王城のマリナイア

若島まつ

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十八、剣舞 - la Danza della Spada-

 アルテミシアはゆっくりデメトラを歩かせながら、ぼんやりと今日の話を思い出していた。ひとつ、気付いたことがある。
 近頃のサゲン・エメレンス・バルカ将軍は礼儀正しいということだ。少々、礼儀正しすぎる。数日前に心を交わした後は、互いの柔らかく暖かな雰囲気は継続しているものの、サゲンのアルテミシアへの態度は、執務室でのあの情熱的なやりとりが現実だったのか疑いたくなるほど普通で変わり映えしないものだった。それどころか、時折サゲンに避けられているようにさえ感じることがある。書斎で鉢合わせた時は必要なものだけ取ってさっさと出て行ってしまったし、食事の時も、食後酒もそこそこに自室へ引っ込んでしまうこともあった。いかにサゲンが多忙といっても、意図的なものがあるのは明白だ。
 ところが、何よりもアルテミシアを驚かせたのは、自分自身がそれを不満に感じていることだった。その上、仕立屋の女将の話に出たバルカ夫人が度々息子に引き合わせるという令嬢たちも、十年前の婚約者も、まったく好意的に思えない。むしろ不愉快に感じる。
(わたしにそんな権利はない)
 アルテミシアは胸の内で何度も繰り返した。サゲンとの関係は、以前と変わっていない。いくつかの出来事を経て互いに気持ちは変わった。サゲンはアルテミシアの状況が変わるのを待つと言い、アルテミシアも前に進む努力をすることを決めた。しかし、まだその解決策を見出せていない。この状態が長引けば、どちらが先かは分からないが、心は変わってしまうだろう。
 サゲンと共にいる空間を、アルテミシアは気に入っている。ふと目が合った瞬間に心臓が飛び跳ねるのも、何気なく挨拶を交わす時のちょっとした緊張感も、戸惑いを覚える反面、心地よく感じている。それだけに、ラデッサの事件がアルテミシアの心にますます重くのしかかっていた。これを口に出せば、全てが変わってしまうかもしれない。それが怖かった。だから他の女性がどうとか、縁談がどうとか、そういう取るに足らないことにいちいち気を取られたくはない。
 それでも、どうしても刺々しい気分は晴れなかった。
「よし」
 アルテミシアは自分に喝を入れるようにぴしゃっと両手で頬を叩き、日が暮れ始めた薄暗い森の奥へと焦点を合わせ、デメトラの腹を蹴って思い切り疾駆した。ひんやりした風がひゅうひゅうと頬をかすめていく。
 すっかり住み慣れた平屋建ての屋敷は既に周りで篝火が燃やされ、住人の帰りを待っていた。アルテミシアはデメトラを厩に入れて毛繕いをし、飼葉をやった。大きな青毛のティティがいないから、サゲンはまだ帰っていないようだ。その日の厩番のブランに後を任せると、部屋で登城用のドレスから武闘用のドレスに着替えた。先日イサ・アンナが届けさせてくれたものだ。大部分が深い青で肩や脇に白いラインが入っている通常の軍服とは反対に、武闘用のドレスは腰までが白く、脇に二本の青いラインが施され、脚の動きを妨げないように切り込みが入れられた膝丈のスカート部分は深い青色をしている。袖は手首よりやや上までの長さで、肌に沿うように伸縮性のよい薄地の織物でできている。脚には同じく薄い織物のタイツを履き、長めのブーツを履いた。見た目の女性らしさを失わず、機能性も十分だ。改めて女王の多才さに舌を巻いた。胸に付けられた二列の金ボタンは軍服を感じさせるから、やはり女王は女性軍人の採用を考えているに違いない。
 アルテミシアは屋敷の裏のひらけた場所へ出ると、背の高い篝火台に火を入れ、ぴょんぴょんと飛び跳ねて準備運動をした後、剣を振るい始めた。船乗りや水兵の使う湾曲した短剣ではなく、オアリス城の指南役が陸での戦闘にも慣れておくようにとくれたものだ。刀身は細長く、反りが浅い。白木の柄には細い紐が何重にも隙間なく巻かれ、今まで使ったどの剣よりも手に馴染んだ。刃がビッ、と音を立てて長く、あるいは短く空を斬り、アルテミシアはダンスのステップを踏むように身体を回転させて何度も夜気を裂いた。
(考えたら、負け)
 こういう時は頭を空にするに限る。この精神の切り替えは、愛情の薄い家庭で幼少期を過ごしたアルテミシアが培った術だ。

 サゲンは疲労していた。三日前の喧嘩が女王の耳に入ってからというもの、ロハクにあれこれと雑用を言い渡されているためだ。
 ロハクから報告を受けたイサ・アンナは口を左右に思い切り引き延ばし、開口一番「やるな、ミーシャ!」と笑ったが、すぐに咳払いをして取り澄まし、神妙な顔を取り繕った。
「城内での私闘が禁止事項なのには変わりないから処罰は必要だな。現場を見たロハクの裁量に任せる」
 そう言ってロハクに権利を譲ったのだった。おかげで普段から山のように押し寄せる書類仕事や軍の訓練などに加え、ロハクの管轄である城内の管理業務や各領地からの書類仕事まで手伝わされる羽目になり、二日間食事も満足に取れていない。
 とうとうこの日、サゲンの我慢が限界に達した。
「いつまでやらせる気だ」
 窓の外はすっかり日が暮れている。身体の大きなサゲンがロハクの執務室の小さなサイドテーブルに向かい、膨大な書類を発送地と要件の内容ごとに分けながら毒づいた。
「こんなことは従僕にやらせれば事足りるだろう」
 不機嫌さを隠そうともしないサゲンに、大きな執務机に向かってゆったり座るロハクが慣れた手つきで書類にサインを書きながら微笑んだ。
「あなたがやらねば罰になりません。それに、随分楽しい罰だと思いますけどね。あなたは長く私と一緒にいられるのが嬉しくないのですか?」
 サゲンはうんざりした様子で書類の束を机へ投げ出した。
「ぞっとする」
「失敬な」
 ロハクはわざとらしく憤慨して見せた。しかし、三日続けて自分の業務すべてを怠ることなく遂行し、更に無茶な量の仕事を押し付けられてもこれまで文句ひとつ言わなかったあたり、さすがは実直なバルカ将軍といったところだ。ゴランやトーラク将軍ではこうはいかなかっただろう。
「実のところ、いつやめると言い出すのか様子を窺っていました」
 ロハクはくっくっと肩を震わせた。サゲンは恐らく部下たちが見たら震えあがるであろう形相でロハクを睨みつけ、椅子から立ち上がった。
「馬鹿馬鹿しい。俺は帰る」
「サゲン・エメレンス、お帰りの前にこちらを」
 と、ロハクはサゲンに書簡をひとつ持たせた。サゲンは眉間に皺を寄せてその場で真鍮の輪留めを取り、赤い封蝋を割って書簡を広げた。短い内容だったが、その顔にわずかな緊張が走った。
「来たか」
 ロハクは口元を引き締め、神妙に頷いた。
「数日のうちにアムからカルロ・スビート元帥が宴に先立ってこちらへ見える予定です。その時にもっと詳しい話が聞けるでしょう」
「感謝する」
 サゲンは大股でブーツの音を響かせ、ロハクの執務室を後にした。
 暗くなった森を愛馬のティティを駆って進み、篝火に照らされた自邸へ帰ってくると、真っ先に食堂へ向かった。テーブルの上ではスズキの丸焼きと色とりどりの野菜を使ったサラダ、魚介出汁の香りのするスープが待ち受けている。それも、二人分だ。サゲンは料理の誘惑も忘れ、椅子に座るのをやめた。
「上官、本日もお疲れ様でした」
 この日の料理番のロエルが奥から顔を出した。
「リンドは」
 ロエルは短く切り揃えた褐色の毛をガシガシ掻いて、首を傾げた。
「さあ…。帰ってきてはいるようですが、姿が見えません」
「そうか、ご苦労だった。もう下がっていいぞ」
「はっ。上官、良い夜を」
 ロエルが背筋を伸ばして一礼して辞去した後、サゲンは手燭を持って書斎へ向かった。平素用事がなければ赴くことはないが、近頃ちょくちょく足が向くようになった理由は他でもない、アルテミシアが部屋か風呂にいないときは大抵そこにいるからだ。ただ顔が見たかった。
(子供じみているだろうか)
 自覚はある。今もひどい空腹のまま、優秀な部下の手料理の誘惑を無視してまでアルテミシアを探している。
 彼女は驚くほど魅力的だ。その目に映すものによって色が変わる虹彩もさることながら、凛とした佇まいも時折サゲンを意識して困惑する仕草も、全てがサゲンの精神を理性とは遠い場所に連れて行ってしまう。唇を重ねてからというもの、アルテミシアの顔を見るたびに触れたくて仕方がなかった。だが、誘惑すると言った手前、自分がやすやすと欲望に負けるわけにはいかない。忙殺されて疲れ切っている時などは尚更危うい。一つのことに対してこれほどの自制心を必要とするのは、サゲンにとっては極めて珍しいことだ。特にここ最近は顔を見るだけで満足しようと必死に努力している。
 屋敷の奥に差し掛かり、渡り廊下の奥を見てみたが、灯りはない。
(どこへ行った)
 引き返そうとしたとき、書斎のある離れの後ろで仄かに灯りが揺れたように見えた。音が聞こえる。衣擦れと、何かが空を裂く音だ。
 サゲンは杉板の渡り廊下から土の上へ出て離れの裏へ回り、ピタリと足を止めた。
(――剣舞か)
 アルテミシアは、そこにいた。
 煌々と燃える篝火の下、見慣れない装束に身を包み、ひらりと舞うように回転し、或いは俊敏に前後へ跳ね、まっすぐな太刀筋で剣を振っていた。アルテミシアが身を翻すたび、短いドレスの裾がふわりと弧を描いて広がる。よく手入れされた刃が火を映して炎の残像を描くように空中で閃光を放った。
 サゲンは息を潜めるようにしてその姿を眺めた。

 息が上がり、身体中に汗をかいた。多少頭もスッキリした。悩みの根本的な解決にはならなくても、身体を動かして頭を空にすることは前に進む助けになるはずだ。
「ふうっ」
 アルテミシアは身体から力を抜いて大きく息を吐いて長い剣を鞘に収め、髪を縛っていた紐を解いた。解き放たれた髪の間にひんやりと夜気が通る。女王の考案した女性用の軍服は思ったよりも動きやすかった。スカート部分が邪魔になりそうだと思ったが、膝までの長さでスリットも入っているから脚を大きく動かしてもさほど気にならない。
(明日感想を教えて差し上げよう)
 と考えながら屋敷へ向かおうとしたところで、ぎょっとして足を止めた。
「びっくりした。いるなら言ってよ」
 サゲンが離れの壁に背を預け、腕組みをしている。篝火の灯りに照らされた瞳は、物憂げな影を落としながらまっすぐにアルテミシアを見つめ、彼女をわずかに動揺させた。
 サゲンは静かに口を開いた。
「舞っているのかと思った」
「この服のこと?イサ・アンナ様が新しく考案した女性用の武闘服だって。見た目より動きやすいよ」
「服のことを言ったんじゃない」
 アルテミシアはサゲンが近付いて来るのを大人しく見守った。頬に手が伸びてきても、地に足をつけたまま逃げ出しそうになるのを堪えた。気付けば目の前に、サゲンの軍服の胸についた鷲の勲章がある。
 サゲンの親指が頬を撫でた。
「煤がついている」
 サゲンの低い声が高い位置から聞こえる。アルテミシアは鷲の勲章で視界をいっぱいにしたまま少し俯いた。
 すっきりと気分転換できたのも束の間、サゲンの存在を生々しく意識した途端、またしても胸にトゲが生えてきた。サゲンは煤を拭った後も、まだアルテミシアの頬を親指でなぞるように撫でている。
「離してくれる」
 思わず尖った声になった。サゲンはぴたりと指を止め、アルテミシアの様子を窺った。俯いているから、表情は見えない。
「機嫌が悪いな」
「悪くない」
「どうした」
「あなたこそ、政務や縁談でずいぶんお忙しいようだけど、わたしに構ってる暇なんてあるの?」
 ふい、と顔を背けてサゲンの親指から離れた。更に一歩下がろうとしたとき、腰をぐいっと引き寄せられ、右の手首も掴まれて、サゲンの方へ引き戻されてしまった。アルテミシアは驚いて顔を上げた。すぐ目の前に、篝火の灯りでオレンジ色に映し出されたサゲンの顔がある。――笑っている。
「何がおかしいの」
 アルテミシアは頬を膨らませた。
「やっとこちらを見たな」
 サゲンは犬歯を覗かせ、前屈みになって尚も不満そうなアルテミシアの頭上に影を落とした。そしてアルテミシアが抵抗する間もなく、唇を重ねた。
「んんっ…!」
 アルテミシアは掴まれていない方の手を握り締めてサゲンの胸をどんどん叩いたが、びくともしない。それどころかサゲンの大きな身体に押されてじりじりと後ろへ追いやられ、背中が離れの壁に押し付けられた。
 サゲンはアルテミシアの腰を抱き、右手を掴んだまま壁に縫い付けてその柔らかい唇を堪能した。アルテミシアは唇を閉じて小さな抵抗を続けている。
「口を開けろ」
 熱い吐息と共に低くかすれた声が命じた。
(流されてたまるか)
 ここで折れるのは癪だ。怒りの理由も聞こうともしないで欲望をぶつけてくるとは、考えが甘すぎる。例え怒る権利などなくても、折れたくなかった。
(ああ。でも、この人の唇は気持ちいい…)
 アルテミシアはいくつもの矛盾と戦った。サゲンは尚もアルテミシアの唇を舌でつつき、上下を交互に啄んで応えるのを辛抱強く待っている。それでも、理性は限界だった。
「口を、開けろ。アルテミシア・ジュディット」
 サゲンは唸るように言った。腰を掴んでいた手が下の方へ移動を始め、アルテミシアはビクッと身体を震わせた。いつの間にかサゲンの膝がアルテミシアの両脚の間に挟み込まれ、左手はサゲンの胸に圧迫されて自由が利かなくなっている。
 サゲンの手がスカートをたくし上げて薄地のズボンを這い上がり、鼠径部をかすめた時、アルテミシアは口を開けて大きく息をのんだ。サゲンはその機を逃さず、舌をアルテミシアの唇から割り入れた。
 抵抗もままならない。身体を押さえつけられているからではない。アルテミシアは不都合な事実に気づいてしまったのだ。――そう、わたしもこれを望んでいる。
 サゲンの舌が上顎をなぞってアルテミシアの舌を搦め捕ったとき、とうとうアルテミシアのトゲトゲした感情が敗北した。アルテミシアも舌を伸ばし、甘い吐息を漏らしてサゲンに応え始めた。
 サゲンは焦れたように喉の奥で呻き、スカートの下のズボンのボタンを外し始めた。アルテミシアが何をされているか気付いた時には、既にサゲンの指が信じがたい場所に到達しようとしていた。
 驚いたアルテミシアは身をよじって逃れようとしたが、分厚い胸に上半身を押し付けられて動けなくなった。
「だめだ」
 サゲンが唇を浮かせて声を絞り出した。
「君が可愛い態度を取るのが悪い」
「何言って…」
 最後まで言わせず、サゲンはもう一度唇を塞ぎ、アルテミシアが自分でも触れたことのない場所に触れた。
「んうっ!」
 アルテミシアが喉の奥から高い声をあげた。サゲンの腕を掴んで引き離そうとしたが、うまく力が入らない。びりびりとその場所から身体中に痺れが伝わっていくようだった。
「は…」
 とサゲンが軽く息をつくように笑みをこぼした。既に濡れている。サゲンは入り口より手前の突起にそれを塗りつけ、羽が触れるような優しさで愛撫を始めた。
「あっ…」
 アルテミシアの口から小さな悲鳴が漏れた。俄かには信じられなかった。バルカ将軍がこんな淫らな行為を、自分を相手に、あまつさえ外でするなんて。何より信じられないのは、その甘美な感覚を身体が受け入れ始めていることだ。サゲンにキスをされた自分の身体がどうなるのか、この時初めて知った。
「だめ…」
 アルテミシアは力無く囁いたが、まったく意味を成さなかった。縋るようにサゲンの顔を見上げ、与えられる刺激に耐えようと唇を引き結んだ。
「隙を見せたら襲うと言ったはずだぞ、アルテミシア」
 サゲンは低く笑い、アルテミシアの耳朶を軽く噛んで舌を這わせた。ぞくぞくと得体の知れない感覚がアルテミシアの肌を震わせた。サゲンの長い指が繊細な部分を擦るたび息を押し殺すのが辛くなり、苦しくなって息をしようとすると自分でも聞いたことのない声が出てしまう。アルテミシアは下唇を噛んで耐えた。
「噛むな」
 サゲンが唸ってアルテミシアの唇に噛みつくようなキスをした。息苦しさと芽吹き始めた官能の間で揺れ動くような甘い吐息が聞こえる。もう耐えられそうにない。身体中の熱が下半身の一箇所に集まって痛みを感じるほどだった。サゲンは徐々に彼女に触れる強さを増した。それに呼応してアルテミシアの反応も激しくなっていく。サゲンが突起をやや強く押した途端、アルテミシアが「あっ!」と小さく叫び、背を反らせた。
「あ、いや」
 甘く鋭い感覚から逃れることができず、アルテミシアはサゲンの胸に縋った。このまま続けられたらおかしくなる。しかし、サゲンは尚も手を止めずにスピードを増した。ここで止めるなど、有り得ない。彼女が自分の手で昇り詰めるのを感じたい。
 アルテミシアのそこは水気を増し、サゲンの指に絡みついた。もっと奥まで入れたいが、それをしてしまったら最後、この場で抱いてしまうだろう。こういう行為が初めての女性に対する気遣いもできずに。彼女を頂まで連れて行くだけで終わりにしなければならない。なけなしの理性も底を尽きそうだった。淫らな湿った音に混じって、アルテミシアの喘ぎまじりの速い呼吸が聞こえる。その時は近い。アルテミシアの呼吸が乱れ、瞳が虚ろに空を見つめている。サゲンは強く指を押し付けた。その瞬間――
「ふあ、あ、ああっ!」
 頭の中で爆発が起きた。
 アルテミシアはぐったりとサゲンに身体を預け、呆然とした表情で荒く息をした。今起きたことが何なのか理解できずにいる。サゲンは指を離し、アルテミシアの頬から首筋に優しく唇で触れた。
「君がどれほど魅力的かわかっているのか、アルテミシア。どれほど俺に節度を失わせるか」
 アルテミシアの身体がぶるりと震えた。この男の声はひどく官能的な響きを持っている。恥ずかしくて目を合わせられず、アルテミシアは目を伏せたままでいた。
 サゲンは壁に押さえつけていたアルテミシアの手を取り、自らの脚の間へ導いた。それに触れた途端、アルテミシアは目を見張った。下品な言葉を平気で口にする船乗り連中と生活していたのだから、男のどの部分がどうなるのかなどは知識として知っていたが、実際に触れてみると全く想像と違っていた。人間の身体の一部がこんなに大きく硬くなるなんて、とても信じられない。同時に、この後のことを考えて身構えた。
「こっ、これ…どうするの」
 アルテミシアが思わず顔を上げた。心底不安そうに愚にもつかないことを訊いたので、サゲンは思わずフッと吹き出した。アルテミシアは顔が熱くなった。自分でも愚問だと思ったが、訊かずにはいられなかったのだ。サゲンは肩を震わせて笑い、アルテミシアには意外なほど穏やかな笑みを見せた。
「本当なら今すぐ君の中に入りたいが、残念ながら場所と時間が悪い」
 屋外で人を襲っておいて今更何を言っているのかと思い、アルテミシアはしかめっ面になった。顔は燃えるように熱い。
「今日のところはここまでにしておくが、次は自制が利くとは思うなよ」
 アルテミシアが慌てて目を逸らした。篝火の下では顔色までは分からないが、目が潤んでいるのは良く見える。せっかく堪えたのに、また彼女に触れたくなる。この甘美な獲物を前にしては、理性など無意味だ。よくあそこでやめてやれたと自分を大いに称賛したい気分だった。
「放ったらかして悪かった」
 サゲンはアルテミシアのズボンのボタンを留めてやりながら言った。アルテミシアは恨めしげにサゲンを見上げた。
「自覚はあるんだ」
「一緒にいると闇雲に手を出してしまいそうだったから避けていた。結果どうなったか、今なら分かるだろう」
「だっ…」
 言葉が出てこない。口をあんぐりと開けて固まってしまったアルテミシアを見て、サゲンはおかしくなった。
「縁談がどうとか言っていたな。君がどこで何を聞いてきたのかよくわからないが、あれは世話焼きな母が勝手にやっているだけで、俺はすべて断っている」
「そう」
 アルテミシアは不思議なほど安堵した。そんな権利はないと何度も自分に言い聞かせていたのに、矛盾していると思った。どうにか無表情で通したかったが、頬が緩むのは止められていなかったらしい。アルテミシアの服を直し終えたサゲンが彼女の頬を指で弾いた。
「君はどうだ、アルテミシア」
「何が?」
「そろそろ俺を好きだと認めるか」
 サゲンの表情は至って真面目だった。アルテミシアはサゲンの腕からするりと抜け出した。
「その話はまた今度」
 そう言うアルテミシアの顔は笑っている。どことなく神秘的な笑みだ。サゲンは苦笑してやれやれと首を振った。アルテミシアがそのまま湯殿に向かおうとすると、サゲンが後ろから呼び止めた。
「二、三日でカルロ・スビートが到着する。会見には君も立ち会え」
 アルテミシアはハッとした。
「あいつ、吐いたの」
 サゲンは硬い表情で頷いた。
「そうらしい」
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