遥かなる光の旅人

しょこら

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第一章

1.光と闇のエリス

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 遥か太古の昔。 
 初めの神々である光の女神ティアによって創造された、レイルーンと言う名の光の大地があった。
 大地を渡る風、萌える緑にも光は宿り、静かで平和な日々を、人々は永遠に約されていたと言う。

 光の女神の兄であり、闇の神であるヴァネルも同様に、エルナーダと言う名の闇の大地を創造した。
 眠る大地は癒しと静寂を人々に与え、永遠の安らぎを約されていたと言う。

 二つの大地は、長い間、決して交わることはなかった。
 背中あわせの神々が、互いに振り返るその瞬間まで。



 突然の邂逅に、人々は驚いた。
 喜び、戸惑いながらも、手を伸ばしあい、愛しあい、
 そして最後に、憎しみが生まれた。

 長い長い時を、愛しあい憎しみあいながら、戦は続いた。
 光と闇の戦によって、人々の多くは傷付き倒れ、帰る大地を失った。

 無と化した大地を見た光の女神と闇の神は、大いに嘆き、新たな大地を創造する。
 光と闇を同様に内包した、混沌の大地はアスファーダと名付けられた。

 光の女神と闇の神は大地を人々に託し、姿を消した。
 長く憎みあって来た光と闇の二つの民は、新たな大地で途方に暮れた。
 神々のいない大地で、どう生きて行けば良いのか、と。


 消えない憎しみを抱えて再び戦を始めようとする人々を見兼ねて、女神の子らが地上に舞い降りる。
 双子の女神の子らは、少年と少女の姿で人々の前に毅然と立ち、導き手となる。


 光と闇の民人たちは、女神の子の片割れを女王に戴き、新たな大地に国をつくった。



「……それが、王国アスファーダのはじまりである」



 エリスは、長い物語をよどみなく紡ぐ、低く穏やかなリヴァの声が大のお気に入りだった。
 幼いエリスは寝台に寝そべりながら、彼の美しい金の髪が灯にきらめく様を見て、女神の子の髪もこんな風に美しいものだっだのだろうと想像しては、うっとりと彼の声に耳を澄ますのだった。
 いつもリヴァは、エリスが眠りつくまで、物語りを聞かせてくれていた。
 エリスは十三も年の離れた、優しく美しい従兄がとても好きで、いつまでもこんな日々が続くものと信じて疑わなかった。

「ねえ……リヴァ……」

 瞼が重くなって来て、エリスを眠りの世界へと誘う。

「もう一人の……女神の……子はどこに……いったの?」

 目を閉じていても、彼が笑ったのが分かった。何度も何度も、せがんで聞いた物語だ。物語の冒頭から終わりまで、すべて覚えている。

 ―――女神の子は『時の河』を渡る光の旅人。
 今もどこかで旅を続けているんだよ、きっと……。



 リヴァの声がいつまでもいつまでも、眠りに落ちていくエリスの頭の中でこだましていた。




 王国アスファーダの東部には、魔法使いたちが集う四つの塔がある。
 光の塔と闇の塔、学び舎の塔とあり、そしてあと一つ、緑の塔。
 それらは賢者の塔とも呼ばれていた。
 女神の子を祖王とする王国アスファーダには、世界のバランスを保つ役割を与えられ、光の塔は光を、闇の塔は闇を生み出し、制御する。
 それは、世界を形成する光と闇のエネルギーを補うものであった。
 学び舎の塔には王国全土から優れた魔法の素質を認められた子供達が集められ、それぞれの力の理を学び、認められた後、光の塔もしくは闇の塔、二つの塔のどちらかに入る。
 緑の塔は光の塔と闇の塔の二つを統括する役目にある。そこでは、五長老を始め、高位の光使いと闇使いたちが住み、世界のバランスを見守っている。
 光使い、闇使いとは、魔法使いを指す言葉である。
 そして魔法使いのことをティアルーヴァと呼ぶ。
 彼らにはそれぞれ称号を与えられ、それはその者の能力を表していた。
 「混沌の大地」と呼ばれるアスファーダの国民の容姿は、神話に伝えられる通り、光の民と闇の民を祖としているため完全に二分化されていた。そして、それは使う魔法をも区別するものであった。
 光の民を祖とする金髪碧眼の民は光の魔法を、黒髪金眼の闇の民を祖とする民は闇の魔法を。
 それは生まれ落ちた瞬間に決まると言っても過言ではない。
 金髪碧眼同士の両親からは金髪碧眼の子供が。
 黒髪金眼同士からはやはり黒髪金眼の子供が生まれる。
 金髪碧眼と黒髪金眼の間には、必ずどちらか片方の容姿に生まれ、持つ魔法の種類も例外なく容姿に左右されている。
 まさしくそれが絶対の理の如くに。
 だが、アスファーダには予言があった。
 女神の子の片割れ、ティアリス・エル・クルトの残した予言が‥‥。


 そして王国アスファーダは、建国六百年を数え、今、光と闇の力を合わせ持つ、一人の少女が誕生した。


 
 緑の塔の最深部の一室では、長老たちや高位の光使いと闇使いたちが長い議論を続けていた。
「こんな事態になるまで、何故、闇の塔は気付かなかったのか?」
「おっしゃいますが、一ケ月前までは何の異常も感じられなかった。私達だけの責任にするのは止めて戴きたい!」
 激高する黒髪の男に、初老の光使いが冷やかな目を向ける。
「闇の力を制御する闇の塔の仕事を放棄していたとしか考えられませんな」
「ルーファス殿、聞き捨てなりませんぞ!」 
 黒髪金眼の男が、いきり立った。
 そんな男を歯牙にもかけず、初老の光使いは言葉を続ける。
 その射るような青い瞳が向ける先には一人の闇使いの男がいる。男は涼しげな笑みを浮かべていた。
「何の徴候もなく、突然、カイユは闇に覆われてしまったとあなたはおっしゃるつもりか? 闇の塔の最高責任者たるデイル殿のお言葉とは思えません」
「光と闇のバランスを保つことこそが、唯一にして最大の使命だと言うのに……」
 光使いたちの言葉に、その場の闇使いたちは、悔しげに拳を震わせていた。
 その中で、ただ一人、デイルだけが冷然としている。ひょろりと背が高く、金の目に野心の光が見え隠れするデイルは、部屋中の視線を受けてなお、不敵な笑みを浮かべて見せた。
「我が御神のご意思であるかもしれん」
「何を馬鹿なっっ!」
 男の言葉に、光使いたちが一斉に色めき立った。
「でなければ光の塔のレベルが下がったか。人材不足のようですし……」
「デイル殿! 見苦しいですぞ。ご自分の失態を、我ら光使いのせいになさるなど!」
「失礼を‥‥」
 男は冷然と微笑み、申し訳程度に頭を下げる。光使いたちが騒然とする中、五長老の一人ネリアムが見かねて立ち上がった。
「王宮から矢のような催促が来ています。この事態をどう収めるのか、と。早急にカイユの闇を静めねばならないというのに、言い争いをしている暇はございませんぞ」
 室内がシンッと静まり返った。長老の言葉に、皆な恥じ入ったように黙り込む。
 昔は美しい金髪だったというネリアム老の髪は真っ白で、ふさふさと背を覆っている。眉毛や口髭も区別がないほど見事に顔を侵食し、今は目だけが澄んだ青色を覗かせている。その青い目と目を合わせる勇気もなく、デイルを除く全員が俯いた。
「デイル殿も、よろしいか?」
 ネリアムが諌めてもデイルは冷笑を浮かべたままだ。何を考えているのか全く掴めない男にネリアムは内心でため息をついた。
「では、ネリアム老、どうすれば良いとおっしゃるのですか?」
「それを詮議しようとしていたのではないか!」
 不毛な言い合いを続ける彼らに、ネリアム老は頭を抱え込み、唸った。
 そこへ、穏やかな婦人の声が入り込んだ。ネリアムが目を向けると、黒髪の女性が発言の許可を待っていた。
「ネリアム老、私はずっと考えていたのですが、今があの予言の時ではないのでしょうか?」
 闇使いの女性の言葉に、今まで静観していたリヴァがピクリと反応した。
 光使いの称号のなかでも最高位の『日』『月』に次ぐ実力を誇る『星』の名を冠することを許されたリヴァは、この最高会の中では最年少でもある。
 常に穏やかな笑みを失わない彼の人柄に、周りの誰からも好かれ、加えて容姿は端麗。文句なしに美しい、凛とした空気を纏う彼は、王家の血が混じっているのかもと噂が立つくらいの好青年だ。
 だが、今、その端正な顔には、隠しきれない動揺が浮かび上がっていた。
「ゼリア殿のおっしゃる予言とは、ティアリス・エル・クルトの予言、のことですかな?」
 ざわりと室内がさざめいた。先ほどの喧騒とは打って変わって、静まり返る彼らにネリアムは苦笑を禁じえない。
 ゼリアと呼ばれた闇使いは、若者を見、次いで頷いた。
 ティアリス・エル・クルトは女神の御子であり、時の河を渡る光の旅人と言い伝えられている。
 六百年の昔、ティアリス・エル・クルトは一つの予言を残していた。それは、世界のバランスが崩れるとき、光と闇を持つ少女が現れ、世界を救うだろうという、救世主の誕生を予言したものであった。王家と塔の上層部しか知らない秘密の予言。
「待って下さい!」
 星の光使いリヴァの従妹が、アスファーダでは初めての、唯一、光と闇の両方を持つ少女であることは、この賢者の塔では周知の事実である。
 アスファーダの民は、必ずどちらかの特性を引き、誕生する。
 だがエリスは、光と闇の民を二親に持ち、全くの突然変異で黒髪碧眼に生れついた。力は、これまたアスファーダでは例を見ない、光と闇の二つを合わせ持っている。
 塔がその事実を知ったとき、恐慌が襲ったのは当然のことだったかもしれない。
 予言が残されている。
 神代の神の子による予言が……。
 そして、その通りに運命が紡がれようとしているとしたら……?
 アスファーダに滅びが訪れるのだ。
「あなたの気持ちは分かります。でも、事態はとても切迫しています。このままでは、カイユのみならず、近隣のエリシャ、グラールまでもがいずれ闇に覆われてしまうでしょう」
「覆われるだけならば、まだマシかもしれん……消滅してしまうことも十分に考えられる」
 ゼリアの言葉に光使いたちは皆一様に頷いている。闇使いたちでさえ、賛同しているのだ。
 この状況をリヴァは信じられないでいた。
「あなたがたは彼女に何をさせようとしているのですか!?」
 リヴァには彼らの考えている事が理解できなかった。
 否。分かっていても理解したくないと思っているのかもしれない。
「だが予言の乙女である事は間違いない」
 リヴァはかっとなった。
 いまだ学生の少女に、都市を覆う闇を浄化しに行け、というのか。
 リヴァは発言した長老を睨みつけた。
「英知ある長老がたのお言葉とは思えません。彼女はまだ学生です。ティアルーヴァでもない。十七の少女に死にに行けと命じるのですか!」
 あきらかに、長老たちは狼狽していた。どんなに言葉を飾っても、それが表す意味はただ一つだ。
「先程のお言葉のどこが違うとおっしゃるのか!どんな顔をして、私にそれを言えと!?」
 リヴァの怒りの波動が激しい光を放っている。その鋭さに最長老のネリアムは、眩しげに目を細めながらも立ち上がり、リヴァの肩に手を伸ばした。
「落ち着きなさい」
 リヴァから発せられていた光の波が、緩やかに薄れ、消えていった。
「申し訳ありません」
 若者は恥じたように頭を下げた。
 ネリアムは若者の肩をたたき、自分の席へ戻る。
「ティアリスの予言はわしも考えていた。しかし、たとえ予言が真実を告げていたとしても、緑の塔が子どもを死地に追いやったと、不名誉な言葉を投げられる訳にもいかんのでな。別の方法を、と考えている。ただ、エリス・レナンの卒業は妥当だとも考えているのだ。リヴァ」
「ありがとうございます」
 リヴァは素直に頭を下げた。
 資格を認められての卒業であれば、納得出来る。
 両親をはやくに亡くした従妹の親代わりをして来たリヴァである。
 光と闇の二つの力を持つ、十三も年下の従妹の卒業を、リヴァは誰よりも強く願っていたことだったからだ。
 だからこそこの最高会の面々に流れる意思の固まりはいったいどう言う事だろうか、と思う。だが、それを覆すだけの要因をもたらさなければ、エリスに命令が下されるのは必至だ。
 リヴァは顔を上げ、ネリアムを見た。
「私がカイユに赴きます」
 室内がざわつく中で、リヴァは無言で頭を下げた。
 従妹をカイユに行かせないためには、自分が行くしかないのだ。



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