遥かなる光の旅人

しょこら

文字の大きさ
20 / 22
第八章

1.大地の娘

しおりを挟む
 闇の塔の最高責任者、闇使い最高の『紫』の称号を持つ者が、そこにはいた。
 自分の目が信じられなかった。
 世界のバランスを保つことを、至上の命として生きるティアルーヴァのトップに立つ男が、何故、カイユに闇を集め、バランスを崩そうとするのか。
 男はルーリックに、感嘆の眼差しを向ける。優雅とも言える物腰で青年に対し頭を下げ、恭しく礼を尽くしてみせる。青年は目を細めただけで、黙ったままでいた。
 イアンが不安げな顔をして、こちらを見ている。先ほどからずっと気になっているのだが、少年の足元に誰かがぐったりと横たわっている。エリスの視線に気が付いて、男はにやりと笑う。
「姉ちゃん!ゴメン、兄ちゃん見つけた、けど…!」
 少年が一生懸命叫んで、リヴァのことを伝えようとしている。
 エリスはそこに横たわる人物と、リューイによって見せられた映像のリヴァの姿が重なり、声にならない悲鳴を上げた。
「……っ!!」
 垣間見えるリヴァの、何と青白い顔なのか。生気というものがまるでない。本来、青年が持っていたはずの輝きが、全くと言って良いほど、失われてしまっている。
 あれでは、生きているのかどうかも分からない。
「…リ…ヴァ…」
 がっくりとひざをついて、エリスは呆然と従兄を見つめる。
「姉ちゃん!大丈夫。兄ちゃん、生きてるよ!」
 呆然自失となりかけたエリスに、イアンの声が届く。
「生…き、てる?」
 エリスのつぶやきを聞き取ったのか、この距離で聞き取れるはずもないが、イアンは力いっぱい頷いて安心させようとしていた。エリスの表情が和らぐ。
「…時間の問題だと思うがな」
 冷やかに男は言い放つ。
「かなり光を失っているからな。今、生きているだけでも不思議なほどだ」
 明らかに悪意の込められた物言いに、エリスはかっとなった。しかし、その怒りは激しすぎて、言葉にならない。体中の血が沸騰して煮えたぎるようだ。狂おしいほどの怒りを持て余しながら、青い瞳だけが、激しく輝いている。
 男はカイユを囲む光に目を向け、おもしろそうに笑った。
「光使い共が、身の程知らずにも集まって来ているようだが…」
 『光輪』が仕掛けられていることにとうに気付いているはずなのに、平然としている。
 一体、何を考えているのか。
「デイルさま!!教えて下さい。何故、このようなことをなさろうとするのですか?バランスが崩れてしまえば、世界は崩壊してしまうのに!!」
 エリスの言葉に、男は喉の奥を鳴らして笑う。
「私はそれを待っているのだ」
「なっ…?」
 男はふいに顔を上げ、彼方に向けて微笑した。
「私に『光輪』は効かぬ。カイユを浄化しようとしても無駄だ」
『無駄かどうか、やってみなければ分かりません! 紫の長、デイル殿!!』
 怒りを込めた意思が男に向かってたたき付けるように放たれた。
 エリスもその声を聞いた。よく知っている声だ。
「リョウラ!」
 男が手をかざし、空をつかむ。
 その瞬間、闇が身をよじったかのようにうごめき、男の手に集まった。それを待ち構えていたかのように、光芒がカイユの四方八方から、縦横無尽に伸び、カイユの空と大地を包み込んだ。
 余りの眩しさに、思わずエリスは目を閉じる。
 エリスの中の闇が、不意の光に触れて、悲鳴を上げている。
 体が焼かれる感覚を、エリスは初めて知った。
「きゃあぁぁぁっ」
 半身の光は同調し、もう半身の闇はのたうちまわる。崩れ落ちるエリスの体を、誰かの腕が支えた。ルーリックであることは、分かっていた。
 エリスは青年にしがみつき、痛みをこらえ、何とか声を絞り出す。
「イ…アン、が…」
 イアンは純粋な闇の民だ。光輪に巻き込まれてしまえば、自分と同じように焼かれてしまう。自分がこれだけの苦しみを覚えているのだ。イアンの痛みはもっと激しいものになっているはずだ。
「イアンが…死んでしまう…」
 遠のく意識の中で、それだけがエリスの心を占めていた。
「エリス、しっかりするんだ!」
 体を揺さぶるルーリックの声がふいに、耳にはっきりと飛び込んで来た。
 エリスははっと目を開ける。
 激痛は嘘のようになくなっていた。
 光芒が軌跡を残し、その残光で辺りはまだ明るく光に包まれていた。
「ルーリック、イアンは?」
 青年は、何故か驚いた顔でエリスを見返す。頭を振って、何かを振り切るように視線をデイルに向けた。
「あの男の言ったとおりだった。イアンはあの男の力に守られたようだ」
「えっ?」
 つられてエリスは顔を上げる。今度こそ、絶句する。
 光輪によって焼かれたはずの男は、平然とした顔で立っていた。なぜ、闇の民があの光に焼かれて無事でいるのか。
 『光輪』は効かぬとデイルは言った。本当に、そんなことがあるのか。
 傷一つ負っている様子はない。隣のイアンも同様に無事だった。
 そのイアンは目を円くして、エリスを見下ろしていた。
 少年の視線の意味をつかみあぐねて、エリスはルーリックに戸惑いの視線を向けた。
 そのとき、エリスの視界を風に吹かれて金色の真っすぐな髪が過ぎる。
 エリスはぎょっと目を向いた。
「金髪?」
 黒髪だったはずが、見事に金髪に成り代わっている。
「光輪…で?」
 考えられるのは、それ以外なかった。
 エリスの中の闇が光に焼かれ、浄化されてしまった?
 背を覆うほどの長い黒髪は、すっかり金色に染まっている。
 光の子たるルーリックの輝きには、及びもしないが、幼いころずっと憧れたリヴァの髪のように、美しい光を放っている。
 しかし、エリスの心は、踊らなかった。とまどいだけがあり、何故か悲しくなってきた。
「嘘…」
 手で顔を覆い、エリスは泣いた。
 これほどの喪失感を味わったのは初めてだった。
 体の半分を失ってしまったかのようだ。心の中にぽっかりと空洞が出来てしまっている。
 何故、こんなにも悲しいのか、エリスは理解出来た。今まで自分のものとしてあったものが、無理矢理奪われてしまったからだ。エリスの中の光の部分が、半身の闇を求めて絶叫している。
 返してくれ、と。私の半身を返してくれと、叫んでいるのだ。
 男は高らかに笑い声を上げる。
「真に、大地の娘よ」
 男の背後で、空気が音を立てて渦巻いている。それに呼応して、大地が鳴動する。
「駄目だ。反動が、来る!」
 ルーリックの背に庇われた。エリスの体が光に包まれる。
 男に首根っこをつかまれたイアンは、ぎくりと体を強張らせる。
 刹那、イアンの小さな体から膨大な闇が勢い良く噴き出した。
 それは大地の反動と共鳴して、二人を飲み込もうと咢を開いた。
「エリス!!」
 どこからかリューイの声が聞こえた気がした。
 イアンから放たれた闇と別の方向から向かってくるエネルギーがあった。
「『鎮め』か。闇使いも連れてきたか」
 デイルは平然と笑う。
 荒れ狂う闇は、光使いたちの施した光輪すら消し去り、カイユを再び闇で埋め尽くそうとしていた。
「だが、無駄だ」
 キーンと耳なりがして、不意に、空間が膨らみ、爆発した。
 突風が辺りを薙ぎ払う。
 唖然とするイアンを横目に、男は笑う。
 少年は、自分にこんな力があることを知らなかった。あれだけの闇を放出したのに、体は何ともない。
 眼前に広がる光景に、少年は声もなく見詰めている。
 何もない空間が広がっている。
 既に大地のかけらすらない。光とも闇とも言えぬ場所。
 そこに、少女が横たわっていた。
 金でも黒でもない、色を無くした姿で、エリスは横たわっている。
「予言通りだ」
 男のつぶやきも、イアンは聞いていなかった。エリスの変わり果てた姿に動揺した。
「姉ちゃん!姉ちゃん!」
 泣き叫ぶイアンを押さえ付けて、男は言った。
「慌てるな。あの娘は、大地の娘だ。力を注げば、その色に染まり、生き返る」
「力、おいらの力?」
「そうだ。お前のその闇の力を、娘に分け与えてやるのだ」
 イアンはエリスを眺め見た。
 自分の力を注げば、生き返る?
 黒髪に金色の瞳のエリス、それでも構わない! エリスが生き返るのなら。
『駄目だ、イアン!』
 どこからか、ルーリックの声が聞こえたが、姿が見えない。ひらりと光が目の前を過ぎった気がした。
「姉ちゃん、生き返らせなきゃ!」
 イアンは闇の力を両手に集め、凝縮させると、一気にエリスに向けて放った。
 イアンの放った闇玉がエリスに当たる直前、光がエリスをさらい、闇玉は的を失って、地にぶち当たった。
 波打つ金髪の青年が、青白い顔で息を切らしながら、男を睨みつけていた。腕には、色彩の総てを無くした白い少女をしっかりと守っている。
「エリスを予言の道具にはさせない」
「死に損ないが…」
 男はぎりっと歯がみし、星の称号を持つ青年を睨みつけた。
 リヴァが飛び出して来た方向から、ルーリックが姿を現した。空間を抜けて来たような現れ方だ。
「イアン、よく見ると良い。ここは、君の知るカイユではないよ」
 ルーリックの言葉が合図のように、星の光使いリヴァはその手に光で剣を造り、地につき立てると一気に切り裂いた。
 空間が、まるで布を引き裂くように、音を立てて破れて行く。
 次の瞬間には、元どおりのカイユの大地が姿を現していた。
「だ、だましたな!」
「騙してはいない。運命の乙女はお前の力で闇に変わる」
「なんで?」
「闇の王子サウルの魂を持つ者だからだ」
「えっ?」
 男はにやりと笑って、イアンから飛びのいた。男の冷たい手が首もとから離れて、イアンはほっとした。
 リヴァがエリスを抱えたまま、力を失い、片ひざをついた。イアンは急いでリヴァの所へ走り寄る。
 リヴァは震える手を少女にかざし、光を送ろうとする。青白い顔は、極度の疲労にやつれている。見ていて痛々しい程だ。
 ルーリックは代わろうと手を出すが、意外なほど強く拒絶され、手を引っ込めた。
 リヴァは浅い息を繰り返しつつも、エリスに光を送り始めた。
 ゆっくりと優しく満たしていくように。
 エリスに僅かながら色彩が戻って来た。白い髪は淡い金色に、真っ白の肌は、ほのかな象牙色に。そして口元は、薄く桃色に変化していく。
 青年の手ががくがくと震え、自分の体の重みすら支え切れず、地に手をついた。
「代わろう。いくら光輪の余波を受けて、回復したとは言っても、無茶だ」
 リヴァも悟ったのだろう、今度は何も言わず、ルーリックに少女を託した。
 ルーリックは青年がしたように、手をかざし、光を送る。
 しばらくすると、エリスの腕がぴくんと動き、顔に生気が戻って来た。
 淡い金髪は、見事な輝きを放ち、エリスの表情も健やかなものに変わっている。
「さあ、イアン。今度は君がエリスに力を分け与えてあげてくれ」
 固唾を飲んで見守っていたイアンは、驚いた顔でルーリックを見返した。
 金色に光るエリスを見て、イアンは闇を送ることを戸惑う。
「だって、姉ちゃん、こんなに綺麗じゃん。何か、勿体ないよ」
 ルーリックは困った顔でイアンを見つめ返した。俯いていたリヴァは顔を上げ、疲れ切った顔で金色に染まる従妹を見遣り、すぐに俯いてしまった。
「…エリスは、口に出したことはないが、ずっと光使いになりたがっていた」
「ほ、ほら、やっぱり、勿体ないよ…」
 そう言いつつ、イアンは俯いていく。
 自らの闇が失われて光の民になった時、エリスは泣いたのだ。あれが念願をかなえたものの流す涙ではありえないとイアンは思った。
「姉ちゃんは、やっぱり…」
 黒髪に青い瞳のエリスが、泣いたり笑ったり怒ったりしている顔が、頭の中にくるくると浮かんで行く。
「おいら…姉ちゃんはやっぱり、黒髪の方がいいな」
 イアンは両手をかざし、真剣な顔でエリスに闇を送り始めた。
 星の光使いが微笑んでいるのを、ルーリックはそっとみつめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...