ハイソルジャー・ファイル

蛙杖平八

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ある宿場町の事例

ある宿場町のケース 4

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片腕のない宇宙人の人形が立っている。

一本しかないその腕にはショットガンが握られている。

器用に腕を振るとショットガンが指先を軸に回転運動をする。

ガシャっと音を立てて排莢と再装填を済ませると床に転がる同胞に近付いて片膝をつく。

“943618よ。 この人間は我の獲物だ”

そう言うと肩から一本のロボットアームを伸ばして、動かなくなった“943618”と呼ばれた宇宙人の人形(同胞)の後頭部を探った。

単気筒の空冷エンジンのような外観の後頭部にある注意書きのような文字の並びが収まる部分を軽くタッチすると、音もなく注意書きの部分がパネルのように開いた。

中には数種類の接続端子が収まっている。

その内のひとつに接続すると強制的にシステムを立ち上げる。

システムは壊れている。

だがファイルはどうだ?

残っているではないか・・・。

“検索”

ファイル名に“NINGEN”を含む

300件ヒットした。絞り込みをかける。

“NINGEN TSUYOI” ・・・3件有り。

一番新しいファイルをダウンロードする。

ファイルを開く。

あの時の戦闘を再生確認することが出来た。

“我の腕を吹き飛ばすに至ったのはこの人間”

“我より強き存在”

“これからは 我のために強くあれ”

白い仮面に開いた小さな二つの穴の奥から赤々と瞬く高輝度ダイオードの輝きが、まるで気力の充実を感じさせるのだった。


片腕の宇宙人の人形はまだ動こうとはしなかった。

肩から生やしているロボットアームはまだ同胞に接続したままだ。

“943618よ、キミの腕を使いたい。・・・我は勝手ばかりだな。”

頭部を破壊してしまったのでシステムとしては機能しないモノの、5肢のリンクは使えるようだ。

必要な腕を選択して接続解除する。

次の瞬間、肩からパシューと音がして肩関節がスライドして取り外しが完了した。

銃を床に置きその腕を掴み取ると自らが切り離し失った所へあてがった。

腕が本体からの信号を受けて認証を行うと、吸い込まれるように接続は完了した。

戦闘服の右腕部分は袖がない状態であるため、金属製の骨格が透明なコンニャクのようなモノに包まれているのが見て取れる。

その姿はまるでグラスフィッシュのようだった。


全ての用事は済んだ。

床に置いたライフル銃を再び手にすると、宇宙人の人形は既に決めていたかのように迷いなく行動に移った。



その頃、宿場町に隣接する山の中腹に、懸命に逃げてきた自警団員がいる。

冬場、熊か何かが使っていたと思しき穴の奥で、聞きたくないのに頭の中に聞こえてくる声に抗おうと、懸命に耳を塞いで震えている。

(・・・・・キミは、弱い。
 弱いゆえ逃げ延びる術に長けている。
 いいだろう。
 これからは、我の一部となり生きるがいい・・・・・)

一体何処から語りかけて来るのか!?

小柄な自警団員は神経を研ぎ澄ませて周囲を探る。

ここはオレの庭みたいなもんだ。

誰もオレを欺けない!

宇宙人の人形がなんぼのもんじゃい!?

絶対にやられないぞ!

そう自分に言い聞かせると、穴を這い出て、ゆっくり立ち上がった。

既に陽は落ちていて、辺りは闇に包まれているが、小柄な自警団員には全てが見通せるに等しかった。

やはり穴の奥で感じた通り、外には誰もいない!

周囲、見渡せる限り誰も居ない。

(逃げ切った)

そんなことを考えた時だった。

“そうかな?”

疑問を投げかけるというよりとぼけた感じでツッコミを入れた風の思考が、小柄な自警団員の頭の中に直接響いた。

そして間髪入れずライフル銃の射撃音がする。

オレ以外に生き残りが・・・若頭・・・か? 生きて・・・生きていたのか・・・?

希望が見えてきたと思った小柄な自警団員の顔に赤みが差し生気が満ちてくる。

だが、頭上から自分のすぐ後ろに何かが落ちてきたのを感じた瞬間、ガタガタと身体が震え出した。

もう若いというには無理がある齢になって久しい自分が、怖くて涙が止まらないときた。

ゆっくり、ゆっくりと振り返る。

視界の隅で立ち上がった大きな黒い影には片腕がないように見えた。

そしてまた頭の中に声が響いた。

“アンタももう齢なんだからさ、かくれんぼはやめようぜ”

「えっ? 若頭」

その口ぶりは、正に若頭のものだった。

恐怖に震える小柄な身体の両肩に、そっと手をのせて宇宙人の人形が背中から語りかけてくる。

“もう隠れなくていい、これからはオレとずっと一緒だ”

小柄な自警団員の背後にある大きな黒い影の肩から幾つものロボットアームがゆらゆらと伸びていた。




ある宿場町のケース 終わり

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