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30話

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 朝陽に目覚めた伊吹は、今までに無いぐらい爽快な気分であった。
 なんだかスッキリしていて気持ちいい目覚めだ。  

 こんな事、何年ぶりだろう。

 何だか、とても淫乱な夢を見てしまった。
 経験上、やらかしているだろうと恐る恐る布団を確かめたが、何故か綺麗であった。
 何だか不思議な気持ちだ。 

 それにしても、自分は何であんな夢を見てしまったのだろうか。

 殿と……

 思い出して顔が熱くなるのを感じる。

 自分は殿をそんな目で見ていたのだろうか。

 経験も無いのに色小姓の様に殿に愛でて頂きたい等、不相応な願いを持っていたのだろうか。

 俺は男色の気は無いと思っていたが…… 

 確かに我が殿は美しく聡明で素晴らしいお方だ。
 尊敬し、仕える事に誇りさえ感じる。
 自分は殿にお仕えする為の誓として、義兄弟の契を結びたいのだろうか。
 だが、今更わざわざ義兄弟の契を交わさずとも、殿とは紛れもなく立派な乳兄弟である。
 わざわざ魅力も無い己の尻の穴など差し出されても、殿はお困りだろう。
 本当に酷い夢を見てしまったものだ。
 
 伊吹はフーッと深呼吸し、夢の事は忘れる事にした。





「殿ー、朝ですよ。殿ーー」

 朝食の準備など、朝の仕度を色々済ませてから、春岳を起こしに来た伊吹。
 どうせ今日も居ないんだろうなぁ。
 そう思いはするが、障子の前で呼ぶ。

「ああ…… 朝か、待って下さいね」

 すごく気だるそうな声が返ってきた。
 驚く伊吹。
 
 これが殿の声!?

 いつもの心地よい美声は何処へ行ってしまわれたのか。

「すみません寝坊しました。伊吹は元気そうで良かったです」
「どうされたんですか!?」
 
 声だけでも驚いたと言うのに、春岳は目の下に隈まで作っていた。
 髪もボサボサである。

 伊吹は仰天した。

「ちょっと寝付けなかったので…… 客人と話し込んでしまい、興奮しすぎましたかね」

 ハハっと、苦笑して見せる春岳。

 下半身はスッキリしているのだが、伊吹に酷い事をしてしまった上に、それを使って自慰してしまう事に罪悪感を覚え、心と身体が支離滅裂としてしまい、変に疲れてしまった。
 伊吹とどんな顔をして会えば良いのか、何でて話せば良いのか、伊吹は自分の事をどう思うのか、嫌われたかもしれない、等と彼是考えてしまい、情緒が不安である。

「朝食の前に湯浴みをしましょう」

 伊吹は春岳を心配しつつ、湯殿へ向かうのだった。
 昨夜の事は何も言わず、見た目は、いつもの調子な伊吹。
 だが内心では、どう思っているのだろう。
 解らない。
 春岳は不安に思いつつも、伊吹に連いて歩くのだった。
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