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第一章
3.銀のコイン
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どこまでも続く緑の芝生。
木々の緑と共に、眩い太陽を照り返し、明るく緑の塔を照らしている。
まるでカイユを覆う闇の存在など知らぬげに、澄んだ空気は緑の塔を聖域とし定めている。
石造りの塔は、長年培われて来た魔法使いたちの権威を象徴するにふさわしい堅牢かつ優美な姿を見せている。
これらはアスファーダ建国の際、女王の配偶者であるランシェル公が、建立した塔と伝えられている。
ランシェル公自身も優秀な光使いで、現在で言うならば、『日』『月』『星』の光使い三大称号の内、『日』の称号を与えられる程の力の持ち主だったという。
女神の子らに次ぐ力を持つ光の君を創始者に、緑の塔はすでに六百年の月日を数えた。
光が満ちている。
そこかしこにあふれる慈愛の力。
エリスは光が好きだった。
リヴァの髪の色と同じ黄金色の、輝き放つ鮮烈なオーラに憧れてやまない。
何故、自分の髪は黒いのだろう。
瞳は光の民の碧だというのに……。
髪が黒いおかげで、ずっと忌避されてきた。
持つ力も、何故二つなのだろう。
望んで得たものではないのに。
一つで良かったのに……。
光さえあれば、良かったのに……。
両手に集まる力の波動はゆっくりと、大きくそして濃密になって行く。
光だけで良かったのに……。
―――ヒカリ、ダケデ……
誰かが息を飲むのが聞こえた。
「そこまで!」
鋭い声がエリスを現実へと呼び戻す。
術の行使によるトランス状態から戻ると、黒髪の教師は青ざめてエリスの施した術の結果を見つめていた。
辺りに漂う不穏な空気に心地よかった高揚感は、すうっと熱が引くように失われていった。
目の前にあるのは、一つの球体。
中空で浮き上がったままのそれは見事に黄金色に輝いていた。
それは光と闇のバランスを保つ訓練に使われるもの。
普段は無色透明の球体である。
光と闇が同じだけ存在するその球体を故意的にバランスを崩し、それをまた正す訓練だ。
光使いには光を。
闇使いには闇を用いて成す。
臨界点を越えると、その球体は破裂してしまう。
どちらが多くなってもいけないように細心の注意が必要な訓練なのだ。教師陣もこの訓練に関しては、評価は何よりも辛い。
それは学舎を卒業してのち、ティアルーヴァとなってからの仕事に直結する能力のためだ。
「エリス・レナン、この訓練の意味を分かっているのか?」
「……申し訳ありません」
エリスは恥じて俯いた。考え事などしてる時ではなかったのに……。
「もう一度、やり直しなさい。新しい……」
替えの球体を用意させようと黒髪の教師が指示しようとした矢先、エリスは黄金色に輝いている球体に手を伸ばして、一瞬にして、また元の無色透明な球体に戻して見せた。
完璧なまでに整えられたバランスに、教師は言葉を失う。
ざわりと回りの学生たちもざわめく。
「これで、よろしいですか」
それらを打ち払うようなエリスの凛とした声に、教師は我に返った。
「よ、よろしい。下がりなさい」
「ありがとうございました」
姿勢良く礼をして下がっていくエリスの後姿を、黒髪の闇使いでもある教師は怯えと共に見送った。
球体を破裂させる事なく光へと変え、そしてまた一度光に染まった球体を元の状態に戻すなどという行為は前代未聞だ。
「……なんという力だ」
その言葉に宿るのは恐怖だ。
光と闇は相容れぬ対極の力のはずなのに。その根本から覆すエリスの存在は、誰もが恐怖を禁じえないのだった。
エリスが優秀であればある分だけ、その異質さは目立つ。
どうしても無関心ではいられないのだ。
「エリス、君は光が好きなのかい?」
訓練を終えて自室へと戻っていく廊下の途中で、エリスはリューイに呼びとめられた。
先に訓練を終えていたリューイはずっと先ほどの様子を見ていたらしい。
見たと言っても目を閉じている彼には、映像ではなくきっと力の動きで察していたのかもしれないが……。
黒髪のこの小柄な少年も教師が舌を巻くほど優秀で、エリスとは違った意味でまわりから遠巻きに眺められる存在だ。
おっとりとした雰囲気で誰からも好かれそうな感じなのに、何故か彼の周りには人はいない。
「関係ないでしょ。私がどう思ってようと」
「光使いになりたいの?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
見えていないと分かっていたが、エリスは黒髪の少年を鋭く睨みつけた。
案の定、少年が怯む様子はない。
「さっきの君の様子が気になって……」
「黒髪の私が光使いになれるわけがないって言いたいの?」
「そう言うわけじゃないよ……」
リューイは困ったように首を傾げた。
「でもさっきのは良くないと思う」
「そう? ……そうかもしれないわね」
光だけで良いと願っていた瞬間があったことを確かにエリス自身覚えている。
だが、光の民は光を。闇の民は闇を、何の障害もなく自由に愛せるのに、何故自分には許されないのか。
どうして光だけを愛してはいけないのか。願ってはいけないと言うのか。
理不尽だとさえ思う。
「純粋な闇の民のあなたには分からないわ」
「エリス……」
目を閉じている彼には一体どんな風に自分はうつっているのだろうか。
きっと光でも闇でもない、中途半端な虚像がゆらゆらと蠢いているのかもしれない。
結局どっちつかずの存在ではいつまでたっても卒業なんて出来やしない。
卒業できても自分の居場所がない。
光の塔にも闇の塔にも行く事が出来ない。
緑の塔なんて更に夢のまた夢だ。
「あなたになんか分からないわよ!」
激しく言い放つエリスの目尻に涙が滲んでいた。
「……ごめん」
戸惑いながら謝罪の言葉を口にするリューイを睨みつけるようにして、エリスは顔を上げる。
こんなところで泣くのは自分自身が許さない。
自らの姿と力を当然のように誇る彼らが羨ましい。妬ましい。
どうしてこんな姿で生まれてきてしまったのだろう?
どうしてこんな力を持って生まれてきてしまったのだろう?
望んではいなかったのに。
一度として望んだことなどなかったのに……。
「どうしてわたしだけが、違うの?」
その問いに答えられるものは誰もいない。
最高会の面々は皆押し黙ったまま、議事は全く進む気配はなかった。
一ヶ月前、カイユへと旅だった『星』の光使いリヴァとの通信は全く途切れてしまっている。
何かあったのは間違いない。
最高会に出席している光使いたちは皆、青ざめて俯いている。
三大称号を持つリヴァに不測の事態が起こったというのがとても信じられないのだ。
カイユが闇に沈んでもうニヶ月が過ぎようとしている。
その間にも、闇はどんどん深く、巨大になっている。
早急な原因究明をと、最高会は光使いだけでなく闇使いを幾人も派遣した。
だが、ことごとく消息不明。
カイユに入った時点で、通信は途絶えてしまう。
誰もがリヴァなら、と期待していたのだ。
だがその望みさえも潰え去った今、期待されるのは予言の乙女の存在だった。
もともと彼女に話しが持ち上がっていたのだから、その風向きは当然だ。
五長老の最たるネリアム老は低い呻き声をあげて、目の前に用意された数枚の書類に目を落としていた。
生徒の能力と評価が幾人もの教師によって書き記された、いわゆる成績表のようなものだった。
どの科目も実技も優秀である事がうかがえる。
ネリアムを除く四人の長老の印はすでに押され、後に残されている空欄はただ一つ。すべての承認がされて、決定されるもの。
だが、ネリアムはどうしても決断出来ないでいる。
成績だけなら申し分はない。
これは『星』の光使いにも言った。
課題を終え、優秀な成績を収めるものは、卒業と同時にティアルーヴァとして認められる。
学舎で学ぶ学生達の全員がティアルーヴァになれるわけではない。
完全な能力主義のなかで才能の限界を感じて、自ら退く者もいる。
コネなど役に立たない世界だ。
予言の乙女であるというだけで、承認できるほど甘い世界ではありえない。
ティアルーヴァとしての矜持が、それをさせない。
だから、これらの印がすべてエリスの能力を正当に評価しているものだとネリアムは分かっていた。
分かってはいるが、導き出される結論はただ一つになってしまう。
リヴァの思いも無下には出来ないのだ。
「ネリアム老、我々には迷っている暇はないのです」
「星殿の消息が掴めない今、早急に次の手を打たなければ取り返しのつかないことになってしまうでしょう」
「カイユがいつ臨界点を越えるか、もう時間の問題なのです」
皆が口にする、時間の不足はネリアムにも重々承知してる事実だ。
ネリアムは再び呻き声をあげ、渋い顔をしたままそっと書類を置いた。
その目を閉じる。
決断を下さなくてはならなかった。
息を殺して、ネリアムの動向を見つめる最高会の面々たち。
その中で、闇使いの長デイルだけが相変わらず涼しい顔をして成り行きを見つめていた。
清浄な空気がその部屋全体を包んでいるようだった。
大広間のような広い部屋には、肖像画が数多く壁に飾られていた。
がらんとしたその部屋にはエリスと、何故か一緒に呼び出されたリューイだけ。
リューイは相変わらず瞳を閉じて、大人しく立っている。
ふたり雁首そろえてただ待ってるのも馬鹿馬鹿しくて、エリスは早々に肖像画を鑑賞することに決めた。
なんといってもここは緑の塔。
学生がおいそれと出入りできる場所ではないのだ。
滅多にないチャンスなのだから、時間は有効に使わなければ損だ。
それに使いの男はここで待っているように伝えただけで、じっとしていろとは言わなかった。
エリスは飾られている中でもひときわ大きく、そして中央に飾られている一番豪奢な肖像画の前に立った。
王国アスファーダの初代女王セリスティーナの肖像画である。
「ティアニー……光の娘」
豪奢な額縁のすぐ下に、そう銘打ってあった。銘に『ティアニー・光の娘』としてあるからには、おそらく即位前の、まだ真実の名セリスティーナの名を戴く前の頃かも知れない。
「初代女王の肖像画かい?」
気がつくとリューイがすぐ近くまで来ていて、エリスはびっくりして振りかえった。
目を閉じていても分かるのだろうか?
見えてるはずもないのに、彼の足取りは迷いがなく確かだ。
「……ねえ、実は目は開いてたりするの?」
エリスは真顔でずっと疑問だった事を口に出す。リューイは一瞬の間の後、吹き出した。
「面と向かってそんなことを言われたのははじめてだ」
「だって、見えてるような言い方じゃない!」
「見えないよ、でも分かるよ」
リューイはくすくす笑いながらそう答えた。
「あ、そう。まあ、どうでも良いけどっ……」
半ば無理やりに視線を外し、エリスは再び肖像画を見上げる。
「光の女神の娘は十六の年まで真の名は秘され、ティアニーと呼ばれるんだって。 ティアニーていうのは、古き光の世界の言葉で、光の娘という意味らしいよ」
「へえ……」
絵だというのに、エリスはその青い瞳にじっと見詰められているような錯覚をおこした。深い青の瞳。きっと意志は強かったであろう、その輝きまでも絵に残している。
「女神の子……」
幼いころ、寝物語にせがんで聞いた女神の子の片割れが、このアスファーダの初代女王セリスティーナである。女神のもう一人の子は、『時の河』を渡っていると伝えられている。時間から時間を越え、今もどこかを旅しているのだという。
セリスティーナの肖像画の下にひざを付き、エリスは目を暝る。
そっと胸元のペンダントを探る。
銅製のコインには、アスファーダの紋章と裏には、セリスティーナのレリーフがある。これと同じデザインで銀製のコインを授与されて始めてティアルーヴァであると名乗る事が出来るのだ。学舎で学ぶ子供達が皆このコインを手にするのを夢見ている。
それはエリスも例外ではない。
「何をお祈りしたの?」
「別に、あなたには関係ないでしょう?」
「そう、だね」
ほんの少し傷付いた表情で、リューイは黙る。
居心地の悪い沈黙が辺りを支配する。
「……この前はごめん、エリス」
「別に、気にしてないわ」
そっぽを向いたまま、エリスはそっけなく答える。
泣き顔を見られてしまってバツが悪かったのはエリスの方だ。
「ねぇ、どうしてわたしに構うの? あなたもみんなと同じようにわたしのこと薄気味悪いと思っているんでしょう? 義務や同情なんかで話し掛けてくれなくても結構よ」
「そんな風に思ったことはないよ」
静かだけれど、確固とした物言いに、エリスのほうが鼻白む。
「そう?じゃあ、物好きなのかしらね?」
どう返答して良いものか迷っているらしい。微妙な間の後にリューイは口を開いた。
「僕は、『仲間』だと思ってる」
「嬉しいわね」
一刀両断で切り捨てるようなたった一言。本心でない事くらい誰が聞いても分かるほどの、冷たい言葉。
拒絶、だ。
押し黙るような沈黙の後に、リューイはそっと吐息を漏らす。
見せかけの優しさならいらない。誰に忌み嫌われようと、リヴァさえいれば良いとさえ思っている今のエリスにはリューイの気持ちを汲み取るだけの余裕もない。
「……もう一つ、聞いても良いかしら? 私たちが呼び出された理由をもしかしてあなた知ってるの?」
「まさか。でもだいたい予想はしてる。怖いけどね」
「怖い?」
「やっぱり期待してしまうから……」
リューイが何を言ってるのか分からなくて、エリスはいぶかしげに彼を見つめ返した。
リューイは苦笑しつつも、エリスが手に握っている銅製のコインを指し示した。
「銀のコインさ」
「……え?」
エリスが言葉を発しかけたその時、広間の向こうから人の気配がしてきた。
観音扉が厳かに開かれる。
現れたのはこの緑の塔の責任者・五人の長老達だった。
「エリス・レナン、リューイ・オルクス」
名を呼ばれ、二人は反射的に背筋を伸ばした。
しんと静まり返った大広間に、思いも寄らなかった宣旨が響き渡る。
「本日を持って、両名を新たなティアルーヴァとして認める」
こうして、待ち望んでいた銀のコインは、突然に訪れたのだった。
木々の緑と共に、眩い太陽を照り返し、明るく緑の塔を照らしている。
まるでカイユを覆う闇の存在など知らぬげに、澄んだ空気は緑の塔を聖域とし定めている。
石造りの塔は、長年培われて来た魔法使いたちの権威を象徴するにふさわしい堅牢かつ優美な姿を見せている。
これらはアスファーダ建国の際、女王の配偶者であるランシェル公が、建立した塔と伝えられている。
ランシェル公自身も優秀な光使いで、現在で言うならば、『日』『月』『星』の光使い三大称号の内、『日』の称号を与えられる程の力の持ち主だったという。
女神の子らに次ぐ力を持つ光の君を創始者に、緑の塔はすでに六百年の月日を数えた。
光が満ちている。
そこかしこにあふれる慈愛の力。
エリスは光が好きだった。
リヴァの髪の色と同じ黄金色の、輝き放つ鮮烈なオーラに憧れてやまない。
何故、自分の髪は黒いのだろう。
瞳は光の民の碧だというのに……。
髪が黒いおかげで、ずっと忌避されてきた。
持つ力も、何故二つなのだろう。
望んで得たものではないのに。
一つで良かったのに……。
光さえあれば、良かったのに……。
両手に集まる力の波動はゆっくりと、大きくそして濃密になって行く。
光だけで良かったのに……。
―――ヒカリ、ダケデ……
誰かが息を飲むのが聞こえた。
「そこまで!」
鋭い声がエリスを現実へと呼び戻す。
術の行使によるトランス状態から戻ると、黒髪の教師は青ざめてエリスの施した術の結果を見つめていた。
辺りに漂う不穏な空気に心地よかった高揚感は、すうっと熱が引くように失われていった。
目の前にあるのは、一つの球体。
中空で浮き上がったままのそれは見事に黄金色に輝いていた。
それは光と闇のバランスを保つ訓練に使われるもの。
普段は無色透明の球体である。
光と闇が同じだけ存在するその球体を故意的にバランスを崩し、それをまた正す訓練だ。
光使いには光を。
闇使いには闇を用いて成す。
臨界点を越えると、その球体は破裂してしまう。
どちらが多くなってもいけないように細心の注意が必要な訓練なのだ。教師陣もこの訓練に関しては、評価は何よりも辛い。
それは学舎を卒業してのち、ティアルーヴァとなってからの仕事に直結する能力のためだ。
「エリス・レナン、この訓練の意味を分かっているのか?」
「……申し訳ありません」
エリスは恥じて俯いた。考え事などしてる時ではなかったのに……。
「もう一度、やり直しなさい。新しい……」
替えの球体を用意させようと黒髪の教師が指示しようとした矢先、エリスは黄金色に輝いている球体に手を伸ばして、一瞬にして、また元の無色透明な球体に戻して見せた。
完璧なまでに整えられたバランスに、教師は言葉を失う。
ざわりと回りの学生たちもざわめく。
「これで、よろしいですか」
それらを打ち払うようなエリスの凛とした声に、教師は我に返った。
「よ、よろしい。下がりなさい」
「ありがとうございました」
姿勢良く礼をして下がっていくエリスの後姿を、黒髪の闇使いでもある教師は怯えと共に見送った。
球体を破裂させる事なく光へと変え、そしてまた一度光に染まった球体を元の状態に戻すなどという行為は前代未聞だ。
「……なんという力だ」
その言葉に宿るのは恐怖だ。
光と闇は相容れぬ対極の力のはずなのに。その根本から覆すエリスの存在は、誰もが恐怖を禁じえないのだった。
エリスが優秀であればある分だけ、その異質さは目立つ。
どうしても無関心ではいられないのだ。
「エリス、君は光が好きなのかい?」
訓練を終えて自室へと戻っていく廊下の途中で、エリスはリューイに呼びとめられた。
先に訓練を終えていたリューイはずっと先ほどの様子を見ていたらしい。
見たと言っても目を閉じている彼には、映像ではなくきっと力の動きで察していたのかもしれないが……。
黒髪のこの小柄な少年も教師が舌を巻くほど優秀で、エリスとは違った意味でまわりから遠巻きに眺められる存在だ。
おっとりとした雰囲気で誰からも好かれそうな感じなのに、何故か彼の周りには人はいない。
「関係ないでしょ。私がどう思ってようと」
「光使いになりたいの?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
見えていないと分かっていたが、エリスは黒髪の少年を鋭く睨みつけた。
案の定、少年が怯む様子はない。
「さっきの君の様子が気になって……」
「黒髪の私が光使いになれるわけがないって言いたいの?」
「そう言うわけじゃないよ……」
リューイは困ったように首を傾げた。
「でもさっきのは良くないと思う」
「そう? ……そうかもしれないわね」
光だけで良いと願っていた瞬間があったことを確かにエリス自身覚えている。
だが、光の民は光を。闇の民は闇を、何の障害もなく自由に愛せるのに、何故自分には許されないのか。
どうして光だけを愛してはいけないのか。願ってはいけないと言うのか。
理不尽だとさえ思う。
「純粋な闇の民のあなたには分からないわ」
「エリス……」
目を閉じている彼には一体どんな風に自分はうつっているのだろうか。
きっと光でも闇でもない、中途半端な虚像がゆらゆらと蠢いているのかもしれない。
結局どっちつかずの存在ではいつまでたっても卒業なんて出来やしない。
卒業できても自分の居場所がない。
光の塔にも闇の塔にも行く事が出来ない。
緑の塔なんて更に夢のまた夢だ。
「あなたになんか分からないわよ!」
激しく言い放つエリスの目尻に涙が滲んでいた。
「……ごめん」
戸惑いながら謝罪の言葉を口にするリューイを睨みつけるようにして、エリスは顔を上げる。
こんなところで泣くのは自分自身が許さない。
自らの姿と力を当然のように誇る彼らが羨ましい。妬ましい。
どうしてこんな姿で生まれてきてしまったのだろう?
どうしてこんな力を持って生まれてきてしまったのだろう?
望んではいなかったのに。
一度として望んだことなどなかったのに……。
「どうしてわたしだけが、違うの?」
その問いに答えられるものは誰もいない。
最高会の面々は皆押し黙ったまま、議事は全く進む気配はなかった。
一ヶ月前、カイユへと旅だった『星』の光使いリヴァとの通信は全く途切れてしまっている。
何かあったのは間違いない。
最高会に出席している光使いたちは皆、青ざめて俯いている。
三大称号を持つリヴァに不測の事態が起こったというのがとても信じられないのだ。
カイユが闇に沈んでもうニヶ月が過ぎようとしている。
その間にも、闇はどんどん深く、巨大になっている。
早急な原因究明をと、最高会は光使いだけでなく闇使いを幾人も派遣した。
だが、ことごとく消息不明。
カイユに入った時点で、通信は途絶えてしまう。
誰もがリヴァなら、と期待していたのだ。
だがその望みさえも潰え去った今、期待されるのは予言の乙女の存在だった。
もともと彼女に話しが持ち上がっていたのだから、その風向きは当然だ。
五長老の最たるネリアム老は低い呻き声をあげて、目の前に用意された数枚の書類に目を落としていた。
生徒の能力と評価が幾人もの教師によって書き記された、いわゆる成績表のようなものだった。
どの科目も実技も優秀である事がうかがえる。
ネリアムを除く四人の長老の印はすでに押され、後に残されている空欄はただ一つ。すべての承認がされて、決定されるもの。
だが、ネリアムはどうしても決断出来ないでいる。
成績だけなら申し分はない。
これは『星』の光使いにも言った。
課題を終え、優秀な成績を収めるものは、卒業と同時にティアルーヴァとして認められる。
学舎で学ぶ学生達の全員がティアルーヴァになれるわけではない。
完全な能力主義のなかで才能の限界を感じて、自ら退く者もいる。
コネなど役に立たない世界だ。
予言の乙女であるというだけで、承認できるほど甘い世界ではありえない。
ティアルーヴァとしての矜持が、それをさせない。
だから、これらの印がすべてエリスの能力を正当に評価しているものだとネリアムは分かっていた。
分かってはいるが、導き出される結論はただ一つになってしまう。
リヴァの思いも無下には出来ないのだ。
「ネリアム老、我々には迷っている暇はないのです」
「星殿の消息が掴めない今、早急に次の手を打たなければ取り返しのつかないことになってしまうでしょう」
「カイユがいつ臨界点を越えるか、もう時間の問題なのです」
皆が口にする、時間の不足はネリアムにも重々承知してる事実だ。
ネリアムは再び呻き声をあげ、渋い顔をしたままそっと書類を置いた。
その目を閉じる。
決断を下さなくてはならなかった。
息を殺して、ネリアムの動向を見つめる最高会の面々たち。
その中で、闇使いの長デイルだけが相変わらず涼しい顔をして成り行きを見つめていた。
清浄な空気がその部屋全体を包んでいるようだった。
大広間のような広い部屋には、肖像画が数多く壁に飾られていた。
がらんとしたその部屋にはエリスと、何故か一緒に呼び出されたリューイだけ。
リューイは相変わらず瞳を閉じて、大人しく立っている。
ふたり雁首そろえてただ待ってるのも馬鹿馬鹿しくて、エリスは早々に肖像画を鑑賞することに決めた。
なんといってもここは緑の塔。
学生がおいそれと出入りできる場所ではないのだ。
滅多にないチャンスなのだから、時間は有効に使わなければ損だ。
それに使いの男はここで待っているように伝えただけで、じっとしていろとは言わなかった。
エリスは飾られている中でもひときわ大きく、そして中央に飾られている一番豪奢な肖像画の前に立った。
王国アスファーダの初代女王セリスティーナの肖像画である。
「ティアニー……光の娘」
豪奢な額縁のすぐ下に、そう銘打ってあった。銘に『ティアニー・光の娘』としてあるからには、おそらく即位前の、まだ真実の名セリスティーナの名を戴く前の頃かも知れない。
「初代女王の肖像画かい?」
気がつくとリューイがすぐ近くまで来ていて、エリスはびっくりして振りかえった。
目を閉じていても分かるのだろうか?
見えてるはずもないのに、彼の足取りは迷いがなく確かだ。
「……ねえ、実は目は開いてたりするの?」
エリスは真顔でずっと疑問だった事を口に出す。リューイは一瞬の間の後、吹き出した。
「面と向かってそんなことを言われたのははじめてだ」
「だって、見えてるような言い方じゃない!」
「見えないよ、でも分かるよ」
リューイはくすくす笑いながらそう答えた。
「あ、そう。まあ、どうでも良いけどっ……」
半ば無理やりに視線を外し、エリスは再び肖像画を見上げる。
「光の女神の娘は十六の年まで真の名は秘され、ティアニーと呼ばれるんだって。 ティアニーていうのは、古き光の世界の言葉で、光の娘という意味らしいよ」
「へえ……」
絵だというのに、エリスはその青い瞳にじっと見詰められているような錯覚をおこした。深い青の瞳。きっと意志は強かったであろう、その輝きまでも絵に残している。
「女神の子……」
幼いころ、寝物語にせがんで聞いた女神の子の片割れが、このアスファーダの初代女王セリスティーナである。女神のもう一人の子は、『時の河』を渡っていると伝えられている。時間から時間を越え、今もどこかを旅しているのだという。
セリスティーナの肖像画の下にひざを付き、エリスは目を暝る。
そっと胸元のペンダントを探る。
銅製のコインには、アスファーダの紋章と裏には、セリスティーナのレリーフがある。これと同じデザインで銀製のコインを授与されて始めてティアルーヴァであると名乗る事が出来るのだ。学舎で学ぶ子供達が皆このコインを手にするのを夢見ている。
それはエリスも例外ではない。
「何をお祈りしたの?」
「別に、あなたには関係ないでしょう?」
「そう、だね」
ほんの少し傷付いた表情で、リューイは黙る。
居心地の悪い沈黙が辺りを支配する。
「……この前はごめん、エリス」
「別に、気にしてないわ」
そっぽを向いたまま、エリスはそっけなく答える。
泣き顔を見られてしまってバツが悪かったのはエリスの方だ。
「ねぇ、どうしてわたしに構うの? あなたもみんなと同じようにわたしのこと薄気味悪いと思っているんでしょう? 義務や同情なんかで話し掛けてくれなくても結構よ」
「そんな風に思ったことはないよ」
静かだけれど、確固とした物言いに、エリスのほうが鼻白む。
「そう?じゃあ、物好きなのかしらね?」
どう返答して良いものか迷っているらしい。微妙な間の後にリューイは口を開いた。
「僕は、『仲間』だと思ってる」
「嬉しいわね」
一刀両断で切り捨てるようなたった一言。本心でない事くらい誰が聞いても分かるほどの、冷たい言葉。
拒絶、だ。
押し黙るような沈黙の後に、リューイはそっと吐息を漏らす。
見せかけの優しさならいらない。誰に忌み嫌われようと、リヴァさえいれば良いとさえ思っている今のエリスにはリューイの気持ちを汲み取るだけの余裕もない。
「……もう一つ、聞いても良いかしら? 私たちが呼び出された理由をもしかしてあなた知ってるの?」
「まさか。でもだいたい予想はしてる。怖いけどね」
「怖い?」
「やっぱり期待してしまうから……」
リューイが何を言ってるのか分からなくて、エリスはいぶかしげに彼を見つめ返した。
リューイは苦笑しつつも、エリスが手に握っている銅製のコインを指し示した。
「銀のコインさ」
「……え?」
エリスが言葉を発しかけたその時、広間の向こうから人の気配がしてきた。
観音扉が厳かに開かれる。
現れたのはこの緑の塔の責任者・五人の長老達だった。
「エリス・レナン、リューイ・オルクス」
名を呼ばれ、二人は反射的に背筋を伸ばした。
しんと静まり返った大広間に、思いも寄らなかった宣旨が響き渡る。
「本日を持って、両名を新たなティアルーヴァとして認める」
こうして、待ち望んでいた銀のコインは、突然に訪れたのだった。
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