音路町ストーリー

回転焼き。

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音路町グラフィティ

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 わが街、音路町は基本的にアートの街であるらしい。勿論昔から住んでいる俺はそれが当たり前だと思っていたが、実際それは昔から街にアートが溢れていたのが風景化していただけなのかもしれない。
 考えてみれば、確かに同じ街には天峰のようなアーティストもいれば、【甘納豆】や乃月のようなミュージシャン、なるほど、芸術活動に寛容な街…あ、俺も昔はバンドマン、今は今川焼きというアート作品を提供するアーティストかもしれないな。
 そしてそんなアートの街だから、街の暗渠に描かれた落書きですら、目を惹くようなグラフィティアートに変貌する。最近はこういった芸術的落書きが増えている。

「毎度あり」

 いつものように俺の芸術作品を売ると、余り物の作品で軽いティータイム。イギリスならアフタヌーンティー。今川焼きをこのときだけ【イングリッシュスコーン】って呼ぼうかな。
余った黒餡のイングリッシュスコーンを頬張っていると、公園のあたりに人だかりが出来ているのが見えた。俺は野次馬みたいにそこに小走りで向かう。
 手作りのような椅子に座って、弾きこんだモーリスを抱えて少しハスキーな甘い声で透明感たっぷりの言葉を吐き出す金髪色白の男。カバー曲を歌う【甘納豆】の人だかりにはやや劣るが、こっちは完全オリジナルでこの人だかり。しかもかなりの美声ときたらこっちに軍配。

「ありがとう」

 拍手。泣いてる女の子すらいる。ハードケースにモーリスを仕舞うと、すっと立ち上がり、俺を見て小さく頭を下げた。

「ここは初めてなのかい?」
「えぇ、自分ちょっと向こうから来たんですよ。ちょっと?いや、けっこう向こう。東京からです。あ、ここも東京か。そっかそっか」

 マシンガンのように1人で言って納得している。俺はその絶え間に口を挟む。

「俺はそこのキッチンカーで今川焼きを売ってる、天河だ。君凄く歌がうまいんだな。聴かせてくれたついでにうちの今川焼き食べないか?」
「あ、自分申し訳ねぇっす、甘い物あんま食わないんです。どっちかっていったらえいひれとかさきイカとか、そういったのを摘まみながらコーラ飲んだりして」
「甘い奴じゃねぇか!」
「あっ、いや、違うんす。あはは」

 何だか変わった奴。でも面白そう。そいつは名前を在原啓斗ありはらけいとといった。胸に刺さるような歌詞を歌うのに、実際は変わり者、まぁ完璧な奴ほどつまらないのはいないよな?

「そのギター、良い奴だろ?」
「まぁ、いいっちゃ良い奴かもしれないですね。弦はやっすいやつですけどね。あ、そんなのはいいか。そうだそうだ」

 一通りマシンガンのように話して、じゃこれで、と言うと啓斗は頭を下げて去って行った。程なくしてやって来たのは【甘納豆】の2人。夜湾と彩羽だ。

「アマさん、ここに在原啓斗いましたよね?」
「あ、あいつか?面白い奴だよな」
「そうなんすよ、うちらの仲間じゃ彗星のように現れた奇跡の歌声なんて言われてるんすよ。」
「ホンマ、歌はめっちゃ上手いんやけど、変な奴なんですわ」
「うん、かなりな」

 夜湾はからからと笑った。一通り笑うと切り出す。

「アマさん、グラフィティアート知ってます?」
「グラフィティアートか、落書きだよな?」
「まぁそう言わんといてくださいや。高架下やらに描いてる奴。スプレーで。あれ描いてる奴等が襲撃されとる話、訊いてます?」
「……そうなのか?」
「そうなんすわ。けったいな話で……」

 夜湾の話によれば、ここ最近夜中に高架下や橋の欄干にグラフィティを描いている奴等が次から次に何者かに襲撃される事件が起きているらしい。犯人はまだ分かっていない。被害者がやはり落書きをしている連中だからか、警察も本腰を入れてくれないらしい。

「それに、知り合いでもやられたのか?」
「いや、そうやないんですけどね」
「実はその世界にも凄腕がいるらしいんですよ。ハリさんみたいな」
「あいつも天才だけど、やっぱり残念だからな」
「そこ関係あらへんやないですか!言いたいだけとちゃいます?」

 夜湾と彩羽によれば、その凄腕は名前を京と言うらしい。それ以外は分かっていない。しかしバンクシーみたいな世相を風刺したようなスタイルと凄腕の画力で、グラフィティアートの業界はおろか、多方面からも注目されている謎のアーティスト。

「バスに落書きしたりとかやな?」
「そうそう。この街じゃ有名人っすよ」
「そいつが、やられたのか?」
「いや、違うんすけど、巷じゃ次はそいつの番だって言われてるんです」

 なるほど、物騒な世の中。芸術活動も度を過ぎれば何とやら。そうは言っても、襲撃するのはいただけない。俺はその話をアタマの片隅に置いておいた。
――何となく、他人事じゃ済まない気がしたからである。



 この日は休み。キッチンカーを置いてカジュアルな服装で街に繰り出す。そうは言ってもこの街はほぼ庭みたいなもの。どこに何があるかは大概分かってしまう。俺が気に入った喫茶店でコーヒーでも飲もうかと思っていたら、向こう側から肩をがっくりと落とした金髪が覇気なくずるずると音をたてながら歩いてきた。

「啓斗?」
「あっ……あぁ」

 顔を真っ赤に腫らしている。泣き腫らしたような感じだ。ギターもない。どうしたのだろうか?

「コーヒーでも一緒に飲むか?」
「じっ、自分、水でいいす」
「なんかあったのか?」
「じっ、自分というより、ちょっと、友達……と、友達……うわぁぁん!」

 人目も憚らずいきなり泣き出す啓斗。俺が悪人みたいに見えてしまいそうなくらい。

「と、とにかく話を訊くから入ろう」
「自分っ、水でいいす!」
「そりゃいいからとりあえず来いよ!」

 俺は馴染みの喫茶店に駄々っ子みたいに泣いてる啓斗を引っ張って入った。
 


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