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1巻
1-3
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(「直感」スキルが高ければ分かったのかもしれないけど、「直感1」では無理があるよね)
直感のスキルレベルと、それがもたらす効果の関係についてはまだ不明な点が残るので、この戦いが終わったら、じっくり考えることにしよう。クロトは一人合点し、ロードの動きを観察する。
ロードは怒り狂い、己の付近に潜んでいると思われるクロトめがけて、闇雲に剣を振り回し始めた。
しかしクロトは、その力任せの連撃を平然とひょいひょい避けながら、ロードの腕や足、腹部などの至るところへ的確な攻撃をヒットさせつつ、着実に相手の命を削り取っていく。ロードはむやみやたらと剣を振り続けているが、冷静に剣の軌道を見極められるクロトには掠りもしない。
一対一での戦闘開始から十分が経った頃、とうとうロードは力尽き、地に倒れ伏したのであった。
(なんとかなったね。ほぼ戦略通りにいって良かった……)
クロトは一息ついて、辺りに倒れているゴブリンたちをアイテムボックスへ仕舞い込んだ。用途はまだ決めていなかったが、ここがファンタジーの世界なら後で何かの役に立つこともあるだろう。それからロードの使っていた剣も忘れずに回収する。
(この剣、サイズ的に悪くないし、僕にも使えそうだね)
剣を手に持って刀身をしげしげと眺めながら、「これが一番の戦利品だな」と満足感に浸る。
(アイテムボックス内の時間は止まっているようだから、妖魔たちの解体は後回しにして、ひとまず全部放り込んでおけばいいよね)
夜になる前に何度か物を出し入れして、クロトは時間停止機能があることを確かめていたのだ。全滅させたゴブリンたちの体は腐る心配がないので、面倒な解体作業は後回しにすることに決めた。今は一先ず体を休めたい。
クロトは戦闘を行った場所から少し離れたところにある木に登り、その上で寝ることにする。
(ステータスのチェックは明日の朝でいいか。早く寝ないと明日に響くかもしれないし……)
十分後、クロトは木の葉の陰に隠れるようにして横になり、静かに眠りへと落ちたのだった。
明くる日の早朝。
暖かく眩しい光が、重なり合った葉の間から入り込み、クロトの顔を照らす。
「……んんっ! よく寝た……!」
心地よいそよ風を身に受け、スッキリとした目覚めを迎えたクロトは、朝陽に輝いている森を眺めた。のんびりと地面を見渡すと、草花に朝露らしきものが付着している。
(……よし、とりあえずは昨夜後回しにしたステータスの確認からかな)
だんだんと眠気が覚め、頭がはっきりしてきたところで、「ステータスオープン」と唱えた。
====================
『クロト・ミカゲ』
レベル:35/種族:人間/年齢:17/状態:正常
▼基礎能力値
HP:620/MP:450/筋力:241/防御力:242/魔力:225
速力:294/幸運:15
▼ユニークスキル
《隠密者》――【気配遮断】(熟練度5/5)――【暗殺】(熟練度2/3)
――【魔力遮断】(熟練度5/5)――【魔力隔離】(熟練度2/3)
――【存在遮断】(熟練度3/5)
▼通常スキル
「言語理解4」「索敵6」「探索6」「解析5」
「思考加速6」「格闘術1」「剣術5」「直感3」
「火魔法5」「生活魔法1」「解体2」「アイテムボックス2」
「暗視4」「投擲術3」「身体強化3」
▼スキルポイント 残り9
====================
基礎能力値がゴブリンロードに迫る勢いで大幅に上昇していた。通常スキルもスキルポイントを消費して上げた分を含め、ゴブリン軍団と戦うまでとは段違いになっている。新たなスキルもいつの間にか獲得したようだ。
「投擲術」――物を投げる行動全般をサポートするスキル。
「身体強化」――所持者の身体性能を引き上げるスキル。
(……ん? スキルポイントが意外と多く残っているな。これまでは数レベルアップで1ポイントくらいしか貰えなかったけど……どこかのレベルを超えた時に貰えるポイントの量が増えたと考えていいのかな?)
先の戦闘で使用したスキルポイントと残りのポイントを足すとかなりの数になったため、スキルポイントの入手量は、なんらかの条件によって変化するものと結論づけた。
クロトのこのスキルレベルの上昇具合は、この異世界の基準においては相当に速い部類だ。レベルについても然り。むしろこちらは異常というか、天才級といっていい。異世界に来てクロトの才能が開花した紛れもない証である。
クロトも薄々感じてはいたが、調子に乗ると痛い目に遭いかねないので、深くは考えないようにしている。
(さて、今日はどうしようかな……。ゴブリンたちが、どこから、どういう理由でやって来たのか気になるんだよね……)
朝食に昨夜と同じ火魔法で焼いたファングラビットの肉と、木に実っていた果物を齧りつつ、今日の行動について考える。ちなみに、木の実については「解析5」により毒性などがないことを確認済みだ。
(とりあえず、夜中にゴブリンたちが通ってきた道を逆走してみようかな)
ゴブリンたちの行動理由を推測しようにも何の情報もないので、クロトは最初に閃いたその案を実行することに決めた。
(もしゴブリンの巣があったら……潰してしまおう。また夜襲でもされたら面倒だし。さ、そうと決まれば行動開始だね)
クロトは簡素な朝食を食べ終えると、ユニークスキル《隠密者》を発動し、ゴブリンたちの来た道を遡りはじめる。昨夜、あれだけの集団が一斉に移動して来た道だからか、所々で木の枝が折れ、下草が踏み均されていた。辿って行くのは、そう難しいことではなさそうだ。
クロトが朝の森を歩き始めて、二時間が経過した。
途中で遭遇したファングラビットやゴブリンは、その全てを葬り、アイテムボックスへ仕舞っている。
ユニークスキル《隠密者》による隠密状態から繰り出される一撃はとても強力だ。ここまで、例外なく首の急所に命中させて絶命させた。ゴブリンのような弱い魔物では、背後から忍び寄るクロトに気づくことさえできないらしい。
「……っ!」
クロトは間を置かずに見つけた別のゴブリンに、そっと近づいた。息を殺しながら、ゴブリンのすぐ背後に迫り、敵の首を狙って水平斬りを放つ。
憐れなゴブリンは呆気なく首を落とされ、悲鳴さえ上げられずに倒れ伏した。
ゴブリンの支配種に打ち勝って入手した武器『ゴブリンロードの剣』の切れ味は上々だった。元々弱いゴブリンが相手とはいえ、クロトが首へ剣を一閃させた時、全く抵抗を感じずに切断できたのだ。
(……見つけた。あれがゴブリンの住処だね)
剣についた血を払い、ゴブリンがやって来た方へ歩いて行くと、森の茂みの開けた場所に彼らの住処らしい洞窟を発見した。新手のゴブリンが、その洞窟から出て来る。
クロトはすぐさま近くの丈の高い草むらに身を隠し、洞穴の様子を窺った。
《隠密者》の効果で敵から姿が見えないとはいえ、不測の事態も想定しておかねばならない。
洞穴の入口は二メートルを超えており、ゴブリンロードがギリギリ通れるくらい。昨夜のゴブリンたちの集団が移動した足跡は、その洞穴の内部へ続いている。彼らの出入りが確認された以上、その住処でほぼ間違いないだろう。
素早くクロトは「索敵6」と「探索6」のスキルを使用して、洞穴の中の様子を探った。
(……雑魚ゴブリンが百体、ソルジャーが二十体、アーチャーが二十体、メイジが五体か。それと、正体が分からない未見のゴブリン種が二体居るね……)
クロトは内部に居る敵の数を、一体ずつ丁寧に数えた。スキルの使用によりクロトの頭の中に表示された「探索マップ」は、洞穴の隅々までを脳内へリアルに映している。数え間違えはない。
(合計で百四十七体か。随分と人口、いや、ゴブリン密度が高いね。……?)
クロトは首を傾げて、理解できないという表情をした。
森の中ならば、ほかにも居心地のいい場所はたくさんあるだろうに……。明らかに定員オーバーな洞穴でギュウギュウ詰めになっている状況には違和感を覚えた。
(どうしてもっと広い場所に……ああ、そうか。新たな住居を探し求めていたのが、昨日のゴブリン軍団だったんだね。つまりここは、今のところ仮住まい、ということか)
クロトは、なるほど、と小さく頷いた。昨夜に襲撃を受けた理由について得心がいったのだ。
疑問が一つ解決したところで、茂みの陰から洞窟内の観察を再開する。
クロトはこのゴブリン達を殲滅することにした。
ゴブリンたちを討伐すればレベルが上がる。この世界を生き延びるためには、早いうちに己を強化しておくにこしたことはない。これは一つの好機というものだろう。
(入口からすぐのところに門番のゴブリンが二体居る。こいつらは隠密状態で近づいて屠ればいいか……となると、残る問題は……)
洞窟内のゴブリンたちをどのように殲滅するかが問題である。
(密集しているといっても、一カ所に全て集まっているわけじゃない。そういう奴らは、せいぜい数十体だし、いける、かな……?)
クロトは、下唇の辺りに人差し指を当てて、討伐作戦のシミュレーションをしていく。
今回、基本となる作戦は各個撃破だ。脳内にはマップが表示され続けており、そこから得た情報をもとに、成功する確率の高いプランを導き出す。クロトが思考に集中し始めてから十秒くらい経った。
(……うん。やっぱり、手前側にある部屋から順に片付けていくのが一番安全だよね。別の手段も浮かばないし)
そこでクロトは一瞬、ため息を吐いて天を仰いだ。隠密状態なので見つからないとはいえ、一度「索敵」スキルを打ち切って気持ちを静めようとしたのは、クロトにしては随分と慎重さが欠如している。
(……はぁ。アレさえなければ、ね)
そのアレというのは、憐れな美少女が野蛮なゴブリンたちに襲われかけているという、目と鼻の先の出来事を示していた。
「やめてっ!! 誰かっ、誰か助けてっ!!」
青髪の美少女がゴブリンの巣へ連れ込まれている。
(うん……僕にどうしろと……?)
クロトは、青髪の少女に待ち受ける悲惨な末路を想像し、思わず頭を抱えた。
(いや……本当にどうしよう、これ……?)
クロトはこめかみ辺りを押さえて、眉根を寄せる。その表情は苦悩に満ちていた。助けるべきか非常に迷うところだ。いつもの冷静さを取り戻すため、幾つかの選択肢を思い浮かべてみる。
A:突然この状況を打開する名案が閃く。
B:正義の味方が颯爽と現れ、見事に少女を助け出す。
C:突然隕石が降ってきて、それが洞穴ごと消し飛ばす。従って、助ける必要なし!
D:現実は非情だ。自ら死地に飛び込むことはない。少女を助けることは諦めよう。
(……はぁ。現実逃避はやめよう)
頭の中に浮かんだ選択肢とも言えぬ逃げ口上を投げ捨て、空回りしていた思考を元に戻す。
今この場で早急に決断すべきことは、ゴブリンたちの卑劣な暴力を食い止め、少女の純潔を守るために、危険を顧みない行動を起こすべきかどうか――。そういうことだ。
(助けるか否かで、僕のやるべきことは変わる。どちらを選んでもメリットとデメリットがある……か)
クロトは目を瞑りながら下顎に手を当てて、二つの選択肢がもたらす損得を天秤にかけてみる。
まず前者、助けるという選択をした場合。
仮に少女を救うことができたとしても、大挙したゴブリンたちによって袋叩きに遭いかねない。
少女を助けるには、洞窟の最奥の広間に向かう必要がある。なぜなら、「探索マップ」は少女とゴブリンたちが、洞窟の奥へ一直線に向かっていることを示しているからだ。横に伸びる支道ではない。となると、クロトは必然的に分岐先に居るゴブリンの各個撃破を狙えなくなる。途中にある部屋に寄れる時間がないのだから、当然だ。
少女を力尽くで助ける以上、奥の部屋では間違いなく大騒ぎが起こる。
――すると、どうなるのか?
答えは、クロトの通って来た道が大勢のゴブリンたちで塞がれ、外に出られなくなる、だ。
前と後ろを挟まれては、さすがに《隠密者》を発動していても致命的な事態を招きかねない。
一体一体のゴブリンは瞬殺できる。だが、見ず知らずの少女を助けるために、わざわざそのようなリスクを背負いこむのは如何なものか。
一方で、少女を助けることによるメリットもある。それは、異世界の情報を手に入れられるということだ。
クロトが生き延びていくのに必要な知識が得られる情報提供者は貴重である。かよわき少女を見捨てる道を選ぶのは、ゲームで言えば重要なクエストにおける情報源を失うことにもなりかねない。
もちろん、本心ではゴブリンの安全な殲滅作戦も捨てがたいのだが。
(……決めた。彼女を助けよう。これはゲームじゃないし……やっぱり、情報は欲しいから、ね……)
クロトは閉じていた目を開いて、少女を助ける決心をした。
(それに……迷うくらいなら、寝覚めが良い方を選ぶべきだよね……)
クロトは僅かに苦笑する。元々非常にドライな性格をしているのだが、人の心がないわけではないのだ。
(さて、やることは決まったんだし、もう動こう。あまり時間的な猶予はなさそうだ)
茂みの間で音を立てないように注意しながら、クロトは急いで立ち上がった。周囲を警戒しつつ、洞穴へと近づいて行く。ユニークスキル《隠密者》によって、気配と魔力、存在の隠蔽を続けることも忘れない。
クロトがあれやこれやと首を捻っていたのは、ほんの数秒だ。しかし、その間にも少女はみるみる奥へ運ばれて行く。助けると決めたなら、ただちに行動しなければ取り返しがつかなくなる。
クロトは洞穴の中へ、物音を立てずに侵入した。
(……はっ!)
入口付近の門番ゴブリン二体の背後に回り、ゴブリンロードの剣を首元へ一閃する。その勢いを殺さず、クロトはさらに奥のゴブリンを一瞬で血祭りに上げた。横にいたゴブリンは、何事かと後ろを振り返る。死んだゴブリンが倒れた時に響いた僅かな音に反応したのだ。
だが時既に遅し――。
ゴブリンの行動は予想済みだった。すかさずクロトは返す剣でそのゴブリンの喉笛を切り裂く。
ドス黒い血が頬にかかるのを紙一重でかわし、クロトは左上からの斜め斬りで止めをさす。
喉を潰されたゴブリンは、悲鳴さえ上げられず地にくずおれていく。
クロトはその亡骸を片手で受け止めて、アイテムボックスに仕舞い込む。少しでも音を立てないための配慮だった。最初に倒したゴブリンの死体も、ほかのゴブリンの目につかないように収納する。
それが終わると、クロトは洞窟の奥へ向かって勢いよく駆け出した。グズグズしている暇はない。
クロトは全速力で洞穴内部を駆け抜けていく。その様子はまさに風のごとしだ。足音は一切たっていない。
それは隠密者の技能の一つ【気配遮断】が持つ、特殊性能「忍び足」のおかげである。
行く手を阻むゴブリンたちは、すれ違いざまに首を落として始末していく。
もはや立ち止まっている時間も惜しかった。ここまで来たら、死体は確保せずに放置することに決める。
クロトは十秒ほどで一番奥の空間まで辿り着いた。そして、部屋の中央でゴブリンたちに服を破られながら暴れている青髪の少女を目撃した。
「やめてっ! 私に触らないでっ!!」
少女は悲痛な叫びを上げつつ抵抗を試みているが、両手両足が縛られているため、ほとんど意味をなしていない。体を隠していた衣服はボロボロだった。
クロトの視界に色白の綺麗な肌が飛び込んでくる。少女の剥き出しの太股が、クロトの瞼の裏に焼きついた。破れた服の隙間から覗く白磁のようにきめ細やかな肌を見て、ゴブリンたちは厭らしい笑みを浮かべている。お楽しみの時間が迫っているからだろうか。瞳の奥にギラついた邪悪な欲望を滾らせて、ゴブリンたちが少女の上に覆いかぶさっていく。
「ひっ……!? お願いっ、やめて……やめてくださいっ!!」
少女は怯えた顔を羞恥で赤く染め、懇願の叫び声を漏らす。
だがゴブリンたちにとっては、少女の悲鳴も甘美な雌の誘惑にすぎないらしく、その腕を目の前の獲物から離そうとはしない。
そうして彼らのうちの一体がニヤリと笑い、容赦なく少女の全てを奪い去ろうとした、その時――。
下卑た笑みを浮かべたゴブリンの体が、不自然にビクリと震えた。いつの間にか白目をむいて、口からは汚らしい涎を垂らしている。ゆっくりとその体が斜めに傾ぎ、少女の真横に倒れ込む。そしてそのまま二度と起き上がることはなかった。
「っ、えっ……?」
間一髪のところで助かった少女は、何が起こったのかを把握できず、目を白黒させた。自分を襲いかけていたゴブリンが、どうしたわけか息絶えているのだ。その首と胴体は見事に切り離されている。
「「「グギギッ!?」」」
仲間が殺されたことに気づいた数十体のゴブリンたちは、慌てて辺りを見回し警戒した。だが浮足立っている間にも、次々とゴブリンたちは倒されていく。
広間は、あっという間に阿鼻叫喚の大騒ぎになった。
その騒ぎの元凶であるクロトは、隠密状態でその場に居るゴブリンを休む間もなく屠り続ける。
(危ないタイミングだったね。でも、間に合ってよかった。それで、奥に居る大きなゴブリンは……)
クロトは敵の不意の一撃を浴びないよう、軽快なステップであちらこちらに動き回りつつ、「解析5」を使用した。対象は、奥で部下の混乱を鎮めようとしている一際体格の大きなゴブリンだ。いかにもゴブリンの集団を束ねるリーダー格らしく、右手には剣を、左手には盾を持っている。
=========================
『ゴブリンジェネラル』
レベル:24/種族:妖魔/年齢:不明/状態:正常
▼基礎能力値
HP:500/MP:0/筋力:150/防御力:100
魔力:20/速力:90/幸運:10
▼通常スキル
「剣術6」「盾術3」「統率2」
=========================
能力の長所短所の違いはあるが、ゴブリンナイトに劣らないステータスだった。メイジやソルジャーよりも一段階上位の、言わば『最上位種』だ。レベルは24あり、レベル19までの個体しかいない上位種の区分からも飛び抜けている。決して弱い敵ではなかった。
しかし、今のクロトからすれば大した強さではない。「剣術」では相手の方が優れているが、基礎能力値は、全ての項目においてクロトが勝っている。速力に至っては、数値にして200以上の差があった。
周囲にいた取り巻きのゴブリンたちを殲滅し終えたクロトは、ゴブリンジェネラルの居る方へ疾走する。
数秒後、敵と交錯すると同時に、クロトはジェネラルの右足部分へ潜り込み、横一線の一薙ぎを放った。
「グギャギャッ!?」
突然右足を襲った激痛に、ジェネラルは悲鳴を上げた。その直後、片足を失ったことでバランスを崩し、ジェネラルは右側に倒れていく。
クロトは敵に生じた隙を逃さず追い打ちをかける。ジェネラルの右後方から慎重に狙いをつけ、すぐさまその心臓めがけて鋭い突きを繰り出した。ゴブリン種であれば、およそ同じ位置に心臓がある。クロトはその事実を、これまでのゴブリンとの戦闘で確かめていたのだ。
「グギャッ!!」
クロトの一撃は、狙い違わず心臓部を貫き、ジェネラルを絶命させたのだった。
「ふぅ。これで一息つけそう……には、さすがにならないね」
広間の入口の通路から続々と中へ侵入して来るゴブリンたちに、クロトは辟易とした顔をする。できれば少女を外に連れ出して、一度態勢を立て直してから挑みたかった。だがその希望は叶いそうにない。
(さて、一番後ろに居る人間サイズのゴブリンは……ジェネラルよりも手強そうだね)
クロトは新たな敵を見据え、強敵と判断すると気を引き締め直した。その視線の先には、百を超える集団の最後尾に居る、杖を持った一体のゴブリンの姿があった。
魔術師風のゴブリンは、クロトの眼光を受けとめた後、その顔にうっすらと不敵な笑みを浮かべた。
クロトに迫る敵の数は、百を少し超えるくらいだ。
――状況は最悪。
壁際に追い詰められ、逃げ道を塞がれてしまっている。
おまけに護衛対象が一人いた。体中が傷つき戦意を喪失している青髪の少女だ。クロトは少女のもとへ近づき、彼女を縛る縄を斬るためにしゃがみ込む。同時に、耳元で手早く用件を伝えた。
「一つだけ。何があってもこの場を動かないでね?」
「えっ? あっ、はいっ、分かりました……!」
少女は助けられた時の体勢のまま呆然としていたが、何も聞かず、すぐにクロトの頼みを受け入れた。しかし、その言葉の意図は今一つ掴みかねているようだった。とはいえ、ゴブリンの大群に包囲されている現状では、とにもかくにも自分を救うべく目の前に現れた凄腕の少年の言葉を信じる以外にないだろう。
クロトはここで初めて、その少女の顔を真正面から目にした。
(……っ!? 可愛い……)
少女はとても綺麗で端整な顔立ちをしていた。
艶やかな青い長髪と濡れた同色の瞳。その目元にはうっすらと涙の跡があり、揉みくちゃにされて破れた衣服のあちこちからは乳白色の柔らかそうな肌が覗いている。
乱暴な扱いを受け、肌や衣服は薄汚れていたが、まごうことなき美少女だった。
クロトは青髪の少女の拘束を解きつつも、その身を僅かに硬直させていた。
「……あの? どうかなさいましたか?」
「ん、なんでもないよ。危ないから、ここから動かないようにね」
数瞬の間、少女の姿に釘付けになっていたことに気づき、クロトは慌てて首を横に振った。
ゴブリンが迫って来ている時に何をやっているのかと、自分を戒める。
クロトの様子を見て、俄かに少女の顔に不安が過る。
自分が頼りなく見えてしまったのだろうか。クロトは少女の変化を、そう解釈した。
実際のところ、少女はクロトの身を案じただけだった。しかしクロトは、そんなことを知る由もない。
クロトは自分の心の中に、これまで感じたことのない不思議なざわめきを感じた。
何故か、キュッと胸が締め付けられるような痛み――。
(……なんだろう、この感じは……)
しかし今は、その痛みの原因を追究することよりも、少女を安心させるのが先決だ。
「大丈夫。たとえ何が起きても、必ず僕が、君を守るから」
クロトは少し微笑みながら、何でもないことのように、そう言葉を紡いだ。
「……ッ!? ……ッッ!?」
少女の顔がみるみるうちに赤くなる。彼女は自由になった手足をバタバタさせながら何か言葉を発しようとしていたが、上手くいかないようだ。
直感のスキルレベルと、それがもたらす効果の関係についてはまだ不明な点が残るので、この戦いが終わったら、じっくり考えることにしよう。クロトは一人合点し、ロードの動きを観察する。
ロードは怒り狂い、己の付近に潜んでいると思われるクロトめがけて、闇雲に剣を振り回し始めた。
しかしクロトは、その力任せの連撃を平然とひょいひょい避けながら、ロードの腕や足、腹部などの至るところへ的確な攻撃をヒットさせつつ、着実に相手の命を削り取っていく。ロードはむやみやたらと剣を振り続けているが、冷静に剣の軌道を見極められるクロトには掠りもしない。
一対一での戦闘開始から十分が経った頃、とうとうロードは力尽き、地に倒れ伏したのであった。
(なんとかなったね。ほぼ戦略通りにいって良かった……)
クロトは一息ついて、辺りに倒れているゴブリンたちをアイテムボックスへ仕舞い込んだ。用途はまだ決めていなかったが、ここがファンタジーの世界なら後で何かの役に立つこともあるだろう。それからロードの使っていた剣も忘れずに回収する。
(この剣、サイズ的に悪くないし、僕にも使えそうだね)
剣を手に持って刀身をしげしげと眺めながら、「これが一番の戦利品だな」と満足感に浸る。
(アイテムボックス内の時間は止まっているようだから、妖魔たちの解体は後回しにして、ひとまず全部放り込んでおけばいいよね)
夜になる前に何度か物を出し入れして、クロトは時間停止機能があることを確かめていたのだ。全滅させたゴブリンたちの体は腐る心配がないので、面倒な解体作業は後回しにすることに決めた。今は一先ず体を休めたい。
クロトは戦闘を行った場所から少し離れたところにある木に登り、その上で寝ることにする。
(ステータスのチェックは明日の朝でいいか。早く寝ないと明日に響くかもしれないし……)
十分後、クロトは木の葉の陰に隠れるようにして横になり、静かに眠りへと落ちたのだった。
明くる日の早朝。
暖かく眩しい光が、重なり合った葉の間から入り込み、クロトの顔を照らす。
「……んんっ! よく寝た……!」
心地よいそよ風を身に受け、スッキリとした目覚めを迎えたクロトは、朝陽に輝いている森を眺めた。のんびりと地面を見渡すと、草花に朝露らしきものが付着している。
(……よし、とりあえずは昨夜後回しにしたステータスの確認からかな)
だんだんと眠気が覚め、頭がはっきりしてきたところで、「ステータスオープン」と唱えた。
====================
『クロト・ミカゲ』
レベル:35/種族:人間/年齢:17/状態:正常
▼基礎能力値
HP:620/MP:450/筋力:241/防御力:242/魔力:225
速力:294/幸運:15
▼ユニークスキル
《隠密者》――【気配遮断】(熟練度5/5)――【暗殺】(熟練度2/3)
――【魔力遮断】(熟練度5/5)――【魔力隔離】(熟練度2/3)
――【存在遮断】(熟練度3/5)
▼通常スキル
「言語理解4」「索敵6」「探索6」「解析5」
「思考加速6」「格闘術1」「剣術5」「直感3」
「火魔法5」「生活魔法1」「解体2」「アイテムボックス2」
「暗視4」「投擲術3」「身体強化3」
▼スキルポイント 残り9
====================
基礎能力値がゴブリンロードに迫る勢いで大幅に上昇していた。通常スキルもスキルポイントを消費して上げた分を含め、ゴブリン軍団と戦うまでとは段違いになっている。新たなスキルもいつの間にか獲得したようだ。
「投擲術」――物を投げる行動全般をサポートするスキル。
「身体強化」――所持者の身体性能を引き上げるスキル。
(……ん? スキルポイントが意外と多く残っているな。これまでは数レベルアップで1ポイントくらいしか貰えなかったけど……どこかのレベルを超えた時に貰えるポイントの量が増えたと考えていいのかな?)
先の戦闘で使用したスキルポイントと残りのポイントを足すとかなりの数になったため、スキルポイントの入手量は、なんらかの条件によって変化するものと結論づけた。
クロトのこのスキルレベルの上昇具合は、この異世界の基準においては相当に速い部類だ。レベルについても然り。むしろこちらは異常というか、天才級といっていい。異世界に来てクロトの才能が開花した紛れもない証である。
クロトも薄々感じてはいたが、調子に乗ると痛い目に遭いかねないので、深くは考えないようにしている。
(さて、今日はどうしようかな……。ゴブリンたちが、どこから、どういう理由でやって来たのか気になるんだよね……)
朝食に昨夜と同じ火魔法で焼いたファングラビットの肉と、木に実っていた果物を齧りつつ、今日の行動について考える。ちなみに、木の実については「解析5」により毒性などがないことを確認済みだ。
(とりあえず、夜中にゴブリンたちが通ってきた道を逆走してみようかな)
ゴブリンたちの行動理由を推測しようにも何の情報もないので、クロトは最初に閃いたその案を実行することに決めた。
(もしゴブリンの巣があったら……潰してしまおう。また夜襲でもされたら面倒だし。さ、そうと決まれば行動開始だね)
クロトは簡素な朝食を食べ終えると、ユニークスキル《隠密者》を発動し、ゴブリンたちの来た道を遡りはじめる。昨夜、あれだけの集団が一斉に移動して来た道だからか、所々で木の枝が折れ、下草が踏み均されていた。辿って行くのは、そう難しいことではなさそうだ。
クロトが朝の森を歩き始めて、二時間が経過した。
途中で遭遇したファングラビットやゴブリンは、その全てを葬り、アイテムボックスへ仕舞っている。
ユニークスキル《隠密者》による隠密状態から繰り出される一撃はとても強力だ。ここまで、例外なく首の急所に命中させて絶命させた。ゴブリンのような弱い魔物では、背後から忍び寄るクロトに気づくことさえできないらしい。
「……っ!」
クロトは間を置かずに見つけた別のゴブリンに、そっと近づいた。息を殺しながら、ゴブリンのすぐ背後に迫り、敵の首を狙って水平斬りを放つ。
憐れなゴブリンは呆気なく首を落とされ、悲鳴さえ上げられずに倒れ伏した。
ゴブリンの支配種に打ち勝って入手した武器『ゴブリンロードの剣』の切れ味は上々だった。元々弱いゴブリンが相手とはいえ、クロトが首へ剣を一閃させた時、全く抵抗を感じずに切断できたのだ。
(……見つけた。あれがゴブリンの住処だね)
剣についた血を払い、ゴブリンがやって来た方へ歩いて行くと、森の茂みの開けた場所に彼らの住処らしい洞窟を発見した。新手のゴブリンが、その洞窟から出て来る。
クロトはすぐさま近くの丈の高い草むらに身を隠し、洞穴の様子を窺った。
《隠密者》の効果で敵から姿が見えないとはいえ、不測の事態も想定しておかねばならない。
洞穴の入口は二メートルを超えており、ゴブリンロードがギリギリ通れるくらい。昨夜のゴブリンたちの集団が移動した足跡は、その洞穴の内部へ続いている。彼らの出入りが確認された以上、その住処でほぼ間違いないだろう。
素早くクロトは「索敵6」と「探索6」のスキルを使用して、洞穴の中の様子を探った。
(……雑魚ゴブリンが百体、ソルジャーが二十体、アーチャーが二十体、メイジが五体か。それと、正体が分からない未見のゴブリン種が二体居るね……)
クロトは内部に居る敵の数を、一体ずつ丁寧に数えた。スキルの使用によりクロトの頭の中に表示された「探索マップ」は、洞穴の隅々までを脳内へリアルに映している。数え間違えはない。
(合計で百四十七体か。随分と人口、いや、ゴブリン密度が高いね。……?)
クロトは首を傾げて、理解できないという表情をした。
森の中ならば、ほかにも居心地のいい場所はたくさんあるだろうに……。明らかに定員オーバーな洞穴でギュウギュウ詰めになっている状況には違和感を覚えた。
(どうしてもっと広い場所に……ああ、そうか。新たな住居を探し求めていたのが、昨日のゴブリン軍団だったんだね。つまりここは、今のところ仮住まい、ということか)
クロトは、なるほど、と小さく頷いた。昨夜に襲撃を受けた理由について得心がいったのだ。
疑問が一つ解決したところで、茂みの陰から洞窟内の観察を再開する。
クロトはこのゴブリン達を殲滅することにした。
ゴブリンたちを討伐すればレベルが上がる。この世界を生き延びるためには、早いうちに己を強化しておくにこしたことはない。これは一つの好機というものだろう。
(入口からすぐのところに門番のゴブリンが二体居る。こいつらは隠密状態で近づいて屠ればいいか……となると、残る問題は……)
洞窟内のゴブリンたちをどのように殲滅するかが問題である。
(密集しているといっても、一カ所に全て集まっているわけじゃない。そういう奴らは、せいぜい数十体だし、いける、かな……?)
クロトは、下唇の辺りに人差し指を当てて、討伐作戦のシミュレーションをしていく。
今回、基本となる作戦は各個撃破だ。脳内にはマップが表示され続けており、そこから得た情報をもとに、成功する確率の高いプランを導き出す。クロトが思考に集中し始めてから十秒くらい経った。
(……うん。やっぱり、手前側にある部屋から順に片付けていくのが一番安全だよね。別の手段も浮かばないし)
そこでクロトは一瞬、ため息を吐いて天を仰いだ。隠密状態なので見つからないとはいえ、一度「索敵」スキルを打ち切って気持ちを静めようとしたのは、クロトにしては随分と慎重さが欠如している。
(……はぁ。アレさえなければ、ね)
そのアレというのは、憐れな美少女が野蛮なゴブリンたちに襲われかけているという、目と鼻の先の出来事を示していた。
「やめてっ!! 誰かっ、誰か助けてっ!!」
青髪の美少女がゴブリンの巣へ連れ込まれている。
(うん……僕にどうしろと……?)
クロトは、青髪の少女に待ち受ける悲惨な末路を想像し、思わず頭を抱えた。
(いや……本当にどうしよう、これ……?)
クロトはこめかみ辺りを押さえて、眉根を寄せる。その表情は苦悩に満ちていた。助けるべきか非常に迷うところだ。いつもの冷静さを取り戻すため、幾つかの選択肢を思い浮かべてみる。
A:突然この状況を打開する名案が閃く。
B:正義の味方が颯爽と現れ、見事に少女を助け出す。
C:突然隕石が降ってきて、それが洞穴ごと消し飛ばす。従って、助ける必要なし!
D:現実は非情だ。自ら死地に飛び込むことはない。少女を助けることは諦めよう。
(……はぁ。現実逃避はやめよう)
頭の中に浮かんだ選択肢とも言えぬ逃げ口上を投げ捨て、空回りしていた思考を元に戻す。
今この場で早急に決断すべきことは、ゴブリンたちの卑劣な暴力を食い止め、少女の純潔を守るために、危険を顧みない行動を起こすべきかどうか――。そういうことだ。
(助けるか否かで、僕のやるべきことは変わる。どちらを選んでもメリットとデメリットがある……か)
クロトは目を瞑りながら下顎に手を当てて、二つの選択肢がもたらす損得を天秤にかけてみる。
まず前者、助けるという選択をした場合。
仮に少女を救うことができたとしても、大挙したゴブリンたちによって袋叩きに遭いかねない。
少女を助けるには、洞窟の最奥の広間に向かう必要がある。なぜなら、「探索マップ」は少女とゴブリンたちが、洞窟の奥へ一直線に向かっていることを示しているからだ。横に伸びる支道ではない。となると、クロトは必然的に分岐先に居るゴブリンの各個撃破を狙えなくなる。途中にある部屋に寄れる時間がないのだから、当然だ。
少女を力尽くで助ける以上、奥の部屋では間違いなく大騒ぎが起こる。
――すると、どうなるのか?
答えは、クロトの通って来た道が大勢のゴブリンたちで塞がれ、外に出られなくなる、だ。
前と後ろを挟まれては、さすがに《隠密者》を発動していても致命的な事態を招きかねない。
一体一体のゴブリンは瞬殺できる。だが、見ず知らずの少女を助けるために、わざわざそのようなリスクを背負いこむのは如何なものか。
一方で、少女を助けることによるメリットもある。それは、異世界の情報を手に入れられるということだ。
クロトが生き延びていくのに必要な知識が得られる情報提供者は貴重である。かよわき少女を見捨てる道を選ぶのは、ゲームで言えば重要なクエストにおける情報源を失うことにもなりかねない。
もちろん、本心ではゴブリンの安全な殲滅作戦も捨てがたいのだが。
(……決めた。彼女を助けよう。これはゲームじゃないし……やっぱり、情報は欲しいから、ね……)
クロトは閉じていた目を開いて、少女を助ける決心をした。
(それに……迷うくらいなら、寝覚めが良い方を選ぶべきだよね……)
クロトは僅かに苦笑する。元々非常にドライな性格をしているのだが、人の心がないわけではないのだ。
(さて、やることは決まったんだし、もう動こう。あまり時間的な猶予はなさそうだ)
茂みの間で音を立てないように注意しながら、クロトは急いで立ち上がった。周囲を警戒しつつ、洞穴へと近づいて行く。ユニークスキル《隠密者》によって、気配と魔力、存在の隠蔽を続けることも忘れない。
クロトがあれやこれやと首を捻っていたのは、ほんの数秒だ。しかし、その間にも少女はみるみる奥へ運ばれて行く。助けると決めたなら、ただちに行動しなければ取り返しがつかなくなる。
クロトは洞穴の中へ、物音を立てずに侵入した。
(……はっ!)
入口付近の門番ゴブリン二体の背後に回り、ゴブリンロードの剣を首元へ一閃する。その勢いを殺さず、クロトはさらに奥のゴブリンを一瞬で血祭りに上げた。横にいたゴブリンは、何事かと後ろを振り返る。死んだゴブリンが倒れた時に響いた僅かな音に反応したのだ。
だが時既に遅し――。
ゴブリンの行動は予想済みだった。すかさずクロトは返す剣でそのゴブリンの喉笛を切り裂く。
ドス黒い血が頬にかかるのを紙一重でかわし、クロトは左上からの斜め斬りで止めをさす。
喉を潰されたゴブリンは、悲鳴さえ上げられず地にくずおれていく。
クロトはその亡骸を片手で受け止めて、アイテムボックスに仕舞い込む。少しでも音を立てないための配慮だった。最初に倒したゴブリンの死体も、ほかのゴブリンの目につかないように収納する。
それが終わると、クロトは洞窟の奥へ向かって勢いよく駆け出した。グズグズしている暇はない。
クロトは全速力で洞穴内部を駆け抜けていく。その様子はまさに風のごとしだ。足音は一切たっていない。
それは隠密者の技能の一つ【気配遮断】が持つ、特殊性能「忍び足」のおかげである。
行く手を阻むゴブリンたちは、すれ違いざまに首を落として始末していく。
もはや立ち止まっている時間も惜しかった。ここまで来たら、死体は確保せずに放置することに決める。
クロトは十秒ほどで一番奥の空間まで辿り着いた。そして、部屋の中央でゴブリンたちに服を破られながら暴れている青髪の少女を目撃した。
「やめてっ! 私に触らないでっ!!」
少女は悲痛な叫びを上げつつ抵抗を試みているが、両手両足が縛られているため、ほとんど意味をなしていない。体を隠していた衣服はボロボロだった。
クロトの視界に色白の綺麗な肌が飛び込んでくる。少女の剥き出しの太股が、クロトの瞼の裏に焼きついた。破れた服の隙間から覗く白磁のようにきめ細やかな肌を見て、ゴブリンたちは厭らしい笑みを浮かべている。お楽しみの時間が迫っているからだろうか。瞳の奥にギラついた邪悪な欲望を滾らせて、ゴブリンたちが少女の上に覆いかぶさっていく。
「ひっ……!? お願いっ、やめて……やめてくださいっ!!」
少女は怯えた顔を羞恥で赤く染め、懇願の叫び声を漏らす。
だがゴブリンたちにとっては、少女の悲鳴も甘美な雌の誘惑にすぎないらしく、その腕を目の前の獲物から離そうとはしない。
そうして彼らのうちの一体がニヤリと笑い、容赦なく少女の全てを奪い去ろうとした、その時――。
下卑た笑みを浮かべたゴブリンの体が、不自然にビクリと震えた。いつの間にか白目をむいて、口からは汚らしい涎を垂らしている。ゆっくりとその体が斜めに傾ぎ、少女の真横に倒れ込む。そしてそのまま二度と起き上がることはなかった。
「っ、えっ……?」
間一髪のところで助かった少女は、何が起こったのかを把握できず、目を白黒させた。自分を襲いかけていたゴブリンが、どうしたわけか息絶えているのだ。その首と胴体は見事に切り離されている。
「「「グギギッ!?」」」
仲間が殺されたことに気づいた数十体のゴブリンたちは、慌てて辺りを見回し警戒した。だが浮足立っている間にも、次々とゴブリンたちは倒されていく。
広間は、あっという間に阿鼻叫喚の大騒ぎになった。
その騒ぎの元凶であるクロトは、隠密状態でその場に居るゴブリンを休む間もなく屠り続ける。
(危ないタイミングだったね。でも、間に合ってよかった。それで、奥に居る大きなゴブリンは……)
クロトは敵の不意の一撃を浴びないよう、軽快なステップであちらこちらに動き回りつつ、「解析5」を使用した。対象は、奥で部下の混乱を鎮めようとしている一際体格の大きなゴブリンだ。いかにもゴブリンの集団を束ねるリーダー格らしく、右手には剣を、左手には盾を持っている。
=========================
『ゴブリンジェネラル』
レベル:24/種族:妖魔/年齢:不明/状態:正常
▼基礎能力値
HP:500/MP:0/筋力:150/防御力:100
魔力:20/速力:90/幸運:10
▼通常スキル
「剣術6」「盾術3」「統率2」
=========================
能力の長所短所の違いはあるが、ゴブリンナイトに劣らないステータスだった。メイジやソルジャーよりも一段階上位の、言わば『最上位種』だ。レベルは24あり、レベル19までの個体しかいない上位種の区分からも飛び抜けている。決して弱い敵ではなかった。
しかし、今のクロトからすれば大した強さではない。「剣術」では相手の方が優れているが、基礎能力値は、全ての項目においてクロトが勝っている。速力に至っては、数値にして200以上の差があった。
周囲にいた取り巻きのゴブリンたちを殲滅し終えたクロトは、ゴブリンジェネラルの居る方へ疾走する。
数秒後、敵と交錯すると同時に、クロトはジェネラルの右足部分へ潜り込み、横一線の一薙ぎを放った。
「グギャギャッ!?」
突然右足を襲った激痛に、ジェネラルは悲鳴を上げた。その直後、片足を失ったことでバランスを崩し、ジェネラルは右側に倒れていく。
クロトは敵に生じた隙を逃さず追い打ちをかける。ジェネラルの右後方から慎重に狙いをつけ、すぐさまその心臓めがけて鋭い突きを繰り出した。ゴブリン種であれば、およそ同じ位置に心臓がある。クロトはその事実を、これまでのゴブリンとの戦闘で確かめていたのだ。
「グギャッ!!」
クロトの一撃は、狙い違わず心臓部を貫き、ジェネラルを絶命させたのだった。
「ふぅ。これで一息つけそう……には、さすがにならないね」
広間の入口の通路から続々と中へ侵入して来るゴブリンたちに、クロトは辟易とした顔をする。できれば少女を外に連れ出して、一度態勢を立て直してから挑みたかった。だがその希望は叶いそうにない。
(さて、一番後ろに居る人間サイズのゴブリンは……ジェネラルよりも手強そうだね)
クロトは新たな敵を見据え、強敵と判断すると気を引き締め直した。その視線の先には、百を超える集団の最後尾に居る、杖を持った一体のゴブリンの姿があった。
魔術師風のゴブリンは、クロトの眼光を受けとめた後、その顔にうっすらと不敵な笑みを浮かべた。
クロトに迫る敵の数は、百を少し超えるくらいだ。
――状況は最悪。
壁際に追い詰められ、逃げ道を塞がれてしまっている。
おまけに護衛対象が一人いた。体中が傷つき戦意を喪失している青髪の少女だ。クロトは少女のもとへ近づき、彼女を縛る縄を斬るためにしゃがみ込む。同時に、耳元で手早く用件を伝えた。
「一つだけ。何があってもこの場を動かないでね?」
「えっ? あっ、はいっ、分かりました……!」
少女は助けられた時の体勢のまま呆然としていたが、何も聞かず、すぐにクロトの頼みを受け入れた。しかし、その言葉の意図は今一つ掴みかねているようだった。とはいえ、ゴブリンの大群に包囲されている現状では、とにもかくにも自分を救うべく目の前に現れた凄腕の少年の言葉を信じる以外にないだろう。
クロトはここで初めて、その少女の顔を真正面から目にした。
(……っ!? 可愛い……)
少女はとても綺麗で端整な顔立ちをしていた。
艶やかな青い長髪と濡れた同色の瞳。その目元にはうっすらと涙の跡があり、揉みくちゃにされて破れた衣服のあちこちからは乳白色の柔らかそうな肌が覗いている。
乱暴な扱いを受け、肌や衣服は薄汚れていたが、まごうことなき美少女だった。
クロトは青髪の少女の拘束を解きつつも、その身を僅かに硬直させていた。
「……あの? どうかなさいましたか?」
「ん、なんでもないよ。危ないから、ここから動かないようにね」
数瞬の間、少女の姿に釘付けになっていたことに気づき、クロトは慌てて首を横に振った。
ゴブリンが迫って来ている時に何をやっているのかと、自分を戒める。
クロトの様子を見て、俄かに少女の顔に不安が過る。
自分が頼りなく見えてしまったのだろうか。クロトは少女の変化を、そう解釈した。
実際のところ、少女はクロトの身を案じただけだった。しかしクロトは、そんなことを知る由もない。
クロトは自分の心の中に、これまで感じたことのない不思議なざわめきを感じた。
何故か、キュッと胸が締め付けられるような痛み――。
(……なんだろう、この感じは……)
しかし今は、その痛みの原因を追究することよりも、少女を安心させるのが先決だ。
「大丈夫。たとえ何が起きても、必ず僕が、君を守るから」
クロトは少し微笑みながら、何でもないことのように、そう言葉を紡いだ。
「……ッ!? ……ッッ!?」
少女の顔がみるみるうちに赤くなる。彼女は自由になった手足をバタバタさせながら何か言葉を発しようとしていたが、上手くいかないようだ。
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