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第1章 佐伯悠亮としての日常

第22話 ウツロと龍子のもぐもぐタイム

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「あ、フーガス屋さんだ」

 現在地である朔良区さくらくと、朽木市くちきしのブロック分けでいえば、その一つ下の坊松区ぼうのまつくとの境界きょうかいを流れる手洗川てあらいがわ――

 そこにかかる介錯橋かいしゃくばし入口いりぐちのわきに、フーガスの移動販売車が止まっているのを、ウツロは発見した。

龍子りょうこ、フーガス、食べていこう」

「お、いいね、ウツロ」

 フーガスとは、鋳型いがたにペーストを流して焼いた生地きじに、バターやホイップクリームをり、そこへ数種類の果物くだものを乗せたうえ、くるっといて作る、クレープによく似た朽木市名物のスイーツだ。

 店舗てんぽによってペーストやクリームの材料や配合が違い、味の差異さいを楽しめる。

 ウツロと真田龍子さなだ りょうこ小腹こばらがすいていたこともあり、足早あしばやに販売車のほうへ向かった。

 軽貨物用けいかもつようトラックを特別に改造し、暖色だんしょくにペイントされた販売車は、ちょうど到着したばかりのようで、販売担当である清潔せいけつな身なりの女性が、スタッフジャンパーをときおりひるがえしながら、開店の準備をしていた。

「すみません」

「いらっしゃいませー! すぐに作れますよ!」

 ウツロが話しかけると、店員さんはニコッと笑って対応した。

「フーガス、四つください。ドリンクはザクロとヘビイチゴのスムージーで。龍子はドリンク、何にする?」

「えーと、わたしはコーラで、って……ウツロ、三つも食べる気なの!?」

「いまにわかるよ」

「うーん……?」

 なぜウツロが四つも頼んだのか、真田龍子にはわからなかった。

 しかし彼女がそれを不審ふしんに思っているあいだにも、店員の女性はてきぱきと、とても手慣てなれた感じでフーガスを焼いていく。

「うわあ、いいにおいだ」

「本当、わたし、おなかが鳴りそう」

「俺もだよ、グーグーガンモだね」

「んー、うーん……」

 ウツロの昭和臭しょうわしゅうほとばしるハイセンスなギャグに、真田龍子はリアクションにこまって苦笑くしょうした。

 そんなやり取りをしているうちに、四人前のフーガスは完成したのだった。

「お待たせしました! フーガス四つと、こちらがザクロとヘビイチゴのスムージー、こちらがコーラになります!」

 目の前にほくほくのフーガスが差し出される。

「ありがとうございます。龍子、俺が出すよ」

「え? そんな、悪いよ」

「いいからいいから。生活費が支給されたばかりだから、大丈夫だよ」

「うーん、じゃあ、お言葉に甘えます……」

 こうして焼き立てほやほやのフーガスを手にれた二人は、それをもぐもぐとほおばりながら、ときどきドリンクを飲み、帰り道を歩いた。

 介錯橋かいしゃくばしをてくてくとわたるとき、秋のそよ風がちょっぴり冷たくなってきていて、温かいフーガスの味が体にった。

「あれ……?」

 橋を歩きながら何気なにげなく右前方みぎぜんぽうに視線を送った真田龍子は、河川敷かせんじきに二つの人影ひとかげを見つけた。

 その人影は、ウツロや真田龍子と同じ黒帝高校こくていこうこうの制服を着ているようだが、どうもあらそっている様子だった。

「あれ、黒帝の男子だよね。ケンカかな……?」

 真田龍子は河川敷の光景に不安を覚え、ウツロに問いかけた。

柾樹まさき氷潟ひがただよ」

「はあっ!?」

 ウツロはフーガスを食べつづけながら、のん気なトーンで答えた。

「いつもあのあたりで、仲良くじゃれ合っているみたいだね」

「じゃれ合って、って……それどころじゃないでしょウツロ! 早く止めなきゃ!」

「心配ないよ、毎度のことだし」

「もう、ウツロ! なんでそんなにのん気なの!」

 真田龍子はあせっているが、ウツロはかいしていない。

 それどころか、一緒に注文したドリンクを静かに吸っている。

「ああ、じれったい! わたし、止めてくる!」

「待ってくれ龍子。落ち着いて、そしてきいてほしいんだ」

「ウツロ……?」

 ウツロは食事をやめ、急に真剣な表情になって、真田龍子に顔を合わせた――

(『第23話 亀裂きれつ』へ続く)
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