしたいと思います。苦手になったわけでは無いのでSNSで呟いたりするかも知れませんが作品は上げません』 

 気持ちが揺らがぬ内にと、SNSで発信しておく事にした。
 思い立ったが吉日、即実行がモットーである。
 
「ええええぇぇぇ!!!!」

 外から悲鳴が聞こえた気がする。
 あれ? この声は……

「ちょっと雪那、煩いよ。何なの?」

 注意する声は月さんだ。
 やっぱり悲鳴を上げたのは雪那さん。

「どうかしましたか?」

 ドアを開けて廊下に目をやる。
 
「あ、花蓮。今日も早いね!」
「うあぁぁん、何で、何で、柴犬先生、何でなんだよおおぉぁ~」
「あわわあわわ」

 泣きついて来た雪那さんを抱きとめる。

「柴犬先生の描く同人誌は俺の生き甲斐なんだよ~、やめないで! 作詞作曲出来なくなる~、柴犬先生の同人誌読まないとアイデア枯渇する」
「やめませんよ。ちょっと落ち着いて下さい、取り敢えず中に入りましょう」

 取り乱した様子の雪那さんを引っ張るようにして控室に連れこむ。
 幸い、廊下に人気は無く、誰かに見られた様子は無かった。

「ちょっと、タマに抱きつかないで。タマ困ってるでしょ」

 控室に入れてからもずっと俺にしがみついている雪那さんに、引き離しにかかる月さん。

「だって柴犬先生が、俺の生きがいが、どうして~やっと戻って来てくれたと思ったのに、もう駄目。お墓作る」
「雪月を休むって書いただけじゃないですか。オリジナルだって描きますよ。それとも自分の描く雪月がそんなにお好きなのですか?」

 同人活動を辞めるってわけでは無いのに大げさだ。
 だいたい、雪那さんは作詞作曲家として天才と言われている。
 枯渇するわけがない。
 だって、湯水のよう作っている。

「そんな事言って、3年も活動休んでいたじゃないですか! 雪月でやっと戻って来てくれたと思ったのに酷い! 酷いです!」
「ごめんなさいね。俺も私生活の方がちょっと忙しかったんです。ちょっと休んだだけじゃないですか」
  
 それに同人誌は作らなかったが、落書きは上げてたし、ワンドロなんかのチャレンジ企画にも割と参加していたのだけど。

「俺には死活問題なの! タマだけの問題じゃないの!」

 めっちゃくちゃキレまくっている。
 こんな雪那さん初めて見たよ。
 いつものクールなカッコいい雪那さんは何処へ行ってしまったんですか?
 つい困って月さんを見る。
 月さんは「タマを困らせないの」と、引き離そうとしてくれている。
 そんな中、何か解らないがピローンピローンと、けたたましくSNSの通知音がする。
 何だ急に。

「ほら、みんな先生に雪月描くの辞めて欲しく無いって」
「違うと思いますけどねぇ」

 こんなに必死に止めに来るの雪那さんだけだろう。
 雪月は覇権だし、俺が辞めても他に書く人が沢山いるんだ。

 そんな事を考えながらスマホを確認する。

 本当に『嘘、やめないでください』『柴犬先生の雪月しか受け付けないのに』『私の生きがいがぁ~』みたいなコメントが沢山来てしまっていた。
 もう、これは若干コメント欄が荒れてしまっている。
 一旦、鍵を締めた方が良さそうだ。

「ほら、やっぱり皆やめて欲しくないって言ってるだろ! 別に雪月の話が思い浮かばなくなったわけでも無いなら描け!! 本人が認めてんだぞ! 公式が言ってんだ!! 描けよ!!!」

 もう、胸ぐら掴んで来そうな勢いの雪那さん。
 月さんが必死に止めている。

「落ち着けって雪那、話せば解る。一旦離せ。タマが困ってんだろ。自分の神を困らせるなよ。本当に描くのに疲れたのかも知れないだろ。それなら休みは必要だよ。欲しいからって強要しないの!」

 月さんの言葉が響いたのか、雪那さんはヴッと顰めっ面をする。
 そっと手を離してくれた。

「そうだよな。ごめんタマ。描く描かないは柴犬先生の自由だよな。でも、本当に好きだから、描きたいのを我慢してんなら描いてくれよ。俺、先生の絵もストーリーもすごく好きなんだよ」

 雪那さんは本当に切実である。

「そこまで思っていてくていたとは知りませんでした。俺の方こそ軽率でした。雪月はネタが湯水の様に降ってくるのでいくらでも描けます」
「じゃあ描け!」
「でも、本来、中の人って言うの関与しないものなんですよね。暗黙の了解と言うか、禁忌を冒しているんですよ俺。良く無い事をしていると言うか、月さんや雪那さんのプライベートまで関与しないように気をつけてはいますが、何か触れてしまう事も有るかも知れませんし、とにかく良く考えたら不味い事をしていると正気に戻ったんです」
「まぁ、バレなきゃ良いだろ。悪いのはタマだけじゃねぇし、俺と月も同罪だろ。だから良いんだ!」
「いや、良く無いでしょう」

 力説してくる雪那さん。
 そんな『赤信号、みんなで渡れば怖くない』みたいな事を言われても。
 俺のせいで二人を巻き込みたくはないし、怖いもんは怖い。
 バレた時を考えると、とてもじゃなが続けられない。
 俺も本当にどうしてたんだろうな。
 なんで同人即売会に直接参加しようなんて思ったんだろうか。
 いや、同人即売会ってそういう所だよ。
 あの空間最高なんだよ。
 なんか気持ちが大きくなってしまって。
 
 コンコン。

「雪月花の皆さん、インタビューさせてください」

 雑誌のインタビュー担当の人が来た。
 二人とも凄い。
 特に雪那さんの変わり身の速さ。
 カッコよくソファーに座って、いつものミステリアスなイケメンになっていた。
 可愛い顔をして雪那さんに寄りかかる月さんも完璧だ。
 俺も眼鏡を上げ直して気難しいインテリ顔を作って見せる。
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