王城のマリナイア

若島まつ

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十一、帰船 - Paura e Rabbia -

※このエピソードには未成年への性暴力を示唆する内容が含まれます。苦手な方はご注意ください。


 最上デッキの海賊たちを捕縛し、或いは殺し、掃討は終了した。イグリは火薬に火をつけた時に利き手の右手を負傷したが、運よく付近を航行していたサゲンの奇襲船が驚くべきスピードで海賊船へ船体をぶつけながら突撃し援軍にやって来たので、一気に攻勢へ転じ、その後の戦闘は比較的楽に済んだ。
 あとの気掛かりはアルテミシアだ。人質の父親と思われる人物と下のデッキへ降りて行ったきり、姿を見せていない。突入して間も無く報告を受けたサゲンが指揮をイグリに任せ脇目も振らずに追って行ったが、海賊の首領もいつの間にか消えていた。
 最下層までデッキを降りて行ったイグリの視界に一番初めに入ってきたものは、背筋がゾッとするような光景だった。後ろ手に縛られて倒れている大男の股間からおびただしい血が流れて、黒い血溜まりができている。少し離れた所にぶかぶかの上級将校のジャケットを肩にかけたアルテミシアとサゲンが向かい合い、サゲンはアルテミシアの首や腕に触れながら傷を確認していた。
「じっ、上官、あれはもしかして…」
 戦慄しながらイグリが訊くと、サゲンが目配せして口を閉じさせた。イグリも敢えて口に出したくない。
「今のところ死んでいないが、手当ての必要がある。はやく運び出せ」
「承知しました」
 イグリが他の兵士たちに手配りしている間、アルテミシアはサゲンの上着から漂う木々のような匂いに包まれながら徐々に心臓の脈動が穏やかになっていくのを感じ、しばらくあとでようやく完全に自分を取り戻した。床に黒々と流れた血を見て、自分がしたことに身震いがした。そして、仲間たちの顔が急に恋しくなった。
「みんなは無事?間に合った?」
 今度はいつもと同じしっかりした声色だった。それを聞いて、サゲンは不思議なほど安堵した。それが無意識のうちに表情に出たらしく、アルテミシアがバツの悪い様子ではにかんで見せた。
「俺の船が近くで探していたところだったが、イグリが帆柱の上で火薬を爆発させたおかげで味方が死ぬ前に援軍に来られた。ほぼ全員が負傷しているが、船員も兵士も無事だ。海賊団も生きているものは皆捕縛した」
 身体から全ての緊張が解けて、アルテミシアはふうっと安堵の息を漏らし、唇が震えるのを隠すように両手を合わせて口に当てた。
「よかった…」
 アルテミシアは休む間も無く最下層のデッキへ降りて少女たちの元へ向かった。サゲンの指示のもとで事後処理が行われている間、隣の食料庫から水や食べ物を持ってきて少女たちに与え、みんなで髪を結い合ったり子供の頃にやった手遊びをしたり、それぞれの出身地の踊りや歌などを教えあったりして過ごした。夜が白む頃には捕縛した海賊を全員軍船に乗せ終わったので、アルテミシアは少女たちが血や木片で汚れたデッキを通らずに済むよう、反対側の梯子を使ったり、時には目を閉じたまま手を繋がせたりしてイノイルの軍船へ誘導した。海賊船の最上デッキに出た時、潮の香りに混じって焦げくさい臭いがした。少女たちを軍船へ乗せた後で後ろを振り返ると、帆と帆柱の一部が黒く焼け、煙が細く上がっていた。
(イグリ、思い切ったな)
 下手すれば船は焼け、味方も人質も命が危うかっただろう。危険な賭けだったはずだ。アルテミシアは共に戦ってくれた船員たちと共に貿易船でアムのイノイル軍駐屯地へ戻るつもりだったが、まだ男性への恐怖心が残っている彼女たちの不安そうな表情を見て、サゲンやトーラク将軍たちと同じイノイルの軍船に乗ることにした。トーラク将軍は軍船に乗り込んだアルテミシアが将軍専用の軍服の上着を羽織っているのを見て「不届きな!」と目くじらを立てたが、サゲンが鬱陶しそうに睨め付けてそれを黙殺した。こういうサゲンの態度は珍しかったらしい。白髭さんがもともと大きな目をもっと大きく見開いて面食らったので、アルテミシアは思わずニヤリとした。

 アルテミシアは船首に出て少女たちと大海原を眺めている。本当ならすぐにでも身体を洗い流したかったが、残念ながら軍船にはアルテミシアが満足できる入浴の備えまではない。アルテミシアは入浴用品が戦備に含まれていない男たちの無頓着さに少しだけ苛立ちを覚えながら、仕方なく海水で濡らしたきれいな布を少女たちに用意してやった。海水では多少べとつくが、あの不潔な船に何日も囚われていたのだから、何もしないよりましだ。
「アムの港に着いたら、みんなで温泉に行こう」
 と約束すると、少女達はきゃっきゃと声をあげて喜んだ。アム共和国は小さな火山島なので、そこかしこに温泉が湧いていて、それによる観光収入もアムの経済発展の一端を担っている。
 そこへ、味方の被害状況を各隊長から聞き終わったサゲンがやってきた。年少の少女たちに手やぶかぶかの軍服の上着の裾をがっちりと掴まれたアルテミシアを見て、サゲンはおもしろそうに口の端をひくつかせた。
「懐かれたな」
「まあね」
 サゲンはアルテミシアの頭に大きな手を置き、ぽんぽんと軽く叩いて撫でた。
「よくやった」
 アルテミシアは大きく目を見開いて頭ひとつ分より上にある顔をまじまじ見つめた。からかっているわけではなさそうだ。癪にさわるはずだが、何故か手のひらの温度が心地よいと感じ、目を薄っすらと閉じてしまった。少女たちが周りで目配せし合い、くすくす笑う声に気がつかなかった。
「ちょっといいか」
 サゲンに促され、アルテミシアは数日前に軍議をした船尾の最上デッキにある船室へ入って行った。二人の他は、誰もいない。
 二人だけになるのは、出港の前夜以来だ。アルテミシアは書斎での一件を思い出して居心地の悪さを感じ、一歩後ろへ下がって指揮官が座る椅子から一番遠い椅子に腰掛けた。が、サゲンは座らずにアルテミシアに近づいてくる。アルテミシアは椅子から立ち上がりたくなるのを堪えた。サゲンは屈み、羽が触れるような優しさでアルテミシアの首に指を当て、痣になった部分を見ている。痣の他にも縦に走る何本かの生傷があり、まだ少し血が滲んでいた。首を絞められた時に抵抗してできた傷だ。サゲンは眉間に深く皺を寄せ、唇を強くひき結んだ。すぐ目の前にサゲンの顔があると気分が落ち着かなかった。こういう目はルメオ人にはないものだ。イノイル人にさえ、涼やかで秀麗な一重まぶたはなかなか見られるものではない。
「痛い」
 アルテミシアが掠れた声で抗議した。いつの間にか手のひらに汗をかいている。
「無茶をしたものだ。軍令違反だった」
 低く静かな声音でサゲンが咎めた。まだ首の痣を確かめるようにそっと触れている。
「さっきは‘よくやった’って」
「それとこれとは別だ」
 そう言って立ち上がり、棚から靴箱程度の大きさの木箱を取り出した。アルテミシアは目を剥いて「どこが!?」と真っ向から反駁してやりたかったが、サゲンが戻ってきて先ほどと同じ体勢になり、アルテミシアの顎を掴んで上に向かせたので何も言えなくなった。
 サゲンは木箱を開けていくつかのビンの中から茶色のものを取り出して蓋を開け、その隣の仕切りに重ねられている綿の布を取ってビンの中の液体を染み込ませた。つんとした強い酒の匂いがした。サゲンが布を首の擦り傷にそっと当てた瞬間、ビリッと痛んで思わず呻き声を上げた。
「海賊の首領を追ったな。あのまま少女たちと隠れているべきだった」
「でも脱出艇で逃げようとしてたんだよ。わたしが行かなきゃ、誰も追えないと思ったから」
 サゲンが首の傷にぎゅっと布を押し付けた。
「痛!」
「いいか」
 サゲンは声を荒げた。
「少女たちの存在に気付いたのも、彼女たちの安全を守ったのも、よくやった。だが、首領を追うのはやりすぎだ。通詞としての職務の域を完全に越えている。結果どうだ?君は負傷し、命どころか名誉まで奪われていたかもしれないんだぞ!」
「ハッ!名誉?」
 アルテミシアは憤然と鼻で笑い、手当てをするサゲンの手を払いのけた。
「名誉なんて、糞食らえだよ!」
 そう叫びながら勢いよく椅子から立ち上がり、サゲンを見下ろす。
「わたしが」
 震える手を隠すように、上着の裾を強く握った。
「わたしがあんな目に遭うのが初めてだと思う?あんな…」
 意図せず声が震えると同時に、首を焼け付くような痛みが襲った。真っ赤に付けられた痣が喉を絞め始める。アルテミシアは苦しさから逃れようと首を掻きむしった。傷を更に深く傷つけてまた血が滲んだ。サゲンが立ち上がり、アルテミシアの頬を両手でそっと挟んだ。
「息をしろ。怖がらなくていい」
 アルテミシアはサゲンの青灰色の瞳を見つめながら、サゲンが呼吸して見せるのを真似て何度もゆっくりと大きく呼吸した。いつの間にか頬に触れるサゲンの手にしがみついていた。アルテミシアの呼吸が落ち着いたのを確認すると、サゲンが新しい綿布を取り出し、新しくできた傷をそっと拭った。
「ラデッサに関係あるのか」
「…話したくない」
「なら、それでいい。だが、誰かに話せ。恐怖を内に溜め込むと蝕まれる」
「恐怖じゃない。怒りだよ」
「同じことだ。あまりに激しい恐怖や怒りはおりになって心を壊す。君は危うい」
 サゲンはきっぱり言って、昨日のアルテミシアの様子を思い出した。あれは尋常な反応ではなかった。恐怖、怯え、怒り、後悔、殺意…あらゆる深く暗く激しい感情が彼女の理性を凌駕していた。こういう例を見たことがある。十二年前の海賊団との戦だ。激しく戦闘し、おびただしい死者を出した後、その凄惨な経験から精神を壊してしまった兵士は何人もいる。彼らは人の多い場所へ出かけられなくなり、海にも近付けなくなり、ナイフとフォークが軽くぶつかり合う音を耳にしただけでもひどく取り乱し、暴れるようになった。アルテミシアまでそういう運命に飲み込ませたくない。
 今の彼女も、飴細工の細剣のようだった。脆く、すぐに変質してしまう。明らかに均衡を崩している。
「エラは戦った」
 アルテミシアはサゲンが彼女から初めて聞く細く小さな声で囁き、手当を続けるサゲンの腕に縋るようにしがみついた。
「わたしは逃げた…」
 頰に涙が伝った。雫が曲線を描いて何度も何度も落ち、サゲンの服を濡らした。サゲンは無意識のうちに消毒液と血の付いた布を手から離していた。
 抱きしめたいと思った。欲求ではなく、そうしなければならないからだ。果たしてそれは正しいことだろうかと頭の片隅で思ったが、逡巡する余裕もなくその赤みがかった金色の頭を胸に押し付けた。

 波の音が聞こえる。アルテミシアは温かい布団に全身を包まれているような感覚の中、波の音に混じって聞こえるカモメの声や人々の話し声を聞いていた。海にいるはずなのに、森のような匂いがする。その中に潮と煙と革の匂いが混じっている。
 熱く重い瞼を開けて、自分が木の床の隅っこで横向きに座っていることに気づいた。ぶかぶかの青い上着を羽織っている。背中に当たるこの温かくて心地よいものはソファだろうかと疑問を感じ始めると、徐々に意識がはっきりしてきた。状況を理解すると、頭の中で火山が噴火したようにパニックが襲ってきた。
「起きたか」
 ソファ――それまで人間だと認識できなかった――が聞き慣れた低い声で言った。慌ててもたれ掛かっていた背中をまっすぐ伸ばし、背後を振り返る。
 見なければよかった。あのまますぐに立ち上がっていれば、知らずにいられたかもしれない。
 サゲンは背中を船室の隅にもたせ掛け、曲げた両脚の間にアルテミシアを座らせてその背を支えていた。
「二時間だ」
 呆然とサゲンの顔を見つめ続けるアルテミシアに、そう教えてやった。アルテミシアは言葉もなく、ウン、と一度頷き、自分の額に手を当てて暫く固まった。サゲンは湧き起こる笑みを噛み殺した。
「赤子をあやすようなものだ。気にすることはない」
「赤子をあやしたことがあるとはね」
 アルテミシアは軽い調子を取り繕ってすくっと立ち上がり、意味もなくぱんぱんと服の裾や尻を払うと、「それで」と言葉を続けた。
「あの子達はどうなるの?」
 昨夜、少女たちと話した。彼女たちは旅行や行商の船中あるいは生まれ育った小さな島で、突然現れた海賊に襲われ、攫われた少女達だった。何人かはすでに家族を全員殺され、帰る家もない。エラも似たような境遇だが、事情が違う。エラは昨年家族を流行病で亡くし、親族によって娼館に売られてしまった。客を取らされて間もない頃、好色だが気のいい中年の貴族の目に留まって身請けされ、海辺の別邸でうら若い愛人として囲われていた。海賊たちがやって来たのは、エラがその屋敷へ入ってから三か月が過ぎた頃のことだった。身の回りの世話をする使用人は抵抗したために殺され、彼女はまたしても売られるために攫われた。海賊の首領が彼女をまるで自分の愛人のように扱っていたのには、そういう理由がある。少女たちの中で既に処女ではなかったのが、エラただ一人だったのだ。
「それはイノイル軍の管轄外だが、家族がいなければアムの孤児院や僧院に送られることになるだろうな」
 サゲンはそう教えた。海賊の収監や人質を含む強奪されたものに関しては、費用の関係からアム共和国が宰領することになっている。これが通常の手続きだ。
「エラは、十六歳だからもう孤児院には入れない。それに、…僧院もダメ」
 家族を失い、貞操も自由も奪われた少女が僧院に入るということは、一生をそこで過ごすことを示している。それでは彼女の心の傷は癒えない。人生も取り戻せない。それだけはダメだ。他のどこならよいのかと問われると何も答えられないが、このまま他の見知らぬ誰かにエラを任せる気にはどうしてもなれなかった。
 サゲンは小さく息を吐き、憐れみともとれる目でアルテミシアを見た。
「自分の力の及ばないことに対して神経を使いすぎるものではない。キリがないぞ」
 アルテミシアはむっつりと口を閉ざした。ピリピリとした気分が戻ってくる。
「わたしがなんとかする」
「あの子は君じゃない」
 サゲンはエラの境遇を詳しく知らないが、アルテミシアがエラに自分を重ねているのを分かっていた。自由を奪われ、同じ男に襲われただけでもその理由になる。もっと大きな理由は、二人とも家族がいないということだ。他人に人生を振り回されたという共通項がある。
「自分への憐れみをあの子に押し付けるな」
 アルテミシアは剣呑な目つきでサゲンを睨みつけた。

「いったい二人で何を話してるんだ?」
「ずいぶん長いこと中にいるよな」
 船室のドアに耳をべったりとつけ、イグリとリコがひそひそ話している。イグリは火薬で負傷した右手を包帯に包み、脚を神経質にゆすっている。一方のリコは赤紫色の痣だらけの顔でどことなくおもしろそうに白い歯を見せている。
「下品な勘繰りはやめておけよ」
 レイが三角形の鳶色の眉を不愉快そうに歪め、仲間をたしなめた。
「何、何。どういうこと?」
「何か口論してないか?」
 後からロエルとブランが近づいてきて、レイの責めるような視線を無視し、イグリとリコに倣った。二人とも顔や腕に軽いケガを負っている。
 その時突然、バン!と大きな音を立てて扉が開いた。中から猛然と出てきて五人の顔も見ずに立ち去ったのは、アルテミシアだった。
「また喧嘩か?」
 イグリがぽろりと口に出すと、船室の中に残された不機嫌な顔のサゲンと全員の目が合った。
「あっ」
 リコが慌てて弁解を始めた。
「新しい薬を取りに来たところだったんです。その、イグリの火傷が化膿していないか確認する必要が…」
「リコ・オレステ」
「はいっ、申し訳ありません!」
 鋭い声でサゲンに呼ばれ、リコだけでなく他の四人もビシッと背筋を伸ばした。サゲンはまたしても大きく溜め息を吐いた。
「頼みたい仕事がある」

 サゲンはその夜、二層目のデッキにある司令官用の船室でハンモックに揺られながら両手を組んでその上に頭を乗せ、脚を組み、苦虫を噛み潰したような気分でいた。真っ暗闇の中、目が冴えている。
 出航して数日経っても海は幸い穏やかな状態が続いているが、自分とアルテミシア・リンドの関係はそのようではない。譲歩し、或いは認め、互いの空気がまろやかになったかと思ったらすぐにまたトゲが生えて反発し合う。それが感情を燻ぶらせた。
(あのじゃじゃ馬っぷりはいったい何だ。バルバリーゴはを甘やかしすぎたんじゃないのか)
 心の中でぶつぶつ文句を言った。煙草と酒が欲しくなったが、あまりに子供じみていると気づいて無理矢理眠ろうと目を閉じた。すぐさまアルテミシアの涙に濡れるハシバミ色の瞳を思い出した。同時に、思いがけず柔らかい身体を両腕の中に抱きしめたときの体温と、背中に回された手がシャツの後ろを掴んだ感覚が蘇った。サゲンの胸を濡らしながらゆっくりと眠りに落ちていくアルテミシアの息遣い、髪の色、肌の匂い、腰を抱いた時の感触。暗く翳って剣呑な色を帯びた目つきには、ひどくそそられる。――
 サゲンは目を開けた。
 これはまずい。職務上の立場を考えると、非常にまずい。自分は海軍を率いる将軍で、彼女をも監督する義務があるのだ。つまり、部下と同じだ。上官が部下に私的な感情を強く持つようでは、いろいろと不都合が起きる。
(ラデッサで一体何があったんだ)
 知りたい理由は、今や彼女が信頼するに足るかを確かめるためではなかった。あの憎らしいまでに気丈でしたたかなアルテミシア・リンドが完全に理性を失って崩れ落ちるほどのことだ。悪いどころか最悪なことが起きたに違いない。戦の恐怖で心を病んだ部下たちのように、彼女にも克服してほしかった。激しく拒絶されるかもしれないが、それでもいい。そこから無理矢理にでも引っ張り出したい。
 事件の詳細は定かでないが、おおかたの見当はつく。襲われるのが初めてではないと痛ましい表情で告白したこと、以前純潔だと口を滑らせたことを考えると、それは未遂で終わったはずだ。子供のころから剣術の心得があったのであれば、彼女自身の力で相手を撃退したと考えるのが妥当だろう。しかし、「逃げた」と悔恨を滲ませたことがどう繋がっていくのか分からない。貞操を奪われずに相手を撃退して逃げたのなら、あのような激しい後悔はしないはずだ。
(調べるべきだろうか。いや――)
 サゲンは迷っていた。一日前までは帰港してからルメオに人をやって調べさせるつもりだったが、アルテミシアの涙を見てから気持ちがすっかり変わってしまった。これは本人の口から聞くべきだ。今度は自分が譲歩し、あのじゃじゃ馬から信頼を勝ち取る番だと思った。もちろん一筋縄ではいかないだろうが。
 少女たちの処遇を聞いた後で「エラだけは絶対にわたしが面倒見る」と強く主張し出した彼女は、普段なら理論的なはずが、その時ばかりは正当な理由も明確にできず「いやだ」、「他人に任せられない」の一点張りで、まるで小さな子供が癇癪を起したようだった。自分と同じように性被害に遭った少女にひどく感情移入しているのかと思ったが、どうもそれだけではないようだった。
「国王の使者だという自覚を持て。君は自儘が過ぎる」
 と将軍の威厳でもって一喝した後、アルテミシアは一言も発せずに髪の毛を逆立てて猛然と出て行ったが、結局リコにその手配をさせることになってしまった。
 彼女を航海士として仕込んだバルバリーゴに甘やかしすぎだと不満を感じながら、結局自分も同じようになっていることに気づいて自嘲した。まったく癪に障る。
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