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二十、ラデッサ - Ladessa -
アルテミシアがユルクス大学に入って二度目の秋を迎えた頃だった。
盆地特有の蒸し暑い夏が過ぎ、周囲の丘陵地帯から涼しい風が吹き始めた。アルテミシアが子供時代を過ごしたパタロア地方はユルクスからはそれほど遠くない位置にあるが、山岳地帯であるパタロアはユルクスよりも格段に涼しい。十四歳で外の世界に出たばかりのアルテミシアにとっては、ユルクスの夏の蒸し暑さはその身に堪えた。アルテミシアが師事するアリアネ・クレテ女史――正しい名前の読み方はエマンシュナ風の‘アリアーヌ’だそうだが、本人も敢えて訂正しないためにルメオ風の‘アリアネ’と皆から呼ばれている――もまた、一年を通して冷涼な北のトーレ地方出身だから、ユルクスの蒸し暑さには我慢ならないらしい。前の年の夏もこの年の夏も、本格的な暑さがやって来る前に課題だけ出してさっさと知人だか縁者だかの住む避暑地へと逃亡してしまった。アルテミシアにはその気持ちがよくわかる。
しかし、アルテミシアには暑さから逃げるよりも重要なことがあった。アリアネ先生が奔走してくれた結果手に入れることができた年上の男子学生たちと同じ授業を受ける権利は、アルテミシアに決して余暇を与えなかった。造船技術、建築学、商学、歴史、軍学に加え、女学生の必修科目である社交マナーや語学、手芸なども十分な成績を収めなければならない、というのが特例中の特例を許可した学長の条件だったのだ。
夏期休暇の間も休みなく勉強を続け、隣の領のアラス港で職人たちと船を作ったり、五百年前の建造物の論文を書くために男子学生たちと近隣地域の建物を見学して回ったりして過ごした。この時既にドナやガラテアをはじめ、ベルージ家の別邸でアルテミシアの世話をしていた数少ない使用人達は全員解雇されていたから、アルテミシアには帰りたい場所はなかったが、家族の住むトーレ地方へ移ったドナとは手紙のやり取りを毎週欠かさずにしていた。
部屋の窓から吹き付けた涼しい風が、背までまっすぐに伸びた長い髪をふわりと舞い上げ、机の上に置いてあったドナからの手紙を床へと飛ばした。アルテミシアは窓を閉めて手紙を拾い上げた。「ソアヴェ教授邸での生活はいかがですか。ミーシャお嬢様は何かに没頭すると身だしなみや食事を雑に済ませてしまいますから、ドナはそれが心配です。いつでもソアヴェ教授や奥様の前に出ても恥ずかしくないようになさいませ」と、ドナの少し丸みのある字で書いてある。
アルテミシアはちくりと心が痛んだ。ドナや他の使用人たちには「ソアヴェ教授」が下宿させてくれることになったと言っていたが、そんな人物は存在しないし、誰の家にも下宿などしていない。実際に彼女が暮らしているのは、本来なら男子しか入ることができない大学寮だ。
これも、特例中の特例だった。大学に入学したその日に男子寮の管理人に直談判し、特別に置いてもらうことに成功した。当初は数日間だけという期限付きだったが、学長が授業の許可を出した時に寮にも卒業まで置いてもらえるように交渉したところ、「夜は決して外出しない」という条件付きで正式な入寮を許可されたのだった。
アルテミシアはもう一度机に向かって返事の続きを書き始めた。ソアヴェ教授夫妻がとてもよくしてくれること、明日からの新学期に向けてたくさんの準備をしたこと、ドナが仕立てて送ってくれたドレスを毎日着ていることを書いた後、ちょっと考えてから「髪は毎日教えられた通りにピンを使って結っているから心配しないで」と書いた。
そこへ、寮の老いた管理人が部屋の戸を叩いた。風を通すために開けっ放しにしていた戸口の前に立ち、手には手紙を持っている。
「ベルージさん、トーレのドナ・ジリアーニさんからお手紙だよ」
アルテミシアは首を傾げた。今週の手紙の返事は今書いているところだ。ドナとは常に一通ずつのやりとりで、返事を送る前に手紙が来たことなどこれまでになかったのだが。
「ありがとうございます」
手紙を受け取り、なんとなく急いた気持ちでナイフを取り出して封を破った。こういう時の手紙というのは、あまり良い報せではないことが多い。
(母様に何かあったのだろうか)
解雇され、遠く離れたトーレ地方へと移ってからも、ドナはでベルージ家に関する情報に敏感であり続けた。ドナがパタロアの屋敷で働いていたとき懇意にしていた同僚がまだベルージ家にいて、彼女とまだ手紙のやり取りをしているらしい。そこから知り得たアルテミシアの耳には入らないであろう実家の状況を、事あるごとに手紙で知らせてくれるのが常だった。と言っても山の屋敷が売りに出されたとか、誰かが風邪をひいたとか、エンリコ・ベルージがまた新しい商売を始めたらしいとか、そういった取るに足らないことだ。
ところが、この報せは違っていた。
手紙を読んだ瞬間、アルテミシアは全身の血液が冷え冷えと凍っていくような感覚にとらわれた。
(冗談じゃない)
手紙には、こうあった。「ミーシャお嬢様の婚約が決まったそうです。お相手はアミラ王国の貴族でラウル・ヒディンゲル様。旦那様ほどは齢が離れていないそうですよ。たいそうな資産家でいらっしゃるそうで、旦那様もたいへんなお喜びようだと聞きました。旦那様と同じくらい素晴らしい方だと噂で聞きましたよ。わたくしはもうお嬢様にお仕えする身ではありませんけど、生まれた時からお世話させていただいた乳母として、ミーシャお嬢様の幸せを何よりも願っています。」
これは明らかに警告だった。
名ばかりの父親が勝手に決めた知りもしない齢の離れた外国人との結婚がアルテミシアの幸せであるなど、ドナが考えているはずがない。常日頃からエンリコ・ベルージを愛のない冷血漢だと評していたドナが相手の貴族を「同じくらい素晴らしい方」と表現したということは、相手のラウル・ヒディンゲルとかいうアミラ人も評判が悪いに違いない。さらに、ヒディンゲルが「たいそうな資産家で」エンリコ・ベルージが大いに喜んでいるという部分からは、最悪の暗示が読み取れる。即ち、アルテミシアの婚姻によってエンリコ・ベルージが大金を手に入れるということだ。
ドナはアルテミシアの身を思い、情報を得るや急いで手紙を寄越したのだろう。手遅れになる前に手を打てと示唆している。
あと九か月もすれば、卒業試験がある。これに合格してさっさと行方をくらまし、ベルージ家とは縁を切ろうと決めた。もはや父親ですらない男の意のままに人生を決められるなど、考えられない。
この頃、既にアルテミシアはエンリコ・ベルージと血縁関係がないと確信していた。彼女が初めてそれを肌身で感じたのは、七歳の時だった。その頃には山の屋敷でドナたちと生活していたから、父親の存在などは漠然としか認識していなかったし、年に数回本邸へ帰る時も仕事の都合でエンリコは大抵不在にしていたから、物心ついてから‘父親’と顔を合わせたことなど、記憶にあるだけでも年に数回あるかどうかといったところだった。
七歳の夏、ベルージ邸で親族を集めてパーティーが開かれたことがある。その場にアルテミシアが呼ばれたのは、他でもない世間体を気にしてのことだった。アルテミシアはその名を記憶していないが、エンリコ・ベルージにはガリガリに痩せて癇の強そうな姉がいた。七歳のアルテミシアが一人で大人しくサロンの隅で紅茶を飲んでいると、その姉がつかつかと近付いてきて無遠慮にアルテミシアの顔をじろじろと見回しながら言い放った。
「あの嫁の娘?やっぱりベルージ家の顔じゃないわね」
「ベルージ家の顔って、おばさまみたいな顔のこと?」
アルテミシアがハシバミ色の瞳をくりくりさせながらあどけない様子で尋ねると、エンリコ・ベルージの姉は「そうよ」と誇り高く頷いた。アルテミシアもまじまじと伯母の顔を眺めた。姉と弟の体形は真逆と言っていいほど違っていているのに、小さく陰険な目つきと幅の広い鼻筋にコブがあるのは姉弟そろって同じだ。それに歯並びも良くない。
「じゃ、それって誉め言葉ね。どうもありがとう、おばさま」
先ほどのあどけない様子から一転して、アルテミシアは嘲笑するような様子で言い放った。エンリコの姉は頬のこけた顔を真っ赤にし、肩を怒らせてその場を去ったが、後にエンリコ・ベルージの耳にそのことが入ったらしい。アルテミシアがそれ以降ベルージ邸で催されるパーティーに呼ばれることはなくなった。
この時アルテミシアが疑問に思ったのは、何故あの伯母がアルテミシアを「弟の娘」ではなく「あの嫁の娘」と呼んだのかということだった。これまで考えたことがなかったが、よく考えてみれば‘お父様’と自分は外見に似ているところが全くない。
親子にはどこかしら外見に同じ特徴があることは、子供のアルテミシアも理解していた。例えば、時々山の屋敷へ訪ねてくるドナの息子は目と鼻がドナにそっくりだし、ガラテアはきりっと上がった眉と大きな口が父親と、垂れ下がっていてくっきりした二重まぶたが母親と同じだ。アルテミシアも、母のマルグレーテとは目の形がそっくりだ。しかし、‘お父様’とは一致するところが一つもない。鼻や顔の形も髪や目の色も、何も似ていない。
山の屋敷へ戻ったアルテミシアが最初にしたことは、両親が結婚してから赤ん坊がどのくらいの期間で生まれるかを調べることだった。残念ながら屋敷の本棚にはそういう本はなかったから、ドナや他の使用人に聞いてみたが、みな曖昧なことばかりを言って参考にならなかった。そこで、近所で結婚したばかりの若夫婦と仲良くなり、彼らの家族が増えて行く様子を観察することにした。
結果、計算が合わないことを知った。両親の結婚から八か月足らずで自分が生まれている。赤子が早く生まれることはままあるらしいが、ドナによればそういう赤子は大概小さい。しかし、アルテミシアは母親が以前言っていたことを覚えていた。普通よりも育ち過ぎた赤ん坊だったからお産が大変で、二日がかりだったと。母のマルグレーテとエンリコ・ベルージが結婚した頃には、恐らく自分は母の胎内にいたのだろう。
このことを知った時、アルテミシアはショックを受けるどころかむしろ嬉しく思った。子供心にエンリコ・ベルージとは相容れないと感じていたからだ。マルグレーテが幸せそうでないのもその理由の一つだった。母親と過ごした時間は少なかったが、二人でいる時は心からの笑顔を見せてくれた。しかし、夫がそばにいる時の母は、表情や態度にこそ出さないものの、嫌悪感をできる限りの方法で表現していたように思う。少なくともアルテミシアにはそれを感じ取れるだけの母との絆があった。
ただし、それも大学に進学するまでのことだ。山の屋敷にいた頃はたまに手紙がドナを経由して送られてきたが、既にそれもない。名ばかりの父親だけでなく、実の母親との繋がりすらもぼんやりしたものに成り果ててしまった。
しかし、それでもよかった。十四歳のアルテミシアは希望に満ちていた。実の父親が誰なのかも気にならなかった。父親がわからなければ、誰かの娘であるということや家に属することで発生する数々のしがらみから自由でいられるからだ。何も無いところから、新しく自分だけの人生を始められる。また奨学金を得、他の大学に移って勉強を続けるのもいいし、造船所で設計士として雇ってもらうのもいいかもしれない。せっかく軍学を学んだのだから、それを試すためにどこかの国で軍師見習いとして雇ってもらえないだろうか。それとも、師アリアネ・クレテのように翻訳や通詞をする傍ら、学生に語学を教えるのも楽しそうだ。何故ならばアリアネ先生は教壇に立つと、美しい顔がきりりと厳しくなる。それでいて、特徴的な紫色の瞳がどこか楽しそうに生き生きと輝くのだ。そういうアリアネ先生を毎日のように目にしていて、アルテミシアは自然とこういう仕事をしている自分を想像するようになっていた。
(それを、今更ベルージ家の都合で振り回されるなんてまっぴら)
アルテミシアは計画を立て始めた。
まずは、独り立ちした後の土台作りだ。若い女が親や夫の保護下に入らずに独立して食べていくには、男よりも多くの手札が必要だ。家柄、才覚、実績、どれをとっても抜きん出なければならない。アリアネ・クレテが良い例だ。彼女は驚くほど多才で、言語、数学、政治学など、様々な分野で高名で経験豊富な学者たちと対等に渡り合っているし、意見交換の際に相手を論破してしまう隙の無さも有名だ。更に、家柄は由緒正しく、ルメオ共和国建国の祖と言われた英雄の曾孫でもあり、おまけに美貌の持ち主とくれば、結婚して誰かの妻などにならなくても十分にやっていける。アルテミシアはそういうアリアネ先生を心から尊敬していた。ともあれ、彼女ほどの手札はないにせよユルクス大学を首席で卒業したとなれば、例え若い女であっても男と同じように仕事に就くことができるだろう。だからこそ、今大学を離れるわけにはいかない。
その次にするべきことは、役所へ行ってベルージ家の書類から名前を消すことだ。これは卒業試験の首席合格よりも困難だろう。何故ならば、姓を変え、一族の系図から名前を消すためには、親か後見人のサインが必要だからだ。娘の婚姻によって金を手に入れようとしているエンリコ・ベルージが、そのようなことを許すはずがない。その上、母の縁者らしい名ばかりの後見人とは会ったこともないし名前も覚えていない。本当に存在するのかさえも怪しいほどだ。考えられる現実的な方法は、サインを偽造するか役人に金を握らせて黙らせるかだが、かなり危険な橋を渡ることになる。
しかし、それさえ上手くいけば、船に乗って異国へ旅立ち、誰からも支配されない自分だけの人生を手に入れられる。ここで唯一の気がかりは母親のことだった。いかに希薄な繋がりしかなくても、マルグレーテ・ベルージはこの世にたった一人の肉親で、少なくとも子供の頃は自分を心から愛してくれた。その母親に何も告げずに姿を消すことを考えると、氷の釘で打ち付けられるようにひどく心が痛んだ。
それでも、アルテミシアにはこの計画を諦めるつもりは全くなかった。
アルテミシアはこの手紙を機に、これまで以上に勉学に打ち込むようになった。
「ベルージさん、ちゃんと食べているの?」
と、平素学生の私生活に口を出すことはないアリアネ・クレテが聞いてきたことがある。後々思い返せば、そういうアリアネ先生こそ何かに没頭すると食事も忘れるタイプの人間のはずだが、その彼女がそんな質問をしてくるほどこの時の自分は周りが見えていなかったのだろう。
それからひと月ほど経ち、ユルクスの街で収穫祭が行われた。収穫祭では豊穣の女神の衣装を着た少女が輿に乗ってパレードが行われ、街中の店が祭のために何か月も前から用意していた異国の珍しい商品を売り出したり、色々な国からやって来た行商が様々な露店を出したりして、ユルクス中がいつもとは違った喧騒に包まれる。これが、七日間続く。
ルメオでは貴族であっても商いをしている者が多いために、家業に集中できるよう、祭の間は大学が休みになる。貿易大国であるルメオの国民は貴族も平民も、揃って商売人気質なのだ。ユルクスの内外から見物にやって来た大勢の客たちがごった返す中、アルテミシアも学友の男子学生たちと昼間から見物にやって来ていた。
男の子たちの目当ては今年の女神役の少女を拝むことと、あわよくば祭で美女と出会うことだったが、アルテミシアの目的は異国からやって来た行商の珍しい品物を物色することだった。それから、こういう時はランプオイルや蝋燭が安売りになる。夜の勉強の必需品だが決して安くないので、いちばん安く売っている店を探して値切った上、大量に買い込もうと決めていた。今日はドナの言いつけ通り髪を結ってきて正解だ。祭の初日は特に人が多いし帰りの荷物も多くなりそうだから、長い髪は邪魔になっただろう。
パレードを見に行く男子学生たちと別れて行商の露店が立ち並ぶ細い路地へと入ると、異国の香りがした。香辛料や茶、酒、香炉の店もある。エル・ミエルド人の店で珍しい香辛料の詰まった瓶を心行くまで眺めた後、その奥にあった一際小さな茶商の露店で、西方の訛りがある小綺麗な身なりの若い商人に茶を勧められた。上品なティーカップの中の濃い茶色の液体は香ばしく良い香りを放っている。好奇心旺盛なアルテミシアは、勧められるままに茶を一服した。
その次の記憶は、狭く四角い空間だった。ガタガタと揺れている。――馬車だ。
自分だけが馬車の中に横たえられ、他に人はいない。手足は縛られておらず自由にできたが、頭が重く身体がぐらぐらした。反射的に身体に傷が付いていないか確認したが、特に傷はない。そして直前の記憶を辿った。茶に何か入っていたに違いない。何かを盛られて眠らされ、何処かへと連れ去られようとしていることを理解した途端、アルテミシアはパニックに陥った。力任せに馬車のドアを開けようとしたが、外から固く閉じられていてビクともしない。窓も外から板が打ち付けられ、どこを走っているのかも分からなかった。
(深呼吸)
扉や窓を押したり引いたり、思いつく限りのことをした後、何か起きて事態が急変した時はまず腹を使って深呼吸をして冷静さを取り戻すように、とガラテアの教えを思い出した。
パニックが少しだけ収まってくると、今度は馬車の内壁を思い切り叩き、大声で騒ぎ始めた。運が良ければ道行く人が非常事態に気づいてくれるかもしれない。
「開けなさいよ!このクソ野郎!ただじゃおかないから!卑怯者!顔を見せなさい!」
しばらく叫び続けていると、やがて馬車が止まった。ここで、自分が丸腰であることに気づいた。どのみち狭い馬車の中には武器になりそうなものは何一つなかったから、いざとなれば身一つで戦うしかない。ことがうまく運べば隙をついて逃げられるだろう。そこまでの幸運があれば、だが。
御者らしい人物の足音が近付いてくる。アルテミシアはじっとり嫌な汗をかきながら、息を潜めた。できるだけ後ろへ下がり、向かい合う二つの座席に両手をついた。ガチャガチャと鍵が音を立て、扉が開いた次の瞬間、アルテミシアは両手で身体を浮かせて勢いをつけ、扉を開けた人物をありったけの力で蹴り飛ばした。
(やった)
相手は低く呻き、後ろによろめいた。その隙にアルテミシアは馬車から飛び出した。既に空には夕闇が迫っていた。葡萄の実った木々を傾いた陽が照らしている。どうやら葡萄畑の脇にいるらしい。こんな状況でなければ、その光景を美しいと思っただろう。たわわに実った葡萄の香りがあたりに満ちている。闇雲に走り続けると、石畳の街道に出た。後方には低い山が見え、両脇には広大な葡萄畑が広がっている。
(メルキュリオ街道…)
ついこの間の夏休みに男子学生たちと建物を見て回った時、通った道だ。メルキュリオ街道は大陸の遥か西方からルメオ北西部に位置するトーレ地方を結ぶ大街道で、ユルクスの西境にある小さな山を越えて更に西へ進むと、ラデッサ地方に入る。
アルテミシアの目の前には平坦な土地が大きく広がり、葡萄畑が続いていた。正にアルテミシアが記憶しているラデッサの地理的特徴だった。アルテミシアは沈む夕日と反対の方角へ走り続けながら考えた。
(だれが、何のために)
後ろから蹄の音が聞こえる。
(追いつかれる)
アルテミシアは街道脇から再び葡萄畑に入り、農具小屋まで走ってその影に身を潜めた。迫り来る夕闇が姿を隠してくれることを期待した。
しかし、失敗した。
近づいてくる足音から遠ざかろうと立ち上がったところで、ドレスの裾が木の根に引っ掛かり、つんのめってしまったのだ。
次の瞬間、後ろから伸びてきた腕に首を捕らえられ、後ろに引きずり倒された。枯葉と土が顔や髪につき、朝きれいに結った髪がすっかり解けてしまった。同時に、頭皮にちくりと何かが刺さった。
「悪いな。あんたを連れてくるよう、ヒディンゲルの旦那に言われてるんだ。予定より早く必要になったらしい。あんたには大金を払ったから、逃げられたら困るんだと」
言葉に西方の訛りがある。アミラの訛りだ。夕闇の中、アルテミシアは迫ってくる男の顔を見た。案の定、あの若い茶商人だった。アルテミシアは上体を起こして座った体勢のまま後ずさりし、小石の混じった土を握りしめた。
男の手が伸びてきた瞬間、その目を狙って思い切り小石と土を投げつけた。男は呻いて怯んだが、アルテミシアが逃げ出すよりも先に腕を掴んで土の上に押し倒し、揉み合いになった。
「このアマ!」
アルテミシアは覆いかぶさってくる男の手首を掴み、ありったけの力で抵抗した。この時、アルテミシアはもうパニックに陥ってはいなかった。ガラテアは、自衛の手段として自分よりも体格の勝る相手とどう戦うかを教えてくれた。正に今、それを実践している。
(力を抜くこと。隙を作ること。急所を狙うこと。素早く、正確に)
今にも恐怖がアルテミシアの心を襲ってきそうだったが、頭の中でガラテアの教えを反芻した。男は小さな目をギラリと気味悪く光らせている。
「手に余る時は犯していいと言われてるんだ。小娘はそれで大人しくなるだろ」
相手が下品な笑みを浮かべた。心底ぞっとしたが、表情に出してはいけない。奥歯を噛みしめながら冷静な目で相手の目を見続けた。焦れた男が力任せに掴まれた手首をアルテミシアの方へ押し付けた瞬間、アルテミシアは突然フッと身体の力を抜いた。その反動で男がバランスを崩した好機を逃さず、アルテミシアは素早く横に退いた。ところが、またしても長いドレスの裾が災いを呼んだ。裾を踏まれたアルテミシアは再び転倒し、背中を膝で押さえつけられて身動きが取れなくなった。男の不快な重みを感じた瞬間、背後から伸びてきた腕がアルテミシアの頸を絞め始めた。酸素を求めて口が勝手に大きく開いたが、呼吸ができない。生命の危機が生々しい現実としてアルテミシアを襲った。ぎりぎりの精神力で冷静に対処しようとしていた心は折れ、恐怖で身体中が震え始めた。意識も保っていられない。苦しさと恐怖で遠のく意識の中、頭にまたチクリと何かが刺さった。
アルテミシアの身体から力が抜けると、ぐったりした身体をひっくり返し、男が覆いかぶさった。ぜえぜえと息を荒くした男がドレスの前のボタンに手をかけた時だった。
男は醜い悲鳴をあげて崩れ落ち、ひどい悪態を吐きながら左目を覆った。目にはアルテミシアの髪を留めていた小指ほどの長さのピンが刺さり、そこから血が流れ出ている。
アルテミシアは嫌悪感と恐ろしさで依然として身体が震えていたが、集中力を切らさずに何とか耐えた。
「小娘だからって甘く見るからこうなるのよ、このマヌケ!」
気丈にもそう吐き捨てると同時に、男が起き上がる前に驚くべき速さで小屋の壁に立て掛けられていた農具を手に取り、渾身の力で後頭部を殴打した。ただ闇雲に殴ったのではなく、ぎりぎりの精神力と集中力でもって急所を狙ったのだった。男はバタリと倒れ、そのまま動かなくなった。
「ざまを見ろ」
アルテミシアはそう言った後、恐らくドナが聞いたら卒倒するであろう罵り言葉を吐き捨ててその場を立ち去った。もっとも、男に聞こえてはいないだろうが。
既に暗くなった街道へ出ると、冷たい空気が肌を刺し、アルテミシアを凍えさせた。一気に身体中の血液が冷えたようになり、ガタガタと大きく震え始める。不思議なことに、同時に激しい眠気に襲われた。それでも足を止めることはなかった。一刻も早く、少しでもこの場から遠くへ行きたかった。
しばらくすると灯りのついた民家が見えた。葡萄畑の持ち主らしい家の主人は土だらけのドレスを着た年若い女性の訪問者にひどく驚いた様子を見せたが、アルテミシアが暴漢に襲われて逃げてきたとだけ話すと、男の狼藉にひどく腹を立て、アルテミシアを大いに気遣ってくれた。主人はその妻が着替えと温かい食事を用意する間、手紙や馬車を手配してくれた。誰に連絡したらよいかと問われた時、アルテミシアは思わずトーレにいるドナの名を最初に言った。いつものように冷静な彼女なら、ユルクスの寮の管理人に連絡をつけると言っただろうが、この時は恐怖と混乱で精神的に参っていた。ドナとドナ手製のナッツの蜂蜜漬けが恋しくてたまらなかった。
この時、寮ではアルテミシアの捜索が始まっていたらしい。葡萄畑の主人からの遣いがユルクス大学に着く頃には夜が明けていたが、すぐさま男子寮の老いた管理人が馬車を雇って迎えに来てくれた。その日の昼過ぎ、着るものと食事を与え、一泊させてくれた夫婦に厚く礼を言うと、アルテミシアは管理人の馬車でユルクスへ戻った。
それからしばらくのことは、あまり記憶にない。後から冷静になって考えれば、恐らく怒りと恐怖と焦りから、何かに取り憑かれたように勉強に没頭していたのだろうが、周囲から見れば異常なほどののめり込み方だったに違いない。何があったのかは、誰にもほとんど語らなかった。気付いた時には、寮の部屋にドナがいた。手には、ナッツの蜂蜜漬けを持っている。
葡萄畑の主人は混乱したアルテミシアが頼んだ通り、最初にドナに手紙を書いたらしい。手紙を受け取るや否や、既に夕刻に差しかかろうとしていたにも関わらず馬車に飛び乗り、二日がかりでアルテミシアの安否を確かめるためだけにはるばるユルクスまでやって来たのだった。
アルテミシアはドナの顔を見るなり、堰を切ったように早口で話し始めた。
「あいつら最低。ヒディンゲルとかいうアミラ人が誰か使ってわたしを拉致しようとしたの。エンリコ・ベルージは大金を払ったんだって。ようやくわかった。どうして他人の娘を自分の子供として屋敷に置いておいたか。いつかこうして金に換えるためだったんだよ。わたしは売られるためにあの屋敷で育てられたの。ほんと、最低。ドナの言うようにピンを使って髪を結っててよかった。知ってた?ピンって武器になるの。気絶した振りして、手に隠し持ってね…」
ドナはアルテミシアが話し終えるまで戸口の前で立ったまま静かに聞いていた。
「強くおなりです、ミーシャお嬢様。ドナはあなたが誇りですわ。こんなことをいう日が来るとは思いませんでしたけれど、ガラテアにも感謝しなくては」
ドナは一緒に暮らしていた時と何ら変わらないきびきびした口調でそう言って、アルテミシアを抱きしめた。
アルテミシアは、この時初めて泣いた。
どういう涙なのか、わからなかった。暴漢に襲われた恐怖か、初めて本気で人を攻撃した不快感なのか、人を雇って少女を犯させ、言いなりにしようとするような人間のクズと結婚させようとする‘父親’への怒りなのか、ドナの顔を見た安心感か、あるいは全部か。
「‘ソアヴェ教授’の件は、あとでゆっくり聞かせてもらいますからね」
いつものように厳しい口調で言ったドナの声は震えていた。アルテミシアを抱きしめる腕は、記憶にある誰のものよりも温かかった。
アルテミシアは涙を流し終えると、金輪際このことを口にしないよう言い含めた。ドナもアルテミシアと同じくらい怒りに打ち震えていたが、決して口外しないことを約束した。
ドナはそれから一か月のあいだ寮で一緒に過ごしてくれた。トーレへ帰る日などはいつも厳しい顔のドナが目に涙をいっぱい溜めて顎を震わせたものだから、アルテミシアも思い切り泣いた。二人はこれが最後の別れになると予感していたのだ。アルテミシアは今後のことをはっきりとは言わなかったが、ドナには分かっていた。大学を卒業したら最後、アルテミシアはもう二度とルメオに戻ることはないだろう。
盆地特有の蒸し暑い夏が過ぎ、周囲の丘陵地帯から涼しい風が吹き始めた。アルテミシアが子供時代を過ごしたパタロア地方はユルクスからはそれほど遠くない位置にあるが、山岳地帯であるパタロアはユルクスよりも格段に涼しい。十四歳で外の世界に出たばかりのアルテミシアにとっては、ユルクスの夏の蒸し暑さはその身に堪えた。アルテミシアが師事するアリアネ・クレテ女史――正しい名前の読み方はエマンシュナ風の‘アリアーヌ’だそうだが、本人も敢えて訂正しないためにルメオ風の‘アリアネ’と皆から呼ばれている――もまた、一年を通して冷涼な北のトーレ地方出身だから、ユルクスの蒸し暑さには我慢ならないらしい。前の年の夏もこの年の夏も、本格的な暑さがやって来る前に課題だけ出してさっさと知人だか縁者だかの住む避暑地へと逃亡してしまった。アルテミシアにはその気持ちがよくわかる。
しかし、アルテミシアには暑さから逃げるよりも重要なことがあった。アリアネ先生が奔走してくれた結果手に入れることができた年上の男子学生たちと同じ授業を受ける権利は、アルテミシアに決して余暇を与えなかった。造船技術、建築学、商学、歴史、軍学に加え、女学生の必修科目である社交マナーや語学、手芸なども十分な成績を収めなければならない、というのが特例中の特例を許可した学長の条件だったのだ。
夏期休暇の間も休みなく勉強を続け、隣の領のアラス港で職人たちと船を作ったり、五百年前の建造物の論文を書くために男子学生たちと近隣地域の建物を見学して回ったりして過ごした。この時既にドナやガラテアをはじめ、ベルージ家の別邸でアルテミシアの世話をしていた数少ない使用人達は全員解雇されていたから、アルテミシアには帰りたい場所はなかったが、家族の住むトーレ地方へ移ったドナとは手紙のやり取りを毎週欠かさずにしていた。
部屋の窓から吹き付けた涼しい風が、背までまっすぐに伸びた長い髪をふわりと舞い上げ、机の上に置いてあったドナからの手紙を床へと飛ばした。アルテミシアは窓を閉めて手紙を拾い上げた。「ソアヴェ教授邸での生活はいかがですか。ミーシャお嬢様は何かに没頭すると身だしなみや食事を雑に済ませてしまいますから、ドナはそれが心配です。いつでもソアヴェ教授や奥様の前に出ても恥ずかしくないようになさいませ」と、ドナの少し丸みのある字で書いてある。
アルテミシアはちくりと心が痛んだ。ドナや他の使用人たちには「ソアヴェ教授」が下宿させてくれることになったと言っていたが、そんな人物は存在しないし、誰の家にも下宿などしていない。実際に彼女が暮らしているのは、本来なら男子しか入ることができない大学寮だ。
これも、特例中の特例だった。大学に入学したその日に男子寮の管理人に直談判し、特別に置いてもらうことに成功した。当初は数日間だけという期限付きだったが、学長が授業の許可を出した時に寮にも卒業まで置いてもらえるように交渉したところ、「夜は決して外出しない」という条件付きで正式な入寮を許可されたのだった。
アルテミシアはもう一度机に向かって返事の続きを書き始めた。ソアヴェ教授夫妻がとてもよくしてくれること、明日からの新学期に向けてたくさんの準備をしたこと、ドナが仕立てて送ってくれたドレスを毎日着ていることを書いた後、ちょっと考えてから「髪は毎日教えられた通りにピンを使って結っているから心配しないで」と書いた。
そこへ、寮の老いた管理人が部屋の戸を叩いた。風を通すために開けっ放しにしていた戸口の前に立ち、手には手紙を持っている。
「ベルージさん、トーレのドナ・ジリアーニさんからお手紙だよ」
アルテミシアは首を傾げた。今週の手紙の返事は今書いているところだ。ドナとは常に一通ずつのやりとりで、返事を送る前に手紙が来たことなどこれまでになかったのだが。
「ありがとうございます」
手紙を受け取り、なんとなく急いた気持ちでナイフを取り出して封を破った。こういう時の手紙というのは、あまり良い報せではないことが多い。
(母様に何かあったのだろうか)
解雇され、遠く離れたトーレ地方へと移ってからも、ドナはでベルージ家に関する情報に敏感であり続けた。ドナがパタロアの屋敷で働いていたとき懇意にしていた同僚がまだベルージ家にいて、彼女とまだ手紙のやり取りをしているらしい。そこから知り得たアルテミシアの耳には入らないであろう実家の状況を、事あるごとに手紙で知らせてくれるのが常だった。と言っても山の屋敷が売りに出されたとか、誰かが風邪をひいたとか、エンリコ・ベルージがまた新しい商売を始めたらしいとか、そういった取るに足らないことだ。
ところが、この報せは違っていた。
手紙を読んだ瞬間、アルテミシアは全身の血液が冷え冷えと凍っていくような感覚にとらわれた。
(冗談じゃない)
手紙には、こうあった。「ミーシャお嬢様の婚約が決まったそうです。お相手はアミラ王国の貴族でラウル・ヒディンゲル様。旦那様ほどは齢が離れていないそうですよ。たいそうな資産家でいらっしゃるそうで、旦那様もたいへんなお喜びようだと聞きました。旦那様と同じくらい素晴らしい方だと噂で聞きましたよ。わたくしはもうお嬢様にお仕えする身ではありませんけど、生まれた時からお世話させていただいた乳母として、ミーシャお嬢様の幸せを何よりも願っています。」
これは明らかに警告だった。
名ばかりの父親が勝手に決めた知りもしない齢の離れた外国人との結婚がアルテミシアの幸せであるなど、ドナが考えているはずがない。常日頃からエンリコ・ベルージを愛のない冷血漢だと評していたドナが相手の貴族を「同じくらい素晴らしい方」と表現したということは、相手のラウル・ヒディンゲルとかいうアミラ人も評判が悪いに違いない。さらに、ヒディンゲルが「たいそうな資産家で」エンリコ・ベルージが大いに喜んでいるという部分からは、最悪の暗示が読み取れる。即ち、アルテミシアの婚姻によってエンリコ・ベルージが大金を手に入れるということだ。
ドナはアルテミシアの身を思い、情報を得るや急いで手紙を寄越したのだろう。手遅れになる前に手を打てと示唆している。
あと九か月もすれば、卒業試験がある。これに合格してさっさと行方をくらまし、ベルージ家とは縁を切ろうと決めた。もはや父親ですらない男の意のままに人生を決められるなど、考えられない。
この頃、既にアルテミシアはエンリコ・ベルージと血縁関係がないと確信していた。彼女が初めてそれを肌身で感じたのは、七歳の時だった。その頃には山の屋敷でドナたちと生活していたから、父親の存在などは漠然としか認識していなかったし、年に数回本邸へ帰る時も仕事の都合でエンリコは大抵不在にしていたから、物心ついてから‘父親’と顔を合わせたことなど、記憶にあるだけでも年に数回あるかどうかといったところだった。
七歳の夏、ベルージ邸で親族を集めてパーティーが開かれたことがある。その場にアルテミシアが呼ばれたのは、他でもない世間体を気にしてのことだった。アルテミシアはその名を記憶していないが、エンリコ・ベルージにはガリガリに痩せて癇の強そうな姉がいた。七歳のアルテミシアが一人で大人しくサロンの隅で紅茶を飲んでいると、その姉がつかつかと近付いてきて無遠慮にアルテミシアの顔をじろじろと見回しながら言い放った。
「あの嫁の娘?やっぱりベルージ家の顔じゃないわね」
「ベルージ家の顔って、おばさまみたいな顔のこと?」
アルテミシアがハシバミ色の瞳をくりくりさせながらあどけない様子で尋ねると、エンリコ・ベルージの姉は「そうよ」と誇り高く頷いた。アルテミシアもまじまじと伯母の顔を眺めた。姉と弟の体形は真逆と言っていいほど違っていているのに、小さく陰険な目つきと幅の広い鼻筋にコブがあるのは姉弟そろって同じだ。それに歯並びも良くない。
「じゃ、それって誉め言葉ね。どうもありがとう、おばさま」
先ほどのあどけない様子から一転して、アルテミシアは嘲笑するような様子で言い放った。エンリコの姉は頬のこけた顔を真っ赤にし、肩を怒らせてその場を去ったが、後にエンリコ・ベルージの耳にそのことが入ったらしい。アルテミシアがそれ以降ベルージ邸で催されるパーティーに呼ばれることはなくなった。
この時アルテミシアが疑問に思ったのは、何故あの伯母がアルテミシアを「弟の娘」ではなく「あの嫁の娘」と呼んだのかということだった。これまで考えたことがなかったが、よく考えてみれば‘お父様’と自分は外見に似ているところが全くない。
親子にはどこかしら外見に同じ特徴があることは、子供のアルテミシアも理解していた。例えば、時々山の屋敷へ訪ねてくるドナの息子は目と鼻がドナにそっくりだし、ガラテアはきりっと上がった眉と大きな口が父親と、垂れ下がっていてくっきりした二重まぶたが母親と同じだ。アルテミシアも、母のマルグレーテとは目の形がそっくりだ。しかし、‘お父様’とは一致するところが一つもない。鼻や顔の形も髪や目の色も、何も似ていない。
山の屋敷へ戻ったアルテミシアが最初にしたことは、両親が結婚してから赤ん坊がどのくらいの期間で生まれるかを調べることだった。残念ながら屋敷の本棚にはそういう本はなかったから、ドナや他の使用人に聞いてみたが、みな曖昧なことばかりを言って参考にならなかった。そこで、近所で結婚したばかりの若夫婦と仲良くなり、彼らの家族が増えて行く様子を観察することにした。
結果、計算が合わないことを知った。両親の結婚から八か月足らずで自分が生まれている。赤子が早く生まれることはままあるらしいが、ドナによればそういう赤子は大概小さい。しかし、アルテミシアは母親が以前言っていたことを覚えていた。普通よりも育ち過ぎた赤ん坊だったからお産が大変で、二日がかりだったと。母のマルグレーテとエンリコ・ベルージが結婚した頃には、恐らく自分は母の胎内にいたのだろう。
このことを知った時、アルテミシアはショックを受けるどころかむしろ嬉しく思った。子供心にエンリコ・ベルージとは相容れないと感じていたからだ。マルグレーテが幸せそうでないのもその理由の一つだった。母親と過ごした時間は少なかったが、二人でいる時は心からの笑顔を見せてくれた。しかし、夫がそばにいる時の母は、表情や態度にこそ出さないものの、嫌悪感をできる限りの方法で表現していたように思う。少なくともアルテミシアにはそれを感じ取れるだけの母との絆があった。
ただし、それも大学に進学するまでのことだ。山の屋敷にいた頃はたまに手紙がドナを経由して送られてきたが、既にそれもない。名ばかりの父親だけでなく、実の母親との繋がりすらもぼんやりしたものに成り果ててしまった。
しかし、それでもよかった。十四歳のアルテミシアは希望に満ちていた。実の父親が誰なのかも気にならなかった。父親がわからなければ、誰かの娘であるということや家に属することで発生する数々のしがらみから自由でいられるからだ。何も無いところから、新しく自分だけの人生を始められる。また奨学金を得、他の大学に移って勉強を続けるのもいいし、造船所で設計士として雇ってもらうのもいいかもしれない。せっかく軍学を学んだのだから、それを試すためにどこかの国で軍師見習いとして雇ってもらえないだろうか。それとも、師アリアネ・クレテのように翻訳や通詞をする傍ら、学生に語学を教えるのも楽しそうだ。何故ならばアリアネ先生は教壇に立つと、美しい顔がきりりと厳しくなる。それでいて、特徴的な紫色の瞳がどこか楽しそうに生き生きと輝くのだ。そういうアリアネ先生を毎日のように目にしていて、アルテミシアは自然とこういう仕事をしている自分を想像するようになっていた。
(それを、今更ベルージ家の都合で振り回されるなんてまっぴら)
アルテミシアは計画を立て始めた。
まずは、独り立ちした後の土台作りだ。若い女が親や夫の保護下に入らずに独立して食べていくには、男よりも多くの手札が必要だ。家柄、才覚、実績、どれをとっても抜きん出なければならない。アリアネ・クレテが良い例だ。彼女は驚くほど多才で、言語、数学、政治学など、様々な分野で高名で経験豊富な学者たちと対等に渡り合っているし、意見交換の際に相手を論破してしまう隙の無さも有名だ。更に、家柄は由緒正しく、ルメオ共和国建国の祖と言われた英雄の曾孫でもあり、おまけに美貌の持ち主とくれば、結婚して誰かの妻などにならなくても十分にやっていける。アルテミシアはそういうアリアネ先生を心から尊敬していた。ともあれ、彼女ほどの手札はないにせよユルクス大学を首席で卒業したとなれば、例え若い女であっても男と同じように仕事に就くことができるだろう。だからこそ、今大学を離れるわけにはいかない。
その次にするべきことは、役所へ行ってベルージ家の書類から名前を消すことだ。これは卒業試験の首席合格よりも困難だろう。何故ならば、姓を変え、一族の系図から名前を消すためには、親か後見人のサインが必要だからだ。娘の婚姻によって金を手に入れようとしているエンリコ・ベルージが、そのようなことを許すはずがない。その上、母の縁者らしい名ばかりの後見人とは会ったこともないし名前も覚えていない。本当に存在するのかさえも怪しいほどだ。考えられる現実的な方法は、サインを偽造するか役人に金を握らせて黙らせるかだが、かなり危険な橋を渡ることになる。
しかし、それさえ上手くいけば、船に乗って異国へ旅立ち、誰からも支配されない自分だけの人生を手に入れられる。ここで唯一の気がかりは母親のことだった。いかに希薄な繋がりしかなくても、マルグレーテ・ベルージはこの世にたった一人の肉親で、少なくとも子供の頃は自分を心から愛してくれた。その母親に何も告げずに姿を消すことを考えると、氷の釘で打ち付けられるようにひどく心が痛んだ。
それでも、アルテミシアにはこの計画を諦めるつもりは全くなかった。
アルテミシアはこの手紙を機に、これまで以上に勉学に打ち込むようになった。
「ベルージさん、ちゃんと食べているの?」
と、平素学生の私生活に口を出すことはないアリアネ・クレテが聞いてきたことがある。後々思い返せば、そういうアリアネ先生こそ何かに没頭すると食事も忘れるタイプの人間のはずだが、その彼女がそんな質問をしてくるほどこの時の自分は周りが見えていなかったのだろう。
それからひと月ほど経ち、ユルクスの街で収穫祭が行われた。収穫祭では豊穣の女神の衣装を着た少女が輿に乗ってパレードが行われ、街中の店が祭のために何か月も前から用意していた異国の珍しい商品を売り出したり、色々な国からやって来た行商が様々な露店を出したりして、ユルクス中がいつもとは違った喧騒に包まれる。これが、七日間続く。
ルメオでは貴族であっても商いをしている者が多いために、家業に集中できるよう、祭の間は大学が休みになる。貿易大国であるルメオの国民は貴族も平民も、揃って商売人気質なのだ。ユルクスの内外から見物にやって来た大勢の客たちがごった返す中、アルテミシアも学友の男子学生たちと昼間から見物にやって来ていた。
男の子たちの目当ては今年の女神役の少女を拝むことと、あわよくば祭で美女と出会うことだったが、アルテミシアの目的は異国からやって来た行商の珍しい品物を物色することだった。それから、こういう時はランプオイルや蝋燭が安売りになる。夜の勉強の必需品だが決して安くないので、いちばん安く売っている店を探して値切った上、大量に買い込もうと決めていた。今日はドナの言いつけ通り髪を結ってきて正解だ。祭の初日は特に人が多いし帰りの荷物も多くなりそうだから、長い髪は邪魔になっただろう。
パレードを見に行く男子学生たちと別れて行商の露店が立ち並ぶ細い路地へと入ると、異国の香りがした。香辛料や茶、酒、香炉の店もある。エル・ミエルド人の店で珍しい香辛料の詰まった瓶を心行くまで眺めた後、その奥にあった一際小さな茶商の露店で、西方の訛りがある小綺麗な身なりの若い商人に茶を勧められた。上品なティーカップの中の濃い茶色の液体は香ばしく良い香りを放っている。好奇心旺盛なアルテミシアは、勧められるままに茶を一服した。
その次の記憶は、狭く四角い空間だった。ガタガタと揺れている。――馬車だ。
自分だけが馬車の中に横たえられ、他に人はいない。手足は縛られておらず自由にできたが、頭が重く身体がぐらぐらした。反射的に身体に傷が付いていないか確認したが、特に傷はない。そして直前の記憶を辿った。茶に何か入っていたに違いない。何かを盛られて眠らされ、何処かへと連れ去られようとしていることを理解した途端、アルテミシアはパニックに陥った。力任せに馬車のドアを開けようとしたが、外から固く閉じられていてビクともしない。窓も外から板が打ち付けられ、どこを走っているのかも分からなかった。
(深呼吸)
扉や窓を押したり引いたり、思いつく限りのことをした後、何か起きて事態が急変した時はまず腹を使って深呼吸をして冷静さを取り戻すように、とガラテアの教えを思い出した。
パニックが少しだけ収まってくると、今度は馬車の内壁を思い切り叩き、大声で騒ぎ始めた。運が良ければ道行く人が非常事態に気づいてくれるかもしれない。
「開けなさいよ!このクソ野郎!ただじゃおかないから!卑怯者!顔を見せなさい!」
しばらく叫び続けていると、やがて馬車が止まった。ここで、自分が丸腰であることに気づいた。どのみち狭い馬車の中には武器になりそうなものは何一つなかったから、いざとなれば身一つで戦うしかない。ことがうまく運べば隙をついて逃げられるだろう。そこまでの幸運があれば、だが。
御者らしい人物の足音が近付いてくる。アルテミシアはじっとり嫌な汗をかきながら、息を潜めた。できるだけ後ろへ下がり、向かい合う二つの座席に両手をついた。ガチャガチャと鍵が音を立て、扉が開いた次の瞬間、アルテミシアは両手で身体を浮かせて勢いをつけ、扉を開けた人物をありったけの力で蹴り飛ばした。
(やった)
相手は低く呻き、後ろによろめいた。その隙にアルテミシアは馬車から飛び出した。既に空には夕闇が迫っていた。葡萄の実った木々を傾いた陽が照らしている。どうやら葡萄畑の脇にいるらしい。こんな状況でなければ、その光景を美しいと思っただろう。たわわに実った葡萄の香りがあたりに満ちている。闇雲に走り続けると、石畳の街道に出た。後方には低い山が見え、両脇には広大な葡萄畑が広がっている。
(メルキュリオ街道…)
ついこの間の夏休みに男子学生たちと建物を見て回った時、通った道だ。メルキュリオ街道は大陸の遥か西方からルメオ北西部に位置するトーレ地方を結ぶ大街道で、ユルクスの西境にある小さな山を越えて更に西へ進むと、ラデッサ地方に入る。
アルテミシアの目の前には平坦な土地が大きく広がり、葡萄畑が続いていた。正にアルテミシアが記憶しているラデッサの地理的特徴だった。アルテミシアは沈む夕日と反対の方角へ走り続けながら考えた。
(だれが、何のために)
後ろから蹄の音が聞こえる。
(追いつかれる)
アルテミシアは街道脇から再び葡萄畑に入り、農具小屋まで走ってその影に身を潜めた。迫り来る夕闇が姿を隠してくれることを期待した。
しかし、失敗した。
近づいてくる足音から遠ざかろうと立ち上がったところで、ドレスの裾が木の根に引っ掛かり、つんのめってしまったのだ。
次の瞬間、後ろから伸びてきた腕に首を捕らえられ、後ろに引きずり倒された。枯葉と土が顔や髪につき、朝きれいに結った髪がすっかり解けてしまった。同時に、頭皮にちくりと何かが刺さった。
「悪いな。あんたを連れてくるよう、ヒディンゲルの旦那に言われてるんだ。予定より早く必要になったらしい。あんたには大金を払ったから、逃げられたら困るんだと」
言葉に西方の訛りがある。アミラの訛りだ。夕闇の中、アルテミシアは迫ってくる男の顔を見た。案の定、あの若い茶商人だった。アルテミシアは上体を起こして座った体勢のまま後ずさりし、小石の混じった土を握りしめた。
男の手が伸びてきた瞬間、その目を狙って思い切り小石と土を投げつけた。男は呻いて怯んだが、アルテミシアが逃げ出すよりも先に腕を掴んで土の上に押し倒し、揉み合いになった。
「このアマ!」
アルテミシアは覆いかぶさってくる男の手首を掴み、ありったけの力で抵抗した。この時、アルテミシアはもうパニックに陥ってはいなかった。ガラテアは、自衛の手段として自分よりも体格の勝る相手とどう戦うかを教えてくれた。正に今、それを実践している。
(力を抜くこと。隙を作ること。急所を狙うこと。素早く、正確に)
今にも恐怖がアルテミシアの心を襲ってきそうだったが、頭の中でガラテアの教えを反芻した。男は小さな目をギラリと気味悪く光らせている。
「手に余る時は犯していいと言われてるんだ。小娘はそれで大人しくなるだろ」
相手が下品な笑みを浮かべた。心底ぞっとしたが、表情に出してはいけない。奥歯を噛みしめながら冷静な目で相手の目を見続けた。焦れた男が力任せに掴まれた手首をアルテミシアの方へ押し付けた瞬間、アルテミシアは突然フッと身体の力を抜いた。その反動で男がバランスを崩した好機を逃さず、アルテミシアは素早く横に退いた。ところが、またしても長いドレスの裾が災いを呼んだ。裾を踏まれたアルテミシアは再び転倒し、背中を膝で押さえつけられて身動きが取れなくなった。男の不快な重みを感じた瞬間、背後から伸びてきた腕がアルテミシアの頸を絞め始めた。酸素を求めて口が勝手に大きく開いたが、呼吸ができない。生命の危機が生々しい現実としてアルテミシアを襲った。ぎりぎりの精神力で冷静に対処しようとしていた心は折れ、恐怖で身体中が震え始めた。意識も保っていられない。苦しさと恐怖で遠のく意識の中、頭にまたチクリと何かが刺さった。
アルテミシアの身体から力が抜けると、ぐったりした身体をひっくり返し、男が覆いかぶさった。ぜえぜえと息を荒くした男がドレスの前のボタンに手をかけた時だった。
男は醜い悲鳴をあげて崩れ落ち、ひどい悪態を吐きながら左目を覆った。目にはアルテミシアの髪を留めていた小指ほどの長さのピンが刺さり、そこから血が流れ出ている。
アルテミシアは嫌悪感と恐ろしさで依然として身体が震えていたが、集中力を切らさずに何とか耐えた。
「小娘だからって甘く見るからこうなるのよ、このマヌケ!」
気丈にもそう吐き捨てると同時に、男が起き上がる前に驚くべき速さで小屋の壁に立て掛けられていた農具を手に取り、渾身の力で後頭部を殴打した。ただ闇雲に殴ったのではなく、ぎりぎりの精神力と集中力でもって急所を狙ったのだった。男はバタリと倒れ、そのまま動かなくなった。
「ざまを見ろ」
アルテミシアはそう言った後、恐らくドナが聞いたら卒倒するであろう罵り言葉を吐き捨ててその場を立ち去った。もっとも、男に聞こえてはいないだろうが。
既に暗くなった街道へ出ると、冷たい空気が肌を刺し、アルテミシアを凍えさせた。一気に身体中の血液が冷えたようになり、ガタガタと大きく震え始める。不思議なことに、同時に激しい眠気に襲われた。それでも足を止めることはなかった。一刻も早く、少しでもこの場から遠くへ行きたかった。
しばらくすると灯りのついた民家が見えた。葡萄畑の持ち主らしい家の主人は土だらけのドレスを着た年若い女性の訪問者にひどく驚いた様子を見せたが、アルテミシアが暴漢に襲われて逃げてきたとだけ話すと、男の狼藉にひどく腹を立て、アルテミシアを大いに気遣ってくれた。主人はその妻が着替えと温かい食事を用意する間、手紙や馬車を手配してくれた。誰に連絡したらよいかと問われた時、アルテミシアは思わずトーレにいるドナの名を最初に言った。いつものように冷静な彼女なら、ユルクスの寮の管理人に連絡をつけると言っただろうが、この時は恐怖と混乱で精神的に参っていた。ドナとドナ手製のナッツの蜂蜜漬けが恋しくてたまらなかった。
この時、寮ではアルテミシアの捜索が始まっていたらしい。葡萄畑の主人からの遣いがユルクス大学に着く頃には夜が明けていたが、すぐさま男子寮の老いた管理人が馬車を雇って迎えに来てくれた。その日の昼過ぎ、着るものと食事を与え、一泊させてくれた夫婦に厚く礼を言うと、アルテミシアは管理人の馬車でユルクスへ戻った。
それからしばらくのことは、あまり記憶にない。後から冷静になって考えれば、恐らく怒りと恐怖と焦りから、何かに取り憑かれたように勉強に没頭していたのだろうが、周囲から見れば異常なほどののめり込み方だったに違いない。何があったのかは、誰にもほとんど語らなかった。気付いた時には、寮の部屋にドナがいた。手には、ナッツの蜂蜜漬けを持っている。
葡萄畑の主人は混乱したアルテミシアが頼んだ通り、最初にドナに手紙を書いたらしい。手紙を受け取るや否や、既に夕刻に差しかかろうとしていたにも関わらず馬車に飛び乗り、二日がかりでアルテミシアの安否を確かめるためだけにはるばるユルクスまでやって来たのだった。
アルテミシアはドナの顔を見るなり、堰を切ったように早口で話し始めた。
「あいつら最低。ヒディンゲルとかいうアミラ人が誰か使ってわたしを拉致しようとしたの。エンリコ・ベルージは大金を払ったんだって。ようやくわかった。どうして他人の娘を自分の子供として屋敷に置いておいたか。いつかこうして金に換えるためだったんだよ。わたしは売られるためにあの屋敷で育てられたの。ほんと、最低。ドナの言うようにピンを使って髪を結っててよかった。知ってた?ピンって武器になるの。気絶した振りして、手に隠し持ってね…」
ドナはアルテミシアが話し終えるまで戸口の前で立ったまま静かに聞いていた。
「強くおなりです、ミーシャお嬢様。ドナはあなたが誇りですわ。こんなことをいう日が来るとは思いませんでしたけれど、ガラテアにも感謝しなくては」
ドナは一緒に暮らしていた時と何ら変わらないきびきびした口調でそう言って、アルテミシアを抱きしめた。
アルテミシアは、この時初めて泣いた。
どういう涙なのか、わからなかった。暴漢に襲われた恐怖か、初めて本気で人を攻撃した不快感なのか、人を雇って少女を犯させ、言いなりにしようとするような人間のクズと結婚させようとする‘父親’への怒りなのか、ドナの顔を見た安心感か、あるいは全部か。
「‘ソアヴェ教授’の件は、あとでゆっくり聞かせてもらいますからね」
いつものように厳しい口調で言ったドナの声は震えていた。アルテミシアを抱きしめる腕は、記憶にある誰のものよりも温かかった。
アルテミシアは涙を流し終えると、金輪際このことを口にしないよう言い含めた。ドナもアルテミシアと同じくらい怒りに打ち震えていたが、決して口外しないことを約束した。
ドナはそれから一か月のあいだ寮で一緒に過ごしてくれた。トーレへ帰る日などはいつも厳しい顔のドナが目に涙をいっぱい溜めて顎を震わせたものだから、アルテミシアも思い切り泣いた。二人はこれが最後の別れになると予感していたのだ。アルテミシアは今後のことをはっきりとは言わなかったが、ドナには分かっていた。大学を卒業したら最後、アルテミシアはもう二度とルメオに戻ることはないだろう。
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