1 / 11
ゴミ漁りとシーフのグリス
しおりを挟む
王都の塀の外には木造の小さな家が密集しているダイロ地区に俺の家はある。一人がやっと通れる道を進み2階建ての家の真裏にある犬小屋のような我が家は人一人が寝るには充分だった。
職業はシーフ、盗人を意味する。駆け出しの冒険者を辞めてシーフに転職したのは、地下ダンジョンでゴブリンにボコボコにされた挙句、衣服を脱がされ全裸で放置された。
全裸の俺は地下ダンジョンで隠れながら冒険者達の装備を盗み地下ダンジョンを脱出した時にシーフとして能力の高さを自覚して転職。
以後、盗みの能力はあまり開花せず今に至る。
結局のところ無能。ゴミ漁りをして冒険者が落とした装備や食べ物を探す日々。
昼間は寝て、夜を待ち夜に動き始める。
無能と言ったが、夜目がきくようになった。
唯一能力が伸びたのは目ではないだろうか。
喉仏まで伸びていた無精髭を擦り、起き上がるとナイフを腰に隠しボロ切れのローブのフードを頭まですっぽり隠し家を出た。
久しぶりに酒場に行く。酒場裏の細い路地にあるゴミ溜めの残飯を漁る。
ところが今日に限って先客がいた。
服は体に布一枚羽織った薄着姿で、華奢な体。中腰の姿勢で必死にゴミを漁る姿。
子どもか……
立ち去ろうとした時、月明かりに照らされた横顔を見て俺の目と口は徐々に大きく開き、脈が早くなった。
若い女だ。それもかなり綺麗な。
美しい女を見るのは久しい。
ここダイロ地区の美の基準は俺の美の基準とかけ離れている。
太っていて、眉毛が濃く、体毛が多い女が美しいとされ、俺の目の前でゴミ漁りをしている細く小顔で眉毛と体毛の薄い女は美しさに欠けているという評価基準で、街は肥えた女が大多数だった。
密を求める虫の様に俺の足は自然に前に出ていた。
女が俺に気付いて振り返った。
女は逃げる訳でもなく、驚きもせず再びゴミ漁りを始めた。
「食べ物を探しているのか?」
俺の問いかけに女は手を止めて、腰まで伸びた長い艶のない黒髪を左右に分けて顔を出して俺を見た。
高い鼻筋に大きな目には鋭さもあった。
薄い唇が少し開く。
「貴方は?」
「俺は食べ物を探してゴミ溜めに来たら君がいた」
「私はイーディン」
「俺はグリス」
「グリス……私も食べ物が欲しい」
「そうか。手伝うよ」
「ありがとう。さぁ、こっちに来て」
知らない男に動じることもなく落ち着いた声をしていた。
しばらく横でゴミ溜めを漁っていたがイーディンのゴミ漁りは下手だった。手当り次第という感じで道にはゴミが散乱している。
俺はある程度目星をつけて漁る。道は汚れることもなく、見つかりやすい。
少し手伝っただけでイーディンの5倍は食べ物を見つける事ができた。
イーグワスの丸焼きの尻尾。
タゴマの蒸し焼きの残飯。
アスリンの酒漬けパイ等……。
「グリスはすごい。こんなに美味しい食べ物を見つけることができる」
目を輝かせ、満面の笑みで喜び、俺が見つけた食べ物を頬張るイーディンの顔に俺も思わず笑顔になった。それに何より褒められたことが嬉しい。
成人してギルドで冒険者登録して辞めて、シーフになって今まで褒められたことなんて一度もなかった。
「グリス?」
気付いた時には俺は泣いていた。
大粒の涙が食べ物に落ちる。
その日暮らしの残飯漁りなんて過去の自分から見れば今の生活を想像できただろうか。
ゴミ漁りに慣れて辛さを忘れ、今の生活に馴染み……。
イーディンに褒められたことで馴染みすぎて知らず知らずの内に忘れていた劣等感や背徳心に食べ物を買って生活ができていた頃を思い出して一気に思い出して爆発した。
「泣かないで」
諭され、優しく顔についた涙を手で拭ってくれた。
「ありがとう」
「悪いこと言った?」
「そうじゃない。イーディンの言葉が嬉しくて泣いてしまった。君は悪くない」
イーディンの顔が急にパッと明るくなり飛んで無邪気に喜んだ。
「私は悪くない!そう!私は悪くない!」
子どものような無邪気さに呆気にとられた俺の手を掴み一緒に飛び上がるように手を上下に振った。
一緒に跳ねて喜んでいると酒場から出てきた店主と目が合った。
「貴様ら残飯漁りか!道を汚すなー!」
真っ赤な顔で走ってきた店主に俺はイーディンの手を握り路地を走って逃げた。
路地を抜ける頃には店主は追って来なくなり、2階建ての石造りの建物が並ぶ大通りを歩いて落ちている靴や服を盗みイーディンに着せた。
靴を履いて足が痛くなくなったのか、夜の街中を二人で走り回った。
途中、ゴミ漁りをしつつ食料を調達し、ダイロ地区の端の4階建て相当の高さを誇る誰も居ない物見櫓に侵入して残飯を食べた。
「グリスといると楽しい」
「そうか?俺もイーディンが喜ぶ姿が見れて楽しい。そろそろかな……」
ダイロ地区はハーケイン王国の東の端に位置する。肥沃な大地と遠くに雪で白くなった山脈が連なる。山脈から肥沃な大地を照らす朝日が昇り街を照らし、その光は俺とイーディンの顔を赤く染めた。
「うわー。すごい!グリス、私初めて見た。こんな綺麗な景色」
頬を赤くして喜ぶイーディンに初めて守りたいと思える存在ができたことを意識した。
「すごく綺麗だろう。俺は此処から毎朝この景色を眺めているんだ。イーディンも毎日見に来ないか?」
「毎日見たい!私はずっとグリスといる!」
運命だろうか。突然の出会いから急激に仲良くなれるだろうか。
イーディンは真っ直ぐな性格だろう。
感じたまま喜び、猜疑心さえも感じさせず気持ちを伝えてくる。
イーディンをもっと喜ばせたい。豊かにさせたい。それに強くなりたい、金持ちになりたい……忘れていた希望の感情が沸き上がる感覚が全身にみなぎる。
「俺もイーディンと一緒にいる」
この時、俺はまだ知らない。
隣にいる女が幻覚の魔女イーディンであることを。
職業はシーフ、盗人を意味する。駆け出しの冒険者を辞めてシーフに転職したのは、地下ダンジョンでゴブリンにボコボコにされた挙句、衣服を脱がされ全裸で放置された。
全裸の俺は地下ダンジョンで隠れながら冒険者達の装備を盗み地下ダンジョンを脱出した時にシーフとして能力の高さを自覚して転職。
以後、盗みの能力はあまり開花せず今に至る。
結局のところ無能。ゴミ漁りをして冒険者が落とした装備や食べ物を探す日々。
昼間は寝て、夜を待ち夜に動き始める。
無能と言ったが、夜目がきくようになった。
唯一能力が伸びたのは目ではないだろうか。
喉仏まで伸びていた無精髭を擦り、起き上がるとナイフを腰に隠しボロ切れのローブのフードを頭まですっぽり隠し家を出た。
久しぶりに酒場に行く。酒場裏の細い路地にあるゴミ溜めの残飯を漁る。
ところが今日に限って先客がいた。
服は体に布一枚羽織った薄着姿で、華奢な体。中腰の姿勢で必死にゴミを漁る姿。
子どもか……
立ち去ろうとした時、月明かりに照らされた横顔を見て俺の目と口は徐々に大きく開き、脈が早くなった。
若い女だ。それもかなり綺麗な。
美しい女を見るのは久しい。
ここダイロ地区の美の基準は俺の美の基準とかけ離れている。
太っていて、眉毛が濃く、体毛が多い女が美しいとされ、俺の目の前でゴミ漁りをしている細く小顔で眉毛と体毛の薄い女は美しさに欠けているという評価基準で、街は肥えた女が大多数だった。
密を求める虫の様に俺の足は自然に前に出ていた。
女が俺に気付いて振り返った。
女は逃げる訳でもなく、驚きもせず再びゴミ漁りを始めた。
「食べ物を探しているのか?」
俺の問いかけに女は手を止めて、腰まで伸びた長い艶のない黒髪を左右に分けて顔を出して俺を見た。
高い鼻筋に大きな目には鋭さもあった。
薄い唇が少し開く。
「貴方は?」
「俺は食べ物を探してゴミ溜めに来たら君がいた」
「私はイーディン」
「俺はグリス」
「グリス……私も食べ物が欲しい」
「そうか。手伝うよ」
「ありがとう。さぁ、こっちに来て」
知らない男に動じることもなく落ち着いた声をしていた。
しばらく横でゴミ溜めを漁っていたがイーディンのゴミ漁りは下手だった。手当り次第という感じで道にはゴミが散乱している。
俺はある程度目星をつけて漁る。道は汚れることもなく、見つかりやすい。
少し手伝っただけでイーディンの5倍は食べ物を見つける事ができた。
イーグワスの丸焼きの尻尾。
タゴマの蒸し焼きの残飯。
アスリンの酒漬けパイ等……。
「グリスはすごい。こんなに美味しい食べ物を見つけることができる」
目を輝かせ、満面の笑みで喜び、俺が見つけた食べ物を頬張るイーディンの顔に俺も思わず笑顔になった。それに何より褒められたことが嬉しい。
成人してギルドで冒険者登録して辞めて、シーフになって今まで褒められたことなんて一度もなかった。
「グリス?」
気付いた時には俺は泣いていた。
大粒の涙が食べ物に落ちる。
その日暮らしの残飯漁りなんて過去の自分から見れば今の生活を想像できただろうか。
ゴミ漁りに慣れて辛さを忘れ、今の生活に馴染み……。
イーディンに褒められたことで馴染みすぎて知らず知らずの内に忘れていた劣等感や背徳心に食べ物を買って生活ができていた頃を思い出して一気に思い出して爆発した。
「泣かないで」
諭され、優しく顔についた涙を手で拭ってくれた。
「ありがとう」
「悪いこと言った?」
「そうじゃない。イーディンの言葉が嬉しくて泣いてしまった。君は悪くない」
イーディンの顔が急にパッと明るくなり飛んで無邪気に喜んだ。
「私は悪くない!そう!私は悪くない!」
子どものような無邪気さに呆気にとられた俺の手を掴み一緒に飛び上がるように手を上下に振った。
一緒に跳ねて喜んでいると酒場から出てきた店主と目が合った。
「貴様ら残飯漁りか!道を汚すなー!」
真っ赤な顔で走ってきた店主に俺はイーディンの手を握り路地を走って逃げた。
路地を抜ける頃には店主は追って来なくなり、2階建ての石造りの建物が並ぶ大通りを歩いて落ちている靴や服を盗みイーディンに着せた。
靴を履いて足が痛くなくなったのか、夜の街中を二人で走り回った。
途中、ゴミ漁りをしつつ食料を調達し、ダイロ地区の端の4階建て相当の高さを誇る誰も居ない物見櫓に侵入して残飯を食べた。
「グリスといると楽しい」
「そうか?俺もイーディンが喜ぶ姿が見れて楽しい。そろそろかな……」
ダイロ地区はハーケイン王国の東の端に位置する。肥沃な大地と遠くに雪で白くなった山脈が連なる。山脈から肥沃な大地を照らす朝日が昇り街を照らし、その光は俺とイーディンの顔を赤く染めた。
「うわー。すごい!グリス、私初めて見た。こんな綺麗な景色」
頬を赤くして喜ぶイーディンに初めて守りたいと思える存在ができたことを意識した。
「すごく綺麗だろう。俺は此処から毎朝この景色を眺めているんだ。イーディンも毎日見に来ないか?」
「毎日見たい!私はずっとグリスといる!」
運命だろうか。突然の出会いから急激に仲良くなれるだろうか。
イーディンは真っ直ぐな性格だろう。
感じたまま喜び、猜疑心さえも感じさせず気持ちを伝えてくる。
イーディンをもっと喜ばせたい。豊かにさせたい。それに強くなりたい、金持ちになりたい……忘れていた希望の感情が沸き上がる感覚が全身にみなぎる。
「俺もイーディンと一緒にいる」
この時、俺はまだ知らない。
隣にいる女が幻覚の魔女イーディンであることを。
0
あなたにおすすめの小説
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【短編】子猫をもふもふしませんか?〜転生したら、子猫でした。私が国を救う!
碧井 汐桜香
ファンタジー
子猫の私は、おかあさんと兄弟たちと“かいぬし”に怯えながら、過ごしている。ところが、「柄が悪い」という理由で捨てられ、絶体絶命の大ピンチ。そんなときに、陛下と呼ばれる人間たちに助けられた。連れていかれた先は、王城だった!?
「伝わって! よく見てこれ! 後ろから攻められたら終わるでしょ!?」前世の知識を使って、私は国を救う。
そんなとき、“かいぬし”が猫グッズを売りにきた。絶対に許さないにゃ!
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
ありふれた聖女のざまぁ
雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。
異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが…
「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」
「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」
※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー
みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。
魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。
人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。
そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。
物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる