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3巻
3-1
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ある日の夕暮れ。
『ガイア帝国』の帝都では、家路を急ぐ買い物客たちが、町一番の大通りを足早に歩いている。
そんなごくありふれた光景の中に……なんの前触れもなく、メラメラと燃え盛る火球が大空から落ちてきた。
太陽と見紛うほどに巨大な災厄が地上に激突し、美しい町並みを瞬く間に火の海へと変えていく。状況を理解できない人々が、甲高い悲鳴を上げて右に左に逃げ惑う。
まるで現実感のない光景に、偶然この町を訪れていた金髪縦ロールの女性――上級魔人のマリアことマリアーシュは、空を見上げて呆然と立ち尽くすことしかできないでいた。
そうしている間にも、二つ目の太陽が天空より迫ってくる。運が悪いことに、彼女へ直撃しそうなコースだ。
「っ……!?」
初動が遅れたために、回避は間に合わない。マリアは己の迂闊さに歯噛みしながら、死を覚悟して防御姿勢を取った。
――ゴオオオオオオオッ!!
恐ろしい音が耳元まで迫っているにもかかわらず、体へのダメージが一向にやってこない。精々、ちょっと熱いと感じるくらいだ。
訝しく思ったマリアは、固く瞑っていた目をうっすらと開き……驚愕した。見覚えのある白髪の女性が、右手に握った白い剣と自らの体を盾にして、マリアを炎球から守っていたのだ。
「あなたは、シロナっ!? 何故、助けるような真似をっ……わたくしたちは敵同士なのですよ!?」
「助けを求められたら手を差し伸べるのが、私のジャスティスだから……っ、ゲホッ、ゲホッ!! こんな状態になりながらじゃ、あんまし格好がつかないけどね」
シロナは全身に酷い火傷を負いながらも、照れ隠しをするかのように屈託のない笑みを見せた。
自分が見下している〝人間〟に助けられた怒りと、何かと自分に構ってくる目障りな怨敵に、足が竦んで動けない姿を見られた羞恥。それらが合わさり、マリアの心の奥底から仄暗いナニカ……普段は抑えている殺人衝動が湧きおこる。
「誰も助けてほしいなどとは言ってませんわ! 下等な人間の分際で、出過ぎた真似を……!! 『理武装』展開!」
マリアは切り札である『理武装』の籠手を召喚。そこから数本の糸を伸ばし、シロナの体に触れさせた。
過去三度の邂逅では、油断ならないシロナ相手に使う隙がなかったカードだ。
だが、小さな太陽を防ぎ続けている今の彼女には、レジストする余裕は残されていなかった。
籠手を装着したマリアの手に、確かにシロナの体を支配した感触が伝わってくる。
「これであなたもわたくしの手駒ですわね。あなたは人間の中では上等な部類ですもの。精々、大事に使ってあげますことよ?」
一度完全に支配した人間は、決してそのコントロール下から逃れられない。そういう理なのだ。マリアは勝ち誇ったように口元を緩め、自分の操り人形になった哀れな少女を嘲笑する。
(ついにやりましたわ! あのいけすかない偽善者シロナが、わたくしのものに……!! あなたの大事な人たちをその手で殺させたら、どんな顔をするか……想像しただけでゾクゾクしますわ)
マリアは下衆な考えを膨らませ、暗い喜びの窺える表情を見せる。
傲慢なところは相変わらずだが、普段の彼女はもっと誇り高く、自らの価値を貶める外道な妄想はしない。しかし今は、夢にまで見た目標を成し遂げて気が緩んだせいか、完全に殺人衝動の虜囚になってしまったようだ。
そんな中、炎塊との格闘を続けていたシロナは、ついにそれを斬り裂いた。
彼女はゆっくりと振り返り、狂ったように笑うマリアの頬に、そっと手を添える。
「戻っておいで、マリア。その感情は、君自身のものじゃない。自分の心を……想いを、見失っちゃ駄目だよ」
驚くほどにスッと心に入り込んできた言葉が、マリアの冷静な思考を呼び戻した。
「――え。わ、わたくしは何を……」
「良かったぁ……。もとに戻ってくれて……!!」
「っ!?」
気づけば、僅か数センチメートルの距離に、シロナの端整な顔があった。
驚いたマリアは慌てて彼女を押しのける。
「ふん……か、感謝などしませんわよ? あなたは既にわたくしの下僕。主人であるわたくしを助けるなど、当たり前の行動ですもの」
「別にいいよ? 感謝されたくて人助けしているわけでもないし。でも、下僕って言い方はちょっと……。そこはせめて……友達、って――うわわわわわっ!?」
マリアに操られ、出鱈目に体を動かされたシロナは、あわや大転倒というところでギリギリ持ちこたえた。
「そ、そ、そんな恥ずかしいことを臆面もなく言うなんて、どんな神経してますの!?」
「むぅ……さすがに今のは、私だって結構恥ずかしかったんだよ? 恥を知らないみたいな言い方をされるのは、ちょっと心外だなぁ……。で、返事は? 友達になってくれる?」
「なるわけありませんわ!」
マリアは顔を真っ赤にして叫んだ。
「おっ、照れてる照れてる。こういう反応されると、素直に嬉しいなぁ……。これは、デレが来るまであと一歩だねっ!」
「んなっ……わけの分からないことを言わないでくださいましっ! こ、この偽善者ッ!!」
何度も連続で理解不能な状況に晒されたマリアは、何を思ったのか、シロナを拳でポカポカ叩きだしたのだった。
「んんっ……。あの日の夢を見るなんて……墓参りに出向いたせい、ですわよね」
舗装された街道を走る馬車の中で目を覚ましたマリアは、小さく伸びをしてからそう呟いた。
彼女がつい数秒前まで夢で見ていたのは、何年前か数えるのも億劫なくらい昔の出来事。それでいて、決して忘れられない時間……自分の生き方が大きく変わった、最低にして最高の一日だ。
(……。何故、死んでしまったんですの、シロナ……?)
夢の続きを思い出したマリアは、目から溢れそうになる涙を必死に堪える。泣くのを我慢しても意味などないと分かっていたが、友であるシロナに情けない姿を見せたくない一心で、悲しみの感情を押し殺す。
『純白の英雄』ことシロナは、滅びゆく世界を救おうと単独で最上級魔人『灰燼』に立ち向かい、刺し違える形でその命を散らした。
(どんな形であれ、揺るがない想いさえあれば心を支配などされない――でしたかしら?)
最後に耳にしたシロナの声が、マリアの脳内にリフレインする。
「そんなの、わたくしの支配を打ち破る理由になってませんわ! ……あれほど行くなと命令したはずなのに……っ!!」
いつの間にか、マリアの頬を一筋の雫が伝っていた。彼女は慌てて布で拭い取り、誰かに見られなかったかと馬車の中をキョロキョロ見回す。
幸い、まだ朝早いこともあって十数人の同乗者は誰も目覚めておらず、その心配は杞憂に終わったが。
(そういえば……)
ふと、マリアはシロナの幼馴染だという少年のことを思い出し、その安否を心配した。
彼女は少年の行き先であるソーラドールに、魔人ヴァストラーデ、ひいては恐るべき氷滅死竜が居ることを知っていたため、遠回しに忠告をしたのだが……。
(最後にもう一度、ハッキリ言っておくべきでしたわね……)
果たして、少年――クロトは無事なのか。そう考えだすと、やきもきした感情が胸中で暴れ出す。マリアは中途半端な助言しかしなかったことを後悔した。
……そして、クロトの目の前で涙を見せたことや、その前に優しくされたことまで想起してしまい、じわじわと体温が上がっていくのを自覚した。
(っ……べ、別に、信頼できる女性だと言われたくらいで、喜んでなど、いませんわよ!?)
頬を赤くしたマリアは、よく分からない言い訳を心の中で反芻し、乱れ気味だった思考を元に戻す。
(今は目の前のことに集中。まずは、今代の王族の性格を見極める必要がありますわね)
人と魔が共存できる世界を造る。マリアの目標を言葉にするのは簡単だが、立ちはだかる壁はあまりにも高く、彼女一人で打ち破るには恐ろしく厚い。最低でも、大国の頂点から協力を得る必要がある。
しかし、今のマリアには、少し前まであった諦観がこれっぽっちもない。
シロナと出会って抱き、クロトに励まされて補強されたその壮大な夢は、彼女を突き動かす大いなる原動力となっている。
(でも、場合によっては、目的達成のハードルが大きく上がりますわよね……)
そんな内心の不安は、御者の大声によってかき消された。
「みんな、起きてくれ! 王都が見えてきたぞ!」
御者が指差す先には、町全体を覆う白く巨大な壁がそびえ立っていた。
――この時のマリアは知らなかった。
カラーヴォイス王国『王都ヴォイザード』の王城が……既に魔人の手に落ちていることなど。
迫る脅威の片鱗
降りしきる白い雪が、窓に当たっては溶けて消える。
ここは、『雪と冬の町・ソーラドール』にあるスノーウィー子爵邸の小さな執務室。スノーウィー子爵邸などと言っても、風雨を凌ぎ、暖を取れる最低限の仮住まいだ。
今から約一ヵ月前、この町は上級魔人ヴァストラーデが造り出した氷滅死竜『デストライア・ドラゴン』の猛威に晒された。九人の冒険者の活躍により竜は討伐されたものの、町は甚大な被害を受け、今まさに復興の只中にある。
屋敷の主にしてスノーウィー子爵を継承できる唯一の人間、+Aランクパーティー『不滅の白雪』のサブリーダー、エスティアは、復興関連の仕事に忙殺されていた。彼女は目前に積み重なった書類の山を見て、小さなため息を吐く。
それを見咎めたのは、彼女の右隣に座る黄緑色の髪をした美しい女性。
Sランク冒険者エメラこと、グリーンフォレスト侯爵家令嬢のエメラフィア・グリーンフォレストだ。
「ん……。集中、して……?」
「……ええ、ごめんなさい。いくら片付けても減らない書類に嫌気がさしてしまって……仕事を押しつけているのはこちらなのに」
あまりの仕事量に気が遠くなったエスティアは、エメラたちに頭を下げて助力を乞うたのだ。
「お気持ちは分かります、エスティア師匠。私も、書類仕事に慣れていなければうんざりしていたと思いますから」
元貴族令嬢で事務作業経験もあるアクアが、しみじみとエスティアへの同情を示した。
「アクア。もう私に教えられることなんてないし、免許皆伝だと言ったはず。そろそろ師匠呼びはやめてちょうだい?」
「いえ。いつまで経っても、師匠は師匠です。ディアナさんがクロトさんの弟子であり続けるように、私もずっと師匠の弟子のままでいます」
「……ま、そういうことだから、潔く諦めたら? まあ、私はまだ免許皆伝なんて受けてないんだけど」
肩を竦めて湯気の立つカップを差し出すのは、気が強そうな顔をした金髪金眼の少女――死者の迷宮でクロトに助けられ、彼の弟子となった剣士、ディアナ・フィスゴールドだ。
「……そう」
室内でも青いフードを被ったままのエスティアは、いい香りの漂う紅茶を受け取り、諦めたように呟いて視線を外す。
しかしそこで……さっきまではいなかったはずの黒衣に身を包んだ黒髪の少年と目が合った。
御影黒斗――日本から転移してきた少年で、ユニークスキル《隠密者》を駆使する凄腕冒険者である。つい先日、-SランクからSランクへと昇格を果たしている。
「……『深淵』。急に現れるのはやめて。心臓に悪いから」
「『深淵』じゃなくて、クロト。エスティアも、アクアのことを言う前に、僕をその異名で呼ぶのをやめてほしいな。っと、それより……追加の書類だよ。まだまだあるから、頑張ってね」
ドサッと追加された紙の束を見たエスティアは、虚ろな視線で縋るようにクロトを見つめるのだった。
――翌日。
クロトのユニークスキル《隠密者》の技能【存在複製】で作られた『分身』が、溜まっていた仕事をあっという間に片付けた。その恐ろしく速い仕事ぶりに、エスティアとアクアは絶句。エメラに至っては「グリーンフォレストに、来て……?」と、クロトの袖を掴んで勧誘する有様だった。
その日の昼前に、クロトは冒険者ギルドの一室に主だったメンバーを集めて緊急会議を開いた。
「朝も話したけど、ヴァストラーデが残した暗号文書の解読が終わったよ。しばらく町の書類仕事の方を手伝えなくてごめん」
「……クロトは悪くない。解読の方が重要だ」
身につけていた白い仮面を外し、クロトに思いを寄せる暗殺者の少女、ヴィオラが率直な意見を述べた。
『不滅の白雪』のリーダー、リディスもそれに同意を示す。
「そうだぞ。他の誰にもできないことなのだ。こればかりは、どうしようもなかろうよ」
同じパーティーメンバーの双子魔法士、フーシアとクレイシアもコクコクと頷いており、クロトに不平を抱いている者はいないようだ。
「そう言ってもらえると助かるよ。それで、肝心の内容なんだけど……とんでもないことが記されていた。詳しくは、さっき配った資料を各自で見てほしい」
クロトに促され、会議室の面々は数枚の紙に目を通す。
そして、全員がそこに記された見出しに目を剥いた。
――『世界同時侵攻・人類殲滅計画』
――『決行日 創世暦三〇一七年 十月十五日 火の日』
「……ねぇクロト。今日って何月何日だったっけ」
「ディアナ。書類仕事ができないのは仕方ないけど、日付くらい自分で覚えておこうか」
「本当に日付を忘れたわけじゃないわよ!? あくまでも確認よっ、確認! あんた、馬鹿にしてるでしょ!?」
呆れたような眼差しを向けてくるクロトに、ディアナは顔を赤くして強く反論した。
周囲からも生温かい目で見られており、この一ヵ月ですっかり弄られキャラが定着したようだ。
彼女の質問に答えたのは、会議の場を提供したソーラドールのギルドマスター、エイスであった。
「今日は創世暦三〇一七年・九月最後の日。明日が十月一日だ」
人類殲滅計画の決行日まで、半月あまり。ディアナが現実逃避気味に日付を確認したのも、頷ける話だ。
「ことは急を要する。僕は今日の夕方、この情報を伝えにカラーヴォイス王国の王都『ヴォイザード』へ向かう。ついてきたいと思う人は、挙手してほしい」
クロトが一同に決断を委ねてから数秒後、三人の手が挙がった。
会議終了から四時間後、空が赤く染まり出す頃にクロトたち四人はソーラドールの町を後にした。
今、彼らは冒険者ギルドから借り受けた馬車を、隣町へ向けて全力で走らせている真っ最中だ。
「クロトさん。前方から魔物が二体来ます。どちらも体長一メートル前後の飛行型なので、この辺りなら『アイスバード』だと思います」
「えっと……あ、本当だ。随分遠いけど、僕の方でも確認したよ」
クロトは右隣のアクアが指し示す方角を、レアスキル〈天眼〉による遠見で確認し、空を飛ぶ魔物の姿を発見した。
(やっぱり、進化したアクアの瞳のスキルは、索敵に関して右に出るものがないかも)
遭遇まで多少の余裕があるので、アクアに断ってから彼女を「解析」する。
=========================
『アクアリア・ブルースフィア』
レベル:76/種族:人間/年齢:?/状態:正常
▼基礎能力値
HP:2060/MP:3550(+650)/筋力:802/防御力:955
魔力:1550(+650)/速力:668/幸運:32
▼レアスキル
〈波紋描きし群青の瞳2〉〈水王魔法3〉〈魔精強化1〉
▼通常スキル
・日常系
「言語理解7」「アイテムボックス5」「生活魔法8」「解体8」
・武器系
「杖術7」「剣術1」「投擲術10」
・魔法系
「風魔法10」「空間魔法4」
・汎用系
「直感9」「思考加速2」「並列思考1」「限界突破1」「解析1」
▼スキルポイント 残り20
▼称号
青の覚醒者 絶望を覗きし者 ???? 元貴族令嬢 水を修めし者 風を修めし者
海魔の殺戮者 大物殺し 限界を超えし者 波動の水姫 竜殺し 黒き超人の想い人
=========================
先日、圧倒的格上である氷滅死竜の討伐に貢献したおかげで、アクアのレベルは75の壁を容易にぶち破り、76へと到達している。
その影響で、基礎能力値やスキルも大きく成長しているが、中でも目を引くものが二つ。
レアスキル〈水王魔法〉と、同じくレアスキルの〈波紋描きし群青の瞳〉だ。
前者は『水魔法』の上位互換で、攻撃から補助まで、水系統の魔法を幅広く使える。
後者は、アクアが元々持っていた二つの能力、〈真実映す青き瞳〉と〈虚言の枷〉が統合されたスキルで、目に見えない波動を任意の方向へ飛ばすことができる。さらに、波紋に触れたものを感知することが可能だ。アクアはこれを同心円状に広げて、全周囲の索敵を行っている。その索敵範囲は、クロトのレアスキル〈天の瞳〉よりも大幅に広い。
これらはどちらも、『水と海の町・シレーマ』で、海岸に流れ着いた海魔系Aランク魔物『クラーケン』と戦った時に覚醒したのだとか。
残念ながらと言うべきか、元々あった嘘を見抜く効果と嘘を吐けなくなる枷は健在なので、時折クロトに「僕のことをどう思ってる?」などと尋ねられて、からかわれている。
そんな初々しい恋人みたいなやりとりを対面の席で見せられ続けているのは、アクアの師匠であるエスティアと、メンバーで最年少のディアナだ。
エスティアは興味なさげに、青フードを目深に被って顔を伏せたままだが、ディアナは複雑な表情で二人を観察している。彼女としては、アクアよりも、もう一人の師匠であり恩人であるエメラにこそ、クロトと〝そういう関係〟になってほしいと考えているからだろう。
だが、とても幸せそうにしている目の前の二人は、この上なくお似合いの男女に思えてしまう。無論、野暮なことを言える雰囲気ではなく、内心でエメラを応援するだけに留めた。
ちなみに、当のエメラは馬車に乗っておらず、今頃故郷のグリーンフォレスト領へと危機を伝えに向かっているところだ。同様に、ヴィオラもドレファトの町へと戻った。
『不滅の白雪』の三人は、エスティアが留守にする間のソーラドールを守ってくれている。
「あれ? そういえば、エスティアはなんで王都に?」
ディアナはふと思い立って疑問を口にした。
「私は、爵位の継承関係で、一度国王陛下に謁見する必要があるから。そういうあなたは?」
「私は……少しでもクロトの力になりたいのよ。ちゃんと恩返しもしたいし……」
ソーラドールで起こった一連の事件で、ディアナはクロトとエメラにどうやって返せばいいのか分からないほどの多大な恩ができた。
宿の提供くらいしかできない彼女に、二人は丁寧に稽古をつけてくれたり、死を覚悟で白騎士との戦いに力を貸してくれたり……その上、死者の迷宮についての誤った情報を喧伝したとされる父の汚名を雪いで母の最期の願いを叶えてくれた。
竜が退けられてから半月後、クロトの働きかけにより、冒険者ギルドから正式な発表があったのだ。
――ディアナの父・ウィルキンスは、この町で唯一、魔人の暗躍に気づいていた称えられるべき偉人であり、死者を冒涜するほら吹きではない。
発表にはクロトたちが提出した証拠による裏付けも添えられていて、今ではウィルキンスを悪く言う者はほとんどいない。
「それに、爆発で住む家もなくなっちゃったし、王都見物に行くにはいい機会だったのよ。……あっ、クロトを責めているわけじゃないわよ!?」
どことなく申し訳なさそうにしているクロトが目に入り、ディアナは両手をぶんぶん振って否定する。
水蒸気爆発で家が壊れる前提の作戦を立てたのは、他ならぬクロトなのだ。
ただ、あらかじめ思い出の品は持ち出したため未練などなかったし、屋敷一つの犠牲で化け物を倒せるなら、ディアナとしては万々歳である。
クロトの隣に座るアクアは、青き瞳の力でディアナの言葉に嘘はないと見抜いて、まるで自分のことのようにホッと胸を撫で下ろした。
「波動よ響け――『波紋心動』」
気を取り直したアクアがそっと式句を紡いだ直後、彼女にしか感じ取れない不可視の波が広がり、再び魔物との距離を測る。
「……アイスバードとの接敵まで、あと一分ほどです。そろそろ敵影が見えると思います」
「ありがとう、アクア。敵は飛行型のDランク魔物が二体。さて、ディアナだったらどう戦う?」
「えっ!?」
突然話を振られ、のんびりしていたディアナは慌てて頭を回転させる。
格下相手だし、適当に――などと答えようものなら、落第点をくらうのは間違いない。腕を組んでうんうんと唸っていると、師匠であるクロトから無慈悲な宣言が。
「あと十秒で答えて。戦闘判断は速く正確に、だよ。間違えたらまた強制的に格上と戦わせるから、そのつもりでね」
「ちょっ!?」
ソフィーヤ雪山での出来事を思い出し、ディアナの顔がみるみるうちに青ざめていく。彼女はカウントダウンするクロトの指をチラチラ見ながら、脳を酷使して懸命に考えを進める。
「風魔法の『風飛翔』は、まだ慣れてないから駄目で……氷属性の弱点は炎……数的不利と制空権を……」
「……あと三秒」
「っ……『火縛』で拘束して地面に墜落させてから、一体ずつ仕留める!」
制限時間ギリギリで答えを捻り出したディアナは、固唾を呑んでクロトの採点を待つ。
「…………正解だよ」
「なんでちょっと溜めたのよ! 間違えたのかとドキドキしたじゃないッ!!」
無駄にハラハラさせられたディアナは憤慨するが、クロトも意地悪で間を取ったわけではない。
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